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異世界

静の森

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 先日来た場所よりも森は深いが割と人通りがあるようで小さな獣道が出来ている。運動とは無縁の梨沙の足でも割と歩きやすい場所だった。
 森を抜けて辿り着いてのはとても清々しい風が通り抜ける場所。だけど、そんな風の音も草木の揺れる音も動物の鳴き声も…自分の足音さえも聞こえてこないとても静かな場所だった。

「とても不思議な所ですね…」

「…ここが静の森と呼ばれている場所です」

 マーサちゃんは一拍の間をおいてからそう答えた。
 何故かそれ以上は何も聞かない方が良いような気がして先日と同じようにマーサちゃんに習って草花を摘み始める。

 どのくらいの時間があったのだろうか。
 暫くの静寂のあと、マーサちゃんは花から視線を変える事なくゆっくりと口を開き私にに問いかけた。

ーーーリザさん、私は何が出来るでしょうか…



ーー
ーーー



 マーサが生まれた小人族の村は“静の森”と呼ばれるこの一帯に昔から暮らしていて、隣人たちと共存して、周囲にある森や山やダンジョンからの豊富な恵で錬金加工を生業にして暮らして来た一族だった。
 しかし、森での生活は錬金加工には適しているもののその反面、魔物の被害は深刻で年々増えていく被害の大きさをマーサは以前より村の人達に訴えていた。
 しかし、彼らは“それで死ぬならそれは森の神のお導きだから仕方がないのだよ”と言ってマーサの話しをまともに取り合うことは一度もなかった。
 そんな閉鎖的で窮屈な生活から抜け出しかったマーサはその事で両親と揉めてしまい村を飛び出た。


 村を出て十数年。以降マーサは一度も村には帰らなかった。初めはその幼い見た目から邪険に扱われる事も多かったが、元々魔法の腕が良かったマーサは直ぐに頭角を表し、冒険者として順風満帆にランクを上げて、優秀な仲間にも恵まれ名も知れ渡っていた。
 そんなマーサの元に生まれ故郷が魔物に襲われたと言う話しが流れてきた。
 マーサはそれを聞いた時、皆んなの心配よりも先に“だから言ったのに…”と考えてしまった。
 そんな言葉が頭を一瞬でもよぎってしまった事に自分でも信じられなかった。如何してそんな事を思ってしまったのかと強い後悔、そして罪悪感がマーサに押し寄せた。
 焦りや不安を胸に抱いたまま村への道を急いだが、マーサが村に着いた時にはもう何年も前からそこには何もなかったかのように村は跡形も消え去っていて、目の前には時が止まってしまったかのように静寂な美しい花畑が広がっていた。
 その場所が文字通り“静の森”になった瞬間だった。
 

 それからマーサは大切な人達を奪った魔物と村の皆んなを見捨てた自分へ怨みを募らせていた。
 それはいつしか、自分でも抑えきれない程大きくなっていて、先日も守るべきマリーと梨沙を危険な森に残して夢中で魔物を追いかけてしまうくらいに大きくなっていた。

 だから、真実を聞かされて戸惑った。
 ノアは魔物が人を襲うのは生きる為に本能的にやったのだと言った。
 そもそも人類にとって魔物はダンジョンという不思議な物が生み出した意志のない魔素の集合体で無機質的なもの、という認識だった。
 だが、それが彼らにも“生きる”という感覚があるのだとノアは言ったのだ。
 生きる為に魔物を狩り、肉や素材を糧に生活する。弱肉強食ーー森で生きてきた彼女にとってそれは至極当然の事だった。
 我々人類が彼らを狩ると同じように、魔物達が人類を狩る事も又、生きる為に必要な事だった。
 
 そして、残ったのは自分が皆んなを見捨てた、と言う後悔の塊だけだった。
 何処にもぶつける事の出来ない苦しみ。それが“何が出来る”と言うその一言に込められていた。
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