これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉

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 俺はこの少女の放った言葉に茫然と固まっていた。
 ディビナも『なに言ってんの?』みたいな視線で少女を見つめていた。

「その意味不明なお願いはさておいて、質問に答えてくれないか? どうやってここまで来たんだ。まずはそれからだろう?」

 顔を挙げた少女は、えへへと苦笑いをすると、

「それはちょっと、恥ずかしいから秘密で……」

 両手の人差し指をツンツンと合わせて頬を赤く染めた。

 俺はその姿に調子が狂ってしまう。
 別に恥ずかしいことを聞いたわけではないはずなのに、この態度は変だろうに。
 目は泳いで動揺しまくっている。
 そこで勇者になったせいかは分からないが、頭が冴えた感じにある考えが浮かんだ。
 そうか。言いたくないことが何かあるのか。
 
 俺の変化に気づいたのか、付け加えるように少女は俺を見る。

「あ、名乗るのを忘れていました。私の名前はモニカと言います。それで……、ここまでの出来事はだいたい見ていたんです。ビッグハムスターを助けて、村を救ってきたあなたであれば、私のお願いも聞いてくれるかと思ったんです」

 一体どうやって……。
 モニカがここまで一緒にいたことが、そもそもわからなかった。
 とりあえず見られていたってことは本当のようだ。これまであった出来事を羅列できるのだから。
 
「なるほど。それで俺が助けてくれると思ったわけか?」

 だが、この少女はどうやら勘違いをしているらしい。
 俺は誰でも救うお人よしでもなければ、ピンチになると現れる変身ヒーローでもない。
 
「はい……。あと、すごくパンツが大好きな方だとわかったので、私のパンツを差し上げ――」

 俺は少女の言葉を片手で制して止める。

「ちょっと待て。意味がわからない。さっきからパンツパンツと、君は痴女なのか?」
「ち、違います! だってダンジョンでパンツを拾っていたじゃないですか」
「え?」

 俺は思い返してみるが、

「ダンジョンの中でパンツなんて拾うわけ……」

 そんなアイテムを拾ったみたいに、パンツがあるはずが……。
 あ……、そう言えば拾った布がポケットに……。
 俺は思わずポケットに手を入れた。
 中からあの時拾った二枚の布切れを取りだしてみる。

 ディビナは少し驚いたように布切れを見ていた。
 俺はその布切れをひっぱった。
 まるで生きているみたいに、すごい伸びた。 
 形状もパンツっぽい。

 そうか。ずっと俺の行動を見られていたのならば、パンツを拾ったのを目撃されていたのか。
 もちろん、パンツだと知らなかったのだ。
 これではただの下着泥棒になってしまう。
 誤解はといておこう。

「いや、これがパンツだとは知らなかった」

 俺は断じて誰のかもわからない女子の下着で興奮してしまう特殊性癖の変態ではないのだ。

「……わかりました。一応、信じることにします」

 明らかに口だけで信じてはいない返事が、モニカから返ってきた。

「そうしてくれ。で? その兄が何なんだ?」
 
 話を早く切り替えたかったのもあって、やっと本題へと切り込んだ。
 俺は彼女の言っていたお願いとやらの内容が理解できていなかった。
 だいたい兄って誰だよ。
 
「お願いです……、兄に何かあったんです。だから助けてください……」

 と言いながら、少女はワンピースの下から下着を脱ごうと手をかける。
 なぜ脱ごうとしているのかはすぐわかった。

「おい、だからお前のパンツはいらないと言ってるだろ!」

 その声に手を止めるモニカ。

「あ、そうでした」
「モナカだっけ? 絶対にさっき言ったこと信じてないだろ」
「は……、いいえ。そんなことは。あと私の名前はモニカです……」
 
 誤魔化し笑いが下手な子らしい。ぎこちなさでまるわかりだ。
 こういう感情が顔に出てしまう人間は、嘘がつけないし、嘘ついたらすぐばれるからな。

「でも今の私にはこれくらいしか差し上げられるものが無くて……」
「とりあえずそれは置いとけ。その前にまず兄って言うのはどこの誰なんだ」
「え~と、私の兄です。いなくなる前まで帝国で騎士をしていました」

 俺は帝国の騎士と聞いて、一人の青年を思い浮かべた。
 あの魔物を使役していた奴が街道をふさいでいたところを、俺が排除した。

「ふ~ん、帝国の騎士か……。じゃあ、あの街道にいたやつと同じような格好をしていたのか?」
「はい……私と兄は一緒に帝国に住んでいました。誰も持っていない『魔物を使役する』という珍しい力を持っていて、すぐに帝国に認められました。でもある日いなくなってしまったんです」

 使役する力が珍しい? 街道にいたあの騎士も普通に使っていたが……。

「それで探しに外へ……か?」
「はい……。もともと私たち兄妹は小さい頃、王国に住んでいたんです。それで、こちらに戻ったんじゃないかって思って……」
「でも見つからなかった。で、俺に助けてほしいと?」
「それだけじゃないんです」
「違うのか?」
「その……、はい。実は、兄にしか使えないはずの使役する力を、知らない帝国騎士が使っていたんです。あの力は魔王から奪ったもので、この世界では唯一無二の特別な力のはずなんです。だからすごく驚きました。きっと兄に何かあったんだって。出ていったんじゃなくて、帝国の人たちに何かされたんだって……」

 ディビナは真剣にその話を聞いて相槌をうっていた。

「そんなことがあったんですか……」

 あの騎士が使役する力を使えることが、おかしなことだったのだ。

 能力を奪われたのか、それとも量産みたいなことができるのか。
 殺さずにあの青年から力のことを聞けばよかった。

「残念だったな。せっかく事情を知っていた奴がいたのにな。その話を先に知っていれば生かしておいたんだが」

 だが、モニカはそれを聞いて、真剣な眼差しで訴える。

「助けてくださいますか?」

 それに答えたのは、ディビナだった。

「はい、もちろんです!」

 俺は断ろうとした「い」の口の形で止めたまま、ギギギと顔をディビナの方へ向けた。
 なぜか意気込んでいるディビナは責任感なのか使命感なのかは分からないが、協力することに決まったらしい。

「あ、ありがとうございます!」

 嬉しさを露わにしてお礼をするモニカ。
 さらに大きな潤んだ瞳を俺の方へ改めて向けてくる。そして、モニカは俺の手を握り込んで、何かを手渡してきた。

「あの、これでなんとか、お願いできませんかね……? えへへ」

 まるで賄賂を渡すみたいに、卑屈な笑みを浮かべていた。
 無垢な少女のお願いという感じではなくなっていた。

「いや、俺には助ける理由がないからな。だから断らせてもらう……」

 俺はきっぱりと断ると、そこで不意に手の中にあるものを見た。
 それが生温かい布だったことに気づいた。
 とっさに俺は右手を大きく振り上げる。

「おい……いい加減にしろよ? だからパンツはいらないって言ってるだろぉぉぉ!!」

 地面へと思いっきり投げ捨てた。

 もちろんモニカの脱ぎたてほかほかパンツをだ。

 はぁはぁ……。
 俺は呼吸を整えて、冷静になるように努める。
 人に害をなすような刺のある人間に見えない分、普段いじめられても逆切れしなかった自分が、思わず感情的にさせられるのだから相当だ。
 
 それにしても、このネタをいつまで引っ張るつもりなんだよこいつは。
 パンツはもう鮮度切れだからな。
 だが、さすがにここまですれば、俺にはパンツはいらないことを信じたはずだ。

 まあいい。話を続けよう。

「だが……」

 俺がそう言った途端。モニカは、パンツを地面に捨てられて思わずしゅんとなっていた顔をパっとあげた。

「ディビナは、モニカを助ける気満々らしいからな。目的地は同じだし、帝国まではディナや俺と一緒に来ればいい」
「は、はい。ありがとう……ございます」

 このくらいなら、さっきの帝国内部の情報料としては妥当なところだろう。
 使役する魔法があることも知ることができた。
 とりあえず、ノーパンをつれていきたくはないので、捨てたパンツを地面から拾って、モニカへと返した。
 俺が拾う仕草をした瞬間、モニカは『捨てられてないとダメだったんだ……』という疑いの声を発したが無視した。

 それにしてもだ。
 魔王はそれっぽいダンジョンの最下層に行ったが、一度も会うことができなかった。
 モニカの兄は魔王から力を奪ったと言うが、実際に魔王を見たことがあるのだろう。
 一体、どんな奴なんだ?
 もし本当に召喚された時に国王がいったように世界を滅ぼすつもりなら、早急に始末しなければならない。

 朝になるのを待ち、台地を飛び立った。
 さらに一人増える形でモキュの上に乗り、空を飛んでしばらくすると帝国の街並みが見えてきた。
 鉄の街というわけでもなく、普通に木造の家々があって、白塗りの大きな建物も見える。
 あれが、帝国の首都ということなのだろう。


 王国でも人がこれだけ住んでいる場所を見ていない。
 日本で言うところのド田舎から都会へ向かう感覚だ。

 門の近くに降り立つ。

 さて、いろいろ怪しい感じだがどんな国なんだろうか。






 帝国魔法学院。そこは帝国のいまのありかたを映す…。
 大学にある講義室くらいの広さといったところだろうか。
 ここは中心部にある教育機関として名高い帝国魔法学院がある。
 20代後半くらいの女性がその教壇で本を片手に授業を行っていた。

「強さとは何か?」

 先生は一人の男子生徒にこう問いかけた。

「はい、パワーや剣技もその人を強くしますが、やはりすごい魔法が使えることでしょうか」
「まあ正解だ。確かに、強力な魔法はその者の強さを表す。超人的な怪力を持っていれば喧嘩が強いだろう。達人同士なら剣技を競うのもよいかもしれない。だが、この世界において魔法こそが最強だ。皆もそれを忘れてはならない」

 そこで聡明な雰囲気を漂わせる眼鏡をかけたおさげの女子生徒が、少し疑問を提議する。

「先生のおっしゃっていることは正しいことだと思います。魔法があればどんな敵も倒すことができるのでしょう。ですが、魔法は発動しなければその力を発揮できませんよね?」
「またか、ミュース……。そんなの当たり前だろう?」

 呆れたように先生は声音を下げた。

「はい。ということは、発動前に潰されたら、魔法は最強ではなくなるのでは?」

 その瞬間、ブフっと近くに座っている女子生徒が噴き出した。
 いつものひねくれがまた始まったのだと、生徒の皆が思ったのだ。
 重箱の隅をつつくのが日常茶飯事、話の腰を折らないと授業すら聞けない奴だとみんなからは思われている。

「確かにそうだ。だが、もともと後衛ポジションで使われていた魔法の発動を止めるためには、音よりも早く敵陣の中を移動し、なおかつ確実に魔法発動を止めなくてはならない。つまり、魔法の発動した者を一瞬で特定し、しかも絶命させるかなにか理屈不明の魔法をキャンセルさせるような技でもない限り、魔法を止めるなんてありえない話だ」
「それは……そうですけど」
「ミュース、お前は帝国軍を馬鹿な集団だと思っていないか? そのくらいの対策は全ての魔法兵団が行っている。発動時間を最短にする研究も進んでいるんだ」
「そうだったんですか……」
「まったく、もし生徒でなく敵軍であれば侮辱罪で死刑にしていたところだ」
「すいません……。ちなみに対策というのは?」
「はぁ……まだ納得できないのか? 簡単な話だ。ただの下っ端兵であればタイムラグなしで発動できる魔法障壁を持たせている。上位兵士になるば、索敵やトラップなどで不意打ちを受けないような対策をしたりだ。まあ、ちょうどいい。これから話す内容だったんだ。話の腰を折ってまで予習とは感心だな」
「……授業を続けてください」

 ミュースは自分がまた余計なことをいってしまったのだとすぐに気付いた。

「まず、入学してきてしばらく経つ者の中には、必ずこういうやつがいる。帝国の皇帝陛下は、ただの権力者で兵士を動かせるから国の力を持っていて強いのだと。国王は王の血を引き、政治をするだけの為政者だと思っているものも多い。だが……それは間違いだ。事実とは全く違う」

 知っている者は平然とした表情を、知らなかったものは驚きの表情で先生を見つめた。

「彼は想像をはるかに超える強さを持つ。強力な魔法をいくつも操るのもその一つだ。お前たちも知っているとは思うが、この帝国は国の誕生後、一度も負けたことがない。幾多の侵略者を葬ってきたのは、まだ帝国として魔法兵が配備される前のことだったからな。それまでの間、国単位の敵軍を退けてきたのは皇帝陛下なんだ」

 教室からは、驚嘆の声が飛び交った。

「ミュースが質問したことに対応策があると先ほど答えたが、皇帝陛下はそれすら必要なかったという。強力な魔法は、使えるだけで敵を圧倒できるんだ。小細工が通用しないのは歴史が証明している」

 その説明に、ミュースはどんな魔法を使ったのか分からないから何とも言えないといった具合に、また質問で話の腰を折ろうとするが、考え直してやめた。

「では、なにが魔法を強くするのか?」

 その問いに、生徒たちは息をのんだ。
 知っているのだ。だが、あまり大っぴらに答えたいことではないのだ。
 だが、誰もがそれを肯定していることでもある。
 犠牲として、奴隷や税を払えずに人権をはく奪された者たちなど挙げればきりはない。

 帝国のために力となっているんだと、小さいころから当たり前のこととして教えられることだ。
 ただ一人、ミュースだけがそう思うことさえおかしいと声を大にしていいたいと考えていた。

「そう、『犠牲』だ。人間という生命の犠牲をどれだけ詰みあげることができるのかで、魔法の強さが決まり、国力は増大する。君たちのような一般の魔法兵のほとんどは、自分の生命の足し引きで魔法を使うからあまりピンとこない者も多いだろうがな」

 それを知らなかった連合小国アドミスから来た留学の生徒は動揺しているのか、善悪の租借に悩んでいるのか、変な顔をつくっていた。
 こういう反応をするのが普通なはずなのだとミュースは思う。

「これは例え話だが、いまの皇帝陛下ならば、我々を天災で滅ぼそうとする神々ですら殲滅せしめるといわれている。どんな法則をも支配する神ですら殺せると言うんだ。まあ、神がいればの話だが。……そうだ、ちょうどいい例がある。ついさっき起きた出来事だそうだ」

 ミュースは、いるかいないか分からない神をなぜ殺せると断言できるのか理解できずに疑問を小声で呟いていた。
 先生に聞こえなかったのは声が小さいのもあるが、その疑問の声を覆い隠したのは一番前の席の女生徒が質問したからだ。

「なにかあったのですか?」
「ああ、王国には感情をキーに使う類いの大魔法があるそうだ。それを王国が放った。試算によると、100人単位の騎士を犠牲にしたらしい。運悪く隕石が王国へ落ちてきたそうだ。それを迎撃するために魔法を使ったらしい」
「隕石が……でも帝国にいれば」

 一人の生徒が、生徒の皆の気持ちを代弁して口に出していた。
 帝国にさえいれば、どんな天災でも敵軍でも退けてくれると。

 先生は悔しそうな表情で話を続けた。

「帝国としては、あのしつこく抵抗してくる王国が隕石で滅びた方が都合がよかったけどな。とにかくそんな災害でさえ、大魔法はそんな状況もひっくり返す」
「はい」
 力強い返事をする周囲の生徒たち。
 これから多くの生徒は魔法への憧れと、盲信を強めていくのだろう。
 お国のために、帝国のために、皇帝陛下のために、と。

 ミュースだけは、どうしても納得ができずにいるのだった。
 こんな日常を今すぐにでも変えてほしいと一途に願う。

 その願いをまるで叶えてくれたかのように一つの衝撃的な事件が起きた。

 大きな揺れの地震が教室を襲ったのだ。
 阿鼻叫喚が飛び交う中、なにが起きたのか目撃していたミュース。

 先生もそれを目撃していてなお、そう言うしかなかった。

「な……にが?」

 先生は窓から外を見て唖然としていたのだ。
 帝国の中心にある皇帝の住むお城。
 そこが跡形もなく、内側から爆散したのだ。
 もう何が起きているのか訳がわからなかった。
 ありえないことであるはずだった。認めてはいけないこと。

 だがミュースにとってはそれがその狂った日常を壊す合図だったのかもしれない。
 これまで築いてきた帝国至上主義が終わる理由なんてひとつしかない。

 ――皇帝が死んだのだ。
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