番なんて知りません!

桜月みやこ

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第二部

09. 全て揃えてしまえば良い

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カランコロンと可愛らしい音を響かせたドアベルと、いらっしゃいませ~と店の奥から聞こえて来た若そうな女性の声に、クードは僅かに後退る。
店内は様々な色や柄の布、綺麗なグラデーションで並べられている糸や毛糸に手芸小物など、およそクードには似合わない品々で溢れている。

これはもしや出ていた方が良いのだろうか、とクードが悩んでいる間に、セヴィはとことこと刺繍糸がずらりと並んでいるコーナーへ行ってしまう。
そうして暫く刺繍糸を眺めていたセヴィが少し申し訳なさそうにクードを振り返った。

「あの……何本か、買っても良いですか……?」
「何十本でも良いぞ」

クードがそう答えるとセヴィが小さく笑う。

「そんなにたくさんは要りません。 お家にこれだけ揃っていたら幸せでしょうけど」

どこかうっとりと糸を眺めているセヴィに、冬場は刺繍や編み物で生計を立てていたと言ってはいたけれど、好きだとまで言っていただろうかとクードは首を傾げる。

「刺繍や編み物は、好きなのか?」

そう問えば、セヴィははい!と大きく頷く。

「少しずつ少しずつ出来ていくのが楽しくて、上手に出来た時はとっても嬉しいんです。刺繍やレース編みは何時間でも出来るので……その、クードさまのいないお昼に、やろうかしらって。夢中になっていれば、きっとあっという間に時間が過ぎるから……寂しさも、紛れるかもしれないって、思って」
「──そうか。そういう事なら遠慮なく好きなだけ買うと良い」

ぽんぽんと優しく頭を撫でられて、セヴィはありがとうございますと微笑むと、再び刺繍糸へと視線を戻す。
どうやら買う色を真剣に吟味しているらしいセヴィの邪魔をしないように、クードは少しだけセヴィから離れると店内を見回した。

そうしてある一角で目を止めて──首を傾げる。

「そういえば、セヴィ」

悪いと思いつつも今ここで確認をしておいた方が良い気がして、クードはセヴィに声をかける。

「裁縫箱は、持っていないだろう?」
「はい。カーサさんたち使用人の皆さまが使っている物があると思うので、それをお借りしようと思ってますけど……」

だめですか?と不安そうに見上げて来るセヴィに、そうではないが……とクードはセヴィの手を引いてさっき目を止めたコーナーへと足を向ける。

「折角だ。セヴィ用に全て揃えてしまえば良い」
「──え?」

目の前に並ぶ裁縫箱に、セヴィはぱちりと瞬いた。




「本当に良いんですか……?」
「構わない──あまりしつこいと、本当に端から端まで買い占めるぞ」

何度目かの確認にクードからそんな脅しを貰ってしまって、セヴィはぶんぶんと首を振るとついに観念してずらりと並んでいる糸に視線を向ける。

既に店の会計用のカウンターには裁縫箱本体から数種類の針に刺繍枠、裁ち鋏に糸切狭、指抜き、端切れを貰って作るから良いと言ったピンクッションまで──とにかく裁縫道具が一から全て揃えられている。
少しでも遠慮しようとするとクードが「じゃあ一番高い物を」「一番良い物を」と言い出すものだから、その度に慌てて選ぶ、という事を繰り返した結果、裁縫箱本体から道具まで、セヴィの好みの物や使いやすそうな物が満載の品揃えとなっている。

糸、と一口に言っても用途によって色々あるわけだけれど──そこまでは分からないだろうと、セヴィは自分が良く使う色の刺繍糸を数色選ぶと、ようやく手芸店での買い物を終わらせた。



そうして手芸店を出たセヴィはしょぼんと肩を落とした。
少し覗くだけのつもりだったのにすっかりと長居する羽目になってしまったから、町はすでに夕暮れ時にさしかかろうとしている。
何を見たかったわけでもないけれど、一緒に通りを歩いて色んな店を覗いてみたかったのに、クードにとっては楽しくもない店に縛ってしまった。

「疲れたか?」

元気のなくなったセヴィの頭を撫でながら労わるようにそう言われて、セヴィは小さく首を振る。

「手芸店なんて、クードさまは退屈でしたよね……」

ぺしょりと耳を下げてごめんなさいと言ったセヴィに、クードが片眉を上げる。

「裁縫道具を買おうと言ったのは俺だろう。それに、珍しく真剣な表情のセヴィを堪能出来たからな。俺は充分に楽しめたぞ?」

ニヤリと笑ってそんな事を言ったクードに、セヴィはもうっと唇を尖らせてみせて、そしてすぐに小さく微笑む。
クードがセヴィを揶揄ったり茶化したりするような物言いをする時はセヴィの気持ちを軽くしようとしてくれている時だ、という事が分かっているから、セヴィはクードの腕にぎゅっと抱き着く。

「クードさま、ありがとうございます」

嬉しそうに自分の腕に抱き着いて頬を摺り寄せるセヴィの頭を撫でようとして、けれどその手は今買ったばかりの裁縫箱で埋まっている事に気付いたクードは、仕方がないとばかりにセヴィの額に唇を寄せた。
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