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第一章
ノーナの森
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心地よい風が頬をかすめ、目を開けた。木々は生い茂り、強い日差しを遮って、柔らかな光が大きな葉の隙間から凛へと差している。森は小高い丘の上の様で獣道を少し切り開いた様な細い坂道が伸びていた。
(あぁ、ここがノーナ。ノーナって森だったのね。)
ノーナの森。エルムダルムのエルムダーク大陸にある帝都エルムにほど近い資源豊かな森だ。
この世界エルムダルムには中心に大きな湖がある資源豊かなエルムダーク、一番広大な土地を有するヴェルスダルム、無数の島々が交易を交わし、まとまったアルエルム。の3つの大陸があり、発展こそ乏しいが自然豊かで平和な世界だ。
エルムダークは薬草や魔樹が自生しており、中でも大陸の中心にある湖に聳える世界樹の恩恵は多大である。更に魔石や鉱石などの素材加工の技術の高い大陸だ。
ヴェルスダルムは広大な土地を有し広大ゆえ土地それぞれが特有の気候を持っているので様々な作物を作っている。更には鉱山を多く有しているので魔石や鉱石の名産地が多くあり、加工技術が高いエルムダークとの交易も盛んだ。
人口もエルムダルムで一番多く、気候の違いや土地に岩場が多かったり、雨が多い地域だったりと其々が苦手なものを補い合っており、国同士が仲がいい事でも知られている。
アルエルムは小さな島一つ一つに多様な種族が棲み分けしており、其々特産を生み出している。珍しいものだと絹織物や染色料、焼物や漆塗り、仕掛け箱などの伝統工芸品は日本を思い出すような物ばかりだ。
その中でも一番大きいデロス島はその島々から沢山の人が集まり多人種国家となった島でギルドを作った先駆けの国でもある。
(この世界の簡単な詳細が知りたい…)
この世界については何から何まで思い出のように記憶しているようだ。近くは森の中の滝、どんな草花が自生しているのか、この細い坂道の先にある帝都のお洒落な街並み。聳え立つ大きな噴水がある広場。人々でごった返す市場。遠くは広大な土地を埋め尽くす黄金色の田畑や鉱山の中で輝く宝石の数々…。どれもこれも目を瞑って仕舞えば今まさにそこにいるかの様な鮮明な記憶。
こうして知りたい事を頭の中で考えれば必ず答えの引き出しが開き、映像とともに私を納得させてくれる。…ようだ。多過ぎる情報を一気に見たせいか少々頭が痛い。
神様に死んだと聞かされて、転生して自由に生きろと言われて不安がないと言ったら嘘だ。今あるのは神様から貰ったこの世界の知識だけ。でも、何故か心は至って平穏でドキドキもしないし、ワクワクもない。
辛い出来事に押し潰され自分を見失っていた情けない前世を今度こそ家族が安心して見ていられる人生に替えられるだろうか、とついつい暗く考えてしまう。
「今日から私は…リーン」
何故リーンなのかは分からない。前世では桜田凛と言う女性だった。その記憶を持ったままリーンの中にいる。もっと言えば、元々この世界の全てを知るリーンという器に桜田凛の意識が入り込んでいる、と言った方が正しい。リーンは桜田凛自身で間違いはない。
前世の記憶とこの世界の記憶、2つの記憶が混在していて、言いようのない不思議な感覚のままリーンは足元にある木の棒を拾い上げた。
(冒険といえば木の棒よね…?)
ゆっくりと坂を下っていく。道沿いに小川が流れているのが見えた。そういえば、かなり目線が低い気がする。そっと駆け寄り川を覗き込む。
「え?…だ、誰?」
元々の姿とは全く違う。幼さが残る顔。金眼のクリクリの目に少々控えめな小さな口。腰まで伸びる綺麗な白っぽい銀の髪は日差しに透るとキラキラ光る。
「…可愛い」
手足も小さい。年は7、8歳くらいだろうか。普段あまり見る方ではなかったが、ザ・アニメの主人公といった如何にもな感じ。
神示の件といい、容姿といい、幸先の良さに驚きを隠せない。なんだったんだろう、あのドタバタ転生は。不安に思う事なかったのでは?と思ってしまうのも当然だろう。
でも、そんな考えはすぐに消え去った。
坂道を川下沿いに降り、少し開けた所に出た時に気付いてしまった。お金も家も食べ物も何もないのだと。売るような物も何も持ってない。神に貰った知識のおかげで言葉や文字、お金の価値、種類。何がどれくらいで買えるのかなどの基本的な事はもちろん、国の政治体制や財政、統治者、領土などの細部に至るまでなんでも分かるのに。一番大切な衣食住が全くない。
このまま帝都に進んでも意味がない。帝都に入るにはお金がかかる。それも小銀貨1枚=100イル。日本円で1000円くらい。小銅貨1枚=1イル(10円くらい)すら持ってない無一文の私には大金だ。
ちなみに貨幣価値は
小銅貨1枚=1イル(10円)
大銅貨1枚=10イル(100円)
小銀貨1枚=100イル(1千円)
大銀貨1枚=1000イル(1万円)
小金貨1枚=10000イル(10万円)
大金貨1枚=100000イル(100万円)
白銀貨1枚=10000000イル(1億円)
となっている。
大体屋台の飲み物は3イル~5イル。食べ物は8イル程でお店で出てくる飲み物は10イル~12イル。食べ物は20イル前後。
平民の平均月収が大銀貨5~7枚。日本の物価の1/4程度ぐらいだ。
「…まぁ、いいか。私は幸せになっては…ごめんね、お母さん」
ーードッカーン
「……?」
川下の方からとてつもなく大きな音が響く。情報過多で少しだけ気が遠くなるような感覚を感じ頭を抱えていたリーンの耳に入って来たのは鉄を叩きつけるような音、幾人の男達の怒号、その男達の大きな足音、何かが吠える声…。割と近いみたいだ。
リーンは何の躊躇もなく、その音の方へ歩を進める。そこに行くのは当たり前かの様な妙な心の高鳴りは自然とリーンを早足にさせる。
背が高い草木のせいで辺りの様子を見る事が出来ない。リーンは近くの割と背の低めの木に攀じ登る。
そこから見えるのは音の通り、重装備を身に纏う男達がワシのような、ライオンのような、羽の生えた謎の生き物と戦っている。周りの木と然程変わらないくらいのその生き物はリーンの位置から見ても見上げる程に大きい。
大きいだけではなく皮膚も分厚いのか、全く剣が効いている気配はない。地上に降りて早々にこんな闘いを見ても恐怖も焦りも感じる事が無いのが兎に角不思議だ。
(…あれは何…?)
近くで血を流している兵士に少しいい装備を身につけた男が駆け寄る。
「応援が来るまでの辛抱だ!これだけ大きな音がしていれば直ぐに少佐達が気付いて駆けつけて来てくれる!それまで何とか持ち堪えろ!!」
意識が途切れれば彼は危ないだろう。血を流し過ぎている。
「3番隊はそのまま前線を維持しろ!少佐が来るまで何とか持ち堪えるんだ!コイツが…ウァプラが帝都に向かえば…壊滅的被害が出てしまう!!ノーナから決してだすな!!」
「「「「はい!!!」」」」
ウァプラと呼ばれた魔物からすれば人は子うさぎ同然だ。踏みつけられただけでも命を落としかねない。打開策がない訳では無いが、今出て行った所で話を聞いてもらえるかも分からないし、もっと言えば彼らが此方に危害を加えて来ない保証はない。
「1番隊は矢の準備を!5番隊は魔法の準備だ!拘束魔法を展開しろ!」
巨大な敵にも果敢に挑む兵達。決して彼らが弱い訳では無い。かなり打たれ強く、攻撃力も高い方で、連携もしっかりしている。しかしその数は減るばかりで敵には擦り傷すら付いていない。彼らにはウァプラを倒す手立ては無いようだ。リーンがうんうん唸っていると後ろの方で草木がざわめく。
「お嬢様。こんな所にいては危険です。さあ、此方に」
草木を掻き分けて現れたのは若い男性5人組だ。1人は此方に手を差し伸べていて優しく微笑んでいるが、他の4人は何故こんな所に少女が居るのかと疑問に思う表情を隠す気は無さそうだ。
「…貴方はアレを倒せますか?」
「あれは悪魔です。ウァプラはその中でも上級の悪魔です。夜では無いので力は弱まって居ますが私達人間には追い払うのがやっとかと。もう少し日が高くなれば悪魔達は引きますので、それまでは攻撃の届かない場所で待機していて下さい」
深刻そうな表情。死をも覚悟しなくてはならない敵なのだ。
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