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第八話 痣と解
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サービスエリアのレストランで軽く食べた。気温が低くなって、黒いコートがサービスエリアの明るい通路に目立って、外に出ると薄暗いところにくっきりと浮かんでじょじょに溶けていく。
ダウンを着た多田くんは黙ってとなりでタクシーを待っている。
食べているあいだも会話があまりなかった。
「仕事納めはいつなんですか」
「……三十日です」
テーブルのお椀から湯気が上がっている。
「……二里さんは今年帰省されるんですか」
「もう、この世に血縁者がいないので」
紘鳴があいまいに答えると多田くんは一瞬箸を止めたが特に追及してこなかった。
日の暮れた駐車場の車のライトが丸く、光る粒のように点々としている。
最寄りのインターというのは多田くんと待ち合わせした場所の最寄りで、とあらためて多田くんに説明し、最寄りインターで下りた。
タクシーの、トランクにスーツケースを運転手がよいしょと持ち上げるのを見ていたら
「さっきの話、ぼくもそうしたいです」
ふいに多田くんはそれを口にした。
紘鳴は後部座席から運転手に行き先を告げた。
タクシー内で窓枠に肘をついて端末を操作する多田くんはいつも窮屈そうだと思う。紘鳴は静かに坐っていた。
駅前で停車して、料金を払うと歩道を紘鳴は先頭に立って歩いた。スーツケースを「ぼくが」と言って多田くんが引く。ここまで荷物持ちさせてるのはおかしくないかと、多田くんからスーツケースの持ち手を返してもらおうとして、「いえ、持ちます」と言われ、渡してもらえなかった。
駅舎の前の歩道で別れた。明日の夜の待ち合わせの場所と時間を話して決めて、「それでは明日」とぺこりとお辞儀して、すっと、後ろへ向こうとして、ぐいっと抱き寄せられた。
鏡の壁を睨む横から抱き寄せられたときと同じで、とっさに声が出なかった。
周りにはきっと、路上で別れ惜しむような、光景に見えただろう。
多田くんは大きな手で胸元にきつく抱きしめ、長くそのままで居たが、「明日、必ず」と低く言って、ゆっくり離した。
その言葉に、紘鳴はまばたいて、すぐまともに答えられなかった。だが、多田くんが深刻な表情でじっと見下ろしてくるから、その視線に「……ん」と小さくうなずいた。
多田くんは、答えに、ちょっとまだ手を伸ばしたそうな空気で、紘鳴はもう一度、わかるようにうなずきながら「おれから、言ったんだから」と念を押すようにした。
やっと納得したような表情になり、多田くんはあっさりと、仕事終わりみたいなかんじで挨拶して、帰っていった。
見送って、紘鳴は自分のスーツケースを引いて帰る道すがらも、暮らしている部屋の布団に倒れても――離したくないみたいに抱きしめてくる多田くんの腕と手の感触が身体に残っていた。
翌日の夜、待ち合わせ場所に待ち合わせ時刻より前にまた到着していた多田くんを、引っぱりこんだラブホテルの部屋は狭かった。部屋の面積をほぼベッドが占めている。扉を閉める多田くんと距離が空かない。
帽子をとり、胸を反らしてコートの袖を腕から抜き、息をついた。ダウンを脱ぐ多田くんと洗面スペースと浴室をのぞく。
洗面の水を使ったりして手持ち無沙汰になったかんじの多田くんがベッドに腰かけた。
となりに座って、伸び上がって、首に両腕を回して、気づいていつもと違うフレームの眼鏡を両手でそっとつまんでベッドの脇に置いた。それから胸もとをつかみ、背を丸めた多田くんの首に両腕をしっかり巻きつけ、唇を近づけさせた。
ついばんでも、口を開けない。紘鳴は体重をかけた。多田くんが腕を、腰に回してくる。
腿にまたがって、ゆるく触れ合って開けてくれないのを舌でたどった。すぐ開いたから、多田くんの舌と絡めた。紘鳴は瞼をおろして、多田くんの舌を自分の唇のなかに吸った。
いったん満足するまでして、ゆっくり離した。
「したくなるっていったくせに」
抱きしめるだけで何もしてこない多田くんをにらみ、呼吸をおさえると下半身が重くなる。くたっとなりそうな身体でがんばって背をまっすぐに、見つめる紘鳴に多田くんはつぶやいた。
「……ぼくは、したくなりますが」
ぼくは、と強調した。
な、と言葉が出なかった。ここまできて、なにを言い出す。意地が悪い男だ。さんざん断ってきたのはこっちだが。
顔をそむけて何か言いそうな多田くんの唇に何度も吸いつく。今日は三時間コースだと言っているのに。
「風呂は、今日はなくて」いい、ぜんぶするけど。
紘鳴が言葉を続けようとするのをさえぎって
「三時間」
多田くんは言った。
「……ん?」
「三時間だと足りません」
きっぱりと言い、多田くんは紘鳴を見下ろした。
我慢させたから「したいこととか、ないのか」と訊いてみた。腰を上げる多田くんは見返しても、答えない。
「素股とかしても」
「じゃあ、それで」
「そ、そうか」
タオルで拭うんでも浴室ですれば多少汚してもいいか、と服を脱いだ。どうやっても広さのない浴室の壁際で、裸になってもまだ多田くんに甘ったれた音のキスを繰り返した。やめられなかった。
そのうち身体を抱えられて、壁に向くように変えられた。
た、たちバックで素股か。過去した記憶がない。
後ろから大きな手が紘鳴の腹や胸をさわった。うなじをかじられ、腰に擦りつけられる。ひくっとなった首から肩を嗅いだ。舐られて、食むような多田くんに皮膚を吸われた。
紘鳴は目を見開いた。どうしてすぐ痕をつける。
正面の壁にちゃんとよりかからせてもらえなかった。抱えてくる多田くんの胸に背中が密着して、抱え直されると身体が持ち上がった。浮くかかとで多田くんの足の甲を踏みそうで、つま先で立とうとした。乳首をつまむ指の腹に、もがいた脚が壁を蹴った。多田くんは紘鳴が膝をぶつけかけるのを見て、耳の内側のくぼみに舌を入れた。
腕がやっと紘鳴を離す。力なく、ぺたっと顔を壁につけた。腰をおさえられる。壁と性器がくっついて糸を引いた。目の前には浴室の壁だけだ。
多田くんの無言がやや怖かった。
紘鳴の腿の間に硬くてふくれたものを、多田くんがぐうと挿しこんだ。
「っ……」
内腿にはさまって身長差のせいで尻まで割り開かれて、紘鳴は何かにつかまりたかったが、つるつるとした浴室の壁に肘から手のひらまでつけてもだめだった。
「く、あんっ」
ずるずるうと引き抜かれたあとは、腰をわしづかみにされて抜き差しされ、紘鳴の性器の裏とすれる。多田くんの体液で濡れた穴にぬりつけられるようにこすられる。
「出すので、手でここ広げて」
細い白い脚の間ですぐ太くなった。紘鳴は耳に入ってくる多田くんの声に足がふるえ、どうにか肩で壁にもたれ、尻に手をかけた。自分の手で広げるように言われたのは、たぶんそこにかけたいんだろうと思った。
文字通り、ぶっかけるというかんじで精液がかけられた。
ぼとぼと床に落ちて、紘鳴の脚を伝ってだらだら流れていく。
多田くんの精液が垂れて足もとに溜まっていき、紘鳴は多田くんに本当にかけられたことに驚いていた。
もう膝をつきそうになったのを、多田くんにつかまれ、大きい手に性器を扱かれて、どぐどくと重たく身体のなかで脈打つ。浴室に紘鳴のとぎれとぎれの声ばかり響いて、耳の内側を舐め上げられ少し加減しているような強さで噛まれるのと多田くんの指に先端をこりこりいじられた。
射精したのに紘鳴は根元から揉まれて、多田くんにぐったりと身体をあずけて、視界がもどってくるまで時間がかかった。
タオルで脚を拭われて、腰が抜けて浴室で坐りこんでいる紘鳴はあらためてバスタオルにくるまれ抱き上げられた。
ベッドに坐った多田くんのあぐらをかくような足の先におろされた。振り返って紘鳴はむう、と唇をまげた。
「……眼鏡を」
身体をひきよせられてしまうし、後ろから抱きしめられる。つむじに多田くんの顎がのせられる。
膝をゆるく立てた紘鳴の腿を多田くんが撫ぜて、股を閉じようとすると多田くんの膝にひっかけるみたいに開かされて、固まった。
「じぶんでする」
紘鳴はローションのボトルを取りたくて多田くんの腕を退かそうとしたが、離してくれる気配がない。これはゆずれなかったから、上げた膝をがんがん当ててもがいて
「はなせ」
「させてください。……さわりたい」
「ちがう、いや、さわってもいい、から、いやそうじゃないっ」身をよじった紘鳴の腿の付け根を指がぐっと開いた。
「何がちがうんですか」左の膝裏を持たれて、右足がずれ動いてシーツに皺をつくる。多田くんに取られたボトルから大きな手のひらにローションが出されるのを見ていた。
「……え?」多田くんがぞろっと低い声を出した。
なだめるように紘鳴は手を上げて、眼鏡のしたの頬を触った。
ここまで今日、準備してきたのもあるが
「やわらかいわけは……ひとりでしたからで」
ああいうふうに『漁る』などと言ってしまったのだ。信じてもらわなくてもかまわなかったが言っておかなければ。
観念して、脚全体を開いた。
「いつしたんですか」
声の調子が落ち着いた多田くんがローションにまみれた指を紘鳴のなかに押しこみ、耳たぶを食む。
「れ、ん、きゅうまえの、よる」
指、ただくんのゆび。長くて骨張った指。紘鳴の性器からたらたら溢れる。腰にはもう多田くんのが当たっているし、
「ゆび、そんなしなくて、いいっ……」長い指が増やされて、たくさん入ってくる。なかを確かめるように、ローションをたされて、押し拡げて、指が回される。
「いいっ……ゆびっや……ぁっ」
根元まで埋められ、覚えてるらしい感触をしつこく撫で上げられて、全身ふるえて、喉の肌を無防備に晒した。
「連休って……二十二日の夜ですか?」
耳からこめかみにキスをして、三本を紘鳴のなかで曲げてから、多田くんは訊いた。
ぬちゅと引き抜かれる。
「……そう」
つま先までひくついて、紘鳴は笑いたくなった。
「しんじるひつよう、なんてない」
こどもみたいにつぶやいた。
身体が落ち着くのを待たずにぐねっと動いてシーツをつかんで目つきを鋭くした。多田くんにもたれていた背を丸めて、首をねじった。
「――仰向けになれ」
手をぬぐえ、ゴムはつけてやると口角を上げた。
さっき一回抜いたと思えないな、と紘鳴はバランスをくずさないでしっかりまたがれるだろうかとゆっくり乗った。多田くんの胸においた手で支える。
騎乗位だと紘鳴の重みで入るから好みだ。
多田くんの、二度目だが筋も何もえぐいようなものが埋まって、泣き声のようなあえぎを洩らした。
動こうとしても、多田くんが腰とか広がった股とかをさわってくる。唇を引き結んで、眼鏡を外してやろうとしたら、胸に指が這う。
入っているだけでも苦しいというのに、下腹を撫ぜられる。
多田くんの手に反応して、なかがすごく締まってしまう。
「……ぼくの手、好きなんですか」
多田くんの焦ったような手の動きに、さらにきゅうと締めあげてしまった。
でも胸のうちが虚ろなかんじになった。
「ちょっと、すきです」
つい、言ってしまうと身体が熱くなって、喉までせり上がって、いやだと思ったが涙ぐんだ。左目からしずくがこぼれそうになる。どうしても止めたくて紘鳴は自分の左頬をべしとたたいた。すると多田くんが険しい顔で上体を起こした。腹のなかが動いて、体勢を保てなくて倒れそうになる。大きな手が腰に回され、太い首に右腕でしがみついた。頬をたたいた手首を多田くんがつかむ。
「やめてください。たたかないで」
唖然とした。髪をよけて左の額と頬の傷跡に手を当てられた。紘鳴は目をそらした。
そっとふれるかふれぬくらいに唇が寄せられた。
「動いていいですか」
まだ何もしてない。テクニックも見せつけてない。
身体を揺らされ、紘鳴は口もとが不満げにゆがむ。
初めて向かい合って、多田くんが肩を咬んでくる。優しく甘噛みされ、背骨を指がなぞる。
それから、手に性器をゆるゆるつつまれて、薄い腹に、なかにのみこんだものがもっと奥へ入りたがる。
紘鳴は多田くんの首筋に顔をおいてから、筋肉のつきとか厚さとかずいぶん違う肩に鋭く立てていた爪先の力をゆるめた。
すい、と眼鏡の両端をつまんで取った。
顔をかしげて多田くんの目を見ると紘鳴はふん、と笑った。フレームは大丈夫かと思いつつベッドサイドに眼鏡を放った。
キスされると、多田くんに満たされて堪え性がなくて紘鳴はめちゃくちゃにしてほしいと思った。
多田くんは、こうなると最中、あまり言わない。容赦も遠慮もしないが、律儀に「痛くないですか」と訊くし、ときどき紘鳴を休ませる。
それ以外は言葉数が少なくて、紘鳴に何も言わせようとしない。キスはしてくる。
これまでの相手は紘鳴にいろいろ言わせようとしたり、欲しがらせようとするのばかりだった。紘鳴から何かを引き出したがって、教えこんでつくり変えたそうに、むりに気持ち良くした。
もしかしたら多田くんには紘鳴に欲しがってもらいたいという気持ちがないのかもしれない。
欲しがらせる男ではないと思う。紘鳴からの「欲しい」という言葉を求めてない。
ことわりなくたくさん悦くしてくるけど、必死なかんじで、紘鳴がいやだと感じることはひとつもしてこない。
必死にされて、すごく気持ちがいいので身体の相性は、良いということにしよう。
多田くんとしたかった。多田くんでなければいやだ。多田くん以外とはしたくない。
あのとき、『ぜんぶいやです』と言って、たぶんきっと、多田くんは全部欲しいと言った。そう思いたかった。
キスされるとしたくなる。多田くんとしたいと思ってひとりでした。
なかでいく、と目を開けるとなんだか多田くんは変な顔をしている。
「?」
半開きだった唇を舐められ、多田くんの舌が入ってきた。とろんとした意識でねっとり絡まる。
多田くんの腰をはさむ紘鳴の内腿がもどかしげに擦れる。腰をもっと引きつけたいともがいた足首の片方を持ち上げられ、背を起こした多田くんは掴んだ足首を肩にかけるみたいに紘鳴の脚を大きく開き、深く奥まで挿しこんだ。奥まったところにもぐりこまれ、紘鳴は「ひぐっ」と顎を反らして、首を食まれ、腰から背中がふるえ頭のなかで金属が折れるような音が聞こえた気がした。
なかでイッた紘鳴にひきずられるように多田くんがどぷと弾けて、荒げた呼吸で
「もういっかいしたい、です」
出しきる動きで、紘鳴の腿と腰をつかんで揺さぶりながら、口もとだけが笑っているような顔になって言った。
「……ごむはじぶんでかえろ」
しばらくして、言葉がはっきりつむげるようになった紘鳴は髪をよけてくる多田くんの手の甲に手のひらを重ねて言った。
明日も通常出勤なんだろうと言っても聞き入れない多田くんと計四回した。
時間延長させたというから、ホテルの代金はおごっても、帰りのタクシー代は出さなかった。ホテルの代金をおごることについては三連休をつぶさせたのはこっちだからと有無を言わせなかった。
四回するとさすがに疲れて、暮らしている部屋に帰って気絶するみたいに寝落ちした。
多田くんは、遅刻しなかったろうか。
起きてシャワーを浴びたら、吸われた痕と、強くつかまれた腿や足首に多田くんの指の痣がついている身体が鏡に映った。
ダウンを着た多田くんは黙ってとなりでタクシーを待っている。
食べているあいだも会話があまりなかった。
「仕事納めはいつなんですか」
「……三十日です」
テーブルのお椀から湯気が上がっている。
「……二里さんは今年帰省されるんですか」
「もう、この世に血縁者がいないので」
紘鳴があいまいに答えると多田くんは一瞬箸を止めたが特に追及してこなかった。
日の暮れた駐車場の車のライトが丸く、光る粒のように点々としている。
最寄りのインターというのは多田くんと待ち合わせした場所の最寄りで、とあらためて多田くんに説明し、最寄りインターで下りた。
タクシーの、トランクにスーツケースを運転手がよいしょと持ち上げるのを見ていたら
「さっきの話、ぼくもそうしたいです」
ふいに多田くんはそれを口にした。
紘鳴は後部座席から運転手に行き先を告げた。
タクシー内で窓枠に肘をついて端末を操作する多田くんはいつも窮屈そうだと思う。紘鳴は静かに坐っていた。
駅前で停車して、料金を払うと歩道を紘鳴は先頭に立って歩いた。スーツケースを「ぼくが」と言って多田くんが引く。ここまで荷物持ちさせてるのはおかしくないかと、多田くんからスーツケースの持ち手を返してもらおうとして、「いえ、持ちます」と言われ、渡してもらえなかった。
駅舎の前の歩道で別れた。明日の夜の待ち合わせの場所と時間を話して決めて、「それでは明日」とぺこりとお辞儀して、すっと、後ろへ向こうとして、ぐいっと抱き寄せられた。
鏡の壁を睨む横から抱き寄せられたときと同じで、とっさに声が出なかった。
周りにはきっと、路上で別れ惜しむような、光景に見えただろう。
多田くんは大きな手で胸元にきつく抱きしめ、長くそのままで居たが、「明日、必ず」と低く言って、ゆっくり離した。
その言葉に、紘鳴はまばたいて、すぐまともに答えられなかった。だが、多田くんが深刻な表情でじっと見下ろしてくるから、その視線に「……ん」と小さくうなずいた。
多田くんは、答えに、ちょっとまだ手を伸ばしたそうな空気で、紘鳴はもう一度、わかるようにうなずきながら「おれから、言ったんだから」と念を押すようにした。
やっと納得したような表情になり、多田くんはあっさりと、仕事終わりみたいなかんじで挨拶して、帰っていった。
見送って、紘鳴は自分のスーツケースを引いて帰る道すがらも、暮らしている部屋の布団に倒れても――離したくないみたいに抱きしめてくる多田くんの腕と手の感触が身体に残っていた。
翌日の夜、待ち合わせ場所に待ち合わせ時刻より前にまた到着していた多田くんを、引っぱりこんだラブホテルの部屋は狭かった。部屋の面積をほぼベッドが占めている。扉を閉める多田くんと距離が空かない。
帽子をとり、胸を反らしてコートの袖を腕から抜き、息をついた。ダウンを脱ぐ多田くんと洗面スペースと浴室をのぞく。
洗面の水を使ったりして手持ち無沙汰になったかんじの多田くんがベッドに腰かけた。
となりに座って、伸び上がって、首に両腕を回して、気づいていつもと違うフレームの眼鏡を両手でそっとつまんでベッドの脇に置いた。それから胸もとをつかみ、背を丸めた多田くんの首に両腕をしっかり巻きつけ、唇を近づけさせた。
ついばんでも、口を開けない。紘鳴は体重をかけた。多田くんが腕を、腰に回してくる。
腿にまたがって、ゆるく触れ合って開けてくれないのを舌でたどった。すぐ開いたから、多田くんの舌と絡めた。紘鳴は瞼をおろして、多田くんの舌を自分の唇のなかに吸った。
いったん満足するまでして、ゆっくり離した。
「したくなるっていったくせに」
抱きしめるだけで何もしてこない多田くんをにらみ、呼吸をおさえると下半身が重くなる。くたっとなりそうな身体でがんばって背をまっすぐに、見つめる紘鳴に多田くんはつぶやいた。
「……ぼくは、したくなりますが」
ぼくは、と強調した。
な、と言葉が出なかった。ここまできて、なにを言い出す。意地が悪い男だ。さんざん断ってきたのはこっちだが。
顔をそむけて何か言いそうな多田くんの唇に何度も吸いつく。今日は三時間コースだと言っているのに。
「風呂は、今日はなくて」いい、ぜんぶするけど。
紘鳴が言葉を続けようとするのをさえぎって
「三時間」
多田くんは言った。
「……ん?」
「三時間だと足りません」
きっぱりと言い、多田くんは紘鳴を見下ろした。
我慢させたから「したいこととか、ないのか」と訊いてみた。腰を上げる多田くんは見返しても、答えない。
「素股とかしても」
「じゃあ、それで」
「そ、そうか」
タオルで拭うんでも浴室ですれば多少汚してもいいか、と服を脱いだ。どうやっても広さのない浴室の壁際で、裸になってもまだ多田くんに甘ったれた音のキスを繰り返した。やめられなかった。
そのうち身体を抱えられて、壁に向くように変えられた。
た、たちバックで素股か。過去した記憶がない。
後ろから大きな手が紘鳴の腹や胸をさわった。うなじをかじられ、腰に擦りつけられる。ひくっとなった首から肩を嗅いだ。舐られて、食むような多田くんに皮膚を吸われた。
紘鳴は目を見開いた。どうしてすぐ痕をつける。
正面の壁にちゃんとよりかからせてもらえなかった。抱えてくる多田くんの胸に背中が密着して、抱え直されると身体が持ち上がった。浮くかかとで多田くんの足の甲を踏みそうで、つま先で立とうとした。乳首をつまむ指の腹に、もがいた脚が壁を蹴った。多田くんは紘鳴が膝をぶつけかけるのを見て、耳の内側のくぼみに舌を入れた。
腕がやっと紘鳴を離す。力なく、ぺたっと顔を壁につけた。腰をおさえられる。壁と性器がくっついて糸を引いた。目の前には浴室の壁だけだ。
多田くんの無言がやや怖かった。
紘鳴の腿の間に硬くてふくれたものを、多田くんがぐうと挿しこんだ。
「っ……」
内腿にはさまって身長差のせいで尻まで割り開かれて、紘鳴は何かにつかまりたかったが、つるつるとした浴室の壁に肘から手のひらまでつけてもだめだった。
「く、あんっ」
ずるずるうと引き抜かれたあとは、腰をわしづかみにされて抜き差しされ、紘鳴の性器の裏とすれる。多田くんの体液で濡れた穴にぬりつけられるようにこすられる。
「出すので、手でここ広げて」
細い白い脚の間ですぐ太くなった。紘鳴は耳に入ってくる多田くんの声に足がふるえ、どうにか肩で壁にもたれ、尻に手をかけた。自分の手で広げるように言われたのは、たぶんそこにかけたいんだろうと思った。
文字通り、ぶっかけるというかんじで精液がかけられた。
ぼとぼと床に落ちて、紘鳴の脚を伝ってだらだら流れていく。
多田くんの精液が垂れて足もとに溜まっていき、紘鳴は多田くんに本当にかけられたことに驚いていた。
もう膝をつきそうになったのを、多田くんにつかまれ、大きい手に性器を扱かれて、どぐどくと重たく身体のなかで脈打つ。浴室に紘鳴のとぎれとぎれの声ばかり響いて、耳の内側を舐め上げられ少し加減しているような強さで噛まれるのと多田くんの指に先端をこりこりいじられた。
射精したのに紘鳴は根元から揉まれて、多田くんにぐったりと身体をあずけて、視界がもどってくるまで時間がかかった。
タオルで脚を拭われて、腰が抜けて浴室で坐りこんでいる紘鳴はあらためてバスタオルにくるまれ抱き上げられた。
ベッドに坐った多田くんのあぐらをかくような足の先におろされた。振り返って紘鳴はむう、と唇をまげた。
「……眼鏡を」
身体をひきよせられてしまうし、後ろから抱きしめられる。つむじに多田くんの顎がのせられる。
膝をゆるく立てた紘鳴の腿を多田くんが撫ぜて、股を閉じようとすると多田くんの膝にひっかけるみたいに開かされて、固まった。
「じぶんでする」
紘鳴はローションのボトルを取りたくて多田くんの腕を退かそうとしたが、離してくれる気配がない。これはゆずれなかったから、上げた膝をがんがん当ててもがいて
「はなせ」
「させてください。……さわりたい」
「ちがう、いや、さわってもいい、から、いやそうじゃないっ」身をよじった紘鳴の腿の付け根を指がぐっと開いた。
「何がちがうんですか」左の膝裏を持たれて、右足がずれ動いてシーツに皺をつくる。多田くんに取られたボトルから大きな手のひらにローションが出されるのを見ていた。
「……え?」多田くんがぞろっと低い声を出した。
なだめるように紘鳴は手を上げて、眼鏡のしたの頬を触った。
ここまで今日、準備してきたのもあるが
「やわらかいわけは……ひとりでしたからで」
ああいうふうに『漁る』などと言ってしまったのだ。信じてもらわなくてもかまわなかったが言っておかなければ。
観念して、脚全体を開いた。
「いつしたんですか」
声の調子が落ち着いた多田くんがローションにまみれた指を紘鳴のなかに押しこみ、耳たぶを食む。
「れ、ん、きゅうまえの、よる」
指、ただくんのゆび。長くて骨張った指。紘鳴の性器からたらたら溢れる。腰にはもう多田くんのが当たっているし、
「ゆび、そんなしなくて、いいっ……」長い指が増やされて、たくさん入ってくる。なかを確かめるように、ローションをたされて、押し拡げて、指が回される。
「いいっ……ゆびっや……ぁっ」
根元まで埋められ、覚えてるらしい感触をしつこく撫で上げられて、全身ふるえて、喉の肌を無防備に晒した。
「連休って……二十二日の夜ですか?」
耳からこめかみにキスをして、三本を紘鳴のなかで曲げてから、多田くんは訊いた。
ぬちゅと引き抜かれる。
「……そう」
つま先までひくついて、紘鳴は笑いたくなった。
「しんじるひつよう、なんてない」
こどもみたいにつぶやいた。
身体が落ち着くのを待たずにぐねっと動いてシーツをつかんで目つきを鋭くした。多田くんにもたれていた背を丸めて、首をねじった。
「――仰向けになれ」
手をぬぐえ、ゴムはつけてやると口角を上げた。
さっき一回抜いたと思えないな、と紘鳴はバランスをくずさないでしっかりまたがれるだろうかとゆっくり乗った。多田くんの胸においた手で支える。
騎乗位だと紘鳴の重みで入るから好みだ。
多田くんの、二度目だが筋も何もえぐいようなものが埋まって、泣き声のようなあえぎを洩らした。
動こうとしても、多田くんが腰とか広がった股とかをさわってくる。唇を引き結んで、眼鏡を外してやろうとしたら、胸に指が這う。
入っているだけでも苦しいというのに、下腹を撫ぜられる。
多田くんの手に反応して、なかがすごく締まってしまう。
「……ぼくの手、好きなんですか」
多田くんの焦ったような手の動きに、さらにきゅうと締めあげてしまった。
でも胸のうちが虚ろなかんじになった。
「ちょっと、すきです」
つい、言ってしまうと身体が熱くなって、喉までせり上がって、いやだと思ったが涙ぐんだ。左目からしずくがこぼれそうになる。どうしても止めたくて紘鳴は自分の左頬をべしとたたいた。すると多田くんが険しい顔で上体を起こした。腹のなかが動いて、体勢を保てなくて倒れそうになる。大きな手が腰に回され、太い首に右腕でしがみついた。頬をたたいた手首を多田くんがつかむ。
「やめてください。たたかないで」
唖然とした。髪をよけて左の額と頬の傷跡に手を当てられた。紘鳴は目をそらした。
そっとふれるかふれぬくらいに唇が寄せられた。
「動いていいですか」
まだ何もしてない。テクニックも見せつけてない。
身体を揺らされ、紘鳴は口もとが不満げにゆがむ。
初めて向かい合って、多田くんが肩を咬んでくる。優しく甘噛みされ、背骨を指がなぞる。
それから、手に性器をゆるゆるつつまれて、薄い腹に、なかにのみこんだものがもっと奥へ入りたがる。
紘鳴は多田くんの首筋に顔をおいてから、筋肉のつきとか厚さとかずいぶん違う肩に鋭く立てていた爪先の力をゆるめた。
すい、と眼鏡の両端をつまんで取った。
顔をかしげて多田くんの目を見ると紘鳴はふん、と笑った。フレームは大丈夫かと思いつつベッドサイドに眼鏡を放った。
キスされると、多田くんに満たされて堪え性がなくて紘鳴はめちゃくちゃにしてほしいと思った。
多田くんは、こうなると最中、あまり言わない。容赦も遠慮もしないが、律儀に「痛くないですか」と訊くし、ときどき紘鳴を休ませる。
それ以外は言葉数が少なくて、紘鳴に何も言わせようとしない。キスはしてくる。
これまでの相手は紘鳴にいろいろ言わせようとしたり、欲しがらせようとするのばかりだった。紘鳴から何かを引き出したがって、教えこんでつくり変えたそうに、むりに気持ち良くした。
もしかしたら多田くんには紘鳴に欲しがってもらいたいという気持ちがないのかもしれない。
欲しがらせる男ではないと思う。紘鳴からの「欲しい」という言葉を求めてない。
ことわりなくたくさん悦くしてくるけど、必死なかんじで、紘鳴がいやだと感じることはひとつもしてこない。
必死にされて、すごく気持ちがいいので身体の相性は、良いということにしよう。
多田くんとしたかった。多田くんでなければいやだ。多田くん以外とはしたくない。
あのとき、『ぜんぶいやです』と言って、たぶんきっと、多田くんは全部欲しいと言った。そう思いたかった。
キスされるとしたくなる。多田くんとしたいと思ってひとりでした。
なかでいく、と目を開けるとなんだか多田くんは変な顔をしている。
「?」
半開きだった唇を舐められ、多田くんの舌が入ってきた。とろんとした意識でねっとり絡まる。
多田くんの腰をはさむ紘鳴の内腿がもどかしげに擦れる。腰をもっと引きつけたいともがいた足首の片方を持ち上げられ、背を起こした多田くんは掴んだ足首を肩にかけるみたいに紘鳴の脚を大きく開き、深く奥まで挿しこんだ。奥まったところにもぐりこまれ、紘鳴は「ひぐっ」と顎を反らして、首を食まれ、腰から背中がふるえ頭のなかで金属が折れるような音が聞こえた気がした。
なかでイッた紘鳴にひきずられるように多田くんがどぷと弾けて、荒げた呼吸で
「もういっかいしたい、です」
出しきる動きで、紘鳴の腿と腰をつかんで揺さぶりながら、口もとだけが笑っているような顔になって言った。
「……ごむはじぶんでかえろ」
しばらくして、言葉がはっきりつむげるようになった紘鳴は髪をよけてくる多田くんの手の甲に手のひらを重ねて言った。
明日も通常出勤なんだろうと言っても聞き入れない多田くんと計四回した。
時間延長させたというから、ホテルの代金はおごっても、帰りのタクシー代は出さなかった。ホテルの代金をおごることについては三連休をつぶさせたのはこっちだからと有無を言わせなかった。
四回するとさすがに疲れて、暮らしている部屋に帰って気絶するみたいに寝落ちした。
多田くんは、遅刻しなかったろうか。
起きてシャワーを浴びたら、吸われた痕と、強くつかまれた腿や足首に多田くんの指の痣がついている身体が鏡に映った。
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