25 / 28
第25話 アルセンドリック家の葬儀
しおりを挟む
葬儀が始まるのは、真夜中とのことなので、今日はエルクの訪れたのは夜もだいぶ、ふけてからだった。
「これはいったいなんだ。」
通されたのは、いつものサンルームではなく、テーブルのある食堂だった。
夕飯はたがいにすませた時刻である。
テーブルの上に積み上げられたのは、手紙やプレゼント。おくるみや玩具、なかには、柔らかで肌触りのよい布を贈ってきた者もいた。
お好きなタイミングでお仕立てください、というわけで、お抱えの仕立て屋くらいはいたりする大貴族を相手のプレゼントとしては、なかなか気が利いていいるのだが、残念ながら、いまのアルセンドリック家には無用の長物である。
それが、ベビー用のものであるのなら、なおさらだ。
「わたしに子どもができたというニュースが王都中に、広まってる。」
のほほんと見返したエルクだが、ミイナの視線は鋭い。
「どうも噂のでどころを探ったら、どうも王党派の貴族連中のようだ。“もちろん”エルクは知ってるよね?」
「父は・・・・」
エルクは冷や汗をかいたが、実際のところ、このくらいはどこかで追求されるだろうと、思っていた。
「わたしが、アルセンドリック家に婿入りすることを望んでいます・・・・わたしが、こちらに足繁く通っていることで、先走った噂が流れのでは。」
「おまえは嘘をつくときに、言葉使いが丁寧になるね?」
ばっさり切り捨てて、ミイナはどぼどぼと、しぶそうなお茶を、エルクのカップに注いだ。
結局のところ、具体的な成果は、このエルク用のカップが用意されるようになったくらいだ。グラハム伯爵のようが望んだように、またエルクが報告したように、ミイナの懐妊から婚約どころか、エルクの立場は、気の合う友人程度にとどまっていた。
「うん・・・ぼくが、その噂の出処だ。父の指示通りにことが、順調にすすんでると報告している。だが、それを周りにばらまけとは言ってない。」
「まあ・・・思い通りにならないと、おまえをあれだけ痛めつける父親だしな。」
案外とあっさり、ミイナは引き下がった。
「これについては、丁重に送り返すしかないと思う。ひとを借りれるか。」
「もちろんです!」
「そんなところだけ、勢い込んでもらっても。
ゼパス! 夫と死別した未亡人の貴族が再婚するまでの、最短期間はどのくらいだ。」
「翌日・・・・というのが、あります。ただ、その場合、夫を毒殺したのが、夫人自身でした。そのような極端な例を除くと、ますは一年。
これは、女性の妊娠期間と関連いたします。とにかく、誰の血をひいているかで、容易にお家騒動に発展しますからな。
一方で、当主は夫婦がそろっていることが、安定につながるとして、あまり長い間、独身でいないほうがよいという考えもあります。」
「なるほど・・・・・エルク。というわけで今後のことは、否定も肯定もしない。
今晩は、ルドルフの葬儀への参列を感謝しておこう。」
葬儀をおこなうジャレドウ公園までは、馬車で、2時間ばかりかかる。
用意された馬車は四頭立ての立派なもので、ゼパス曰く「借り物」だそうだ。
参列は、ミイナとエルク、御者はゼパスが勤めるとしてもあとは、メイド頭くらいのはず・・・・と大きすぎる馬車に、エルクが首をかしげていると、「氷漬けのサラマンドラ」の戦士アウデリアが、小柄な女を連れて現れた。
たしかにアウデリアが一緒にいくならば、馬車は大きいにこしたことはない。
女は、禿頭に入れ墨をほどこし、黒いローブをまとっていた。顔立ちは整っていたが、剃り上げた頭と、入れ墨が異様な雰囲気を醸し出していた。
「そちらは?」
「偉大なる一の神、ヴァルゴール様の12使徒。バラン。」
女は偉そうに答えたが、アウデリアに頭を鷲掴みにされて、ひいっと悲鳴をあげた。
「ヴァルゴールの使徒に、葬儀を取り仕切ってもらおうとおもったのだが、アウデリアを怖がって、なかなか話しが決まらない。」
ミイナは説明した。
「そこで、逆転の発想だ。アウデリアにヴァルゴールの使徒を脅迫させたら、たちまち承諾してくれた。」
やはり、ミイナは自分にむいている、と納得するエルクは心の中で頷いた。
馬車をはしらせること、1時間半。
馬車の中の話題は、もっぱら、ヴァルゴールの使徒バランの話をきくことに終始した。ヴァルゴールは邪神であるがゆえに、神殿はもたない。自ら信者を公言するものもいない。面が割れているのは、「使徒」と呼ばれる高位の信者だけで、それは、生きている人間を「贄」として捧げたことがあることを意味していた。
かわった信仰形態であり、色街で暮らしたことのあるエクラは、恋敵やら、通ってくれなくなった客を呪うためには、なくてはならない神が、ヴァルゴールだった。実際、四つ辻ごとに小さな祠があって、日が暮れるとそこに、いくばくかの金銭と血のはいった小袋をもってお参りする男女は多かった。
「・・・・なので、神になにかを頼むときには、『贄』を用意するのは、不可欠なのです。」
バランは、子供っぽい口調で、自らの信仰を語った。賛同したものはいなかったが、興味をもたないものはいない。馬車の中はそれほど悪い雰囲気ではなかった。ただ、ときどきアウデリアがじろりとバランを睨むのと、バランがその度に、悲鳴を押し殺すのが妙な緊張感を漂わせていたのだ。
今宵の葬儀に『贄』が用意されていないと知ると、バランはむくれた。
「ルドルフさまは吸血鬼です。その葬儀に生贄のひとつも捧げることが許されないのでしょうか。」
「当たり前だ。」
アウデリアが唸って、またバランが、ひいっと言って小さくなった。
「なにもよけいなことを考えずに、淡々と決まり文句をとなえて、式次第を進行させろ。」
馬車は、目的地の公園に到着した。
中央に、円形のドームをもった礼拝所があって、そこを使わせてもらい予定だった。
馬車から最初に降りたバランが、歓喜にみちた表情で一行を振り返った。
「なんだ! わたしをからかったんですね!」
バランが指さした方向から、鎧兜に身を固めた兵士たちが、姿を表した。
「こんなにたくさんの『贄』をご用意いただいているとは!!」
「これはいったいなんだ。」
通されたのは、いつものサンルームではなく、テーブルのある食堂だった。
夕飯はたがいにすませた時刻である。
テーブルの上に積み上げられたのは、手紙やプレゼント。おくるみや玩具、なかには、柔らかで肌触りのよい布を贈ってきた者もいた。
お好きなタイミングでお仕立てください、というわけで、お抱えの仕立て屋くらいはいたりする大貴族を相手のプレゼントとしては、なかなか気が利いていいるのだが、残念ながら、いまのアルセンドリック家には無用の長物である。
それが、ベビー用のものであるのなら、なおさらだ。
「わたしに子どもができたというニュースが王都中に、広まってる。」
のほほんと見返したエルクだが、ミイナの視線は鋭い。
「どうも噂のでどころを探ったら、どうも王党派の貴族連中のようだ。“もちろん”エルクは知ってるよね?」
「父は・・・・」
エルクは冷や汗をかいたが、実際のところ、このくらいはどこかで追求されるだろうと、思っていた。
「わたしが、アルセンドリック家に婿入りすることを望んでいます・・・・わたしが、こちらに足繁く通っていることで、先走った噂が流れのでは。」
「おまえは嘘をつくときに、言葉使いが丁寧になるね?」
ばっさり切り捨てて、ミイナはどぼどぼと、しぶそうなお茶を、エルクのカップに注いだ。
結局のところ、具体的な成果は、このエルク用のカップが用意されるようになったくらいだ。グラハム伯爵のようが望んだように、またエルクが報告したように、ミイナの懐妊から婚約どころか、エルクの立場は、気の合う友人程度にとどまっていた。
「うん・・・ぼくが、その噂の出処だ。父の指示通りにことが、順調にすすんでると報告している。だが、それを周りにばらまけとは言ってない。」
「まあ・・・思い通りにならないと、おまえをあれだけ痛めつける父親だしな。」
案外とあっさり、ミイナは引き下がった。
「これについては、丁重に送り返すしかないと思う。ひとを借りれるか。」
「もちろんです!」
「そんなところだけ、勢い込んでもらっても。
ゼパス! 夫と死別した未亡人の貴族が再婚するまでの、最短期間はどのくらいだ。」
「翌日・・・・というのが、あります。ただ、その場合、夫を毒殺したのが、夫人自身でした。そのような極端な例を除くと、ますは一年。
これは、女性の妊娠期間と関連いたします。とにかく、誰の血をひいているかで、容易にお家騒動に発展しますからな。
一方で、当主は夫婦がそろっていることが、安定につながるとして、あまり長い間、独身でいないほうがよいという考えもあります。」
「なるほど・・・・・エルク。というわけで今後のことは、否定も肯定もしない。
今晩は、ルドルフの葬儀への参列を感謝しておこう。」
葬儀をおこなうジャレドウ公園までは、馬車で、2時間ばかりかかる。
用意された馬車は四頭立ての立派なもので、ゼパス曰く「借り物」だそうだ。
参列は、ミイナとエルク、御者はゼパスが勤めるとしてもあとは、メイド頭くらいのはず・・・・と大きすぎる馬車に、エルクが首をかしげていると、「氷漬けのサラマンドラ」の戦士アウデリアが、小柄な女を連れて現れた。
たしかにアウデリアが一緒にいくならば、馬車は大きいにこしたことはない。
女は、禿頭に入れ墨をほどこし、黒いローブをまとっていた。顔立ちは整っていたが、剃り上げた頭と、入れ墨が異様な雰囲気を醸し出していた。
「そちらは?」
「偉大なる一の神、ヴァルゴール様の12使徒。バラン。」
女は偉そうに答えたが、アウデリアに頭を鷲掴みにされて、ひいっと悲鳴をあげた。
「ヴァルゴールの使徒に、葬儀を取り仕切ってもらおうとおもったのだが、アウデリアを怖がって、なかなか話しが決まらない。」
ミイナは説明した。
「そこで、逆転の発想だ。アウデリアにヴァルゴールの使徒を脅迫させたら、たちまち承諾してくれた。」
やはり、ミイナは自分にむいている、と納得するエルクは心の中で頷いた。
馬車をはしらせること、1時間半。
馬車の中の話題は、もっぱら、ヴァルゴールの使徒バランの話をきくことに終始した。ヴァルゴールは邪神であるがゆえに、神殿はもたない。自ら信者を公言するものもいない。面が割れているのは、「使徒」と呼ばれる高位の信者だけで、それは、生きている人間を「贄」として捧げたことがあることを意味していた。
かわった信仰形態であり、色街で暮らしたことのあるエクラは、恋敵やら、通ってくれなくなった客を呪うためには、なくてはならない神が、ヴァルゴールだった。実際、四つ辻ごとに小さな祠があって、日が暮れるとそこに、いくばくかの金銭と血のはいった小袋をもってお参りする男女は多かった。
「・・・・なので、神になにかを頼むときには、『贄』を用意するのは、不可欠なのです。」
バランは、子供っぽい口調で、自らの信仰を語った。賛同したものはいなかったが、興味をもたないものはいない。馬車の中はそれほど悪い雰囲気ではなかった。ただ、ときどきアウデリアがじろりとバランを睨むのと、バランがその度に、悲鳴を押し殺すのが妙な緊張感を漂わせていたのだ。
今宵の葬儀に『贄』が用意されていないと知ると、バランはむくれた。
「ルドルフさまは吸血鬼です。その葬儀に生贄のひとつも捧げることが許されないのでしょうか。」
「当たり前だ。」
アウデリアが唸って、またバランが、ひいっと言って小さくなった。
「なにもよけいなことを考えずに、淡々と決まり文句をとなえて、式次第を進行させろ。」
馬車は、目的地の公園に到着した。
中央に、円形のドームをもった礼拝所があって、そこを使わせてもらい予定だった。
馬車から最初に降りたバランが、歓喜にみちた表情で一行を振り返った。
「なんだ! わたしをからかったんですね!」
バランが指さした方向から、鎧兜に身を固めた兵士たちが、姿を表した。
「こんなにたくさんの『贄』をご用意いただいているとは!!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる