商家の旦那様の「お気に入り」は

都茉莉

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 ひと月。アリシアの命日は奇しくもあの日と同じ雪になった。
 あの日と同じ情景は、セシリアの背を押すのに十分だった。

 いつものように用意したポットに無味無臭の白い粉を加える。
 ……この日のために用意していたとっておき。
 丁寧に溶かしてから、何食わぬ顔でノエルの元へ運んでいった。

「雪、降りましたね」
「ああ、十年ぶりだ」

 件の紅茶が注がれたカップに口をつけるのを確認して肩の荷が下りた心地がした。
 十年間、セシリアを縛りつけていた鎖が解けていくよう。

「あの日と同じですね。アリシア・ローランド嬢が、亡くなった日と」

 ノエルは何も言わない。
 そろそろかと顔を見ると、楽しそうに笑っていた。
 ギョッとして思わず後退る。

「君が切り出すのをずっと待っていたよ、セシリア。セシリア・ローランド」
「どうして!?」
「私が何も知らないで君を雇ったとでも思っていたのかい?」

 セシリアは歯噛みした。
 賢くて、性格が悪くて、外面のいい、演技派のこの男が、何も知らないわけがなかったのだ。
 どうして思い至らなかったのだろう。
 一度養子になって姓が変わったくらいじゃ、この男の目は誤魔化せないと。

 だけど、もう遅い。

「その紅茶には毒が入れてあるの。即死することはないけど、致死毒よ」
「うん、それで?」
「それで、って!」

 話が通じなくて苛立つ。物に当たりたくなるのをどうにか堪える。一向に崩れる気配のないノエルの笑顔が腹立たしい。

「だから言ったじゃない。アリシアの命日で、しかも雪が降っている今日、君が動くと予想していたって。それなら対策しておくのが当然だろう?」

 解毒剤くらい飲んでおくに決まっている。楽しそうな笑みに変わりはないが、嘲笑された気がしてならない。
 セシリアはもう限界だった。

「命日命日命日って! あなたが姉様を殺したんじゃない!!」

 ノエルはあっさりと肯定して、悲しげに目を伏せる。

「仕方がなかったんだ。アリシアが離れて行くから、仕方がなかったんだ」

 誰か他の人の物になるくらいなら、いっそこの手で殺してしまおう。そうすれば、彼女は永遠になる。

「彼女は私のものだ。誰にも渡したりしない」
「狂ってるわ」

 セシリアは嫌そうに吐き捨てた。目の前の人間が理解できない。
 仄暗い衝動が腹の底で煮詰まって、表情を取り繕う余裕は全くなくなった。
 そんなセシリアを見て、ノエルはまた楽しそうに笑う。

「知ってるよ、そんなことくらい」

 セシリアの腕を引いて身体を抱え込む。抵抗するが力の差がありすぎてびくともしない。
 作り物めいた顔がすぐ近くにあって、嫌悪で眉を顰めた。

「君のことを気に入っているというのは嘘じゃない。もちろん、アリシアに似てるからじゃないよ。どんな感情であれ、真っ直ぐ向けられたら嬉しいからね」
「純粋な殺意でも?」
「うん」

 何か状況を打開するものはないだろうか。
 辺りを見渡して、相手を探って、最後に自分に戻ってきたとき、短剣の存在を思い出した。
 ノエルに貰ったあの短剣だ。従順な使用人らしく言いつけ通りずっと持っていた。

 思わず笑みがこぼれる。

 訝しがったノエルの力が一瞬緩んだ。その隙に短剣を手に取る。
 精一杯の力を込めて、目指すは左胸--心臓だ。あと少しで剣先が肉に食い込むその時、腕を掴まれ止められた。
 殺意を隠しもせず睨みつける。

「残念だよ。君も離れていくんだね」
「殺すために、近づいただけよ」

 相当危ない状況ということはよく理解している。
 短剣は取り上げられて、首にはノエルの手が回っている。息が苦しくて、視界が朦朧とする。そして、ついに意識が途切れた。
 ノエルは力なく崩れ落ちたセシリアを抱き上げ、首筋にキスをひとつ落とした。


 セシリアは姿を消した。ほかの、幾人ものお気に入りと同じように。
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