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二人きりの寝所
しおりを挟む僅な灯りだけが燈る王の寝所。
世界から隔絶された部屋で、二人の男が寝台に沈み込む。
「華英、華英、華英ッ」
溺れた者が空気を求めるような必死さで、ひたすら名を呼びながら、鳳寿は肌理の細かい真っ白な首筋に吸い付く。
容姿のわりに目立つ喉仏に噛みつけば、華英は鳳寿の下でびくりと震えた。
「まるで喉笛を噛み切ろうとする、猛獣ですね」
どこか嬉しそうに笑われて、鳳寿は興奮を抑えきれない。
「華英よ、愛している、愛しているっ」
喘ぐように同じことばかりを呟いて、甘い肌を貪る。
わずかに湿った皮膚を舐めれば、汗の塩味がした。
「ぁ……」
ほの紅い耳朶を噛むと、華英の口からか細い嬌声が漏れた。
「っ、ぃや」
「くぅッ」
恥ずかしげに目を伏せる仕草の艶やかさに、鳳寿は我を忘れた。
小ぶりな耳珠を舐め回し、柔らかな軟骨を甘噛みすれば、華英は悶え、円やかな耳朶を快楽と羞恥に染め上げた。
扇情的な光景にますます煽られて、鳳寿はきっちりと着込まれた官服の合わせに手を差し入れる。
びくり
無意識にか、体を強張らせた華英は、わずかな恐れを含む黒眸で、鳳寿を見上げる。
しかし、鳳寿が躊躇いを見せる間も無く、細い両腕は更なる刺激を欲するように鳳寿の体を抱き寄せた。
「ほうじゅ」
わずかに開いた唇からは鳳寿の名とともに熱い吐息が溢れ、次第に瞳も期待するように潤んでくる。
「だいて」
稚い響きの懇願に、鳳寿は完全に降伏した。
「あ、あぁっ」
拙い喘ぎ声が一突きごとに絞り出される。
時間をかけて解したはずの蕾は、鳳寿の張り詰めた獣欲を受け入れて、今にも張り裂けそうだ。
「ふ、あぁ、ぐぅッ」
「んぁっ、ひゃ、あああっ」
異物を排除しようと蠢き、不規則に収縮する内腔に、極めてしまいそうになる己を堪え、鳳寿は無我夢中で腰を叩きつけた。
「ほうじゅ、あ、んあぁっ、ほぉじゅっ」
「ハァッ、華英ッ、華英ッ、俺の華英っ」
涙声で呼ばれる名に歓びを増幅させ、鳳寿は箍が外れたように首や肩に噛みついた。
まるでこの身体は、己のものだと刻むように歯跡をつける。
「はぁっ、はぁ、はぁ……華英」
「あぁ……んっ、……はぁん」
正面から抱きしめ、涙と唾液と汗でどろどろになった顔に口づけを落とす。
唇を重ねながらの緩やかな律動に、華英は夢現の表情で、快楽に揺蕩う。
一部の隙間もなく合わせられた肌は熱く、相手の鼓動が骨を伝ってかんじられた。
ドクドクと凄まじい速さで打つ命の音に、興奮が煽られる。
「あ……あ……あ……」
柔らかな快楽が蓄積し、華英は体から力が抜けていく。
ふわふわと雲の上に横たわっているような不安定さと、心地よさ。
「ほうじゅ」
「……ん?なんだ?」
どことなく不安に駆られた華英が思わず名前を呼び掛ければ、鳳寿は大粒の汗を浮かべた顔に笑みを浮かべて聞き返した。
まるで一歳の年の差がとても大きいものだった、幼い頃のような、大人ぶった話し方が、何故かとても嬉しくて。
華英の唇から、言葉を覚えたばかりの赤子のような、たどたどしい言葉がこぼれた。
「あいしてる」
ほんの一言の愛の言葉は、華英が初めて告げた鳳寿への心。
目を見開いた鳳寿は、ぎり、と奥歯を噛みしめ、顔を歪ませた。
ぐ、っと、華英の中の熱の塊が質量を増す。
「え?っあ、ぁあッ」
華英は戸惑いを浮かべた次の瞬間、荒れ狂う快楽に飲まれた。
「っ、華英ッ!」
「ぁあああッ」
最奥の更に奥まで叩きつけられ、華英は気の狂いそうな激しい刺激に悲鳴を上げる。
腹の奥から脳天に突き抜ける快感の激流に流され、呼吸すらも危うい。
「ぐぅっ、く、ああっ」
「あ、んぅ、ほぉ……じゅ……っ」
鳳寿の獣じみた低い呻き声とともに、華英の中へ熱い欲望が放たれる。
どくり、どくりと内部に熱が広がっていくのを感じながら、息も絶え絶えな華英は、固い腕に抱きしめられた。
「あいしてる……」
どちらからこぼれたのか分からない呟きを掻き消すように、どちらともなく口づける。
互いの熱を感じながら、二人は激しい快楽の余韻に浸っていた。
「……肌で触れ合うのは、初めて、だったか?」
「…………さぁ。昔のことは忘れました」
肌を合わせた後の睦言としてひどく不適切な鳳寿の問いかけに、華英は表情を強張らせた後で視線を逸らした。
「すまん、つまらぬことを聞いたな。……あー、なんだ。ちなみに俺は、男を抱くのは初めてだ」
失言を取り戻そうとして、余計にどつぼにはまっていく鳳寿に小さく笑い、華英は肩を竦めた。
「ええ、若き日に数えきれないほど美女と浮名を流していたことは知っていますよ、花街の名将軍」
軽やかに揶揄すれば、鳳寿は弱り切った顔で肩を落とした。
「なんとも、面目ないな。……若い男として、発散したい熱があったのだ」
「ふん、ふしだらな。後宮を拒んでいたくせに、花街は良いと言うのですから不思議なものですね」
皮肉っぽい笑みを浮かべて当て擦りを言う華英に、鳳寿は消沈して言い訳を述べる。
「許せ。お前の面影を求めて彷徨ったが、結局どの妓楼にも、お前より美しい者はいなかった」
「っな」
あけすけな好意に、華英が狼狽た隙に、鳳寿はそっと顎を掴み、半開きの唇に口づけた。
「お前の初々しい艶やかさに、我を忘れて、思うままに貪ってしまった。無理をさせてすまなかった」
ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音を立てて接吻を口返し、時折優しく舌を吸いながら、鳳寿は愛情に溶けた眸で華英を見つめた。
「いつまでも美しく、誰よりも綺麗なお前を手折ってしまったが、罪悪感を喜びが遥かに凌駕する。どうか、この愚かな男を許してくれ」
睦言にも似た懺悔を、華英はどこか気まずそうに聞いた。
黒曜石に似た瞳を伏せ、早口に告げる。
「……気にする必要はありません。あなたが思うよりも、私は美しくも綺麗でもありませんから」
一呼吸分の躊躇いの後で、華英はぎこちなく口を開いた。
「……本当は、初めて、では、ありません」
「……そうか。何も悪いことではないさ。お互い離れていた間は、それなりに楽しんで」
「そうではありませんッ」
「華英!?どうした、何故泣いている?」
華英の夜の河のような瞳から、透明な水の玉が次から次に溢れて出る。
まるで堤防が決壊したかのように。
苦しげに胸を押さえ、華英は絞り出すように告げた。
「あの、夜、……あなたの処刑がされるはずの日の前夜」
ごくり、とどちらかの喉が鳴る。
それは、二人の再会と、始まりの夜の話だ。
「私は、王の寝室へと向かいました」
「なっ」
静かな声で言い切った華英に、鳳寿は呼吸を止めた。
「男女問わず美形の者を好んでいた色狂いのあの暗君は、私のことを大層気に入っていました。……けれど私は王族の血を引く名門の嫡子で、最年少で次期宰相と言われる人間。簡単には手を出せなかったのでしょう。だから私は、王のあからさまな誘いも、ずっと躱していました。……いつか、切り札とするために」
暗い瞳で、華英は鳳寿の向こう側の過去を見る。
触れていた肌はすっかり冷え切って、熱の名残もなく乾いていた。
華英の心を表すかのように。
「あの夜、上機嫌で眠りについた王の寝室から、あなたの枷を外すための鍵を探し出し、そして牢へと向かい……」
青ざめた顔で固まった鳳寿の前で、華英は淡々と種明かしをしていく。
あの晩、なぜ奇術師のように、全ての鍵を手に入れることが出来たのか、を。
「牢番をしていた衛兵二人に媚薬入りの酒を、そして、身体を差し出し」
「もうやめろッ!」
小さく震える腕で己を抱き締めながら語る華英を、鳳寿は力の限り抱きしめた。
「鳳寿、聞いてください。私は、ちっとも綺麗ではないのです。どれほど頭が立派でも、結局は体を使うことしか出来ない、軟弱な愚者だった。どうか、そんな私を、綺麗だなんて言わないでください」
泣きそうな声で絞り出された願いはあまりに哀れで、鳳寿は自分の瞳からあふれる涙を止めることが出来なかった。
「私は、あなたを取り戻すためなら、貞節も信仰も道徳も正義も、何もかも捨ててしまえる、愚かで卑小な人間なのです」
華英の小さな唇が紡ぐ、激しく重い愛の告白に、鳳寿の体が震える。
抱き締める腕にますます力が篭り、細い体を折ってしまいそうだった。
「あぁ、鳳寿、泣かないで。決してあなたのために犠牲になったなんて、そんなお綺麗な話ではないのだから」
苦笑しながら、ぼたぼたと大粒の涙を流して男泣きをする鳳寿の顔を優しく手巾で拭き、華英はため息まじりに呟く。
「私にとって、私の体は、あなたを得るための道具でしかなかった。それだけなのです。……あなたが自分を責める必要は、何もないのですよ」
そんなわけない、と胸中で叫びながらも、鳳寿の唇からこぼれるのはみっともない嗚咽だけだ。
華英は、奥歯を食いしばり嗚咽を堪える鳳寿の背中を、ひたすらに優しく撫でた。
鳳寿の涙の泉が枯れてきた頃。
華英はまるで、歌うように呟いた。
「ねぇ、鳳寿。私は昔からずっと、あなただけを見ております。けれど私は、私だけを見て欲しいとは言いません」
不思議な言葉に顔をあげれば、澄み切った黒の双眸が、泣き濡れる鳳寿を捕らえる。
「この国を遍く見つめるあなたの優しい瞳が、この国を守ろうと闇に立ち向かうあなたの逞しい背が、私は好きなのですから」
ちゅ、と母が子を宥めるような口づけが、鳳寿の腫れた瞼に落とされた。
華英は愛おしげに鳳寿の硬い髪を撫で、愛する王に永遠の誓いを送った。
「あなたはそのまま、王として、この国のために生きれば良いのです。そうして私は、あなたの隣で、あなたのために生きましょう」
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