愛人

鈴江直央

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短編

アサガオ

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 今日もしっかり寝て起きてしまった。憂鬱な人生の1ページ。外は晴れ。何の変哲もない1日が始まる。
 気だるい気分でゆっくりと布団から這い出てあくびをする。お湯を沸かすためセットしてからトイレに行き、洗面台で顔を洗った。
 鏡に映る自分のやる気のない顔。なぜ周りのみんなはあんなに顔を輝かせて生きているんだろう。期待しても裏切られるのは自分の方なのに。

 仕事も人付き合いも悪くない方だ。親しい友人も、今まで何人か恋人もいた。だけど、結局しんどくなってしまって最後に泣くのは自分だからと、最近は上辺だけのような存在が多い。心を許せる相手と言うものに、未だ出会えていない。相手に求めすぎているのか、側に来てくれる人が特殊なのか、おそらくどちらもなのだろう。これから何十年生きたとして、自分の望むギブアンドテイクのような物が見つかるか分からない。そのことに寂しさとよくわからぬ焦燥感が芽生え、慌てて耳を塞いで布団に潜る。

 ある人は言った。
「期待してしんどくなるなら期待するな」と。
 ある人はこう言った。
「自分の持っているものを自分の意志であげたのに返せと言うな」と。
 それでも、親しくなった人に、愛したいと思った人に、自分も愛されたいと思う事はいけないことだろうか。

何を考えているか分からない。
何がしたいのか分からない。
言葉と行いが合っていない。

 頑張っても頑張っても否定され続けるなら、一人で居た方がマシだ、と思うのに人の温もりを求めてまた手を伸ばす。

 一歩外に踏み出すと少し湿った朝の香りがした。せかせかと歩き出すのも億劫でわざとゆっくり歩いていると、咲いたばかりのアサガオを見つけた。
「きみはアサガオみたいだ」
 いつしか言われた言葉を思い出す。
「見えるところできれいに咲いて、見えないときに弱くなる。でも、見える時きみの強さに支えられた人は多いだろうね」
 それでも、消えて行くのに?感謝もされず去って行くのに?
「忘れない人も居る。今感謝する余裕が無い人も。大丈夫だよ。本当の独りぼっちは居ないから」
 でも花はいつか枯れる。存在しなくなる。
「だから花は種を落とすんだ。その種は生まれ変わり?自分とは全く関係のないもの?ちがう。それは自分の一部。枯れた花も土の栄養になる。ね、良い事ばっかり」
 いつ誰に言われたことなのか思い出せない。だけどなぜかはっきり覚えているその言葉。
 誰にもこの心は理解されないだろうと思う。だけど理解しようとしてくれる人がいる事、今親しくしてくれている人を大切にしようと思った。

 ふわりと蝶々が飛んできてアサガオに止まる。ゆっくりと羽を瞬かせてから、またどこかへ飛び立って行った。そうか、ここに居て良いんだとふと思った。皆が帰ってこれる場所で、この一輪は誰より自分にとってかけがえのないものになる。

 少し憂鬱だった朝が光った。
今日も仕事をして帰って寝てなんて事ない日常をこなすだろう。それでもいいやと思った。いつもより歩く足取りは軽かった。

             ・fin・
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