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ブリリアント・サイバーパンク
錆びたロケット、鈍いメロディ
しおりを挟む「恋人の写真かい?」
ありふれた質問をされて飛山は顔をしかめた。大雨で行き場を失った午前三時の子羊どもは、場末のバーで安酒をあおりながら空が大人しくなるのを静かに待っている。
「あなたには、関係のない写真です」
「おっと、気を悪くしたなら謝る。なんならこのピーナッツを譲っても構わない」
「安いつまみだし、あなたの食べかけじゃないですか」
その軽く酔っ払った調子の外国人はケラケラと笑い、どうやら反省はしていない様子。飛山の胸にかかったロケットには、明るい容姿にもかかわらず、瞳に切なさを匂わせる不思議な女性を写した、セピア色の写真が入っていた。
「そうですね、かつての彼女です」
「話してくれるのかい」
「酒で流れて忘れてくれるのなら。それにしても日本語がお上手で」
「俺のハニーはジャパニーズなんだ」
「それはそれは」
大して興味のない声色で飛山は答えた。本当に興味なんてなかった。穏やかな物腰の飛山だが、他人の幸せなんてクソ喰らえという気持ちが常に彼の心の中を満たしている。そんなことに気づくわけもなく、ピーナッツ男は飛山に話の続きを促す。
「どんな娘だった?」
「最高のパートナーですよ。明るくて、気が利いて、よく働いて、そしてこんな僕のことを愛してくれました」
「君は自分を卑下する趣味があるんだね、ミスター」
飛山は首を横に振り、こう返す。
「僕は愛される価値なんてない男です。今までも、そしてこれからも」
「何があったんだい。酒にかこつけて、聞かせてはくれないか」
「それも……いいかもしれませんね」
二つ隣の客がくゆらす紫煙が鬱陶しい。飛山が口元を手で覆うのは、その臭いを気にしてなのか、もしくはピーナッツ男に感情を悟られないよう自衛しているのか。
今晩限りの付き合いならば、もうどちらでも良かった。
「僕は弱い男です。腕っぷしもなければ物事を貫き通す意志も持ち合わせていない。がらんどうの男。ですが……栞は、僕のことを優しいと言ってくれました」
「素敵な娘じゃないか」
「ええ、本当に……出来すぎたくらい、最高の恋人です」
そんな、宝物のような彼女が。
「殺されました。誰かにね」
「ジーザス」
「神に祈ったって片付かない。そんな気持ちですよ。だからその祈りは不適切だ」
そう言われてピーナッツはまた謝った。大して反省もしていない口ぶりで。
「君はそれでいいのかい?」
「いいわけがないでしょう。だから……最後の、意地を張っているんです」
「ハハン? 聞かせてくれるのかい?」
「僕は探偵だ。しがない猟犬。だから」
クイックドロウの早業でポケットから取り出したリボルバー。古い型。時代遅れ。
一人殺すには十分なおんぼろ。
「あんたの本性を知っている」
ピーナッツもといギャングの下っ端は、踵を返して走り去ろうとした。その喧騒に周囲の客もさすがに動揺する。
まっすぐな目をしているのは飛山だけだ。
真っ暗な空、そして降り止まぬ雨の中へと、下っ端は店を飛び出した。追い詰められていた。いつの間にか。こんなちっぽけな存在に。
歯がゆさは酒のせいで感じられなかった。ただ、今感じているのは命の危機。
奴は俺を殺すだろう、と下っ端は確信している。栞とかいう知らない女をどうして自分が殺したのかは記憶がないが、それもやっぱり酒のせいなのかもしれない。
飛山が追いかけてくる足音が、水たまりを弾く音とともに近づいてくる。それはカウントダウン。何の? 無論、この生命の。
追跡者が無言で淡々としているのが本当に恐ろしい。彼は自分をしがない猟犬と称したが、それどころか冷徹な死神のようだ。
もう助からないことを悟った下っ端は、時が静止したスクランブル交差点の真ん中で立ち止まった。路地裏のバーにいたはずなのに、もうこんな大通りまで追いかけられていたんだ。
「栞。あいつなんだろう?」
飛山のささやかな祈りは吐息となり、首元で揺れるロケットの銀色を曇らせる。
そして銃弾が獲物を刈り取る。
無法地帯のピーコック・シティじゃ殺人なんて裁くのもかったるい。
ただ、チンピラがひとり死んだだけ。それが本日未明の出来事。
雨にかき消されながら鈍く響くサイレンは探偵を捕まえるパトカーではなく、サーキットを飛び出した暴走ライダーたちを巣へ追いやる企業警察のそれだった。
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