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零れ落ちる花吹雪
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【零れ落ちる花吹雪】
難なくすんなりしなやかに、などとは言い過ぎが酷いが、俺は精一杯の告白をしたつもりだ。
クラスで誰よりも恋慕の情をその身に受けている白塚さんが、どれくらい俺の気持ちを受け止めてくれるのかはわからない。だが、見渡す限りの花畑と、降り注ぎそうな枝垂れ桜に囲まれての告白がロマンチックでなければ、冴えない俺は一体どんなロケーションで愛の言葉を伝えれば勝ち目を見れるというのか。
とにかく俺は言った。好きです、付き合ってください、と。
俺がそう言うと、白塚さんははにかんでうつむき、どう答えたものかわからないといった様子だった。まあ――クラスが一緒なだけで大した交流もない陰気な男子から突然告白されれたときの反応にしては、最高峰のものなのかもしれない。そもそも呼び出しに応えてもらえただけでも歓喜したほどだ。
風が吹いた。俺たちの間を遮る桜が揺れる。背後に広がる菜の花がさざめく。まるで寄せては返す波のように。
この時間が一生続いたほうが、よっぽど幸せなのかもしれない。返事を待つ間、ふとそう思った。
きっと断られる。よろしくお願いします、なんて言われる未来など見えない。だったら、モラトリアムとも言えるこの瞬間を一生噛み締めていられるよう、奇跡でも起こって時が止まれば、俺は世界で一番幸せな人間になれるのではないだろうか。そんなバカバカしいことを考えてしまうのも、春の陽気が為せる技、だということにさせてくれ。
しかし刻は動く。俺の思うほど残酷ではなかったが。
「……瑛汰くん」
俺は息を呑む。
下の名前を覚えてくれていたなんて。
「……はい」
「ありがとう。とっても、嬉しいよ」
まだ返事を聞いても居ないのに泣き出してしまいそうだ。俺が、でもあるし、白塚さんも、なんだか儚げな表情をしている。いつもの咲き乱れる花のような笑顔はどこへ行ってしまったんだ。
「だけど……」
「やっぱり、ダメですよね」
「そうじゃなくて!」
とっさに大声を出す白塚さんだが、顔色は浮かないまま。
俺が陰らせてしまったのか?
変なことを言ったせいで?
告白など、身の程知らずで無粋な行為であり、玉石を傷つける罪でしかなかったのか?
「どうして……私なの?」
「え……?」
「私なんかと付き合ったら、辛い目に遭うよ? 委員長の玉木さんからも、その取り巻きの人達からも、勿論先生からも……色々意地悪されて、学校、来れなくなっちゃうかもしれない。だから……」
俺はしばらく言葉を失った。
言葉から察するに――俺たち脳天気な男子が知らないところで、白塚さんはいじめを受けていたのだ。
「そんな……」
「瑛汰くんは傷ついちゃダメだよ。こんな、無駄に」
「無駄なことなんて……ないですよ」
意識せぬまま、そんな言葉が口から出ていた。
それは決意の証か、はたまた愛されたいがゆえのでまかせか。
「それで、ずっと他の人からの告白を断っていた……とかですか?」
「……うん」
「みんな、それで引き下がったんですか?」
「……そう、だね」
「俺はそんなに中途半端なつもりでここに立ってません」
涙を隠そうとうつむいていた白塚さんが顔を挙げた。
その時また風が吹く。それはさっきより少し強くて、爽やかな香りとともに薄紅と黄色の花びらがあたりに舞い上がる。
「一緒に戦いましょうよ。そいつらと」
「本当に言ってる、って信じても……いいのかな」
「玉木はどうせ俺のこと舐めてますし、あんないい加減な担任だって俺はアテにしてません。何も変わらない。いや、白塚さんが横に居てくれるのなら、むしろ強くなる。だから」
「絵里」
心臓が跳ねる。
白塚さんの、涙声に近い一言に。
「絵里って呼んで。あざけりでも、棘でもない優しい声で、そう呼んでくれる人が欲しい」
「……絵里。絵里が隣に居るなら、俺はどんなやつだって跳ね除けるよう戦うよ。背伸びかもしれない。負けるかもしれない。だけど……それでも、最後まで俺は絵里の隣に居たい」
いつの間にか、ふたつの勇気が心に芽生えていた。不条理な攻撃と戦う勇気と、白塚さん――いや、絵里と対等になって見つめ合う勇気。
あたかも、ここに咲く桜と菜の花が互いに奏で合って絶景を成すように、その『勇気』は輝きを放つ。
ちょっと自分を美化しすぎているんだろうが――絵里の隣で彼女を守り続けるには、これくらい胸を張っていないと足りないというものだろう。
とりあえず、絵里が今は微笑んでいる。それが及第点。
目尻に雫は残っているが、いつかそれすらも拭えるように……。
難なくすんなりしなやかに、などとは言い過ぎが酷いが、俺は精一杯の告白をしたつもりだ。
クラスで誰よりも恋慕の情をその身に受けている白塚さんが、どれくらい俺の気持ちを受け止めてくれるのかはわからない。だが、見渡す限りの花畑と、降り注ぎそうな枝垂れ桜に囲まれての告白がロマンチックでなければ、冴えない俺は一体どんなロケーションで愛の言葉を伝えれば勝ち目を見れるというのか。
とにかく俺は言った。好きです、付き合ってください、と。
俺がそう言うと、白塚さんははにかんでうつむき、どう答えたものかわからないといった様子だった。まあ――クラスが一緒なだけで大した交流もない陰気な男子から突然告白されれたときの反応にしては、最高峰のものなのかもしれない。そもそも呼び出しに応えてもらえただけでも歓喜したほどだ。
風が吹いた。俺たちの間を遮る桜が揺れる。背後に広がる菜の花がさざめく。まるで寄せては返す波のように。
この時間が一生続いたほうが、よっぽど幸せなのかもしれない。返事を待つ間、ふとそう思った。
きっと断られる。よろしくお願いします、なんて言われる未来など見えない。だったら、モラトリアムとも言えるこの瞬間を一生噛み締めていられるよう、奇跡でも起こって時が止まれば、俺は世界で一番幸せな人間になれるのではないだろうか。そんなバカバカしいことを考えてしまうのも、春の陽気が為せる技、だということにさせてくれ。
しかし刻は動く。俺の思うほど残酷ではなかったが。
「……瑛汰くん」
俺は息を呑む。
下の名前を覚えてくれていたなんて。
「……はい」
「ありがとう。とっても、嬉しいよ」
まだ返事を聞いても居ないのに泣き出してしまいそうだ。俺が、でもあるし、白塚さんも、なんだか儚げな表情をしている。いつもの咲き乱れる花のような笑顔はどこへ行ってしまったんだ。
「だけど……」
「やっぱり、ダメですよね」
「そうじゃなくて!」
とっさに大声を出す白塚さんだが、顔色は浮かないまま。
俺が陰らせてしまったのか?
変なことを言ったせいで?
告白など、身の程知らずで無粋な行為であり、玉石を傷つける罪でしかなかったのか?
「どうして……私なの?」
「え……?」
「私なんかと付き合ったら、辛い目に遭うよ? 委員長の玉木さんからも、その取り巻きの人達からも、勿論先生からも……色々意地悪されて、学校、来れなくなっちゃうかもしれない。だから……」
俺はしばらく言葉を失った。
言葉から察するに――俺たち脳天気な男子が知らないところで、白塚さんはいじめを受けていたのだ。
「そんな……」
「瑛汰くんは傷ついちゃダメだよ。こんな、無駄に」
「無駄なことなんて……ないですよ」
意識せぬまま、そんな言葉が口から出ていた。
それは決意の証か、はたまた愛されたいがゆえのでまかせか。
「それで、ずっと他の人からの告白を断っていた……とかですか?」
「……うん」
「みんな、それで引き下がったんですか?」
「……そう、だね」
「俺はそんなに中途半端なつもりでここに立ってません」
涙を隠そうとうつむいていた白塚さんが顔を挙げた。
その時また風が吹く。それはさっきより少し強くて、爽やかな香りとともに薄紅と黄色の花びらがあたりに舞い上がる。
「一緒に戦いましょうよ。そいつらと」
「本当に言ってる、って信じても……いいのかな」
「玉木はどうせ俺のこと舐めてますし、あんないい加減な担任だって俺はアテにしてません。何も変わらない。いや、白塚さんが横に居てくれるのなら、むしろ強くなる。だから」
「絵里」
心臓が跳ねる。
白塚さんの、涙声に近い一言に。
「絵里って呼んで。あざけりでも、棘でもない優しい声で、そう呼んでくれる人が欲しい」
「……絵里。絵里が隣に居るなら、俺はどんなやつだって跳ね除けるよう戦うよ。背伸びかもしれない。負けるかもしれない。だけど……それでも、最後まで俺は絵里の隣に居たい」
いつの間にか、ふたつの勇気が心に芽生えていた。不条理な攻撃と戦う勇気と、白塚さん――いや、絵里と対等になって見つめ合う勇気。
あたかも、ここに咲く桜と菜の花が互いに奏で合って絶景を成すように、その『勇気』は輝きを放つ。
ちょっと自分を美化しすぎているんだろうが――絵里の隣で彼女を守り続けるには、これくらい胸を張っていないと足りないというものだろう。
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