人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード23

眠れる、熱い毒(8)

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* * *

 人狼が派手に暴れてくれたため、
 見張り塔の前にいる鎧の男たちの数は少なくなっている。

 これなら、正面突破できそうだ。
 
 そう判断するより僅かに早く、
 人狼が物凄い速度で駆けだし、正面の敵をなぎ倒した。
  
 石畳の上は死屍累々のーーいや、息はあるようだがーー様相だ。
 オレは置いてけぼりを食らわないよう、急いで人狼についていく。

 コイツは自分の心臓がオレの中にあると忘れているのではないか。
 そう思わずにはいられない。
 
 人狼が塔の扉を蹴破った。

「来たぞ!
 射て! 射て!! なんとしてでも、止めるんだ!!」

 それと同時に、上からいくつもの矢が降ってきた。

 間一髪のところで、人狼が鉤爪で振り払い、
 背にオレを庇うようにする。

 見上げれば、螺旋階段のところどころに弓を構えた男たちがおり、
 こちらを一様に見下ろしている。

 真正直に階段を登れば、いい的だろう。

 とはいえ、このまま足止めされていては、
 増援によって背後から刺される羽目になる。

「……何をボサッとしている。早く乗れ」

 少しも身をかがめずに、人狼が言った。

「なに?」

「乗らないのなら先に行くぞ」

「わっ、ちょ、待てって……!」

 本当に置いていきかねない。
 オレは慌てて、硬く大きな体によじ登った。

「それで、どうするつもり――」

 問いが終わらないうちに、

「……ぅおあっ!」

 合図もなくヤツが跳躍する。

 階段などヤツには必要がないらしい。
 壁から壁へと蹴り跳ね、瞬く間に塔を上へと登っていく。

 ともすれば乗り心地は最悪であり、
 油断すれば一瞬で降り落とされかねない。

 やはり、コイツはオレのことを忘れている。
 忘れていなかったとしたら、バカヤロウだ。

 ビュンッと風を切る音が頭上を過る。

「クソッ! 速すぎて、当たらん!」

 矢は人狼の速度を捉えきれず、あらぬ方向へと飛んでいった。

「邪魔な奴らだ……今のうちに落としておくか」

 人狼が唸る。

「当たりそうにもないんだ。放っておいていいだろ」

「そのままにしておけば、奴らは後から追いかけてくる。
 そうなれば、俺たちは塔の上で袋の鼠だ」

 オレだって分かっている。
 奴らをそのままにしておくのは危険だと。

 それでも、こんな高い場所から落とせば人間は死ぬ。
 呪いうんぬんよりも前に、オレはユリアに人殺しをさせたくはない……

 そんなオレの考えを見透かしたかのように、人狼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「つくづく甘い奴め」

 ようやく、塔の天辺が見えてくる。

 跳躍の勢いのまま振るった人狼の一撃によって、
 城壁へと抜ける扉が、バラバラになって吹き飛んだ。

 澄んだ夜風が頬を撫でる。

 視界にまず飛び込んできたのは、満天の星空。
 そして、その下には断崖の絶壁が広がっている……

 暗がりの向こう側に陸地がぼんやりと見えるが、
 ジャンプをして届くような距離ではない。

 断崖が切れ、地面がある場所へと下りるしかないだろう。
 あとは逃げるだけ。
 
 そんな思案を巡らせた時だった。

「お待ちしていましたよ」

 ギリギリと弓をしならせる音と共に、
 凜とした声が聞こえてきた。
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