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エピソード9
心臓のない王(7)
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* * *
『ユリア』
僕の名前を呼ぶ、優しい低音。
もっと、呼んで。
僕はここにいると。ここにいてもいいのだと。
お願い。バンさん。僕を……許して。
* * *
体が澱のように淀んでいる。
「おはよ、ユリア」
思うように動かなくて、目だけを持ち上げれば、
何故かバンさんがいて、僕を見下ろし微笑んでいた。
「バンさん……?」
夢じゃない。
僕はハッと我に返った。
「な、なんで……っ、出ていったはずじゃ……」
「あれ、やっぱ止めたわ」
彼の手は僕の頭に置かれていた。
それは微かに震えていて、僕はギュッと胸が苦しくなる。
「……僕が心配で、戻って来てくれたんですよね。
でも、もう、大丈夫ですよ。お陰様で意識を取り戻せました。
教会の人たちは去ったようですし……」
手をそっと退けようとすれば、逆に握りしめられた。
「もう離れねぇよ」
「え……」
「もう何処にも行かない」
バンさんが言う。
僕は理解が追いつかなくて、目を瞬かせた。
何処にもいかない?
バンさん、ずっと僕の側にいてくれるの?
口を突いて出そうになった言葉を無理矢理飲み込む。
「ダメですよ。ここにいたら、また――」
「獣はオレのことを殺さなかった。
たぶん、しばらくは……二度とあんな目に遭うことはない」
「……」
確かに獣はバンさんを……たぶん、僕が消えてしまっても、二度と傷付けない。
でも、彼にしてしまった過去はなくならない。彼が僕に抱く恐怖心も同じだ。
僕の側にいる限り、彼は恐ろしい過去を思い出す。
「でも……僕のこと、怖いでしょう?」
上擦った声で告げれば、彼は少し寂しそうに眉根を下げた。
「ああ、怖い」
「それなら」
「でもさ、離れたくねぇんだよ。
オレが側にいると、お前は傷つくって分かってる。
それでも、側にいたいんだ。……世話係失格だな」
バンさんはそう言って僕から手を離した。
それから、いつもみたいに両手を広げてみせる。
「こんな震え、すぐに乗り越える。
だから……ユリア。オレをもう一度、必要としてくれ。
受け入れてくれ」
「バンさん……」
……あなたは、誤解してる。
僕はあなたを必要ないだなんて思ったことない。
むしろ逆だ。
「……あなたの痛みに比べたら、僕の傷なんて、大したことないよ」
このぬくもりを手放すふりをして、僕は……
僕はね、あなたが思いも寄らない方法で、あなたに卑劣な真似をしてるんだよ。
躊躇いがちに手を伸ばせば、バンさんは僕の手を掴んで引いた。
首筋の皮膚が粟立っている。背中に回された指先も、小柄な体も、震えている。
それでも彼は、僕を押しのけたりも、離したりもしなかった。
バンさんの胸から、心臓の鼓動が聞こえる。……僕の、心臓の音が。
「オレを離すなよ。ユリア」
「もう離しません。……愛してるんです」
告げると、彼はフッと笑った。
「ああ、オレも愛して――」
唇を重ねれば、
「……ッ」
バンさんの震えが、一瞬だけ止まった。
「お、おまっ、何しっ……」
「なんで? 言ったでしょう? 愛してるって」
「あ、ああ、あ、愛してるって、そういう……っ?」
「バンさんは違うの?」
小首を傾げれば、彼はもの凄く困った顔をして、フイと顔を背けた。
「……たぶん、違くは……ない」
「良かった」
僕は彼を抱きしめる腕に力を込める。
赤く染まった部屋で、僕らは少しの間くっついていた。
……バンさんからは、微かにバラの香りがした。
『ユリア』
僕の名前を呼ぶ、優しい低音。
もっと、呼んで。
僕はここにいると。ここにいてもいいのだと。
お願い。バンさん。僕を……許して。
* * *
体が澱のように淀んでいる。
「おはよ、ユリア」
思うように動かなくて、目だけを持ち上げれば、
何故かバンさんがいて、僕を見下ろし微笑んでいた。
「バンさん……?」
夢じゃない。
僕はハッと我に返った。
「な、なんで……っ、出ていったはずじゃ……」
「あれ、やっぱ止めたわ」
彼の手は僕の頭に置かれていた。
それは微かに震えていて、僕はギュッと胸が苦しくなる。
「……僕が心配で、戻って来てくれたんですよね。
でも、もう、大丈夫ですよ。お陰様で意識を取り戻せました。
教会の人たちは去ったようですし……」
手をそっと退けようとすれば、逆に握りしめられた。
「もう離れねぇよ」
「え……」
「もう何処にも行かない」
バンさんが言う。
僕は理解が追いつかなくて、目を瞬かせた。
何処にもいかない?
バンさん、ずっと僕の側にいてくれるの?
口を突いて出そうになった言葉を無理矢理飲み込む。
「ダメですよ。ここにいたら、また――」
「獣はオレのことを殺さなかった。
たぶん、しばらくは……二度とあんな目に遭うことはない」
「……」
確かに獣はバンさんを……たぶん、僕が消えてしまっても、二度と傷付けない。
でも、彼にしてしまった過去はなくならない。彼が僕に抱く恐怖心も同じだ。
僕の側にいる限り、彼は恐ろしい過去を思い出す。
「でも……僕のこと、怖いでしょう?」
上擦った声で告げれば、彼は少し寂しそうに眉根を下げた。
「ああ、怖い」
「それなら」
「でもさ、離れたくねぇんだよ。
オレが側にいると、お前は傷つくって分かってる。
それでも、側にいたいんだ。……世話係失格だな」
バンさんはそう言って僕から手を離した。
それから、いつもみたいに両手を広げてみせる。
「こんな震え、すぐに乗り越える。
だから……ユリア。オレをもう一度、必要としてくれ。
受け入れてくれ」
「バンさん……」
……あなたは、誤解してる。
僕はあなたを必要ないだなんて思ったことない。
むしろ逆だ。
「……あなたの痛みに比べたら、僕の傷なんて、大したことないよ」
このぬくもりを手放すふりをして、僕は……
僕はね、あなたが思いも寄らない方法で、あなたに卑劣な真似をしてるんだよ。
躊躇いがちに手を伸ばせば、バンさんは僕の手を掴んで引いた。
首筋の皮膚が粟立っている。背中に回された指先も、小柄な体も、震えている。
それでも彼は、僕を押しのけたりも、離したりもしなかった。
バンさんの胸から、心臓の鼓動が聞こえる。……僕の、心臓の音が。
「オレを離すなよ。ユリア」
「もう離しません。……愛してるんです」
告げると、彼はフッと笑った。
「ああ、オレも愛して――」
唇を重ねれば、
「……ッ」
バンさんの震えが、一瞬だけ止まった。
「お、おまっ、何しっ……」
「なんで? 言ったでしょう? 愛してるって」
「あ、ああ、あ、愛してるって、そういう……っ?」
「バンさんは違うの?」
小首を傾げれば、彼はもの凄く困った顔をして、フイと顔を背けた。
「……たぶん、違くは……ない」
「良かった」
僕は彼を抱きしめる腕に力を込める。
赤く染まった部屋で、僕らは少しの間くっついていた。
……バンさんからは、微かにバラの香りがした。
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