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君を銀色にしたいから。
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私はあの場所にいた。
すべてが始まった、あの場所だ。
雨の中、お気に入りの傘をさして。
あの頃よりも、もっともっと小さく見える池を眺めていた。
私は今、どんな顔をしているんだろう。水面に映るもう一人の私は雨粒にかき消されて、表情まで読み取るには至らない。
でもきっと、ひどい顔をしているのだろう。
私は、間違えてしまったのだろうか。
自分の気持ちを、好きという気持ちばかりを優先して。勝手に、暴走して。
彼の気持ちを考えていなかったのだろうか。
私はただ、彼のことが好きで。好きで堪らなくて。彼をひとりぼっちにしたくないと願って。彼と一緒になりたくて。
でも、彼は私のことなんて求めていなかったのだろうか。
私と、2人になる未来を描いていてはくれなかったのだろうか。
そんなはずはない。
そんなはずはないんだ。
彼も私を求めてくれている。
私には、幼馴染にはそれがわかるんだ。
そう思っていた。
確信していたはずなのに。
今はもう、わからなくなってしまった。
あのキスを彼に拒まれた瞬間。
すべてが崩れ去ったように感じた。
私の独りよがりが露呈してしまった。
————涙が、止めどなく溢れた。
ああ。やっぱり、そうだ。
やっぱり、私はとんでもない間違いを犯してしまったのだろう。
きっと私は勘違いをしていて。嫌われ者で、虐められっ子だった私に、何かがあるはずなんてなくて。
私に宿る銀色なんて、ただの見せかけでしかなくて。
私が、彼に求められているはずなんてなくて。
私は……きっと————。
「————ユキ!!!!!!!!!!」
そのとき、愛おしい声が聞こえた。
ずっと聴きたかった声が聞こえた。
雨の中でもはっきりと通る、大きな声。
後ろを振り向く。
ああ、なんで。
なんで来てしまうんだろう。
いつだって、ヒーローは遅れてやってくる。
いつだって、ヒーローは私を助けてくれる。救ってくれる。
私は、か弱いヒロインなんかではいたくなくて。待っているだけなんて嫌で。彼を支えてあげたいのに。
彼が来てくれた。
それだけで嬉しくなってしまうんだ。
さっきまでの暗い気分なんて。絶望の淵に立っているかのようだった思考なんて。どこかへ吹き飛んでしまうんだ。
だって。
彼の声が。
ヒロさんの声が。
すべてを教えてくれるから。
私を救いに来てくれたんだって。
伝えてくれるから。
間違いに気づかせてくれるから。
わかっていた。本当は分かっていたはずなんだ。
ヒーローだって、悩んでいて。苦しんでいて。間違えることがある。
ヒーローはいつだって孤独で。
私がいくら隣で寄り添おうとも、その悩みを明かしてはくれない。
でも、やっと答えを見つけたんだね。
やっと。やっと。来てくれたんだね。
ヒロくん。
私の。私だけの。ヒーロー。
✳︎ ✳︎ ✳︎
叫んだ。
世界で一番大事な人の名前を叫んだ。
あの場所に。いつかの桜の森に。彼女はいた。いてくれた。
俺の声に気づいて振り向く彼女。
その顔からは、彼女の感情が少しだけ読み取れて。
やっぱり俺たちはどこかで繋がっている。
そう思った。
何も崩れてなんかいない。
学校から全速力で走ってきた俺は雨に打たれてびしょ濡れで。もう疲れ果てていて。心臓はこれ以上ないくらいにうるさくて。呼吸だってまともにできやしない。
だけど。
伝えなきゃいけない言葉があるから。
これだけは、最初に言わなければいけないから。
だから無理やりにでも、吸えない息を吸う。
俺にはやっぱり、叫ぶことしかできないけれど。
だけど君に、今度こそ伝えるよ。
「好きだ!!!!!!!!!!」
叫んだ。
足りなかった言葉を叫んだ。
ずっとずっと、言えなかった言葉を。今こそ紡いだ。
そしてすぐにもう一度、息を吸い直す。
まだだ。まだ足りない。
この想いを伝えるには、言葉なんかでは足りないのだろう。
だけど、言葉にしなければ絶対に伝わらないこともあるから。
「大好きだ!!!!!!!!!!」
言うやいなや、俺は走る。
幼馴染の元へ。
大好きな人の元へ。
駆け寄った。
抱きしめた。
つよく、つよく。
抱きしめた。
そして何度でも、何度でも。
言葉を編んだ。
『好き』を伝えた。
「ヒロさん……痛いですよ……それに、びしょびしょです……」
「す、すまん」
俺は慌ててユキを離す。
でも今度はユキが俺に手を回してくれて。
抱きしめてくれた。
「……離していいとは言っていません。ちゃんと、抱きしめてください」
「お、おう……」
しばらく、俺たちは抱きしめ合っていた。
一緒にいなかった時間を埋めるように。
お互いの気持ちを確かめるように。
それから、今度はユキが俺に語りかける。
「ヒロさん」
「……なんだ?」
「これが、ヒロさんの答えですか? 私は、そう思っていいんですか?」
「ああ」
俺は一瞬の逡巡もなく答える。
もう絶対に、悲しい涙を流させるわけにはいかないから。
「……そうですか。では、私も言います」
ユキはこちらをはっきりと見据えて、姿勢を正す。そして少し震えた声で告げる。
「好きです。ヒロさん。私はあなたのことが、大好きです」
知っていたことだった。
誰よりも俺はそれを知っていた。
だけどそれを聞いた瞬間、もうこらえきれなくて。流さないと決めていたはずこ涙が、溢れてしまっていた。
やっぱり、俺はとんでもなく情けない男だ。
「……ありがとう……ユキ。ありがとう」
「泣かないでください。ヒロさん」
ユキは俺の涙を指で拭う。でも、それでも俺の涙は止まらない。
「だって……俺は、俺はずっとおまえを裏切って。知らないふりをして。……勝手に悩んで……閉じこもって……」
「ねぇ、ヒロさん」
もはや言葉を、大事な言葉を紡ぐことさえできないほどに嗚咽を漏らす俺。
だけどそんな俺に、ユキは言う。
なんでもないことのように。ふわっとした表情で、笑って言うんだ。
「私は、ヒロさんさえいてくれればいいんですよ。それだけで、幸せなんです。ヒロさんが私を求めてくれる。それだけでいいんです。……知りませんでしたか?」
「なんで……そんな……」
俺が欲しかった言葉を紡げるんだろう。
俺が探していた答えを。
いつかの未来でユキを幸せにするにはどうしたらいいのか。そればかりを考えていた。
そんな俺が求めていた答えを、この幼馴染はなんでもわかっているとでも言うように平然と、言葉にしてしまうんだ。
「ずっとわかりませんでしたよ。でも今、わかりました。ヒロさんの声が、涙が、教えてくれました」
「……そっか」
「まったく、おバカですね。ヒロさんは。ずっとそんなことを考えていたんですか?」
「……そうだな。ほんとうに、大馬鹿野郎だ」
「そうですよ。だからもう、離さないでくださいね」
俺はもう一度、ユキを抱きしめた。
もう絶対に離さない。
ずっと一緒にいる。
それくらいは、俺にも出来るはずだから。
一緒にいてみせるから。
かと言って、ユキの言葉に甘えるわけではない。
やっぱり、考え続けることはする。
未来のことを考えながら、俺は『今』のユキを幸せにしていこう。
そのために、一緒にいよう。
幸せにし続けた『今』の向こう側にはきっと、銀色の『未来』が広がっているはずだから。
「なぁ、キスしてもいいか?」
「また、おバカですね。ヒロさん」
ユキはぷぅっと、可愛く頬を膨らませる。
「私はいつでもウェルカムだと、言っていたはずですよ?」
「そう……だったな」
ユキの唇を見る。それはまるでゼリーみたいにぷるぷるしていて。俺のものなんかとは明らかに違う。
女の子の、ユキの唇だ。
その唇に、俺はそっとキスをした。
本当に、そっとだ。
ほんの少し重なっただけのキス。
緊張と興奮で、頭がどうにかなってしまいそうだった。
それでも、そのキスは全てを俺に教えてくれた気がした。
確かな絆を、関係性の糸を紡げた気がした。
幸福を、感じさせてくれた。
「ふふっ。初めてのキス、ですね。ヒロさん」
「あんま見るなよ、恥ずい」
「真っ赤になっちゃって。可愛いです」
ユキが俺に戯れついてくる。もう俺たちの関係はいつも通りだ。いや、今までよりもっと強固なものになったのだろう。
「ばっ。変なとこ触んなっ……てかそういうおまえも真っ赤だからな!」
「そ、そんなわけないです。私はよゆーです。キスくらいいくらでもできます」
「そんなゆでダコみたいな顔で言われてもなぁ」
「なっ。それならもう一度。もう一度しますよっ。ヒロさんっ」
「ちょ、待っ。待てってそんないきなりぃ!?」
「————んっ」
しなだれかかってきたユキは流れるように、俺の唇を奪った。
さっきよりも長くて、濃厚なキス。
それから何度も何度も、キスを繰り返した。キスの魅力に取り憑かれていた。
なんだよ……マジで余裕じゃねぇかよ……。
やはり俺の幼馴染は肉食だ。俺は襲われる運命さだめにあるらしい。きっと、これからもずっと。
「……ぷはっ。キスって、気持ちいいですね。何回でもしたくなっちゃいます」
「……そうかもな」
ユキは目をとろんとさせて、恍惚とした表情をしている。
ユキが求めてくれることが、俺はずっとどこか不安で仕方がなかった。だけど今はそれが、こんなにも愛おしい。嬉しいんだ。
「あっ。ヒロさんヒロさん」
「今度はなんだよ?」
「虹です。虹が見えますよ」
「虹?」
ユキは興奮気味にぴょんぴょん跳ねながら、俺の後ろを指差す。
振り向くと、そこには大きな大きな虹の架け橋が出来ていた。
雨はいつのまにか止んでいた。
きっと、2人の想いが通じたその時にはもう止んでいた。
雲の切れ間からは、透き通るような青空が広がっていた。
止まない雨はないからと。
人は言う。きっとその通りだ。
どんなに辛いことがあっても。
消えてなくなりたくなったとしても。
進む先が見えなかったとしても。
決して拭えないであろう後悔があったとしても。
いつか雨は止む。
そこには必ず、虹の祝福があって。
何かを乗り越えた俺たちを迎えてくれて。
遥か彼方まで続く銀色が、儚い幸福が寄り添ってくれている。
虹はそれを、信じさせてくれるんだ。
「綺麗だな」
「空も、私たちを祝福してくれています」
「なぁ、ユキ」
「なんですか? ヒロさん」
「好きだ。大好きだ。」
「はい。私も、好きです。大好きです」
俺たちはずっと、その虹を眺めていた。
何よりも大切な『今』で、『好き』を伝え合いながら。
あの頃、10年前と同じ場所で。
あの頃とは違う、もっと深い関係性を繋いだ俺たちで。
ずっとずっと、眺めていた————。
すべてが始まった、あの場所だ。
雨の中、お気に入りの傘をさして。
あの頃よりも、もっともっと小さく見える池を眺めていた。
私は今、どんな顔をしているんだろう。水面に映るもう一人の私は雨粒にかき消されて、表情まで読み取るには至らない。
でもきっと、ひどい顔をしているのだろう。
私は、間違えてしまったのだろうか。
自分の気持ちを、好きという気持ちばかりを優先して。勝手に、暴走して。
彼の気持ちを考えていなかったのだろうか。
私はただ、彼のことが好きで。好きで堪らなくて。彼をひとりぼっちにしたくないと願って。彼と一緒になりたくて。
でも、彼は私のことなんて求めていなかったのだろうか。
私と、2人になる未来を描いていてはくれなかったのだろうか。
そんなはずはない。
そんなはずはないんだ。
彼も私を求めてくれている。
私には、幼馴染にはそれがわかるんだ。
そう思っていた。
確信していたはずなのに。
今はもう、わからなくなってしまった。
あのキスを彼に拒まれた瞬間。
すべてが崩れ去ったように感じた。
私の独りよがりが露呈してしまった。
————涙が、止めどなく溢れた。
ああ。やっぱり、そうだ。
やっぱり、私はとんでもない間違いを犯してしまったのだろう。
きっと私は勘違いをしていて。嫌われ者で、虐められっ子だった私に、何かがあるはずなんてなくて。
私に宿る銀色なんて、ただの見せかけでしかなくて。
私が、彼に求められているはずなんてなくて。
私は……きっと————。
「————ユキ!!!!!!!!!!」
そのとき、愛おしい声が聞こえた。
ずっと聴きたかった声が聞こえた。
雨の中でもはっきりと通る、大きな声。
後ろを振り向く。
ああ、なんで。
なんで来てしまうんだろう。
いつだって、ヒーローは遅れてやってくる。
いつだって、ヒーローは私を助けてくれる。救ってくれる。
私は、か弱いヒロインなんかではいたくなくて。待っているだけなんて嫌で。彼を支えてあげたいのに。
彼が来てくれた。
それだけで嬉しくなってしまうんだ。
さっきまでの暗い気分なんて。絶望の淵に立っているかのようだった思考なんて。どこかへ吹き飛んでしまうんだ。
だって。
彼の声が。
ヒロさんの声が。
すべてを教えてくれるから。
私を救いに来てくれたんだって。
伝えてくれるから。
間違いに気づかせてくれるから。
わかっていた。本当は分かっていたはずなんだ。
ヒーローだって、悩んでいて。苦しんでいて。間違えることがある。
ヒーローはいつだって孤独で。
私がいくら隣で寄り添おうとも、その悩みを明かしてはくれない。
でも、やっと答えを見つけたんだね。
やっと。やっと。来てくれたんだね。
ヒロくん。
私の。私だけの。ヒーロー。
✳︎ ✳︎ ✳︎
叫んだ。
世界で一番大事な人の名前を叫んだ。
あの場所に。いつかの桜の森に。彼女はいた。いてくれた。
俺の声に気づいて振り向く彼女。
その顔からは、彼女の感情が少しだけ読み取れて。
やっぱり俺たちはどこかで繋がっている。
そう思った。
何も崩れてなんかいない。
学校から全速力で走ってきた俺は雨に打たれてびしょ濡れで。もう疲れ果てていて。心臓はこれ以上ないくらいにうるさくて。呼吸だってまともにできやしない。
だけど。
伝えなきゃいけない言葉があるから。
これだけは、最初に言わなければいけないから。
だから無理やりにでも、吸えない息を吸う。
俺にはやっぱり、叫ぶことしかできないけれど。
だけど君に、今度こそ伝えるよ。
「好きだ!!!!!!!!!!」
叫んだ。
足りなかった言葉を叫んだ。
ずっとずっと、言えなかった言葉を。今こそ紡いだ。
そしてすぐにもう一度、息を吸い直す。
まだだ。まだ足りない。
この想いを伝えるには、言葉なんかでは足りないのだろう。
だけど、言葉にしなければ絶対に伝わらないこともあるから。
「大好きだ!!!!!!!!!!」
言うやいなや、俺は走る。
幼馴染の元へ。
大好きな人の元へ。
駆け寄った。
抱きしめた。
つよく、つよく。
抱きしめた。
そして何度でも、何度でも。
言葉を編んだ。
『好き』を伝えた。
「ヒロさん……痛いですよ……それに、びしょびしょです……」
「す、すまん」
俺は慌ててユキを離す。
でも今度はユキが俺に手を回してくれて。
抱きしめてくれた。
「……離していいとは言っていません。ちゃんと、抱きしめてください」
「お、おう……」
しばらく、俺たちは抱きしめ合っていた。
一緒にいなかった時間を埋めるように。
お互いの気持ちを確かめるように。
それから、今度はユキが俺に語りかける。
「ヒロさん」
「……なんだ?」
「これが、ヒロさんの答えですか? 私は、そう思っていいんですか?」
「ああ」
俺は一瞬の逡巡もなく答える。
もう絶対に、悲しい涙を流させるわけにはいかないから。
「……そうですか。では、私も言います」
ユキはこちらをはっきりと見据えて、姿勢を正す。そして少し震えた声で告げる。
「好きです。ヒロさん。私はあなたのことが、大好きです」
知っていたことだった。
誰よりも俺はそれを知っていた。
だけどそれを聞いた瞬間、もうこらえきれなくて。流さないと決めていたはずこ涙が、溢れてしまっていた。
やっぱり、俺はとんでもなく情けない男だ。
「……ありがとう……ユキ。ありがとう」
「泣かないでください。ヒロさん」
ユキは俺の涙を指で拭う。でも、それでも俺の涙は止まらない。
「だって……俺は、俺はずっとおまえを裏切って。知らないふりをして。……勝手に悩んで……閉じこもって……」
「ねぇ、ヒロさん」
もはや言葉を、大事な言葉を紡ぐことさえできないほどに嗚咽を漏らす俺。
だけどそんな俺に、ユキは言う。
なんでもないことのように。ふわっとした表情で、笑って言うんだ。
「私は、ヒロさんさえいてくれればいいんですよ。それだけで、幸せなんです。ヒロさんが私を求めてくれる。それだけでいいんです。……知りませんでしたか?」
「なんで……そんな……」
俺が欲しかった言葉を紡げるんだろう。
俺が探していた答えを。
いつかの未来でユキを幸せにするにはどうしたらいいのか。そればかりを考えていた。
そんな俺が求めていた答えを、この幼馴染はなんでもわかっているとでも言うように平然と、言葉にしてしまうんだ。
「ずっとわかりませんでしたよ。でも今、わかりました。ヒロさんの声が、涙が、教えてくれました」
「……そっか」
「まったく、おバカですね。ヒロさんは。ずっとそんなことを考えていたんですか?」
「……そうだな。ほんとうに、大馬鹿野郎だ」
「そうですよ。だからもう、離さないでくださいね」
俺はもう一度、ユキを抱きしめた。
もう絶対に離さない。
ずっと一緒にいる。
それくらいは、俺にも出来るはずだから。
一緒にいてみせるから。
かと言って、ユキの言葉に甘えるわけではない。
やっぱり、考え続けることはする。
未来のことを考えながら、俺は『今』のユキを幸せにしていこう。
そのために、一緒にいよう。
幸せにし続けた『今』の向こう側にはきっと、銀色の『未来』が広がっているはずだから。
「なぁ、キスしてもいいか?」
「また、おバカですね。ヒロさん」
ユキはぷぅっと、可愛く頬を膨らませる。
「私はいつでもウェルカムだと、言っていたはずですよ?」
「そう……だったな」
ユキの唇を見る。それはまるでゼリーみたいにぷるぷるしていて。俺のものなんかとは明らかに違う。
女の子の、ユキの唇だ。
その唇に、俺はそっとキスをした。
本当に、そっとだ。
ほんの少し重なっただけのキス。
緊張と興奮で、頭がどうにかなってしまいそうだった。
それでも、そのキスは全てを俺に教えてくれた気がした。
確かな絆を、関係性の糸を紡げた気がした。
幸福を、感じさせてくれた。
「ふふっ。初めてのキス、ですね。ヒロさん」
「あんま見るなよ、恥ずい」
「真っ赤になっちゃって。可愛いです」
ユキが俺に戯れついてくる。もう俺たちの関係はいつも通りだ。いや、今までよりもっと強固なものになったのだろう。
「ばっ。変なとこ触んなっ……てかそういうおまえも真っ赤だからな!」
「そ、そんなわけないです。私はよゆーです。キスくらいいくらでもできます」
「そんなゆでダコみたいな顔で言われてもなぁ」
「なっ。それならもう一度。もう一度しますよっ。ヒロさんっ」
「ちょ、待っ。待てってそんないきなりぃ!?」
「————んっ」
しなだれかかってきたユキは流れるように、俺の唇を奪った。
さっきよりも長くて、濃厚なキス。
それから何度も何度も、キスを繰り返した。キスの魅力に取り憑かれていた。
なんだよ……マジで余裕じゃねぇかよ……。
やはり俺の幼馴染は肉食だ。俺は襲われる運命さだめにあるらしい。きっと、これからもずっと。
「……ぷはっ。キスって、気持ちいいですね。何回でもしたくなっちゃいます」
「……そうかもな」
ユキは目をとろんとさせて、恍惚とした表情をしている。
ユキが求めてくれることが、俺はずっとどこか不安で仕方がなかった。だけど今はそれが、こんなにも愛おしい。嬉しいんだ。
「あっ。ヒロさんヒロさん」
「今度はなんだよ?」
「虹です。虹が見えますよ」
「虹?」
ユキは興奮気味にぴょんぴょん跳ねながら、俺の後ろを指差す。
振り向くと、そこには大きな大きな虹の架け橋が出来ていた。
雨はいつのまにか止んでいた。
きっと、2人の想いが通じたその時にはもう止んでいた。
雲の切れ間からは、透き通るような青空が広がっていた。
止まない雨はないからと。
人は言う。きっとその通りだ。
どんなに辛いことがあっても。
消えてなくなりたくなったとしても。
進む先が見えなかったとしても。
決して拭えないであろう後悔があったとしても。
いつか雨は止む。
そこには必ず、虹の祝福があって。
何かを乗り越えた俺たちを迎えてくれて。
遥か彼方まで続く銀色が、儚い幸福が寄り添ってくれている。
虹はそれを、信じさせてくれるんだ。
「綺麗だな」
「空も、私たちを祝福してくれています」
「なぁ、ユキ」
「なんですか? ヒロさん」
「好きだ。大好きだ。」
「はい。私も、好きです。大好きです」
俺たちはずっと、その虹を眺めていた。
何よりも大切な『今』で、『好き』を伝え合いながら。
あの頃、10年前と同じ場所で。
あの頃とは違う、もっと深い関係性を繋いだ俺たちで。
ずっとずっと、眺めていた————。
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