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第9部 道化師と世界の声
魔道人形と黒き不死者
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戦いであれ、交渉事であれ、全員がすべてを満足させるなどということは、出来ない。
全員が、我を通した上で、少しづつ不満を抱いて、散開したのは、実に正しかったのでは無いか。
ぼくが、そう言うと、シャーリーは、髑髏の顔で歯をカタカタ言わせて笑った。
「いまの話にどこか、面白いところがあったの?」
アンデットの笑いのツボがわからない。
ぼくがそう聞くと、シャーリーは、ちゃんとした、つまり肉も肌もある人間の顔に戻って、なおも楽しそうだった。
「そんな屁理屈を述べたがるのは、あなたとウィルくらいのものですわ、ルトくん。」
そう。
シャーリーは、ぼくの従魔になっている。この主従関係に“認識阻害”は効果が薄いのだ。
ウィルニアは、リウのところに泊めてもらおうとしたのだが、まだウィルニアを許してはいないリウに、すげなく断られ、かといって、正規のルートで入国していないために、ちゃんとしたホテルに宿泊するための身分証明証がなく、しかたなく、場末のその手の宿をとったらしい。
らしい、というのは、元聖女のシャーリーは、そんなところに泊まるのは否だったので、とっとと、彼のもとを飛び出して、ぼくの痕跡をたどって、アシット邸にやってきたからだ。
フィオリナやグルジエンに合わせたくなかったぼくは、シャーリーを連れ出した…ベータに見つかって、一緒に着いてこられたのは、計算外だったが。
とはいえ、シャーリーからの情報は役に立つ。
試合は明後日、明明後日の2日間。
これは、今日の会合に出席した補欠のパーティたちにはその場で伝達されている。
賭けを盛り上げるためにしろ、日程も不明のまま、前売りチケットを購入した観客のために、いくらなんでももう少し時間の余裕があったほうがいいと思うのだが、アシットとしては、新しく参集した連中を大人しくさせておく余裕がなかったらしい。
ここらは、ぼくも同じく判断をしたかもしれない。
強者はとかくワガママで、それに振り回される中間管理職の悲哀は、大いに同情できた。
「その子が、噂にきいたもう一人のフィオリナね?」
はい。
とか、ベータはめずらしく緊張した面持ちだった。彼女の実力はフィオリナに匹敵するし、性格だって、基本は一緒なのだが、ここまで高位のアンデットに会ったのは、はじめてだったらしい。
いや、実際に、彼女を崇める「真なる女神」なる教団がある以上、もはや単なるアンデッドではなく、「神」に近い存在なのだろうか。
ぼくが、そう言うと、シャーリーは、偏頭痛でもしたかのように、眉の間を何度か指で押した。
「あの子たちの祈りは、わたしには届いてないわ。正直、その存在すら知らなかったのね。
感想を言うならば、今になって祀ってくれるよりも、地下迷宮に落とされた時点で助けて欲しかったんだけど。
結局」
美しい顔が一瞬溶け崩れて、黒い髑髏が見えた。
「聖光教会の内紛に、特に『勇者』と『聖女』、『剣聖』をがっちり囲ってしまっている教皇庁に、不満を抱く一派が新たに教義を担ぎあげる際に、ダシに使われたってことかな。」
「さすがに、ウィルニアと長年、一緒にいるだけのことはある。」
ぼくは指摘した。
「かなりのひねくれ方だけどね、それは。」
会場は先日、ヴイラックが『鏡』を設置していたあの、スタジアムだ。
ということは、あくまでもこれは「試合」であり、本気の殺し合いではない。
街区が、そっくり、消し飛ぶような大規模魔法もなしだし、古竜たちも人化したままで戦ってくれるのだろう。
「自信がないな。」
ベータは、寝巻きの前をかきよせた。
場所は、地上から30階の高さ。
高層建築体同士を結ぶ『巣』の上だった。
ベータの繭は、彼女の特製で広さは充分あったが、なにぶん密閉性の高いものでは無い。
夜空を吹き抜ける風は、けっこう冷たく、ベータは夜着は肌が透けて見えるような薄物だった。
「ルトくんは、彼女と付き合っているのですか?」
突然のシャーリーの発言に、ぼくとベータはそろってむせた。
ベータが持ち込んでくれた水筒のお茶が、繭のなかを濡らした。
「ち、違うっ!
わたしは、リウと付き合ってるし!」
「アンデッドでも理解できないようなことをしますね、リウ様は。」
シャーリーは、聖女にしては随分と辛辣な口調で言った。
「ご友人たるルトくんの婚約者といい仲になったのを、反省して、残念姫を残してカザリームまで、やってきて、そこでまた、愛する残念姫をモデルに作られた魔道人形と恋仲になる。」
眼球を失った眼窩が、ベータを見つめた。
「魔道人形は、世話になったアシット閣下を袖にして、リウさまの元に走り、いままた、ルトくんを誘惑しようとしている。」
「わ、わたしはっ!」
ベータは、ムキになって言い返した。
「わたしは自分の気持ちを確かめたいのっ! グランダを出たときの、アシットへの恋心と、ルトへの想いが冷めていたのは、アシットがそうするように調整したからだってことは、わかってる!」
「それで、自分の気持ちですか。」
シャーリーの眼窩に再び、眼球が点る。
「なんて、わがままで自分勝手なお方でしょう・・・・それは、とても、よいことですわ。」
シャーリーは、少女のように、上気した頬を隠すように両手を持ち上げた。
それは、黒い骨ではなく、柔らかで健康そうな肌に包まれた、華奢で繊細は手だった。
「わたしは、アンデッドです。そのような感情は、知識として、あるいは遠い昔の記憶としてしか持ち合わせておりません。生きているあなたが羨ましい。」
ベータの顔に、複雑な感情が浮かんだ。
「生きている? 確かに、わたしは生きていると自覚している。でも、わたしは魔道人形だ。」
「確かにお人形さんは、誕生した瞬間から『生きている』とは言えないですわね。でもそこから『存在し続ける』ことで、生きた存在に変わることができるのです。
通常は、百年はかかる作業なのですが、モデルとなったフィオリナ姫と、アシット殿の薫陶が良かったのでしょう。今のあなたは間違いなく、生きています。
だから、自分の気持ちを大事にするのは、とてもよいことなのです。」
「だ、」
ベータの顔は真っ赤になっていた。
「だってさ。ルト。」
「それと、これとは全く別問題だ。」
ぼくがきっぱり言うと、ベータはみるみるしょげた。
全員が、我を通した上で、少しづつ不満を抱いて、散開したのは、実に正しかったのでは無いか。
ぼくが、そう言うと、シャーリーは、髑髏の顔で歯をカタカタ言わせて笑った。
「いまの話にどこか、面白いところがあったの?」
アンデットの笑いのツボがわからない。
ぼくがそう聞くと、シャーリーは、ちゃんとした、つまり肉も肌もある人間の顔に戻って、なおも楽しそうだった。
「そんな屁理屈を述べたがるのは、あなたとウィルくらいのものですわ、ルトくん。」
そう。
シャーリーは、ぼくの従魔になっている。この主従関係に“認識阻害”は効果が薄いのだ。
ウィルニアは、リウのところに泊めてもらおうとしたのだが、まだウィルニアを許してはいないリウに、すげなく断られ、かといって、正規のルートで入国していないために、ちゃんとしたホテルに宿泊するための身分証明証がなく、しかたなく、場末のその手の宿をとったらしい。
らしい、というのは、元聖女のシャーリーは、そんなところに泊まるのは否だったので、とっとと、彼のもとを飛び出して、ぼくの痕跡をたどって、アシット邸にやってきたからだ。
フィオリナやグルジエンに合わせたくなかったぼくは、シャーリーを連れ出した…ベータに見つかって、一緒に着いてこられたのは、計算外だったが。
とはいえ、シャーリーからの情報は役に立つ。
試合は明後日、明明後日の2日間。
これは、今日の会合に出席した補欠のパーティたちにはその場で伝達されている。
賭けを盛り上げるためにしろ、日程も不明のまま、前売りチケットを購入した観客のために、いくらなんでももう少し時間の余裕があったほうがいいと思うのだが、アシットとしては、新しく参集した連中を大人しくさせておく余裕がなかったらしい。
ここらは、ぼくも同じく判断をしたかもしれない。
強者はとかくワガママで、それに振り回される中間管理職の悲哀は、大いに同情できた。
「その子が、噂にきいたもう一人のフィオリナね?」
はい。
とか、ベータはめずらしく緊張した面持ちだった。彼女の実力はフィオリナに匹敵するし、性格だって、基本は一緒なのだが、ここまで高位のアンデットに会ったのは、はじめてだったらしい。
いや、実際に、彼女を崇める「真なる女神」なる教団がある以上、もはや単なるアンデッドではなく、「神」に近い存在なのだろうか。
ぼくが、そう言うと、シャーリーは、偏頭痛でもしたかのように、眉の間を何度か指で押した。
「あの子たちの祈りは、わたしには届いてないわ。正直、その存在すら知らなかったのね。
感想を言うならば、今になって祀ってくれるよりも、地下迷宮に落とされた時点で助けて欲しかったんだけど。
結局」
美しい顔が一瞬溶け崩れて、黒い髑髏が見えた。
「聖光教会の内紛に、特に『勇者』と『聖女』、『剣聖』をがっちり囲ってしまっている教皇庁に、不満を抱く一派が新たに教義を担ぎあげる際に、ダシに使われたってことかな。」
「さすがに、ウィルニアと長年、一緒にいるだけのことはある。」
ぼくは指摘した。
「かなりのひねくれ方だけどね、それは。」
会場は先日、ヴイラックが『鏡』を設置していたあの、スタジアムだ。
ということは、あくまでもこれは「試合」であり、本気の殺し合いではない。
街区が、そっくり、消し飛ぶような大規模魔法もなしだし、古竜たちも人化したままで戦ってくれるのだろう。
「自信がないな。」
ベータは、寝巻きの前をかきよせた。
場所は、地上から30階の高さ。
高層建築体同士を結ぶ『巣』の上だった。
ベータの繭は、彼女の特製で広さは充分あったが、なにぶん密閉性の高いものでは無い。
夜空を吹き抜ける風は、けっこう冷たく、ベータは夜着は肌が透けて見えるような薄物だった。
「ルトくんは、彼女と付き合っているのですか?」
突然のシャーリーの発言に、ぼくとベータはそろってむせた。
ベータが持ち込んでくれた水筒のお茶が、繭のなかを濡らした。
「ち、違うっ!
わたしは、リウと付き合ってるし!」
「アンデッドでも理解できないようなことをしますね、リウ様は。」
シャーリーは、聖女にしては随分と辛辣な口調で言った。
「ご友人たるルトくんの婚約者といい仲になったのを、反省して、残念姫を残してカザリームまで、やってきて、そこでまた、愛する残念姫をモデルに作られた魔道人形と恋仲になる。」
眼球を失った眼窩が、ベータを見つめた。
「魔道人形は、世話になったアシット閣下を袖にして、リウさまの元に走り、いままた、ルトくんを誘惑しようとしている。」
「わ、わたしはっ!」
ベータは、ムキになって言い返した。
「わたしは自分の気持ちを確かめたいのっ! グランダを出たときの、アシットへの恋心と、ルトへの想いが冷めていたのは、アシットがそうするように調整したからだってことは、わかってる!」
「それで、自分の気持ちですか。」
シャーリーの眼窩に再び、眼球が点る。
「なんて、わがままで自分勝手なお方でしょう・・・・それは、とても、よいことですわ。」
シャーリーは、少女のように、上気した頬を隠すように両手を持ち上げた。
それは、黒い骨ではなく、柔らかで健康そうな肌に包まれた、華奢で繊細は手だった。
「わたしは、アンデッドです。そのような感情は、知識として、あるいは遠い昔の記憶としてしか持ち合わせておりません。生きているあなたが羨ましい。」
ベータの顔に、複雑な感情が浮かんだ。
「生きている? 確かに、わたしは生きていると自覚している。でも、わたしは魔道人形だ。」
「確かにお人形さんは、誕生した瞬間から『生きている』とは言えないですわね。でもそこから『存在し続ける』ことで、生きた存在に変わることができるのです。
通常は、百年はかかる作業なのですが、モデルとなったフィオリナ姫と、アシット殿の薫陶が良かったのでしょう。今のあなたは間違いなく、生きています。
だから、自分の気持ちを大事にするのは、とてもよいことなのです。」
「だ、」
ベータの顔は真っ赤になっていた。
「だってさ。ルト。」
「それと、これとは全く別問題だ。」
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