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魔王になんかなりたくない!
誘惑
しおりを挟むルルナ=ベルは、古竜である。
竜魔法の名で呼ばれる独自の魔法だけだはない。人が生み出した、あるいは理論のみ構築し、必要とする魔力量の高さからまったく使用出来ないでいるものさえ、彼女が知らないものは無い。
だから、この瞬間、己のみに何が起こったのかは瞬時に理解した。
転移だ。
しかも、迷宮からの転移、世界を渡っての転移だ。
この、何百年か、ルルナ=ベルは、研鑽を積んできた。尊敬すべきリアモンド。その力に追いつき追い越すために。
しかし、これでは。
離される一方ではないのか。
転移したのはランゴバルドの街だった。市街の中心部らしい。通りは広く、五階建て以上の壮麗な建物が立ち並ぶ。
だが、そこに人々の姿はなく。
まだ、昼間のはずなのに、まるで夕暮れのような薄かありが、街を暗く淀ませている。
「大迷宮ランゴバルドへようこそ。」
アモンの声が陰陰と響いた。
「魔王二体は同時に相手をしたことがないのでな。まわりに被害がでないようにここに、招待させてもらった。」
「ランゴバルド、ではない。」
ルルナ=ベルが、噛み締めるように言った。
「ここもまた、迷宮なのか・・・」
「大迷宮、ランゴバルドだと言ったぞ。」
アモンが、ふわりとふたりの前に舞い降りた。
「し、知らない。いつからこんなところが・・・・」
「まだ、一年たってないからな。知らないのも無理もない。」
アモンは、なだめるように言った。迷惑そうなそぶりを見せても、結局のところ、アモンも身内には甘々なのである。
「ま、まさか、あなたさまが・・・・」
まだ、アモンとは呼びにくい。かといって、慣れしたんだリアモンドと呼んで素粒子に分解されるのもいやだったので、そんな呼び方をしたのだが、言った当人も言われたアモンも照れていた。
「魔王になることをおそれて、心を裂いてしまったのは、大失敗だったな。」
アモンとルルナ=ベルの、細やかな心理のやりとりなど、無視して、フィオリナが前に出た。
「ルルベルーナよ。おまえは相談するべる内容を間違えているぞ。」
「なにを言う! わたしはおまえらのような卑賤な人間のたぐいでは、ない。竜だぞ。
我が絶大なる力が、もし魔にみいられてしまったら。」
「しまったらどうなる?」
「あ、危ないでしょ?」
われながら、馬鹿みたいな答えをしているな、と思いながら、ルルナ=ベルは言い返した。
そうだな、危ない。
と、美しく整った要しながら、若干凹凸に乏しい体で、胸をはるようにして、アモンが残念姫と呼んだ人物は、続けた。
「だが、いまのおまえだって、十分危ないのだ。あまさら、魔王になって、危うさがどのくらい増すのだ?」
「・・・・・・」
「殺される人間にとって、首を吹き飛ばされるのと全身を吹き飛ばされるのと。どのくらい違うだろうか。
吹き飛んだ後で、言うのかな。『あぁ、よかった、首からしたが無事で。』」
「竜王よ。」
フィオリナの瞳を、ルルナ=ベルの金の輝きを持つ瞳が見返した。
古竜は、人間にとっては上位種族である。そのひと睨みで、訓練されていないものはすくみ上がり、酷ければ意志を失うだろう。
だが、フィオリナは、静かにルルナ=ベルを、見返した。
「わからぬことに、怯えていないで、まず魔王になってみろ。」
「ざ、残念ひめどの・・・」
「フィオリナ!」
「フィオリナ殿。それが出来ぬから、困っているのです。わかりませんか?」
ルルナ=ベルは知らず知らずに、敬語を使っている。下等種族に!
毛の薄い猿ごときに!
「いやなら断われ。竜王が拒否すれば、それで終わりだ。魔王への道はなかったことになる。」
「そ、それは」
「魅力的に聞こえたのだろう?
魔王にならぬか、という囁きが。」
フィオリナは、魔王のような笑いを浮かべた。
え?
魔王のような。
では、ない。
さの笑みは。
「わたしは喜んで魔王になったぞ、竜王陛下。」
ルルナ=ベルは息を飲んだ。気圧されるはずだ。敬語のひとつも使いたくなるはずだ。
これは、ただの冒険者では無い。
「世界の声」に、導かれた魔王だ。
「ま、魔王になって」
竜王は生まれてこの方、出したこともないか細い声で言った。
「いったいなにを・・・」
「欲しいものを全て、手に入れる!」
少女は高らかに宣言した。
「ルトも手に入れる! リウもそばにおく。気に入らぬものは永久凍土に閉じ込め、わたしが、気に入ったものだけの世界を作る!」
あ、あくま。
ルルナ=ベルは、心の中でつぶやいた。
あ、魔王だからそれでいいのか。
フィオリナは白いのどを見せて、哄笑した。狂的なものを感じる笑いが、迷宮ランゴバルドの空に響いた。
倒す、か。
ルルナ=ベルは、決心した。
「フィオリナは、間違っていないんだ。」
空間が漣のようにゆれ、少年と小柄な女性が現れた。
そうだ。「一般常識」の履修に時にもいた。少年は、確かルト、と言ったのだ。
「お、お、お、まえは、転移も使えるのか?」
「ああ、理屈はわかるんですけど、どうしても不確定な魔法なので、あんまり使いません。
ここは、地上のランゴバルドと重なる形で存在している迷宮なので、転移以外では、入るのが難しいので、しょうがないんですけどね。」
「し、しかし、一人ならともなく、同伴者のいる転移など・・・」
「ルールス先生は別に、厄介な同伴者じゃあありませんよ。」
小柄な美女は、なぜか顔を赤らめた。
「で、フィオリナが間違っていない、というのは?」
「魔王になりたいという願望と、なってはいけないという意思と。
どちらもあまりにも強力で、バーレクさんが記憶を改竄した別人格を作った時に、完全に別人に別れてしまった。
ほっておけば、自分の中での殺し合いです。
もう一度、統合するには、魔王になってみるしか、ない。
そう、フィオリナのように。」
「そ、それでどうなる! 世界が破滅するかもしれんのだぞ!」
「ああ、大丈夫です。」
ルト少年は、ものすごい安請け合いをした。
「ぼくたちが止めますから。そのための『踊る道化師』なので。」
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