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エピソード28
シロとユリア(12)
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* * *
空が白む頃、
自室のベッドで、オレは瞼を持ち上げた。
扉の向こうに気配を感じたからだ。
オレは裸足のままベッドを下りると、
扉に向かって歩いた。
「……いるんだろ」
扉を開けずに、オレは声をかける。
静寂が落ちた。
ややあってから向こう側から低い声が聞こえてくる。
「……俺が貴様を殺していなければ、
お前は、俺を選んだのか」
大して仲良くなったつもりはなかったのに、
今、シロがどんな顔をしているのか、
表情がありありと目の前に浮かぶから不思議だ。
オレは扉に触れると、首を振った。
「関係ねぇよ」
普通の感覚なら、
自分をなぶり殺したような残虐な相手を好きになるなんてあり得ない。
けれど、不思議とあの夜の恐怖はとっくに色褪せてしまっている。
色々あったから、という訳ではなかった。
命に対する考えが根本から異なってしまったかのような……
人間をやめるというのは、
こういうことなのだと不思議な確信があるのだ。
「ならば何故、貴様はユリアを……」
「選べなかった」
「なに?」
「選べなかったんだよ」
オレは呟いた。
倉庫でのことを思い出して、額を扉に押し付ける。
キスの後、オレはやっぱりユリアを受け入れられず、
彼から身体を離した。
彼も、それ以上、求めてくることはなかった。
ただ、静かに『待つね』と言った。
ユリアへの想いが褪せてしまったわけではない。
今だって、いつだって、オレはユリアのことがたまらなく好きだ。
愛おしく思う。
それなのに、オレはコイツのことを考えてモヤモヤするのだ。
こんな気持ちで、ユリアとの関係を続けられるわけがない。
「選べなかった……?
貴様はユリアを選ばなかったのか」
「勘違いするなよ。
こんな気持ちのままじゃ、ユリアに失礼だから――」
言葉の途中で、扉が開いた。
「いっ……!」
オレは額を殴打して、
フラつきながら退くと痛みに蹲る。
「て、めぇっ! 何、開けてんだよ!!」
睨みつけるオレには構わず、
シロはオレの腕を掴むと無理やり引っ張り上げた。
クンと鼻を鳴らす。
次の瞬間、ボタンが飛んで床に転がった。
シャツを破かれたのだ。
「ちょっ……おま、何してんだよ!?
離せ、このケダモノ!!」
「なんだ、この痕は」
ヤツはオレの首筋から鎖骨の辺りを見つめると、
目を細め鼻に皺を寄せる。
「ヤるだけヤッておきながら、
俺を選ぶだなど、よくも言えたものだな」
「言ってねぇよ!
あと、ヤッてもねぇ!」
オレは足をジタバタさせながら、吠える。
「フン、どうだかな。
身体に聞けば分かる」
シロはオレを掴み上げたまま、スタスタとベッドへ向かった。
放られたかと思えば、間髪入れずに巨軀がのし掛かってくる。
「やめ――やめろっつの!!」
渾身の力で、オレはシロを蹴った。
「なんで好きなヤツのこと受け入れられなくて悶々としてんのに、
というか、てめぇが原因なのに、少しは自重しろよバカ!」
大したダメージにはなっていないだろうに、
シロはあっさりオレの上から退いた。
それから横でオレに背を向け、ゴロリと寝転がる。
「……分かっていた。
貴様があのヘタレた男にとことん惚れ込んでいることなど。
貴様の好みが最悪にとち狂っていることなどな」
「おい。なにフツーにここで寝ようとしてんだよ」
「これくらい許せ」
「いや、出てけよ。
オレはしばらく一人で考える時間が欲しいんだよ」
「俺の隣で勝手に考えていればいい」
オレは大仰に溜息をつく。
このままではラチが開かない。
「……もういい。オレが出てく」
ベッドを下りようとすれば、腕を掴まれた。
「……離せよ」
「断る」
「お前な……」
たくましい腕は、ビクともしない。
オレは再び長い溜息をついた。
最近のコイツは、ガキじみたところを隠しもしなくなっている。
「……もう無理強いはしない。だから、側にいろ」
「無理強いしないって、当たり前だろが」
「……いいだろう、このくらい。
俺はじき消える。……消されるのだから」
「……」
背を向けたまま、シロが言う。
オレはしょぼくれた様子の白銀の獣を見下ろした。
この不確かな感情の正体は、
……同情だろうか?
好意的に解釈すれば、コイツはユリアを守るため、
ユリアが拒絶したありとあらゆるものを飲み込んできた。
ユリアを守るためにオレを殺し、
攻撃してきたやつらを殺し……
だが、ユリアは乗り越えた。
拒絶したものを受け入れるだけの強さを身に付けた。
だからもう、お前はお役御免だとサヨナラするのは可哀想だと……
オレはそう思っているのだろうか?
「アイツは強くなった。俺など不要なほどに……
今も、ヤツが望めば俺は押し込められてしまうだろう」
「……でも、ユリアはそうしないんだな」
「そうだ。……訳が分からない――」
言葉を遮るように、オレはシロの首筋に手を伸ばした。
「……なんだ?」
顎の下辺りをくすぐる。
初めは苛立たしてに鼻を鳴らしていたシロだったが、
無視しきれなくなったのか、こちらを向いた。
「おい。犬猫のような扱いをするな」
「……ここで寝るんだろ?」
オレの言葉に、シロが目を瞬かせる。
「根負けした。
ぐちゃぐちゃ考えてねぇで、さっさと寝ちまえ。
オレももう、寝るわ」
そう言って苦笑して、オレもシロの隣に寝転がる。
頭を悩ませるコレの答えは、
もっとシンプルなのかもしれない。
選ぶとか、選ばないとかじゃなくて――
「おやすみ」
白銀の髪を少し乱暴に撫でる。
シロは戸惑ったようにオレを見つめている。
オレは目を閉じた。
この感情は……シロに対するこの気持ちは、
同情じゃない。
これは……
『バンさん。
僕のこと、丸ごと愛してくれて、ありがとう』
ユリアの声を頭の中で反芻した。
手のひらから伝わる温もりに、
オレは胸のモヤモヤが晴れていくのを感じた。
空が白む頃、
自室のベッドで、オレは瞼を持ち上げた。
扉の向こうに気配を感じたからだ。
オレは裸足のままベッドを下りると、
扉に向かって歩いた。
「……いるんだろ」
扉を開けずに、オレは声をかける。
静寂が落ちた。
ややあってから向こう側から低い声が聞こえてくる。
「……俺が貴様を殺していなければ、
お前は、俺を選んだのか」
大して仲良くなったつもりはなかったのに、
今、シロがどんな顔をしているのか、
表情がありありと目の前に浮かぶから不思議だ。
オレは扉に触れると、首を振った。
「関係ねぇよ」
普通の感覚なら、
自分をなぶり殺したような残虐な相手を好きになるなんてあり得ない。
けれど、不思議とあの夜の恐怖はとっくに色褪せてしまっている。
色々あったから、という訳ではなかった。
命に対する考えが根本から異なってしまったかのような……
人間をやめるというのは、
こういうことなのだと不思議な確信があるのだ。
「ならば何故、貴様はユリアを……」
「選べなかった」
「なに?」
「選べなかったんだよ」
オレは呟いた。
倉庫でのことを思い出して、額を扉に押し付ける。
キスの後、オレはやっぱりユリアを受け入れられず、
彼から身体を離した。
彼も、それ以上、求めてくることはなかった。
ただ、静かに『待つね』と言った。
ユリアへの想いが褪せてしまったわけではない。
今だって、いつだって、オレはユリアのことがたまらなく好きだ。
愛おしく思う。
それなのに、オレはコイツのことを考えてモヤモヤするのだ。
こんな気持ちで、ユリアとの関係を続けられるわけがない。
「選べなかった……?
貴様はユリアを選ばなかったのか」
「勘違いするなよ。
こんな気持ちのままじゃ、ユリアに失礼だから――」
言葉の途中で、扉が開いた。
「いっ……!」
オレは額を殴打して、
フラつきながら退くと痛みに蹲る。
「て、めぇっ! 何、開けてんだよ!!」
睨みつけるオレには構わず、
シロはオレの腕を掴むと無理やり引っ張り上げた。
クンと鼻を鳴らす。
次の瞬間、ボタンが飛んで床に転がった。
シャツを破かれたのだ。
「ちょっ……おま、何してんだよ!?
離せ、このケダモノ!!」
「なんだ、この痕は」
ヤツはオレの首筋から鎖骨の辺りを見つめると、
目を細め鼻に皺を寄せる。
「ヤるだけヤッておきながら、
俺を選ぶだなど、よくも言えたものだな」
「言ってねぇよ!
あと、ヤッてもねぇ!」
オレは足をジタバタさせながら、吠える。
「フン、どうだかな。
身体に聞けば分かる」
シロはオレを掴み上げたまま、スタスタとベッドへ向かった。
放られたかと思えば、間髪入れずに巨軀がのし掛かってくる。
「やめ――やめろっつの!!」
渾身の力で、オレはシロを蹴った。
「なんで好きなヤツのこと受け入れられなくて悶々としてんのに、
というか、てめぇが原因なのに、少しは自重しろよバカ!」
大したダメージにはなっていないだろうに、
シロはあっさりオレの上から退いた。
それから横でオレに背を向け、ゴロリと寝転がる。
「……分かっていた。
貴様があのヘタレた男にとことん惚れ込んでいることなど。
貴様の好みが最悪にとち狂っていることなどな」
「おい。なにフツーにここで寝ようとしてんだよ」
「これくらい許せ」
「いや、出てけよ。
オレはしばらく一人で考える時間が欲しいんだよ」
「俺の隣で勝手に考えていればいい」
オレは大仰に溜息をつく。
このままではラチが開かない。
「……もういい。オレが出てく」
ベッドを下りようとすれば、腕を掴まれた。
「……離せよ」
「断る」
「お前な……」
たくましい腕は、ビクともしない。
オレは再び長い溜息をついた。
最近のコイツは、ガキじみたところを隠しもしなくなっている。
「……もう無理強いはしない。だから、側にいろ」
「無理強いしないって、当たり前だろが」
「……いいだろう、このくらい。
俺はじき消える。……消されるのだから」
「……」
背を向けたまま、シロが言う。
オレはしょぼくれた様子の白銀の獣を見下ろした。
この不確かな感情の正体は、
……同情だろうか?
好意的に解釈すれば、コイツはユリアを守るため、
ユリアが拒絶したありとあらゆるものを飲み込んできた。
ユリアを守るためにオレを殺し、
攻撃してきたやつらを殺し……
だが、ユリアは乗り越えた。
拒絶したものを受け入れるだけの強さを身に付けた。
だからもう、お前はお役御免だとサヨナラするのは可哀想だと……
オレはそう思っているのだろうか?
「アイツは強くなった。俺など不要なほどに……
今も、ヤツが望めば俺は押し込められてしまうだろう」
「……でも、ユリアはそうしないんだな」
「そうだ。……訳が分からない――」
言葉を遮るように、オレはシロの首筋に手を伸ばした。
「……なんだ?」
顎の下辺りをくすぐる。
初めは苛立たしてに鼻を鳴らしていたシロだったが、
無視しきれなくなったのか、こちらを向いた。
「おい。犬猫のような扱いをするな」
「……ここで寝るんだろ?」
オレの言葉に、シロが目を瞬かせる。
「根負けした。
ぐちゃぐちゃ考えてねぇで、さっさと寝ちまえ。
オレももう、寝るわ」
そう言って苦笑して、オレもシロの隣に寝転がる。
頭を悩ませるコレの答えは、
もっとシンプルなのかもしれない。
選ぶとか、選ばないとかじゃなくて――
「おやすみ」
白銀の髪を少し乱暴に撫でる。
シロは戸惑ったようにオレを見つめている。
オレは目を閉じた。
この感情は……シロに対するこの気持ちは、
同情じゃない。
これは……
『バンさん。
僕のこと、丸ごと愛してくれて、ありがとう』
ユリアの声を頭の中で反芻した。
手のひらから伝わる温もりに、
オレは胸のモヤモヤが晴れていくのを感じた。
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