人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード27

螺旋回廊(3)

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 嗚咽と共に、彼が口にした内容は、
 すでに人狼から聞かされていたものと同じだった。

「なんでですか、バンさん……なんで、僕に両親の話を思い出させたの……?
 痛い……あなたが言った通りだ……
 ねえ、どうして? どうして……」

「……お前に必要なことだから。そう、言ったろ」

 噛み締めた歯の隙間から、力の無い声が漏れる。

「必要? こんなにつらいことが、必要なの?」

「必要だよ。
 じゃないと、お前は……いつまで経っても欠けたままだ」

「欠けた……?」

「忘れないで欲しいんだよ――ちゃんと愛されてたってこと。
 大事にされてたってこと。
 お前自身が、お前のこと愛せるように」

 抱きしめる腕に力を込めて、ゆっくりと大きな背をさする。

「無茶言わないでよ……
 僕が……僕自身を愛せるわけないでしょう?
 だって、僕のせいで2人は死んだんですよ」

「お前のせいじゃないだろ。殺したのは1月の――」

「僕には戦う力があったんですよ。
 なのに、怖くて、言い訳して、動かなかった。
 2人を助けようともしなかった」

「お前はまだ子供だったんだよ」

 ユリアは首を振ると、オレを押しやった。

「子供だからなんて関係ない。
 僕は世界で一番愛している人たちを見殺しにしたんですよ。
 そんな自分を、どうやって愛せって言うんですか?
 僕が愛されてた? 大事にされてた? そんな価値なんてない……!」

 涙で頬を真っ赤にして、彼は続けた。

「あの時、僕が動いていれば……
 2人とも、今も元気に生きていたかもしれない。
 お爺さまだって……
 何もかも、僕が……僕のせいで……」

「ユリア……」

「しかも僕は何もかも忘れてた。
被害者ぶって、本当、最低だ……」

「……オレがしてるのは……お前にとって、余計なことかもしれねぇ。
 でも、オレはさ、どんな時でもお前に生きることを諦めて欲しくないんだよ。
 愛してるんだ。一緒に生きて欲しいんだよ。だから……」

「止めてよ、バンさん。僕はあなたと一緒に生きて、安らぎを感じるなんて……許されない」

 ……今日は、何て告げようか?

 伸ばした指先が戸惑って宙をかく。
 やがて力なく握りしめて、オレは手を引っこめた。

 もうどんな言葉も試した気がする。

「こんな自分、知りたくなかった……
 愛されてたなんて、知りたくなかった。
 僕はひとりで良かった。それが相応しかった」

 ――どんなにつらくても、苦しくても、
 過去と向き合って、前を向いて欲しい。

 そんな考えはやっぱりオレのエゴで、
 オレはいたずらにユリアを傷付けているだけなのかも知れない。

* * *

 泣き疲れたユリアの寝顔を見下ろしていると、
 やがて、シロが目を覚ました。

「……くたびれた顔をしている」

 頬に触れる爪先に、オレは鼻で笑ってみせる。

「なら、寝かせてくれ」

「構わん。勝手にする」

「お前、本当……クソ野郎だな」

 腕を引かれた。
 ベッドに組み敷かれたオレは、溜息と共に肢体を投げ出す。

 シロに抱かれた日、オレは死ぬほど落ち込んだ。

 でも、次の日も、そのまた次の日も求められているうちに、
 罪悪感はすっかり摩耗して、それは日常になっている。

「……そろそろ諦めたらどうだ?」

 オレのシャツのボタンを外し終えると、
 シロが口を開いた。

「何をだよ」

 オレは袖から腕を抜きながら、答える。

「何十回と同じ事を繰り返しているんだ、
 気付いていないとは言わせないぞ」

 目線を逸らせば、顎を掴まれ顔を覗き込まれた。

「貴様が、何度思い出させてもアレは変わらない。
 両親の死を受け入れられず、翌日には元の木阿弥だ」

「……」

「貴様はただ意固地になっているだけだろう。
 だから、諦めろと言っている」

 腹立たしいが、コイツの言うことは合っていた。
 オレは確かに意固地になっている。

『ユリアの記憶を正す』
 つらい過去に向き合って乗り越えれば、
 自分を大事に出来るようになるんじゃないか……

 そんな風に思っていた。それがあるべき健全な形だと。

 はっ……健全ってなんだよ?
 わざわざユリアを悲しませて、オレは何を得た?

 何度、傷痕を抉っても変わらない。……変えられない。

「……ごちゃごちゃ、うるせえな。
 黙ってこっちに集中しとけよ」

 オレは足先で獣の股間を弄った。
 ヤツは苛立たしげにオレのくるぶしを摑むと持ち上げた。

「……抱いて欲しいなら、そう言え」
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