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出島ライン
五雨の決意
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五雨は広間を出て手洗い場に来た。不規則な呼吸と震える体をようやく隠す必要がなくなって、ただただひたすらに怯えている。そのまんま、わかりやすく。
「ついにこんなことになっちゃった……」
異能者は世界を脅かす。だから、自分たち神子がそれを防ぐ義務がある。そう教育されてここまで生きてきたが、まさかこんなにも強大な日本の危機に直面するとは。しかも自分たち出島ラインが先鋒戦ときた。
みんな思っている。勝てるわけがない試合だと。
沖縄をたったふたりで沈めた化け物相手に、全国一貧弱な防衛ラインが何をできる。どうすれば、ああ、どうすれば。
首に下げたパワーストーンのペンダントは、昔、まだ神子なんかじゃなかった頃、祖父からもらったお守りだ。苦しい時はいつも握りしめて、思い出にすがる。あの平凡で穏やかな日常のなんと尊かったことか。
――その、平凡な日常は日本中にある。
でも、それが今、誰も知らないうちに消え去ろうとしている。
それを守れるのは、自分たち神子だけ。
「じゃあ、やらないと……」
わかっている、この戦いが消化試合で負け戦などということは。
それでも、時間稼ぎや後続への情報提供くらいはできるだろう。
ならばやらねばならぬのだ。
「みんな、ごめんね。春、死んじゃうかも。でも戦わなくちゃ……だから、行くよ」
いつの間にか震えは止まっていた。決意の力が五雨を勇気づけている。
今の彼女なら、たとえ仲間のふたりがどちらも落ちたとしても、最期まで食らいつき戦い続けるだろう。実は芯が強く、出島ラインの中で最も肉弾戦に長ける五雨だ。事実上、彼女が死んだ時が、九州が終わる時なのかもしれない。
だからこそ、この逡巡と決意は必要な時間だった。
きれいに掃除されているとはいえ、トイレ特有の嫌な臭いはかすかに漂っている。いつまでもいたくはないので、五雨は手洗い場を出て、自分の私室へ入った。
なんとなく窓の外を眺めた後、書き物机の引き出しに、ペンダントをしまう。
「おじいちゃん、またね」
高齢の祖父はとうの昔に死んでいる。
ノックの音。
「どうぞ」
入ってきたのは祠堂だった。
「あっ……」
「悪い。何かしてたか?」
「ううん。指導員の人だと思ってただけです。安心……しました」
鐘ヶ江が大っぴらに喧伝する五雨のかすかな恋心。年の離れた恋愛に、あえて触れない祠堂は五雨に対して極力普通に接するようにしている。その気遣いが、温かい。
「もう大丈夫か?」
「はい、行けます」
「そうか……強いな、五雨は」
「そうですか?」
「ああ。俺は、もう怖くないかどうか、って聞いたつもりだったんだが、まさか『もう行ける』なんてな。俺だって、もう少し時間が欲しいくらいだ」
祠堂が天井を見上げると、五雨も追いかけるように真似をした。
「だが、お前の言う通り、もう行かなきゃいけない。指導員も管理省も待ちくたびれてる」
「……はい」
「行くぞ、五雨。鐘ヶ江とは現地で合流できれば御の字だ」
目指すは指導員による目撃情報のあった中華街。
死出の旅路にしては随分と賑やかで、盆が近いとあれば誰かが花火を焚いてくれるかもしれない。
「ついにこんなことになっちゃった……」
異能者は世界を脅かす。だから、自分たち神子がそれを防ぐ義務がある。そう教育されてここまで生きてきたが、まさかこんなにも強大な日本の危機に直面するとは。しかも自分たち出島ラインが先鋒戦ときた。
みんな思っている。勝てるわけがない試合だと。
沖縄をたったふたりで沈めた化け物相手に、全国一貧弱な防衛ラインが何をできる。どうすれば、ああ、どうすれば。
首に下げたパワーストーンのペンダントは、昔、まだ神子なんかじゃなかった頃、祖父からもらったお守りだ。苦しい時はいつも握りしめて、思い出にすがる。あの平凡で穏やかな日常のなんと尊かったことか。
――その、平凡な日常は日本中にある。
でも、それが今、誰も知らないうちに消え去ろうとしている。
それを守れるのは、自分たち神子だけ。
「じゃあ、やらないと……」
わかっている、この戦いが消化試合で負け戦などということは。
それでも、時間稼ぎや後続への情報提供くらいはできるだろう。
ならばやらねばならぬのだ。
「みんな、ごめんね。春、死んじゃうかも。でも戦わなくちゃ……だから、行くよ」
いつの間にか震えは止まっていた。決意の力が五雨を勇気づけている。
今の彼女なら、たとえ仲間のふたりがどちらも落ちたとしても、最期まで食らいつき戦い続けるだろう。実は芯が強く、出島ラインの中で最も肉弾戦に長ける五雨だ。事実上、彼女が死んだ時が、九州が終わる時なのかもしれない。
だからこそ、この逡巡と決意は必要な時間だった。
きれいに掃除されているとはいえ、トイレ特有の嫌な臭いはかすかに漂っている。いつまでもいたくはないので、五雨は手洗い場を出て、自分の私室へ入った。
なんとなく窓の外を眺めた後、書き物机の引き出しに、ペンダントをしまう。
「おじいちゃん、またね」
高齢の祖父はとうの昔に死んでいる。
ノックの音。
「どうぞ」
入ってきたのは祠堂だった。
「あっ……」
「悪い。何かしてたか?」
「ううん。指導員の人だと思ってただけです。安心……しました」
鐘ヶ江が大っぴらに喧伝する五雨のかすかな恋心。年の離れた恋愛に、あえて触れない祠堂は五雨に対して極力普通に接するようにしている。その気遣いが、温かい。
「もう大丈夫か?」
「はい、行けます」
「そうか……強いな、五雨は」
「そうですか?」
「ああ。俺は、もう怖くないかどうか、って聞いたつもりだったんだが、まさか『もう行ける』なんてな。俺だって、もう少し時間が欲しいくらいだ」
祠堂が天井を見上げると、五雨も追いかけるように真似をした。
「だが、お前の言う通り、もう行かなきゃいけない。指導員も管理省も待ちくたびれてる」
「……はい」
「行くぞ、五雨。鐘ヶ江とは現地で合流できれば御の字だ」
目指すは指導員による目撃情報のあった中華街。
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