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第一章
ベンジャミンの大冒険
しおりを挟むーーポスッ
(あれ、ここどこ…だろ?)
胸元で眩い輝きを放つダイアモンドのような石の感触を右手に感じながらリーンは辺りを見回す。見慣れない部屋が目の前に広がってる。想像通りのお貴族様部屋は例の如く煌びやかな雰囲気だが、珍しく黒を基調としている。その為か見苦しくはなく丁寧に配置された調度品は銀製の物ばかりで寧ろ趣きを感じる。
ここが一体何処なのかは分からないがこの洗礼された雰囲気はアーデルハイド家である事は間違いないだろう。
握り締めた手の隙間から漏れ出した光が徐々に収まって行く。そしてそっと手を離した。
ビビアンから事前にかなり眩しいですよ、と注意を受けていなかったら、きっと今も目が眩み周りを確認する余裕すらなかっただろう。
ふと、思い出したのだ。リーンの胸元には大きすぎるこの首飾りの存在を。
退屈すぎて欠伸が出た辺りでリーンは本気で帰ることを考え始めた。宿屋でもアーデルハイドでもいつもいいベッドと布団を使ってきたからか、この少し動くだけで軋みが響くベッドでは欠伸が出ても寝るまでに至らず悶々としていたのだ。
リーンが居なくなるなんて思いもしない兵達は流れ作業の如く通りすがりにチラッと覗くだけでまともに確認なんてしていない。
ベッドに掛けられているシーツをクシャクシャに丸めその上に布団を掛ける。
(これで暫くは気付かないでしょ)
そして、漏れ出した光で見つからないように両手で石を握り締め、目を閉じて小さな声で『ポート』と唱えたのだった。
先程まで埃っぽい空間にいたので、この場の空気さえ美味しく感じ、大きく深呼吸してみる。フカフカで柔らかな肌触りの布をお尻の下に感じつつ、耳元をヒヤリとさせるそれに指を這わせる。
優しく光り輝いたそれはリーンの目には届かない。
転移先が何処であれ、お尻を痛めずに済んだ事に安堵したリーンは不時着した天蓋付きの大きなベッドの脇のサイドテーブルの上に置かれた真紅の小さな座布団に腰掛けている石を見つめる。
リヒトがやりそうな事だ。見た目がただの石ころなのに豪華な座布団を用意するなんて。
しかし、そんな視界の中に同時に映る込むこの部屋に似つかわしくない程にボロボロな本に目が止まる。
「…ベンジャミンの大冒険?」
凡そリヒトを連想させない本の題名に小首を傾げる。リヒトが読みそうな本と言えば私小説や歴史書、武に纏わる本だろう。しかしこの本はどう見ても絵本だ。
更に気になるのはコピー機やワープロ、版画技術さえ無いこの世界で本と言えば手書きの物しかなく、使われている素材も羊皮紙。羊皮紙一枚でも1枚大銀貨5枚=500イル(5000円)はする代物でそれが沢山使われる本が世に出回る事は殆どなく、それでいて高価なので持っているのは貴族か大商会などのお金持ちだけだ。
実際、リーンもこの世界で本をまともに目にしたのは初めてで、これが本と認識するまでにかなりの時間要した。
丁寧に製本されており、絵も羽ペンで書いたとは思えないほど繊細なもので古びているのにシミひとつない本に目を奪われる。
それ程分厚くない本を手に取り、誰かが来るまで…とリーンは呑気に本を読み出した。
内容は不幸な青年ベンジャミンが世界中を旅して行く話…。
とある小さな村にベンジャミンと言う若い
青年が体の弱い母親と暮らしていた
ベンジャミンは石を投げられ 蹴られ
汚い言葉を吐かれ 虐められても母の為
沢山の思い出の詰まった村を出て行く事は
無かった
ベンジャミンには悲しい過去があった
ベンジャミンが15歳の時に父は戦に駆り
出され 亡くなっており 更には18歳の時に
弟が栄養失調で亡くなっている
そして現在20歳を迎えた今日 最後の
肉親である母親は病いでこの世を去った
全てを失ったベンジャミンはその後も村の
者に蔑まれ ベンジャミンの周りにいる者が
次々と死ぬ事から“疫病神”と言われ
しまいには村から追い出されてしまった
心優しいベンジャミンは自分が居なくなる
ことで村が平和になるならと笑顔で村を後にした
旅の途中 ベンジャミンは白銀の髪に金瞳
のとても美しい女性と出会う
彼女は名をヴェルムナルドールと名乗り
病いを患ったので薬を分けて欲しいと願いでる
ベンジャミンは母の為に泣け無しの金で
用意していた薬を女性に全て差し出した
心優しい彼に 素敵な未来があるように願い
『貴方に知識を授けましょう』とだけ言い残し
姿を消した
始めて訪れた国は流行病が流行しており
多くの民が苦しんでいた
その光景に母を思い出したベンジャミンは
女性から貰った知識で病の原因を突き止め
それを排除し 薬を作って民を救った
彼は民から【賢者】と呼ばれるようになる
尊ばれつつ国を後にし 歩いていると
今度は白銀の髪に碧眼の男性と出会う
彼は名をアポロレイドールと名乗り
戦に駆り出されるので武器が欲しいと願いでる
ベンジャミンは骨も残らぬ父が唯一残した
磨かれた剣と盾と兜を男性に全て差し出した
心優しい彼に 素敵な未来があるように願い
『貴方に力を授けましょう』とだけ言い残し姿
を消した
次にベンジャミンが訪れた国は隣国と大きな
戦争をしており多くの戦死者で街は埋め尽く
されていた
その光景に父を思い出したベンジャミンは
男性から貰った力で双方の軍の間に亀裂を作り
圧倒的な力は戦意を失くさせ 平和になった
彼は民から【勇者】と呼ばれるようになる
讃えられつつ国を後にし 歩いていると
今度は白銀の髪に翠瞳の少年と出会う
彼は名をコートバルサドールと名乗り
飲み水と食べ物を分けて欲しいと願いでる
ベンジャミンは弟に食べさせると約束して
用意していた干し肉と水を少年に全て差し出した
心優しい彼に 素敵な未来があるように願い
『貴方に魔法を授けましょう』とだけ言い残し
姿を消した
次にベンジャミンが訪れた国は王の圧政
により 弱者は搾取され続け 気力を失い
田畑は枯れ果て 多くの民が苦しんでいた
その光景に弟を思い出したベンジャミンは
少年から貰った魔法で土地の渇きを補い
種を芽吹かせ 動物を呼び寄せ 大地を育んだ
彼は民から【大魔法師】と呼ばれるようになる
感謝されつつ国を後にし 歩いていると
今度は白銀の髪に赤眼の少女と出会う
彼女はキャラベリンドールと名乗り
今まで見た事の無い物が欲しいと願いでる
ベンジャミンが父から受け継いだピアスは
この世に二つとない物で其れを少女に差し出した
心優しい彼に 素敵な未来があるように願い
『貴方に奇跡を授けましょう』とだけ言い残し
姿を消した
次にベンジャミンが訪れた国は他国の者を
受け入れず 閉鎖的で 治安は悪く
他国よりも文明が衰退していた
その光景に故郷を思い出したベンジャミンは
少女から貰った奇跡で石から宝石生み
道を整備し 街と交易を取り付け 発展させた
更にベンジャミンは その国の王となり
愛す者を手に入れ 子を授かった
そして彼は【錬金王】と呼ばれるようになる
皆に惜しまれつつ 命を全うする最後の時
漆黒の髪に黒眼の女性が彼を迎えに来た
彼女は名をドールと名乗り
心優しいベンジャミンの行いを見ていた彼女は
その功績を称え最大の感謝と尊敬の念を込めて
『貴方の願いを叶えましょう』と言った
彼は追い出された村の民達が幸せに暮らして
いるかを問い 皆幸せに暮らしていると聞くと
涙を流し 人生最大の感謝を述べて
『願いは叶いました 幸せな人生でした』
と言い残して 静かに目を閉じた
ベンジャミンは安らかな眠りについた
そうして彼は【神子】となった
しかし 彼が居なくなった後 彼の故郷は
衰退の一途を辿っており 彼の力を知った
村人達は何故自分達には 何故村には
何も与えてくれなかったのか と亡き
ベンジャミンを罵った
それを知ったドールは彼の願いを叶える為
村にベンジャミンを遣わす事にした
しかし どう言う事だろう ベンジャミンが
どんなに頑張っても 決して村が豊かになる事
はなかった
何も変わらず 衰退するのみの村に
彼らはベンジャミンを非難するばかりで
自分達は村の為に何かする事はなかったのだ
その様子に呆れたドールはベンジャミン以外の
世界の全てを消し去り 一から作り直した
しかし その後もベンジャミンが望んでいた
平和な世界は訪れない 欲深き者達により
光を闇が覆い 世界は退廃へ向かうのだった
いつの日かベンジャミンの願いを叶える
その日を夢見て 彼らは世界を見守り続ける
リーンは静かに本を閉じる。
僅かに揺らぐ瞳はリーンの中に渦巻く様々感情を映している。
音も立てずに戻された本の表紙には微かな温もりが残っている。
部屋の外ではバタバタと大きな足音が響いている。リーンによって盛大に吐き出されたため息は枕に顔を押しつける事で誰の耳にも届くことはなかった。
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