3 / 28
第3話 追放
しおりを挟む
刃傷沙汰も、アリかな。とミイナが思い始めた時に、部屋のドアが開かれた。
執事頭のゼパスが突き飛ばされるようにして、転がり込んできた。
だいぶ、痛めつけられたと見えて傷だらけだ。
そのまま、床に這いつくばって、頭を下げた。
「す、すいません、傭兵はやとえませんでした。」
「まったく!」
続いて、ずかずかと入ってきたのは、先代侯爵の兄アルセイ、ミイナ姉妹にとっては叔父にあたる人物だった。アルセンドリック侯爵家の力で、男爵の地位を得た。国と時代によっても異なるが、ここでは、男爵は決められた領地なしでも拝命することができるため、庶民でも金でどうにかなる地位ではある。
たしかまだ50代だったはずだが、よく禿げ上がり、でっぷりと太り、嫌味な口髭を蓄えている。
嫌な意味で亡き父を思い起こさせるが、先代アルセンドリック公爵がもっていた過度な残虐性、よく言うならば、果断な判断力もない。
「こいつが、傭兵団『柔らかな岩』の事務所で揉めていたので、わしが仲裁してやったのだ。」
「ち、違います。わたしが交渉中に、アルセイ閣下が、こんなヤツの依頼を受ける必要はないと割り込んできて‥‥。」
「ゼパス。」
せいぜい、冷酷に聞こえるように声色を作って、ミイナは言った。
「そもそも『柔らかな岩』が叔父上の組織した傭兵団と、わかっていて、そこを訪れたの?」
「い、いえ。何件か断られて、最後に寄った『生け贄の子羊』から、紹介されました。あそこなら、規模も小さいし、腕も悪いて、いつも閑古鳥が鳴いているので、ひょっとしたら受けともらえるかも知れないと言われて、藁をもすがる思いで。」
「わかったから、もう下がりなさい。罰はあとで与えます。」
とにかく、ゼパスを下がらせなければ、アルセイの罵詈雑言は、止まらなかっただろう。
アルセイが小遣い稼ぎのつもりで、金を注ぎ込んだ『柔らかな岩』は、たしかこの三年、経費の削減とそれによる規模の縮小、依頼件数の低下という負のスパイラルを無限に繰り返していたはずだ。
そんなところに、アルセンドリック家の一大事に、セバスが駆け込んだのは、ある種のいやがらせと受け取られたのかもしれない。
ミイナがすすめる間もなく、アルセイは、食卓に腰を落ち着けた。そこは、一家の主が座るべき席であって・・・・。親戚筋だろうが、年長者だろうが、客人が座って良い席ではなかった。
なにか、飲み物と食べ物をもってこい。
なんだ、この安物の食器は。調度品もずいぶんと品のないものに替わっているな。まったく化け物に当主をまかせるとこんなことになるのか。なげかわしい。
ああ? そうだ、ワインだ。
いちばん、いいものを持って来い。
ミイナは自ら、席をたって、棚の奥から厳重に封印された黒い瓶を持ち出して、アルセイの前で、指でコルクを引き抜いた。
ワイングラスに、どろりとした液体を流し込む。
アルセイは、生臭い匂いに、顔をしかめて、のけぞった。
ミイナにとっては悪くない香りなのだが。
「いまのアルセンドリック侯爵家には最高のワインです。もともとは、ルドルフ用でした。」
「本当にワインか!・・・・これは。」
「ドゥネルガ子爵の農場で採れた葡萄だけを使った、ルビヨンの逸品です。そちらに七種の没薬をまぜ、健康なこどもの血液で割った当家オリジナルのブレンドワインです。」
「下げろ、ミイナ。わしを化け物と一緒にするな。」
テーブルが叩かれ、食器が何枚か割れた。
倒れかけたワインボトルを、ひょいとミイナは掴んで、破損から救った。
「そうなると、お酒は勘弁していただきたいです。みなさまをお呼びしたのは葬儀についての次第を確認したかったため。あまり酔いがまわっては、相談もできません。」
「後継者なら、わしの息子のエヴァンを立てようと思う。」
そんなことは一言も言ってないんだけどな、とミイナは思ったが、反論は彼女の姉たちがかわりにしてくれた。
「それは、わたしのアルセルタスを後継者に決まったところなのだけれど。」」
「わたしのハルルカです。」
内容は、ミイナの望んだ内容ではなかった。
「葬儀のお話が出来ないのなら、お引取りください。」
ミイナは、出口を指さした。
こうなることは、ある程度予想はしていたが、二人の姉と叔父はあまりにも欲望に、正直すぎた。
「出ていけ? あなたが、なんの権限でそれを言うの?」
次姉のジュリエッタが、無邪気そうな顔で言った。昔から、この姉はそうだった。誰よりも純真なふりをして、誰よりも邪悪なことをする。
「入婿とはいえ、当主を勤めたルドルフが、死んだ以上、あなたにはなんの権利もないの。」
「なにを馬鹿な! わたしは、先代侯爵である父の実子です!」
「そう、それだけ、ね。」
マハラは、冷たく言った。
「だったら、わたしたちも先代侯爵の娘で、あなたより年長。アルセイ叔父様も、ね。
あなたももちろん、わたしたちの血縁ではあるのだから、大事な家督相続について、発言する権利は認めるわ。でも、それについて発言しないなら、出ていくのはあなたね。」
「マハラは、賢いな。」
アルセイは、にんまりと笑った。
「わしの言いたいことも、まさに、そのようなことだ。歴史あるアルセンドリック侯爵家に、化け物の番はいらん。」
彼が、パチリと指をならすと、どかどかと軽装鎧に身を固めた兵士が、入り込んできた。
ミイナは、またアイシャのお尻を撫でた。
「変なクセをつけないでください。わたしもむやみやたらに、切りかかったりしません。それに、」
ベテランのAクラス冒険者は、ミイナにだけわかるように笑ってみせた。
「『柔らかな岩』の小隊くらい、片手で処理できます。」
執事頭のゼパスが突き飛ばされるようにして、転がり込んできた。
だいぶ、痛めつけられたと見えて傷だらけだ。
そのまま、床に這いつくばって、頭を下げた。
「す、すいません、傭兵はやとえませんでした。」
「まったく!」
続いて、ずかずかと入ってきたのは、先代侯爵の兄アルセイ、ミイナ姉妹にとっては叔父にあたる人物だった。アルセンドリック侯爵家の力で、男爵の地位を得た。国と時代によっても異なるが、ここでは、男爵は決められた領地なしでも拝命することができるため、庶民でも金でどうにかなる地位ではある。
たしかまだ50代だったはずだが、よく禿げ上がり、でっぷりと太り、嫌味な口髭を蓄えている。
嫌な意味で亡き父を思い起こさせるが、先代アルセンドリック公爵がもっていた過度な残虐性、よく言うならば、果断な判断力もない。
「こいつが、傭兵団『柔らかな岩』の事務所で揉めていたので、わしが仲裁してやったのだ。」
「ち、違います。わたしが交渉中に、アルセイ閣下が、こんなヤツの依頼を受ける必要はないと割り込んできて‥‥。」
「ゼパス。」
せいぜい、冷酷に聞こえるように声色を作って、ミイナは言った。
「そもそも『柔らかな岩』が叔父上の組織した傭兵団と、わかっていて、そこを訪れたの?」
「い、いえ。何件か断られて、最後に寄った『生け贄の子羊』から、紹介されました。あそこなら、規模も小さいし、腕も悪いて、いつも閑古鳥が鳴いているので、ひょっとしたら受けともらえるかも知れないと言われて、藁をもすがる思いで。」
「わかったから、もう下がりなさい。罰はあとで与えます。」
とにかく、ゼパスを下がらせなければ、アルセイの罵詈雑言は、止まらなかっただろう。
アルセイが小遣い稼ぎのつもりで、金を注ぎ込んだ『柔らかな岩』は、たしかこの三年、経費の削減とそれによる規模の縮小、依頼件数の低下という負のスパイラルを無限に繰り返していたはずだ。
そんなところに、アルセンドリック家の一大事に、セバスが駆け込んだのは、ある種のいやがらせと受け取られたのかもしれない。
ミイナがすすめる間もなく、アルセイは、食卓に腰を落ち着けた。そこは、一家の主が座るべき席であって・・・・。親戚筋だろうが、年長者だろうが、客人が座って良い席ではなかった。
なにか、飲み物と食べ物をもってこい。
なんだ、この安物の食器は。調度品もずいぶんと品のないものに替わっているな。まったく化け物に当主をまかせるとこんなことになるのか。なげかわしい。
ああ? そうだ、ワインだ。
いちばん、いいものを持って来い。
ミイナは自ら、席をたって、棚の奥から厳重に封印された黒い瓶を持ち出して、アルセイの前で、指でコルクを引き抜いた。
ワイングラスに、どろりとした液体を流し込む。
アルセイは、生臭い匂いに、顔をしかめて、のけぞった。
ミイナにとっては悪くない香りなのだが。
「いまのアルセンドリック侯爵家には最高のワインです。もともとは、ルドルフ用でした。」
「本当にワインか!・・・・これは。」
「ドゥネルガ子爵の農場で採れた葡萄だけを使った、ルビヨンの逸品です。そちらに七種の没薬をまぜ、健康なこどもの血液で割った当家オリジナルのブレンドワインです。」
「下げろ、ミイナ。わしを化け物と一緒にするな。」
テーブルが叩かれ、食器が何枚か割れた。
倒れかけたワインボトルを、ひょいとミイナは掴んで、破損から救った。
「そうなると、お酒は勘弁していただきたいです。みなさまをお呼びしたのは葬儀についての次第を確認したかったため。あまり酔いがまわっては、相談もできません。」
「後継者なら、わしの息子のエヴァンを立てようと思う。」
そんなことは一言も言ってないんだけどな、とミイナは思ったが、反論は彼女の姉たちがかわりにしてくれた。
「それは、わたしのアルセルタスを後継者に決まったところなのだけれど。」」
「わたしのハルルカです。」
内容は、ミイナの望んだ内容ではなかった。
「葬儀のお話が出来ないのなら、お引取りください。」
ミイナは、出口を指さした。
こうなることは、ある程度予想はしていたが、二人の姉と叔父はあまりにも欲望に、正直すぎた。
「出ていけ? あなたが、なんの権限でそれを言うの?」
次姉のジュリエッタが、無邪気そうな顔で言った。昔から、この姉はそうだった。誰よりも純真なふりをして、誰よりも邪悪なことをする。
「入婿とはいえ、当主を勤めたルドルフが、死んだ以上、あなたにはなんの権利もないの。」
「なにを馬鹿な! わたしは、先代侯爵である父の実子です!」
「そう、それだけ、ね。」
マハラは、冷たく言った。
「だったら、わたしたちも先代侯爵の娘で、あなたより年長。アルセイ叔父様も、ね。
あなたももちろん、わたしたちの血縁ではあるのだから、大事な家督相続について、発言する権利は認めるわ。でも、それについて発言しないなら、出ていくのはあなたね。」
「マハラは、賢いな。」
アルセイは、にんまりと笑った。
「わしの言いたいことも、まさに、そのようなことだ。歴史あるアルセンドリック侯爵家に、化け物の番はいらん。」
彼が、パチリと指をならすと、どかどかと軽装鎧に身を固めた兵士が、入り込んできた。
ミイナは、またアイシャのお尻を撫でた。
「変なクセをつけないでください。わたしもむやみやたらに、切りかかったりしません。それに、」
ベテランのAクラス冒険者は、ミイナにだけわかるように笑ってみせた。
「『柔らかな岩』の小隊くらい、片手で処理できます。」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる