犬だと思って可愛がっていた狼はヴァンパイアだったそうです

桜月みやこ

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02.

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「ま、待って下さい……私達まだ、神様に誓って……結婚していません……!」

その日の夜、ロゼリアの部屋にバートがやって来た。
就寝の挨拶だろうとドアを開けてしまった事を、ロゼリアが悔いた時には遅かった。

部屋に入ってきたバートはそのままロゼリアの唇を奪い、そして窓際に置かれている、少女が好みそうな可愛らしいシーツに彩られたベッドにロゼリアを乱暴に押し倒した。

「神?そんなものには誓わないよ」

はっと可笑しそうに嗤ったバートを、ロゼリアは怯えたように見上げる。
窓から射し込む月の光が、バートの金色の髪の上で踊っている。
それだけを見れば絵画のように美しいのだろうバートが、今のロゼリアには恐怖の対象でしかなかった。

「言っただろう?食事なんてものは、美味しく食べられれば良いってね」
「しょく…じ…?」

何故今、食事の話に戻るのか。
ロゼリアは混乱しながらも、押さえつけられている腕を何とか払えないかと必死でもがく。

「ほら、暴れると怪我をするよ。まぁ別に僕は構わないけれど──あの男の匂いをつけてるのはとても気に入らないし滅茶苦茶にしてやりたくなるけど、一応、女性には優しくする主義なんでね」
「あの男──?」

何を言っているのだろうと一瞬力を抜いてしまったロゼリアは、その隙に両の手首を掴まれて頭の上で一纏めにされてしまう。
細い身体のどこにそんな力があるのか、大して力を入れている風でもないのに、ロゼリアが必死に暴れてもバートはびくともしない。

ゆったりとバートに圧し掛かかられて、また唇が重ねられる。

「んん──っ!」

嫌、と叫んだ声はくぐもった音にしかならなかった。

「大丈夫。ほら、僕の目を見て。すぐに何もかも──あの男の事も忘れて、気持ち良くなるから」

本能が、いけないと叫んだ。
顔を反らそうとした瞬間、しかし空いた手で顎を掴まれて強制的にバートと目を合わせられる。

「────っ!!!」

ロゼリアの喉がひゅっと鳴った。

うっそりと微笑んだバートの瞳が──赤銅色だったはずの瞳が、血のような深紅に染まっていた。
そして次の瞬間、ロゼリアの身体から力が抜け落ちる。

「そう、良い子だ──大丈夫。僕無しではいられないくらい、愛してあげるよ」

嫌だ、逃げなければと思っていたはずなのに、ロゼリアは身体だけでなく思考までも、何かに絡めとられるように沈んでいくのを感じていた。

すっかり大人しくなったロゼリアに満足したように微笑むと、バートはロゼリアの首筋に唇を這わせる。
そしてロゼリアの白く細い首に、つぷりと何か・・が食い込んだ。

「ぁっ……」

ぴくりとロゼリアの身体が跳ねる。
その反応に口端を持ち上げて、バートはロゼリアの首筋に更にずぶりとその何か・・を埋め込むと、そこから溢れ出して来た温かな体液を啜る。
同時に夜着の上から小ぶりな胸を持ち上げて、ゆるゆると揉みしだいた。

「うっ……っ……」
「良いね。すごく甘くて美味しいよ、ロゼリア。交ぜる・・・のは後にして、まずはロゼリアを気持ち良くしてあげよう」

じゅるっと自分の耳のすぐ近くで鳴った水音に、ロゼリアは身体を捩る。
水音が響く度、ロゼリアは自分の身体が甘く痺れて蕩けそうになるのを感じていた。

嫌だと思う自分も、確かに頭の隅にいるのに、身体はもっともっととバートから与えられる刺激を欲している。

バートの指先が、ロゼリアの胸の頂をくるくると撫でる。
夜着の上からのその刺激に、ロゼリアは物足りなさを覚えて、もどかし気に首を振った。

 もっと さわってほしい

  ダメ。まだ神様の御前で誓ってもいないのに、こんな事──

 もっと。 布の上からじゃ たりない

  ダメ、ダメ──イヤ、この人はイヤ。助けて、誰か──

 きもちいい
 ちょくせつ さわってほしい
 もっと もっと────


「あぁんっ……!」

嫌だと思う自分と、刺激を求める自分がせめぎ合っていたロゼリアの胸の頂を、バートがきゅっと摘まむ。
ロゼリアの口から遂に刺激を求めるような甘い声が零れ落ちた、その時──

ガシャーーーーン!と大きな音がして、快楽に沈みかけていたロゼリアははっと我に返った。

「なにっ……!?」

慌てたような声を残して、自分に圧し掛かっていたバートの体重が消えた。
起き上がろうとしたけれど身体はまだ痺れた様に力が入らなくて、ロゼリアは視線だけを走らせる。


割れた窓、空気を孕んで舞うカーテン、射し込む月の光──

そして、月の光に照らされて、淡く輝いているように見える白銀の犬と、
その下で呻いているバートの姿。


「ぐあぁっ……!」

バートの苦悶に彩られた声が聞こえて来て、上手く力の入らない身体を必死に起こしたロゼリアは、目に飛び込んで来た光景に悲鳴を上げた。

白銀の犬に押さえ付けられる様にして床に倒れているバートの首から胸にかけてが、真っ赤に染まっていたのだ。

「シル…ヴァ……?」

呆然と名前を呼ぶと、ぴくりと耳を震わせて白銀の犬がゆっくりと振り返る。
振り返ったシルヴァの顔を見たロゼリアは「神様……」と呟いて両手で顔を覆った。

シルヴァの口元は、真っ赤に染まっていた。


「な、ぜ……ここ、に……」

バートの弱弱しい声が聞こえて来て、ロゼリアは顔を上げる。
生きている!と慌ててベッドを下りようとしたロゼリアは、次の瞬間ぴたりと動きを止めた。

「何故──だと?コレが誰の物か分かっていて手を出して、無事で済むとでも思っていたのか?」

聞いた事のない低い低い声が、シルヴァの口から・・・・・・・・零れたから──



「け…し……っ…」

バートの苦し気な声は、ロゼリアには何を言っているのかよく分からなかったが、シルヴァはふんっと鼻で笑ったようだった。

「お前の気配は上手く消したようだが──俺がコレの匂いを見失うはずもない。返して貰うぞ」
「ま、て……」

踵を返そうとしたシルヴァに向かって腕を持ち上げたバートを、シルヴァが酷く冷たい瞳で見返したかと思ったら、しつこいと一言言い捨てて再びバートに噛み付いた。

肉を喰い千切る音と、バートの悲鳴に、ロゼリアは体を丸めて耳を塞ぐ。

「やめて……やめて、シルヴァ……!」

お願い、と震えていたロゼリアの身体に、ふいにふさりと柔らかい物が触れた。
そろそろと顔を上げたロゼリアに、シルヴァが身体を摺り寄せていた。
いつもと変わらない、温かくて大きな体躯にふわふわの毛。

ただ、真っ赤に染まった顔が、今目の前で起きた事が夢でも何でもない事をロゼリアに突き付けて来る。

「バートさん…は……」
「死んではいない──俺たち・・・はそう簡単には死なないからな」

忌々し気に舌打ちを落としたシルヴァに、ロゼリアはぼんやりと犬って舌打ち出来るのね、と思って、そしてふとシルヴァを見つめる。

「──シルヴァ」
「何だ」
「しゃべれる、の……?」
「────まぁ、な」

ロゼリアはふいと顔を逸らしたシルヴァから、ついさっき放たれた言葉を思い出す。

『俺たちはそう簡単には死なない』

俺たち──
それはつまり、バートとシルヴァが同じ存在だという事だろうか。

バートの深紅に変わった瞳。
朦朧としていたからよく分からないけれど、首筋を噛まれたようだった。
聞こえていた水音は── あれは、何を啜っていたのか──


そこまで考えて、お伽話の中でしか聞かないある存在の名が、ふいにロゼリアの中で頭をもたげる。


  ヴァンパイア


生き血を糧とする、不死の存在。
蝙蝠や狼に姿を変える、とも言われていた気がする。

「────おおかみ?」

ロゼリアの呟きに、シルヴァがつと視線を向けた。

「別に、ロゼリアが犬だというなら犬で良い」

シルヴァの尻尾が、ふさりとロゼリアの身体を撫でる。

その時、血まみれで倒れているバートが僅かに呻いた。
ロゼリアは慌ててバートに駆け寄ろうとして、けれどシルヴァに夜着を噛んで引き戻される。

「シルヴァ……!」
「放って置け、死にはしないと言っただろう。夜が明ける前に戻るぞ」
「────え?」

戻る?と瞳を瞬かせたロゼリアに、シルヴァは血に濡れた顔を顰める。

「ロゼリアは……こいつを伴侶に選ぶのか?」
「伴侶……?」
「こいつと、結婚を──生涯を共にするのかって事だ」
「結婚……」

するはずだった。
だってロゼリアはその為に生まれ故郷を離れてここまで来たのだから。

「村に、戻って良いの……?」
「俺が迎えに来たんだから、戻る以外あるわけないだろう。 だが、戻る先は村じゃない」
「え?」
「──こいつを伴侶に選ぶんじゃなければ、乗れ。とろとろしてると戻る前に夜が明けちまう」

急かされて、ロゼリアはおずおずとシルヴァの背に乗ろうとして──あ、と声を上げた。

「ごめんなさい、荷物も……良い?」

よくこのタイミングで思い出せたものだと他人事のように思いながら、開ける暇がなく持ってきた時のまま、部屋の片隅に置かれていた小さなボストンバッグに視線を向けると、シルヴァはそれくらいならと頷く。
教会で暮らしていたロゼリアの私物はそう多くない。
それでも大切な物はいくつかある。
主に両親との想いでの品で、それをこんなところに置き去りには出来ない。

まだ少しふわふわとする足を動かして何とかボストンバッグを持ち上げると、シルヴァの元に戻る。

「しっかり掴まっとけよ」

そう言われて、恐る恐るシルヴァに跨ったロゼリアは身体の前にバッグを抱えると、ぎゅっとシルヴァの首に腕を回した。


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