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出島ライン
ガムシロ半分、甘さ控えめ
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「神子とすれ違っていたわ、さっき」
案内されたセーフハウスでアイスコーヒーを飲みながら、軽い口調で千里がそう言った時、沼斑と幾兎は動揺した。合流するはずだったもうひとりの協力者とやらは、買い出しか何かで留守にしていた。
「どうして黙っていたんだ」
「それこそ安全な場所で話したかったから。神子じゃなくて他の組織に属している異能者の可能性もなくはないけれど」
手袋越しに左手の爪がない人差し指をなぞりながら、千里は何気ない素振りで言ってのける。
「いくらお互いに瀧の『遍在』を使えるからといって――神子も使えるはずよね――そう、人混みの中でさっき沼斑さんと少々交えた時のように、あの子と戦うという選択肢もあったのかもしれないけど。でも、こちらも準備ができていない状態で奇襲を仕掛ける、なんていう作戦は愚策だわ」
「僕の準備ならいつだって」
「幾兎くん。私には戦闘能力がないの。私のつるぎはあなただけ。万が一にでも、失うわけにはいかないのよ。わかるわね?」
「……はい」
活発な幾兎だが千里に制されると一気に大人しくなる。だが、しょんぼりしているというよりは、自分の急いた感情を反省している、という様子が正しい。
「話を戻すけれど……まあ、十中八九あの子は神子でしょうね。私の子供みたいなものですから。わかるの。見ればね。あるいは香りで」
「ふうん。どんな見た目だ?」
「男の子みたいな女の子。かなり短い髪で、年頃の割にメイクが薄くて、そうそう、ノースリーブのパーカーを着ていたわ。海外アニメのロゴが入っているおしゃれなパーカー。これを聞いてどうするおつもり?」
「そこまで詳細に語られるとは思っていなかったがな……。それこそ奇襲の作戦を立てるには、向こうの見た目がわからないと始まらないだろう」
何かを否定するように首を横に振る千里の代わりに、玄関から聞こえてくる聞き苦しいダミ声が返事をした。
「奇襲、奇襲ねぇ。天下の神産みと剛腕の英雄様は、そんなに卑怯卑劣な臆病者なのかい」
「伊勢、黙れ。耳が腐る」とは沼斑。
「ひでぇ言い草。ここが誰の家だと思ってんだよ?」
「家主の割には片付いているな。それしか感想はない」
乱暴な足音を立てて部屋に入ってきた男の名前は伊勢茜という。瀧のもとで研究員として働いていたが、『役不足な待遇』に嫌気が差し、今回反旗を翻した、とのことである。少なくとも、沼斑はそう聞いている。
「伊勢さんっておっしゃるの? 私、三島千里です。こちらは神谷幾兎くん。よろしくお願いします」
「あーあー知ってるよ、あんたら有名人だから。つーか沼島ラボで俺の顔見てない? 覚えてない?」
「ごめんなさい、私はあの頃、誰が担当でも、詩を書くためにノートにばかり向かわされていたから……」
「そっか、すまんな」
「おじさん結構いいね、すぐ謝れるとこ」
「お前は結構だめかもな、なんでそんなに上から目線なわけ?」
やり取りの中で四人はなんとなく笑っていた。もしかしたら、こいつは戦乱の前に訪れたひとときの休息というものなのかもしれない。だとすれば、なんて贅沢な味のするアイスコーヒーなんだろう、と千里はグラスの底に残った液体を一気に飲み干した。
溶けた氷と余ったガムシロ、そして濃く淹れられたコーヒーの絡み合う、複雑で、薄く苦い味がした。
「コーヒー淹れるのお上手ね。紅茶党だったけれど、気が変わりそうだわ」
「どうも」
「俺はコーラが飲みたいな」
「同感だ少年。ここに二リットルボトルがあるから好きなだけ飲もうじゃないか」
「伊勢さん? お気遣いはありがたいけれど、疲れが癒えたら私たちは戦わないといけないの」
「なんだ、余計な真似はするなってか」
「いいえ。ただ……」
「ただ?」
神妙な雰囲気を破って千里はひとりで吹き出した。
「その、幾兎くんが戦ってるさなかに、げっぷなんか出さない程度に、コーラを注いでちょうだいね」
「……あんた、詩だけじゃなくてジョークのセンスもあったんだな。研究所がそれを知ったら黙ってなかったろうな」
くつくつと笑う伊勢。
「ご冗談。でも、ありがとう」
ただの安楽な時間が過ぎているようにしか見えないが、侵略者と防衛者の対立へ向けたカウントダウンはとっくの昔に始まっている。
案内されたセーフハウスでアイスコーヒーを飲みながら、軽い口調で千里がそう言った時、沼斑と幾兎は動揺した。合流するはずだったもうひとりの協力者とやらは、買い出しか何かで留守にしていた。
「どうして黙っていたんだ」
「それこそ安全な場所で話したかったから。神子じゃなくて他の組織に属している異能者の可能性もなくはないけれど」
手袋越しに左手の爪がない人差し指をなぞりながら、千里は何気ない素振りで言ってのける。
「いくらお互いに瀧の『遍在』を使えるからといって――神子も使えるはずよね――そう、人混みの中でさっき沼斑さんと少々交えた時のように、あの子と戦うという選択肢もあったのかもしれないけど。でも、こちらも準備ができていない状態で奇襲を仕掛ける、なんていう作戦は愚策だわ」
「僕の準備ならいつだって」
「幾兎くん。私には戦闘能力がないの。私のつるぎはあなただけ。万が一にでも、失うわけにはいかないのよ。わかるわね?」
「……はい」
活発な幾兎だが千里に制されると一気に大人しくなる。だが、しょんぼりしているというよりは、自分の急いた感情を反省している、という様子が正しい。
「話を戻すけれど……まあ、十中八九あの子は神子でしょうね。私の子供みたいなものですから。わかるの。見ればね。あるいは香りで」
「ふうん。どんな見た目だ?」
「男の子みたいな女の子。かなり短い髪で、年頃の割にメイクが薄くて、そうそう、ノースリーブのパーカーを着ていたわ。海外アニメのロゴが入っているおしゃれなパーカー。これを聞いてどうするおつもり?」
「そこまで詳細に語られるとは思っていなかったがな……。それこそ奇襲の作戦を立てるには、向こうの見た目がわからないと始まらないだろう」
何かを否定するように首を横に振る千里の代わりに、玄関から聞こえてくる聞き苦しいダミ声が返事をした。
「奇襲、奇襲ねぇ。天下の神産みと剛腕の英雄様は、そんなに卑怯卑劣な臆病者なのかい」
「伊勢、黙れ。耳が腐る」とは沼斑。
「ひでぇ言い草。ここが誰の家だと思ってんだよ?」
「家主の割には片付いているな。それしか感想はない」
乱暴な足音を立てて部屋に入ってきた男の名前は伊勢茜という。瀧のもとで研究員として働いていたが、『役不足な待遇』に嫌気が差し、今回反旗を翻した、とのことである。少なくとも、沼斑はそう聞いている。
「伊勢さんっておっしゃるの? 私、三島千里です。こちらは神谷幾兎くん。よろしくお願いします」
「あーあー知ってるよ、あんたら有名人だから。つーか沼島ラボで俺の顔見てない? 覚えてない?」
「ごめんなさい、私はあの頃、誰が担当でも、詩を書くためにノートにばかり向かわされていたから……」
「そっか、すまんな」
「おじさん結構いいね、すぐ謝れるとこ」
「お前は結構だめかもな、なんでそんなに上から目線なわけ?」
やり取りの中で四人はなんとなく笑っていた。もしかしたら、こいつは戦乱の前に訪れたひとときの休息というものなのかもしれない。だとすれば、なんて贅沢な味のするアイスコーヒーなんだろう、と千里はグラスの底に残った液体を一気に飲み干した。
溶けた氷と余ったガムシロ、そして濃く淹れられたコーヒーの絡み合う、複雑で、薄く苦い味がした。
「コーヒー淹れるのお上手ね。紅茶党だったけれど、気が変わりそうだわ」
「どうも」
「俺はコーラが飲みたいな」
「同感だ少年。ここに二リットルボトルがあるから好きなだけ飲もうじゃないか」
「伊勢さん? お気遣いはありがたいけれど、疲れが癒えたら私たちは戦わないといけないの」
「なんだ、余計な真似はするなってか」
「いいえ。ただ……」
「ただ?」
神妙な雰囲気を破って千里はひとりで吹き出した。
「その、幾兎くんが戦ってるさなかに、げっぷなんか出さない程度に、コーラを注いでちょうだいね」
「……あんた、詩だけじゃなくてジョークのセンスもあったんだな。研究所がそれを知ったら黙ってなかったろうな」
くつくつと笑う伊勢。
「ご冗談。でも、ありがとう」
ただの安楽な時間が過ぎているようにしか見えないが、侵略者と防衛者の対立へ向けたカウントダウンはとっくの昔に始まっている。
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