50 / 59
第四章 混迷
第50話 その名はゲオルグ
しおりを挟む
魔道院のマロウド学院長は、このところろ、とてもとても上機嫌だ。
これは、秘書であるリーシャには、頭が痛い。
長年仕えているこの上司は、ちょっと機嫌が悪いくらいがちょうどいいのだ。
あまり機嫌がいいと、ロクでもない発明や、とんでも理論を言い出して、世間さまをお騒がせする傾向にある。
「リーシャ、思うんだけど、怒りの表現としていの暴力は肯定されるべきなのかな。」
お茶のお代りを要求しながら、マロウドはそんなことを言った。
「暴力は、同様な手段での報復を産み、なにも解決はしない。だが、暴力を振るうことでしか、自分が怒っていると、相手に分からせることができない、という場合は、けっこう多い。」
「例えば、差別され、迫害され、北方の地に追いやられた魔族が、千年前に、魔族大戦をおこしたようなケースですか?」
「そうだな。もっと近年だと、吸血鬼に対する亜人差別の問題がある。
ほんの五十年前までは、たとえばランゴバルドのような先進的な国でも、吸血鬼にのみ、低賃金で、長時間の労働を強いて、平気だった。
彼らは、虐待に対する正当な怒りの現れとして、虐待する上役ではなく、関係こない民の血をすすり、故意に、吸血鬼増殖のパンデミックを引き起こした。」
「言われなき差別は、現代でも続いていますよ。」
リーシャは、ヨウィスがブレンドした茶番に注意深く、お湯を注ぎながら言った。
食事は、ヨウィスがいるときには、もっぱら、ヨウィスの作業だった。
今回、中央軍の監視のために、迷宮探索に同行しているが、マロウドお気に入りの茶葉のだけは、大量に用意していった。
「死者は生者を忌み嫌うし、生者は死者を恐れます。」
マロウドは、ちょっと考えた。
「わかった……この話はなしだ。
我らのアルディーン嬢は、はたして無事に階層主に会えただろうか?」
「どの階層主にです?
上古の神獣ギムリウスですか?
真祖吸血鬼リンドですか?
神竜皇妃リアモンドですか?
究極生命ミュラスですか?
死霊王オロアですか?」
それとも、とリーシャはひと息ついた。
「賢者ウィルニアですか?」
「最後のは少なくとも、ない、な。」
マロウドは言った。
「あと、リアモンドは、外出中だ。残りは、ギムリウス、ミュラス、オロアだが……」
「オロアは、この手の政争の話を時分に持ってくるなと、日頃から言明しています。
言わば、兄弟弟子にあたるサリア・アキュロンがそれを知らないはずはありません。」
「ミュラスは、いくらなんでも相談相手としては、対象外だろう。」
マロウドは言った。
「あれに、人間社会のことが、理解出来るとは思えない。
まったく逆の意味で、リンドも対象外だ。
西域には、吸血鬼たちの暮らす“漆黒城”がある。強力な戦力ではあるが、逆に反中央軍の立場を明確にしてしまえば、ここぞとばかりに、攻められる可能性もある。」
「なら、アルディーンはどの階層主を尋ねると?」
「そこは、逆の発想だ。」
マロウドは、リーシャのいれたお茶を、ずふずると品悪く、すすりながら言った。
「彼らは確かに、助言をとりあえずの庇護先を求めていたには違いない。
中央軍が、はっきり敵とわかったのは、ともかくとして、では、どこが味方かと言えば、クローディアの実家やわたしも含めて、はっきり味方と言えるものは、ひとりもいない。
まあ、わざわざ、ヒスイという人材を召喚したのだから、ボルテックは味方なのだろうが、彼は出奔してしまって、連絡もつかない。」
「なるほど。
周り全てが敵の状態ならば、魔王宮のほうがかなりマシということですか。」
リーシャは、頷いた。
「それだけではないぞ。
中央軍が強大なのは、あくまで、中央から、無限に増援が送れるからだ。
魔王宮のなかでは、そうはいかない。」
まさか?
リーシャ。
死せる聖女は、呟きた。
「そう。
魔王宮のなかで、追手であるグリシャム・バッハを返り討ちにする。
そうすれば、やつらの目論見。“魂移し”は使えなくなる。」
「逃げたのではなく、誘い込んだ?」
屍人が青ざめるということは、有り得るのだろうか。
「アルディーン姫のことは、わたしもある程度、把握していたつもりです。
確かに非凡な生徒ではありますが、そこまでの大胆な行動をとりますか?」
「ボルテックがつけたヒスイの知恵だろう。」
「ヒスイ……」
リーシャは、呟いた。
「ボルテックが、アルディーンのために召喚した英傑には、違いない。
しかし、なにものなのでしょう?」
「大した知恵者には、違いない。
オマケに、恐ろしく捻くれている。」
マロウドは、はしゃぐように手を叩いた。
いまにも踊り出しそうだった。
「何も手がかりがなくとも、候補は限られてくる。」
「捻くれきった知恵者。」
リーシャは、マロウドを睨んだ。
「例えば、賢者ウィルニアのような、ですか?」
「そうだな。もしくは、それに匹敵する捻くれた具合と、バツグンの知恵を持つ者だ。」
そんなものがいるわけが、と言いかけて、リーシャは口をつぐんだ。
眉の間に深いシワを刻んで、リーシャはノロノロと、続けた。
「“踊る道化師”のルトとか、ですか?」
「そう。あとは、アデル帝の最初の夫、ルクセン公とか、だな。
だが、前者は、我々に人の世への直接介入を厳禁した本人だし、ルクセン公がいまさら、アデルの後継者争いに首を突っ込むとは考えにくい。」
「ならば」
「忘れたのかね? きみも一時期、親しくしていたはずだ。ここ二十年ばかりは隠遁生活に、はいってしまって、世には出てこなかったが。たしか齢は、90を越えていたはずだ。転生させても本人からも文句は出ないだろう。」
「……ゲオルグ! 背教者ゲオルグがヒスイだというのですか!?
たしかに、優秀で、しかも大胆不敵な人物でしたが! 所詮は、小悪党のたぐいです。」
長年、つれそった部下の優秀さに満足するように、マロウドは笑った。
「小悪党とはなんだね?
利に聡く、主義主張に固執せず、頑迷な正義感を、もたない。
まさに、このような時代に求められる人物そのものだよ!」
これは、秘書であるリーシャには、頭が痛い。
長年仕えているこの上司は、ちょっと機嫌が悪いくらいがちょうどいいのだ。
あまり機嫌がいいと、ロクでもない発明や、とんでも理論を言い出して、世間さまをお騒がせする傾向にある。
「リーシャ、思うんだけど、怒りの表現としていの暴力は肯定されるべきなのかな。」
お茶のお代りを要求しながら、マロウドはそんなことを言った。
「暴力は、同様な手段での報復を産み、なにも解決はしない。だが、暴力を振るうことでしか、自分が怒っていると、相手に分からせることができない、という場合は、けっこう多い。」
「例えば、差別され、迫害され、北方の地に追いやられた魔族が、千年前に、魔族大戦をおこしたようなケースですか?」
「そうだな。もっと近年だと、吸血鬼に対する亜人差別の問題がある。
ほんの五十年前までは、たとえばランゴバルドのような先進的な国でも、吸血鬼にのみ、低賃金で、長時間の労働を強いて、平気だった。
彼らは、虐待に対する正当な怒りの現れとして、虐待する上役ではなく、関係こない民の血をすすり、故意に、吸血鬼増殖のパンデミックを引き起こした。」
「言われなき差別は、現代でも続いていますよ。」
リーシャは、ヨウィスがブレンドした茶番に注意深く、お湯を注ぎながら言った。
食事は、ヨウィスがいるときには、もっぱら、ヨウィスの作業だった。
今回、中央軍の監視のために、迷宮探索に同行しているが、マロウドお気に入りの茶葉のだけは、大量に用意していった。
「死者は生者を忌み嫌うし、生者は死者を恐れます。」
マロウドは、ちょっと考えた。
「わかった……この話はなしだ。
我らのアルディーン嬢は、はたして無事に階層主に会えただろうか?」
「どの階層主にです?
上古の神獣ギムリウスですか?
真祖吸血鬼リンドですか?
神竜皇妃リアモンドですか?
究極生命ミュラスですか?
死霊王オロアですか?」
それとも、とリーシャはひと息ついた。
「賢者ウィルニアですか?」
「最後のは少なくとも、ない、な。」
マロウドは言った。
「あと、リアモンドは、外出中だ。残りは、ギムリウス、ミュラス、オロアだが……」
「オロアは、この手の政争の話を時分に持ってくるなと、日頃から言明しています。
言わば、兄弟弟子にあたるサリア・アキュロンがそれを知らないはずはありません。」
「ミュラスは、いくらなんでも相談相手としては、対象外だろう。」
マロウドは言った。
「あれに、人間社会のことが、理解出来るとは思えない。
まったく逆の意味で、リンドも対象外だ。
西域には、吸血鬼たちの暮らす“漆黒城”がある。強力な戦力ではあるが、逆に反中央軍の立場を明確にしてしまえば、ここぞとばかりに、攻められる可能性もある。」
「なら、アルディーンはどの階層主を尋ねると?」
「そこは、逆の発想だ。」
マロウドは、リーシャのいれたお茶を、ずふずると品悪く、すすりながら言った。
「彼らは確かに、助言をとりあえずの庇護先を求めていたには違いない。
中央軍が、はっきり敵とわかったのは、ともかくとして、では、どこが味方かと言えば、クローディアの実家やわたしも含めて、はっきり味方と言えるものは、ひとりもいない。
まあ、わざわざ、ヒスイという人材を召喚したのだから、ボルテックは味方なのだろうが、彼は出奔してしまって、連絡もつかない。」
「なるほど。
周り全てが敵の状態ならば、魔王宮のほうがかなりマシということですか。」
リーシャは、頷いた。
「それだけではないぞ。
中央軍が強大なのは、あくまで、中央から、無限に増援が送れるからだ。
魔王宮のなかでは、そうはいかない。」
まさか?
リーシャ。
死せる聖女は、呟きた。
「そう。
魔王宮のなかで、追手であるグリシャム・バッハを返り討ちにする。
そうすれば、やつらの目論見。“魂移し”は使えなくなる。」
「逃げたのではなく、誘い込んだ?」
屍人が青ざめるということは、有り得るのだろうか。
「アルディーン姫のことは、わたしもある程度、把握していたつもりです。
確かに非凡な生徒ではありますが、そこまでの大胆な行動をとりますか?」
「ボルテックがつけたヒスイの知恵だろう。」
「ヒスイ……」
リーシャは、呟いた。
「ボルテックが、アルディーンのために召喚した英傑には、違いない。
しかし、なにものなのでしょう?」
「大した知恵者には、違いない。
オマケに、恐ろしく捻くれている。」
マロウドは、はしゃぐように手を叩いた。
いまにも踊り出しそうだった。
「何も手がかりがなくとも、候補は限られてくる。」
「捻くれきった知恵者。」
リーシャは、マロウドを睨んだ。
「例えば、賢者ウィルニアのような、ですか?」
「そうだな。もしくは、それに匹敵する捻くれた具合と、バツグンの知恵を持つ者だ。」
そんなものがいるわけが、と言いかけて、リーシャは口をつぐんだ。
眉の間に深いシワを刻んで、リーシャはノロノロと、続けた。
「“踊る道化師”のルトとか、ですか?」
「そう。あとは、アデル帝の最初の夫、ルクセン公とか、だな。
だが、前者は、我々に人の世への直接介入を厳禁した本人だし、ルクセン公がいまさら、アデルの後継者争いに首を突っ込むとは考えにくい。」
「ならば」
「忘れたのかね? きみも一時期、親しくしていたはずだ。ここ二十年ばかりは隠遁生活に、はいってしまって、世には出てこなかったが。たしか齢は、90を越えていたはずだ。転生させても本人からも文句は出ないだろう。」
「……ゲオルグ! 背教者ゲオルグがヒスイだというのですか!?
たしかに、優秀で、しかも大胆不敵な人物でしたが! 所詮は、小悪党のたぐいです。」
長年、つれそった部下の優秀さに満足するように、マロウドは笑った。
「小悪党とはなんだね?
利に聡く、主義主張に固執せず、頑迷な正義感を、もたない。
まさに、このような時代に求められる人物そのものだよ!」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる