アザー・サイド

日浦森郎(西村守博)

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 まさしく一瞬でシーンが変わった。この世とは少し感じがちがう。どこが違うのか、説明しがたいのである。
 それにしても、なんと言う麗らかな高原だろうか。陽の光りが暖かく、秋口の花、コスモスや女郎花が一面に咲いている。風が優しくうなじを撫でていく。ここは懐かしい、こころの暖かくなる場所だった。
 倫子はいつの間にかいなくなっていた。ただ、誰もいなくなっても、少しも心細くはなかった。 
 居るのである。
 身長三十センチ足らずの、美しい妖精が。
 妖精を見たのははじめてだった。みんな思い思いの格好で、のんびりと過ごしている。
 女性と男性が半々くらいか。コスモスの精はすこし背丈が高く、愛らしい服装をしている。女郎花の精は小さく可憐である。また、桔梗の精はシックな色合いで、おしゃれにまとめている。べつにこの精がこの精だと言っている訳ではないが、ただ分かるのだった。
 「あら、貴方は………こちらの方ではありませんね?」
 着物をきた三十代半ばの女性が言った。美しい大島紬を着ている。たぶん桔梗の精だろうか。
 「こ、こんにちは………」
 真一はどぎまぎしながら言った。
 桔梗の精であっても、日本語が喋れないわけではない。いやむしろ日本語と言うまえに、テレパシーで通信している感じだった。
 「これは珍しいですわね! 肉体生命を持ったまま、私たちと語れるとは!」
 「すみません………。ちょっと、ビックリしてしまって………」
 「良いんですよ。ほら、アナタもご挨拶なさいな!」
 桔梗の精のうしろに、半ば隠れて小さな男の子がいた。小学校低学年くらいの、まだ小さな男の子である。母親とも思える存在に手を引かれている。なにか入学式がえりに見えないこともない。
 「この子は、今シーズン新しくデビューすることになった、ニューフェースです。皆さんにご紹介しているところです」
 「はじめまして……ボク……六十歳になったばかりです………」
 小さな桔梗の精が言った。
 「ろっ、六十歳!」
 真一は六十歳という年を聞いて、びっくりしてしまった。自分の年がちょうど六十歳なのである。年が同じなだけに、ここで言う年齢とは一体どういうことだろうかと不思議に思えた。
 「人間てほんとうに面白いですねぇ………。六十歳なんて、生まれたばかりの赤ちゃんですのに………」
 「この人間のオジちゃん、ほんとにボクと同じ年の人なの?」
 小さな妖精が聞いてくる。ほんの二十センチにもならないぐらいだ。
 「どうやら、本当にそうみたいだネ………。君はちっちゃいけど、オジさんみたいに図体ばかりバカでかくないからね!」
 真一は小さな身長二十センチ足らずの男の子と見くらべて言った。見くらべても、おとなの女性で三十センチにもならないのである。
 女性の妖精は、透きとおるような美しい肌をしていた。博多人形のように精緻な姿をしている。身の丈わずかの男の子は、指人形ほどの身長しかなかった。しかもチマチマとして、とても可愛かった。
 「私たちは神様にとても愛されています。ですから神様に造ってもらったこの素晴らしい大自然を、あるがままに世代のままに、生き切ることが大切ではないでしょうか。どの妖精だって同じような考えを持っているでしょう」
 「愚かな人間にも、それぐらい分かるでしょうか………? 自然の摂理を大切に、ということぐらいは………?」
 「あっ、ごめんなさい、失礼しました! 偉そうなことばかり言ってしまって………」
 「いいえ………こちらこそ、たいへん失礼しました………」
 真一は申し訳なさそうに言った。 

 着物をきた桔梗の精は、自らの艶やかさを愛おしむかのようだった。
 さて、半時も立たぬころ。今度はコスモスの精があらわれて言った。どういう具合かよく分からないが、背中に蝶のような羽根がある。
 と~ん、と~ん、と妖精らしく跳ねてあらわれる。コスモスの精は淡いピンクの服装だった。
 「お姉さん! あら、人間のお客さんネ! いいわ、この人にも聞いてもらうわ!」
 「どうしたの?」
 「うちの男性の精のことなの!」
 「コスモスくんのことネ?」
 「そうなの、怠けグセがついて困ってるの!」        
 「それで?」
 「風がつよく吹いてるから、今日は休みにしょう。とか、ポカポカ天気で気持ちが良いから、今日も皆んなでどこかヘ行こう。なんて、まったくどうかしてるわ!」
 「コスモスちゃん! 彼もまだ若いんだから、大目に見てあげること出来ないかしら? 風にふかれるのが、コスモスの良いところなんだから!」
 「だって………」
 「まだ百八十歳なのよ。ほら、人間のおじ様なんて、六十歳でなんでもやらなくちゃいけないんだから!」
 「ン~、六十歳か! 本当にそうよね! 人間は一人前になっても、私たち精の十分の一の命しかないのよね………」
 「百八十歳いきようと思えば、少しくらい難しいこともあります。コスモスちゃんもあまり慌てず、のんびり屋さんになったほうが良くってよ!」 
 「分かったわ。本当にそうする。なんだか腹立てた私が、バカみたい!」
 「と、言うわけで人間のおじ様、こんな風な答えになってしまいました。なんだかお説教みたいでゴメンなさい………」
 「人間のおじちゃん、今度いつ逢える?」
 と、桔梗の精の子供が言った。
 「えっ、まだ十五分ばかりたったばかりじゃないですか?」
 「そうですね、私たちの物差しでは一、ニ時間たったとばかり思っていたのに………」
 時間のたち方が不思議なのがあの世の常である。花の精が一、ニ時間を消費すれば、人間の世界はほんの十五分間にすぎなかった。
 「まだまだ喋りたいのに、名残惜しいとはこのことです。でもあまり邪魔してはいけないので、この辺で失礼します」
 「待って! 子供たちが最後に、人間のために歌をうたいます。よろしいかしら!」
 あの世のために存在する歌を、桔梗の精の子供や女郎花の精の子供、それに撫子の精の子供が集まってきて、歌を披露するという。真一はどんなものか、いちど聞いてみたかった。あの世の歌だと、繊細でとても美しいという。
 「皆んな、用意はいいかしら!」
 『秋の夕暮れ』という題名らしいが、はじまると真一はびっくりした。桔梗の精の子供は、ひとりでボーイズソプラノをうたった。女の子どもの精、数人はそれにしたがって別のパートを歌う。
 真一はとても感動して、こころが震えた。分からないのに、なぜか涙があふれ出た。心の琴線に見事にふれ、遠い遠い思い出にひたった。
 このような素晴らしい歌は、後にも先にも聞いたことがなかった。『秋の夕暮れ』という平凡な題名なのに、この世のどこにも存在しないのである。
 真一はそれでもお別れしなければならないのが残念で、いつの間にか妖精にかこまれて別離の言葉をいうタイミングを失ってしまい、気づいたときにはもう誰もいなかった。あとは麗らかな高原、日の光がさしこんでくる暖かな日差し、と思った瞬間、シーンがまたもや一転した。
 
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