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「なっ、何を」
優しげな美貌のわりに豪胆な少女は、あっさりと冷酷な台詞を口にする。
そして、動揺してパクパクと無意味に口を開閉しているネロを見て、ころころと笑った。
「だって、あんな男が夫じゃあコルネリア様もお幸せにはなれないし、領民も不幸ですし、我が国の行く末も心配ですわ。アノルウス公爵を継ぐ者は、宰相となることがほぼ決まっているようなものですのに。……それにこの事は、父も納得しておりますわ」
「で、ですが」
ネロの声が、恐怖で掠れる。
十年以上の付き合いのある、唯一の、大切な友達なのだ。
どれほど腹が立っても、いっそ憎いと思った時があったとしても、それでも。
死んで欲しいなんて、思ったことはなかった。
自分が姿を消したことがきっかけで、ルシウスが身内に殺されるなんて、考えたくもない
「でも、そんな、……そうだ、公爵家の世継ぎはどうなるのです?ルシウスに、男の兄弟はいないはずでしょう?」
「あら」
必死に止めようとするネロを嘲笑うように、ユリアは妖艶な笑みを浮かべる。
「頭が弱くて精神も弱い兄のような男よりも、何十年も先を見通し、緻密に大胆な計画を立て、実行に移すことのできる、度胸が座った私のような女が公爵になった方が、よほど皆が幸せになれると思いませんこと?」
ユリアの浮かべる優しげな笑みは、とんでもなく美しいのに、ネロの目にはいっそ魔王のように邪悪に映った。
「我が国は、嫡出の男児がいない場合、女でも家督を継げるのですよ。いかが?素敵でしょう?」
「そ、んな……」
心臓が嫌な音で早鐘を打ち、胸が苦しくなる。
笑みを浮かべたまま、残酷な言葉を紡ぐユリアに、ネロは酸素を求めて喘ぐように自分の胸を掴んだ。
「そんなこと、なぜ、おれに」
聞かせるのか、と切れ切れの声で詰ろうとした、その時。
「だからあなたには、お兄様の死体を作って頂きたいの。お兄様は、コルネリア様を庇って、湖に落ちて亡くなってしまうから」
「…………え?」
悪戯が成功したような顔で笑うユリアには、先程までの邪悪な気配は見つけられない。
唖然とするネロに、ユリアは瞳を和らげて優しい顔を向けた。
「ふふ、あなたと兄のせいで、これから大変な目に遭うのは私ですから。少し意地悪をしてしまいましたけれど、許してくださいませ」
「は、ぁ、……よかった、です。本当に殺されるのかと」
へなへなと、その場に座り込んだネロに、ユリアはあっけらかんと笑った。
「あら、ルシウス・アノルウスという男は死にますわ。残るのは、少しばかりのお金を持って母国から放り出された、ただのルシウスという名の男ですわ」
「……はは、なるほど。まるで、俺の昔からの友達のようですね」
「ええ」
力の抜けた顔で笑うネロに、ユリアは困った顔で笑った。
「友達が困っていたら、助けてやりたいという気持ちはありますよ。まぁ、もちろん、相手が望めば、ですけれど」
「……そこが大切なのに、あの兄は分かっておりませんのよ。よく躾けてやって下さいませ」
はぁ、とため息をつき、眉を落としたユリアは、座り込んだままのネロに「お立ちになれますか?」と尋ねて手を差し出した。
流石に淑女の手を借りるわけには、と、ネロは力の抜けた足を叱咤して立ち上がる。
「どうやら俺の……いや、俺たちの喧嘩のせいで、随分ご迷惑をおかけするみたいで。申し訳ありません」
「全ては我が兄のせいですから。ネロ様がお気になさることはありませんわ」
美しい顔に大人びた微笑みを浮かべて、ユリアは体を深く折り、淑女の礼をする。
もう二度と会うことのない、兄の友達に。
「……どうしようもない愚か者でありますけれど、兄は悪い人ではありませんのよ。さぞご迷惑をおかけするでしょうけれど、死んだ兄の世話は、どうかよろしくお願い致しますわ」
優しげな美貌のわりに豪胆な少女は、あっさりと冷酷な台詞を口にする。
そして、動揺してパクパクと無意味に口を開閉しているネロを見て、ころころと笑った。
「だって、あんな男が夫じゃあコルネリア様もお幸せにはなれないし、領民も不幸ですし、我が国の行く末も心配ですわ。アノルウス公爵を継ぐ者は、宰相となることがほぼ決まっているようなものですのに。……それにこの事は、父も納得しておりますわ」
「で、ですが」
ネロの声が、恐怖で掠れる。
十年以上の付き合いのある、唯一の、大切な友達なのだ。
どれほど腹が立っても、いっそ憎いと思った時があったとしても、それでも。
死んで欲しいなんて、思ったことはなかった。
自分が姿を消したことがきっかけで、ルシウスが身内に殺されるなんて、考えたくもない
「でも、そんな、……そうだ、公爵家の世継ぎはどうなるのです?ルシウスに、男の兄弟はいないはずでしょう?」
「あら」
必死に止めようとするネロを嘲笑うように、ユリアは妖艶な笑みを浮かべる。
「頭が弱くて精神も弱い兄のような男よりも、何十年も先を見通し、緻密に大胆な計画を立て、実行に移すことのできる、度胸が座った私のような女が公爵になった方が、よほど皆が幸せになれると思いませんこと?」
ユリアの浮かべる優しげな笑みは、とんでもなく美しいのに、ネロの目にはいっそ魔王のように邪悪に映った。
「我が国は、嫡出の男児がいない場合、女でも家督を継げるのですよ。いかが?素敵でしょう?」
「そ、んな……」
心臓が嫌な音で早鐘を打ち、胸が苦しくなる。
笑みを浮かべたまま、残酷な言葉を紡ぐユリアに、ネロは酸素を求めて喘ぐように自分の胸を掴んだ。
「そんなこと、なぜ、おれに」
聞かせるのか、と切れ切れの声で詰ろうとした、その時。
「だからあなたには、お兄様の死体を作って頂きたいの。お兄様は、コルネリア様を庇って、湖に落ちて亡くなってしまうから」
「…………え?」
悪戯が成功したような顔で笑うユリアには、先程までの邪悪な気配は見つけられない。
唖然とするネロに、ユリアは瞳を和らげて優しい顔を向けた。
「ふふ、あなたと兄のせいで、これから大変な目に遭うのは私ですから。少し意地悪をしてしまいましたけれど、許してくださいませ」
「は、ぁ、……よかった、です。本当に殺されるのかと」
へなへなと、その場に座り込んだネロに、ユリアはあっけらかんと笑った。
「あら、ルシウス・アノルウスという男は死にますわ。残るのは、少しばかりのお金を持って母国から放り出された、ただのルシウスという名の男ですわ」
「……はは、なるほど。まるで、俺の昔からの友達のようですね」
「ええ」
力の抜けた顔で笑うネロに、ユリアは困った顔で笑った。
「友達が困っていたら、助けてやりたいという気持ちはありますよ。まぁ、もちろん、相手が望めば、ですけれど」
「……そこが大切なのに、あの兄は分かっておりませんのよ。よく躾けてやって下さいませ」
はぁ、とため息をつき、眉を落としたユリアは、座り込んだままのネロに「お立ちになれますか?」と尋ねて手を差し出した。
流石に淑女の手を借りるわけには、と、ネロは力の抜けた足を叱咤して立ち上がる。
「どうやら俺の……いや、俺たちの喧嘩のせいで、随分ご迷惑をおかけするみたいで。申し訳ありません」
「全ては我が兄のせいですから。ネロ様がお気になさることはありませんわ」
美しい顔に大人びた微笑みを浮かべて、ユリアは体を深く折り、淑女の礼をする。
もう二度と会うことのない、兄の友達に。
「……どうしようもない愚か者でありますけれど、兄は悪い人ではありませんのよ。さぞご迷惑をおかけするでしょうけれど、死んだ兄の世話は、どうかよろしくお願い致しますわ」
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