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天使と出逢った日 -Side Ghislain-

09.

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その後ノエルの家に戻ると、転んだらしく擦りむけていた手の平と膝の手当てをして、入れてくれた茶を飲んで……
そうしてまた、身体を重ねた。


ノエルが気を失うように眠っている間に、俺はまずパン屋へと向かった。
パン屋の主人は俺を見るなり「ノエルを泣かせたら許さねぇからな!」と叫んで、またしても奥方に店に放り込まれていた。
「ノエルちゃんをよろしくね」と笑った奥方に、なぜ何も言ってないのに分かるのだろうかと不思議に思っていると「そんな幸せそうな顔して失恋しましたって訳ないでしょう」と笑われた。

俺は幸せそうな顔をしているのか、と思わずぺたりと自分の頬に触れてみるが、よく分からなかった。
だがまぁ、気を抜くとにやけそうになる自覚はある。
気を付けているつもりで宿屋へ向かったのだが、女将の反応はやはり同じだった。

ニヤニヤしている女将に改めてネージュの世話を頼むと、パン屋を後にする時に奥方に教えて貰った肉屋へ向かう。
どうやらノエルはここのハムが好きらしい。
肉屋の主人とは初めて顔を合わせたはずなのに、やはりノエルを頼むぞ、というような事を言われて、ノエルがよく買っていくというハムや肉を包んでくれた。

パンは今朝貰った分がたっぷりあるし、ハムと肉も手に入れた。
あとは果物でも買っていくかと思いながら通りを歩いていた俺は、夕方の散歩中だったらしい例のご老人二人組にまた遭遇して、そしてやはり同じ反応を……。

ここから俺はノエルが妻になる事を承諾してくれたことを存分にアピールして回る事にした。
この町には例の馬鹿男も暮らしているのだ。
それに恐らくは馬鹿男とは別の、ノエルが一度だけ関係を持ったという男も。
また余計なちょっかいをかけて来ないように、すぐに噂が耳に入るようにしておいた方が良いだろう。

そうやってこれでもかとアピールを重ねて家に戻ると、まだすやすやと眠っているノエルの髪をそっと撫でる。
天使の休息とはまさにこの事だろうか、などと考えながら柔らかな髪を弄んでいたら、ノエルがんんっと小さく唸ってからぼんやりと目を開けた。
キャラメル色の瞳が俺を捉えて、そしてふにゃりと微笑む。

「じすらん」

寝ぼけているのか舌足らずに名を呼ばれれば、今までに味わった事のない甘やかな痺れにも似た感覚が全身を駆け抜けた。
あまりの幸せに身体が震えて、奥底からどうしようもない愛しさが込み上げて来る。
俺はその衝動のままに小さな身体を抱き締めた。

「ノエル、愛してる」
「ん……わたしも……」

子猫のように頬を擦り付けて甘えて来るノエルに、ついさっきまでノエルが目覚めたらまず食事を……と思っていたはずの俺は瞬時にどこかへ行ってしまった。


何度もノエルを味わって、ノエルが気絶するように眠っている間に外へ出て食料を買うついでに”ノエルの夫”である事をアピールする。
目覚めたノエルと食事をして、気が付けばまたノエルを抱いて、共に眠る。

そんな堕落ともいえる程の時を過ごして、気が付けばあっという間に三日が経っていた。

三日も経つと、さすがにノエルも仕事のことが気になって仕方がないらしい。
そろそろ休暇は終わりにしないと、などと言って、三日目の晩は「今日はもうダメ」と可愛らしく頬を膨らませて拒否の姿勢を示したノエルは、ぐぅと唸った俺に困ったように眉を下げてから、もじもじと俺の胸毛をいじりながら言った。

「これからずっと一緒なんだし……休みの前の日は、その……たくさん、しよ……?」

そんな可愛いことを言われて、何もせずにいられるわけがない。
「やん、だめだってばぁ!」とちっとも駄目そうではないノエルの可愛らしい抵抗を押さえ込んで、その晩は二度で我慢をした。

翌朝、一人で行くからジスランはゆっくりしていてと言われたが、駄目押しは必要だろうとパン屋まで送っていくことにした。
恥ずかしがるノエルを抱き上げて通りを歩けば、もうすっかりと雑談仲間と認識されているらしいご老人二人組や、通り沿いの店の店員たちから冷やかし混じりの挨拶を貰う。
そうして皆が一様ににやにやとした笑みを浮かべながら、ノエルに「おめでとう」「幸せに」などと声をかけていく。

「何で皆知ってるのよ~!」

はずかしぃぃぃ!! と俺の肩に顔を埋めるノエルに、当然だろうとその背を撫でる。

「ノエルは可愛いからな。俺の妻になるのだと、しっかり知らしめておかなければまたちょっかいをかけてくる男がいるかもしれないだろう? だから食料を買うついでに少しばかり宣伝を、な」
「うぅぅ……」

田舎町めぇぇなどと呟いているノエルの、すぐ目の前にあるうなじに唇を寄せるとノエルがひゃあっ!? と悲鳴を上げてガバっと顔を上げる。
そうして熟れた果実のように真っ赤な顔で首筋を押さえた。

「ジ、ジスランっ! 外でこーゆー事は……!」
「虫除けだ」

今度はそのチェリーのような可愛らしい唇に口付けようとしたら、ばちんっと両手で口を塞がれた。

「だめだめだめ! 外では! 絶対! だめ!!」

口を塞がれているのでじっとノエルを見つめてみるが、ぶんぶんと首を振るばかり。
仕方ないのでノエルの臀部を支えている方の指を動かして、するりと臀を撫でる。

「ふぁっ……!!」

ぴくんっと身体を弾ませて甘い声を上げたノエルが、慌てたように俺の口から手を離して自分の口を塞いだ。
そうして羞恥からか更に顔を赤くして潤んだ瞳で睨んで来るノエルに口端を上げてみせると、もー! と拳を振り上げる。
狙った通りの動きに、俺は即座にノエルの背に添えていた手を滑らせると、その小さな頭を引き寄せた。

「ちょ……っ!」

慌てたような声ごとノエルの唇を塞ぐと、俺を押し返そうとしているのか必死で腕を突っ張っている。
ぐっと押されたタイミングでほんの一瞬唇を離して、すぐに角度を変えて口付ける。

「んっ……んん……っ」

押し返すのは無駄と悟ったのか、今度はぽかぽかと胸を叩いてくる。
あまりに可愛らしい抵抗だが、どうやら周囲から色々と野次が飛んでいるようなのでそろそろやめておくかと唇を離して、最後にぺろりとノエルの唇をなめる。

「っっっっっっ!! な、なんてこと……して……っ!」

ばかぁと両手で顔を覆ってノエルが俺の肩に突っ伏したその時、俺の頭が固いなにかですぱーんと叩かれた。

「ジスラン、てめぇ!! 朝っぱらから往来で何してやがる!!」

パン屋の主人だった。凶器はバゲットだ。
バゲットで全力で殴られるとそこそこに痛いものなのだな、と感心しつつも、ノエルのこめかみに唇をよせる。

「ご覧の通り、愛しい妻に今日も一日頑張ろうと激励を」
「妻……っ!」

俺の肩口でノエルが何やら身悶えている。
バゲットを振り回しながら「そんな激励があるかー!」などと叫んでいたパン屋の主人は、今日もまた奥方に店へ放り込まれた。

「離れがたいのも分かるけどね。看板娘がいないとうちも困るって分かったからそろそろ返して貰うよ。夕方また迎えにおいで」

奥方はカラカラと笑いながらそう言うと、俺の背中をばしんと叩いた。
俺は渋々とノエルを下ろすと、その頬を撫でる。

「夕方迎えに来る」
「うぅぅぅ……一人で帰る……」
「駄目だ。またあの男がちょっかいかけてこないとも言えないだろう」
「もう大丈夫だと思うけど……」
「はいはい、続きは夕方にしておくれ」

まだ別れの言葉が充分ではないと言うのに、「じゃあノエルは貰っていくからね」と奥方はノエルを引きずって行ってしまった。
もう少し触れあっていたかったが……連れて行かれてしまっては仕方がない。
俺は一つ息を落とすと、宿屋へと足を向けた。

ノエルの家の裏手にネージュを飼育出来るだけのスペースがある事は確認した。
屋根はないので早急に造ってやらねばならないが、引き取るのが先決だろう。

そうしてぶふふんっと不機嫌そうに出迎えたネージュにこれでもかと鼻先でつつかれた俺は、この日はネージュのために森を駆け続けることになった。


夕方になってネージュを伴ったままノエルを迎えにいくと、ネージュを見たノエルは「いたの!? また置いてけぼりにしてたの!!?」とひどく驚いて、そうしてまったくだとでも言いた気にぶふんっと鼻を鳴らしたネージュに「ごめんね、一緒に帰ろうね」と言いながらネージュの身体を撫でている。

「ノエルの家で飼うことが出来るか分からなかったから、無理を言って宿屋で預かって貰っていたんだ」
「だったら家に来た時点で……は、すぐには、無理だったかもしれないけど……昨日とか、一昨日とか、連れてくれば良かったのに……」

一人で置いていかれるなんて可哀想だわと言うノエルに同調するようにネージュが鼻を鳴らす。
──何故だか俺が悪者になっている気がするのは気のせいだろうか。

さぁ帰りましょうというノエルに寄り添っていそいそと歩き始めたネージュに、まぁノエルを認めてくれたのであればそれに越したことはないかと、俺はすぐに愛する人と愛馬の後を追う。

そうしてネージュとは反対側のノエルの手を取ると、ノエルの家へと──二人で暮らす家へと足を向けた。


~ めでたしめでたし? ~



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お読みいただきましてありがとうございました!
ジスランの語り口が硬いので、読むの疲れたぞ~ってなっていたらすみません(;´・ω・)

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