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第一章
聖王教会
しおりを挟む「リーン様、おはよう御座います」
おはようございます、とリーンが目を擦りながら体を起こすと、ピッチリと髪を結い上げたメイドがお湯の入った桶を持って近づいてきた。そのお湯でさっと顔を洗うとすぐに綺麗な布を渡される。タオルがあったらなぁ、と思いながらもお礼を言う。
昨日の夜リーンを着せ替え人形の如く遊んだメイド達と違い、リーンで遊ぶ事なく、素晴らしい身のこなしで一人でテキパキとリーンの朝の支度を整える。
「リーン様、申し訳ありません。本来ならメイド3人程でお支度をお手伝いさせて頂くので此処まで時間は掛からないのです。しかし、リーン様のお世話係はメイド達の取り合いになりまして…更にはリヒト坊ちゃんも部屋に入って来ようと…そこは支度前の女性の部屋に入るのは行けないときちんと諭しておきました。その様な次第で私1人になりました」
あぁ、この人苦労してるな、とリーンは同情しつつも笑顔で返すしかなかった。
支度は思ったより長かった。薄紫のケープドレスはとても大人っぽい印象で好きだったが、何よりもドレスの重さに苦笑いしか出てこなかった。
この世界の女性は極力肌を見せない物を好む様だ。それなら重さを軽くする魔法くらいあるのではないか、リーンは思うのだった。
支度後すぐに執事が呼びに来たかと思えば、そのまま抱えられた。リーンを抱っこで運ぶのが暗黙の了解の様に遂行される。
一々何か言うのも大変なのでお子様らしく気にしない事に決めた。5歳以下に見られているかも…と言う疑念はとっくに頭から排除した。
メイドと共に連れてこられたのはいつもの食事の場所だ。すでにリヒトとマロウが食事を始めていた。
「リーン様お早いですね」
マロウは何を言っているのか、とリーンは不思議に思ったが微笑みを返した。何時も10分程で済む身支度が1時間半にも及べばとても早いとは思えない。
(お腹空いた…)
いつもならとっくに宿屋の食堂で食事を済ましている時間だったのだが、支度に時間がかかりいつもよりかなり遅めの朝食となった。
「リーン様はとても素晴らしいです。支度の間まるでお人形のように大人しくしてらっしゃるし、次何をされるのか分かって下さるから何も言わずとも合わせてくださいます。坊ちゃん達にも見習って頂きたいくらいです」
2人はしゅんとしてしまった。このメイドにはどうにも頭が上がらないようだ。その証拠に他のメイド達はリヒト様マロウ様と呼ぶが、この人は坊ちゃんと呼ぶ。
この際、未だにお着替えをメイドがしてる事は気にしない事にしておく。
その後も2人に小言を言い続けていて、流石に可哀想になったのでリーンは助け船を出すことにした。
「リヒト様、すぐに教会に行かれますか?」
私の声にメイドはハッと何か思い出したのか、慌てて一礼して部屋を出て行った。
「リーン様助かりました。メイド長には私達の小さい頃からお世話になっているもので頭が上がらず…。教会には馬車の準備が出来次第向かいましょう」
食事が済んでお茶を3人で啜っていると、準備が整いました、と執事が呼びに来た。
馬車までは相変わらずリヒトに抱っこされていたリーンだが、マロウも一緒に行くとは思っておらず、計画の変更にマロウが必要なのかと思っていた。
それを知ってか知らずか、調査だとバレないようにするには子供が一番だと言われ納得した。この時でもリヒトが眩しいほどキラキラしていたのは言うまでもない。
馬車が目的の教会に着き、ゆっくりと停車する。リーン達3人と従者に扮した強面ライナと童顔ミルが教会へ入る。ジャンは従者に見えないので今回は待機だ。
とにかく従者の格好が似合わなかった。ライナとミルも凄く似合ってたわけではないが、中性的な顔のジャンは飛び抜けて似合っていなかった。
教会に入ると若い助祭が歓迎の挨拶をしてくれた。リーンはリヒトが色々話しているのを大人しく抱かれながら待っていた。ついでに神殿内を見渡す。白一色のこの場所は神の世界を思わせる。
一通りの話が終わると神殿内の女神の像の前に案内された。
「リーン様、こちらがヴェルムナルドール様です。私達が信仰する女神様です」
(あ、あの光の球はヴェルムナルドールって名前だったんだ…)
「ヴェルムナルドール様は全てを諭す知識の神です。ここエルム帝国と聖王国ヴェルナードなど大陸を渡り20カ国で信仰されております。その他、大きな影響を持っている4つの宗派があり同じ神でも5つの顔があるのです。今はまだヴェルムナルドール様は賢者を選ばれておりませんが、賢者が現れればヴェルムナルドール様のお言葉を私達も聞くことが出来るようになります」
突然背後から現れた1人の女性が説明をするリヒトの後に続いて話し出した。
「ビビアン司教様、お久しぶりです」
「お久しぶりですね、リヒト様、マロウ様…えっと?」
リーンと申します、とビビアンと目があったのでリーンが自己紹介する。それでもビビアン司教と呼ばれた彼女は視線を逸らさない。
「リーン様は異国の方でエルムにご滞在の間、ご案内させて頂いてるのですが、この知識の母ヴェルムナルドール様にご興味をお持ちになり、こちらに案内させて頂きました」
これはさっき馬車で考えた設定だ。教会側が警戒して話し合いの場が設けられないのでは始まらない。その為にリヒトが考えたのだが、マロウが計画を知らないにも関わらず納得した事に少しだけ疑問だった。疑問には思ったがリーンの役割は教会に来た事の理由付けの為だけだったので気にすることを辞めた。
まぁ、言ってしまえば嘘はない。異国から来たのもそうだし、エルムに滞在してる。神様にも興味があるし、寧ろ会ったことがある。気にするだけ無駄という話だ。
「それはそれは、ヴェルムナルドール様にご興味を持って下さる方はいつでも歓迎です」
ビビアンはとても嬉しそうな声で言う。しかし、決して表情は崩れず、目の鋭さは相変わらず変わらない。
彼女の正体も勿論知っている。そしてそれはリヒト達にも話した。トットに協力して転移魔法を使っているのは彼女だと。初め、皆かなり驚いた。しかし、理由を説明すると決まって悔しそうに言った。助けたい、と。
彼女は決していい行いをしている訳ではない。現にそのせいで亡くなっている人は優に100人は超えている。しかし、彼女の立場では逆らうなど出来るわけもなく、勿論彼女が反対した事も止めようとしている事も全て知っている。その事で枢機卿から司教に降格。その後この教会に飛ばされ、今の仕事をさせられている事も知っている。
今回の計画には彼女も勿論組み込まれる。彼女は現状の聖王国、即ち国教ヴェルム教会に対して強い嫌悪をいだいているし、何よりもその当事者であり、転移魔法も使えるからだ。
その為に心を同じくする者を密かに集め、現教皇に反旗を翻そうとしている。現教皇、枢機卿達と言う膿を出し、ヴェルム教会を生まれ変わらせるつもりだ。
彼女の協力を取り付けるのはなかなか難しい事だろう。情報はリーンが言っただけで証拠がないからだ。ただ、彼女にも強力な後ろ盾が必要なのも確かなのだ。
なので正直、交渉はその道に精通したライセンがすると思っていた。ライセンの方がその手の事は上手だろう。何故リヒトが、と思うのは必然だった。
「女神様についてなら色々お話も出来るかと思います。部屋を用意させますので少々お待ちください」
「では、私達は洗礼を受けさせて頂いております」
ビビアンが準備に戻ってこの場を去る。リヒトは少し肩を撫で下ろす。
「この後交渉されるのですよね?」
マロウに聞こえないよう、リヒトの耳元で囁いた。返事代わりの微笑みを貰って、リヒト達は洗礼の為女神像に近づく。
リーンは近くの椅子に下ろされ、大人しく座っていた。ライナとミルがすぐ後ろに控えているので周りの修道者や助祭達からの視線を集めていたがリーンは気付いてすらおらずマロウの洗礼について神示を覗いていた。
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