犬だと思って可愛がっていた狼はヴァンパイアだったそうです

桜月みやこ

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03.

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「~~~~~~~~~~っ!!!!」

ロゼリアは必死に悲鳴を飲み込んで、シルヴァの毛に顔を埋めていた。

始まりからして、ロゼリアにとっては恐怖だったのだ。
ロゼリアにあてがわれたあの部屋は2階にあった。
あの後シルヴァは、その部屋の割れた窓から一言もなしにいきなりひょいと飛び降りた。

ロゼリアはそれだけで充分気を失いそうだったのに、その後のシルヴァのスピードと言ったらなかった。
風になったように地を駆けるシルヴァは、もしかしてロゼリアが乗っている事を忘れているのでは、と思うほどのスピードだった。

ふと足を緩めたシルヴァがロゼリアに「少し湖に寄る」と声を掛けて来た時には「あぁ、忘れられてなかった」と安堵した程だ。

シルヴァは湖の際まで来ると一度ロゼリアを下ろして、そしてざぶりと水に顔を突っ込んだ。
バシャバシャと水飛沫を上げているシルヴァの姿に、顔についた赤を落とそうとしているのだと気付いたロゼリアは、バッグから適当なタオルを取り出してシルヴァの背を叩く。
顔を向けたシルヴァの前に膝をついて、ロゼリアはタオルでシルヴァの顔を拭った。
ほとんど落ちている事を確認して、まだ少し残っている赤を丁寧に拭き取る。
そしてわしゃわしゃとその顔を、毛を掻き混ぜた。

「いつもの、シルヴァね」

そう言ってはにかむ様に笑ったロゼリアに、シルヴァは何かを言いかけて、そしてふとロゼリアの首筋に視線を向ける。

「お前も、落としておけ」

ぺろりと首筋を舐められたかと思ったら、気付いた時にはくるんと視界が回ってロゼリアはシルヴァに圧し掛かられていた。

「シルヴァ……?」

子犬……子狼だった頃から今まで、一度だってじゃれつかれた事のなかったシルヴァに圧し掛かられて、ロゼリアは戸惑ったように、けれどほぼ無意識のうちにそのふさふさの身体に腕を伸ばす。

「勝手に、こんな痕つけられやがって」

ぼそりと低く呟いたシルヴァが、ゆっくりとロゼリアの首筋に舌を這わせる。

「っ……!」

ぞくりと背中を駆け上がった感覚に、ロゼリアは短く息を吐き出す。
何度かシルヴァに首筋を舐められて、ロゼリアはぞくぞくと背中を駆け抜ける感覚に必死に耐えた。
そうしてロゼリアの首を舐めていたシルヴァは、暫くしてゆっくり身体を起こすと、最後にちょんとロゼリアの唇に己の口を合わせて離れた。

「……シルヴァ……、あの……」
「行くぞ、乗れ」

そう言われても、ロゼリアは少しの間ぼんやりとシルヴァを見つめていた。

「ロゼリア」

促す様に視線を向けられて短く名前を呼ばれて、ロゼリアはのろのろと身体を起こすとボストンバッグを抱え直す。
そしてシルヴァの背に跨って、またその首に腕を回した。
さっきから、ロゼリアはシルヴァに聞きたい事が聞けていない。

 戻ったら、話してくれるかしら──

そう思って、けれどそんな思考はシルヴァがぐんっと急加速した為に、あっという間に風に攫われてしまった。


++++++++++

「ここって……」
「俺の家」

ロゼリアは夜が明ける前に、見慣れた村に戻ってきた。
否、シルヴァは村を通り抜けて"領主様の森"に入って、そして森の中で足を止めた。

そこには、いつも前を通るだけだった、大きなお屋敷。

そう。謎多き、と言われる領主の家だ。

「────シルヴァは、領主様のおうちに住んでいるの?」
「まぁ、そうだが──というより、俺がその領主だ」
「え?」
「だから、俺が領主の、レイヴィス・フォシュマンだ」


えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?というロゼリアの叫びが森に木霊して、そしてどこか遠くであおーんと呼応したのは犬か、はたまた狼か。


「この姿の時に、耳元で大声を出すな」
「ご、ごめんなさい……でも、あの……シルヴァが……領主様……?」

呆然と呟いたロゼリアは、奇しくも聞けずにいた疑問の答えを手に入れたようだった。

「じゃあ……やっぱりシルヴァは……あ、いえ、えっと……レイヴィス様、は……普段は人間の姿、なのですね?」

ロゼリアの呟きにシルヴァはふんっと鼻を鳴らすと、「掴まってろ」と短く言うと屋敷に向かってまた走り始めた。

「え、あの……待って、シルヴァ……門、閉まって………!!」

ロゼリアがまさか、と青くなったその瞬間、シルヴァは屋敷の大きな門の前でぐんっと跳躍して、軽々とロゼリアの背の倍くらいもありそうな門を飛び越えた。
トンッとロゼリアを乗せているのが信じられないくらい軽く着地をすると、そのまま屋敷に向かって駆け出して、そして玄関ではなく、壁に向かって走っていく。
だからロゼリアはひゃっと小さな悲鳴を上げて、目を瞑ってぎゅうぅっとシルヴァの首に抱き着いた。

次の瞬間、シルヴァは再び地面を蹴って跳躍する。

ぶわりと襲われた浮遊感。
すぐに着地した感覚にロゼリアが恐る恐る顔を上げると、そこは2階のバルコニーのようだった。
シルヴァは鼻先で窓を押して室内へと入ると、ロゼリアを乗せたままのしのしと部屋の中の、更に奥にある部屋へと向かう。

扉は開け放たれたままだったその部屋は、どうやら寝室のようだった。
何人寝られるの?というくらい大きなベッドがどんと置かれていて、ロゼリアは思わずふわぁと声を上げた。

シルヴァが姿勢を低くしたので、ロゼリアはボストンバッグを抱えたままそっとシルヴァの背から下りると、言われるままバッグを床に置いた。

「あの、シルヴァ……きゃっ!?」

急にとんと背中を押されて、ロゼリアは目の前のベッドにうつ伏せに倒れ込んでしまう。
慌てて起き上がろうとしたロゼリアは、後ろから伸びて来たにくるりと反転させられて、そのままベッドに押さえ付けられた。

「シル……」

シルヴァ、と呼ぼうとして、けれどロゼリアは口をぽかりと開けたまま固まった。

ロゼリアを押さえつけているのは白銀にアイスブルーの瞳のふさふさの大きな犬──いや、狼、ではなくて、見慣れた白銀とアイスブルーはそのままの、何だかとんでもなく美しい男、だった。

「シル……レイヴィス、様………?」

呆然としたように呟いたロゼリアの頬をするりと撫でたその男は、小さく口端を上げる。

「初めまして、と言った方が良いか?シルヴァでもレイヴィスでも、好きに呼んで構わない。が、様は要らないな」

頬から耳へと手を滑らせたレイヴィスに、ロゼリアは戸惑ったように小さく首を振る。

「あ、あの……領主様だなんて知らなくて……ごめんなさっ……!」

つ、と首を指で撫でられて、ロゼリアの身体がぴくりと小さく跳ねる。

「隠してたのは俺だから、ロゼリアが謝る必要は無い──が、失敗だったようだな」
「しっぱい……?」

何が?と問おうとしたその時、レイヴィスがロゼリアの首筋に顔を寄せて、そして湖の時と同じように舌を這わせる。

「あっ…や……」
「もう少し成長するまではと思っていたら、まさかあんな奴に横から攫われるなんてな」

バートに噛まれた場所を執拗に舐められて、そして甘噛みされて、ロゼリアは必死で零れそうになる吐息を飲み込む。

「俺の匂いはつけておいたってのに……まぁ、奪おうと思った気概だけは褒めてやるか」

独り言なのかロゼリアに聞かせているのか判然としないレイヴィスの呟きに、ロゼリアは あ、と小さく声をあげる。

 バート様が言っていた「あの男」というのは、もしかして──。

ロゼリアがそう思い至った時、首筋に顔を埋めていたレイヴィスが顔を上げた。

「なぁ、ロゼリア。もう待たなくても良いか?」
「………待、つ?」
「お前を、俺のモノにするのを、だよ。」
「レイヴィス様の、もの……?」

意味が分からない、とでも言うように見つめて来るロゼリアの顎を、レイヴィスがゆったりとした動作で持ち上げる。

「俺の嫁になれ、ロゼリア。初めてお前に会ったあの時から──お前が大人になるのを待っていた」
「え────?」

初めて会った時、ロゼリアはまだ7歳になったばかりの子供だった。
レイヴィスがヴァンパイアで、本当に不死なのだとすると、初めて会ったあの時既に、レイヴィスは今と同じ大人だった可能性も高い。

「その頃から……?ずっと……?」

ロリ……と言おうとしたロゼリアはアイスブルーの瞳にひたりと見つめられて口を噤む。

「お前の血は、俺たち・・・にとって良い匂いがすんだよ。とんでもなくな」

溜息を落としながら言ったレイヴィスの言葉に、ロゼリアは僅かに目を瞠る。

「俺たち、というのは……その……」

レイヴィスは口ごもったロゼリアの唇を撫でてから目を閉じて、そしてゆっくりと瞼を持ち上げた。

「──────っ!」

レイヴィスのアイスブルーの瞳が、あの時のバートと同じ、血のような深紅に染まっていた。

「……本当に……ヴァン、パイア……?」

震える声で呟いたロゼリアにゆっくりと口付けて、レイヴィスが笑った。
その口からは、さっきまでなかった牙が覗いている。

「そう──人間の生き血を啜る、化け物だ」


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