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エピソード30
別れの詩(7)
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* * *
この古城は、もともと持ち主であるハルさんの父が、
しつこく討伐にやってくる人間を返り討ちにすべく、建てたものらしい。
そのため、罠の底には掃除しきれなかったオドロオドロしい片鱗が見え隠れしているし、
とにかく城の構造が特殊だった。
まず、たった一つの出入り口を開けると、
広々とした玄関ホールがある。
そこにあるいくつかの扉はダミーの罠だ。
先へ進めても、ほとんどが行き止まりで、
正解の道筋も複雑怪奇、
たったひとつのルートだけが、
ボクとヴィンセントのいる部屋に到達することができる。
その部屋は、玄関ホールより少し狭かった。
壁にかかったロウソクに照らし出された空間には、
邪魔になる調度品はなく、ただただ石畳が広がっている。
この更に奥にはもう罠はなくて、
しばらくボクらが暮らした居住区が広がっている。
そこに、バンが待機していた。
何があってもこちらには来るな、と厳命されて。
微かに玄関の方から聞こえていた喧騒が、次第に大きくなって、
今では複数の足音がハッキリと耳に届いていた。
「き、来たよヴィンセント」
やがて部屋に辿り着いた処刑官たちは、
ハルさんが予想していた数よりかなり少なかった。
現れた彼らは、まるで戦場を歩き回る亡霊のようで、
血に濡れた鎧、ケガした身体を引きずりながらも、
無心でやって来た姿は壮絶だ。
「落ち着け。予定通りだ」
前に立っていたヴィンセントが短く答える。
ボクは気持ちを奮い立たせるように、声を上げた。
「落ち着いてるってば!」
実際は全然落ち着いてなかった。
緊張し過ぎて、吐きそうだ。
ボクのせいで計画がおじゃんになったりしたらと思うと恐くてたまらない。
「セシル。準備はいいな」
「うん」
「よし。……まだだ。まだ、もう少し引き寄せろ」
背中越しにヴィンセントが言う。
ボクは呼吸を整えると、
大きな背中から顔を出して前を見た。
「――今だ」
指示に従い、手をかざす。
赤い光が弾け、押し寄せてきた男たちを明るく照らし出したかと思えば、
彼らは面白いようにバタバタと倒れていった。
「……!
な、なんだ、大したことないじゃん!」
「……セシル」
ヴィンセントの険しい声に、慌てて言葉を飲み込む。
気を抜いている場合じゃない。
ヴィンセントとユリアが戦いやすいように、
もっと彼らの戦力を削らなければ……
さすがに先頭で何かあったと悟ったらしく、
処刑官たちは、続いて部屋に飛び込んできたりはしなかった。
ボクは生唾を飲み込むと、前を凝視した。
肝心なのはタイミング。
鎧の男たちが部屋に押し入ってきたら、
可能な限りの大勢を一網打尽にする時機を狙う。
ボクは指輪に意識を注いだ。
やがて、ひとりが腰を低く落として、突っ込んできた。
それにヴィンセントが動く。
鎧の男が、ヴィンセントと打ち合った瞬間、
10人近くが一斉に押し入ってきた。
まだだ。
まだ、もう少しだけ引き寄せて。
ヴィンセントが、振り下ろされた剣を弾き上げる。
その勢いで相手は半歩退くと、またすぐに地を蹴る。
剣戟の激しい音が部屋に響き渡った。
ヴィンセントが敵に囲まれる――
「ヴィンセント!」
叫ぶのと同時に、ボクは再び指輪の力を行使した。
指に、ビリビリと赤い石が軋む音が伝わってきた。
もう少しだけ、もってよね。
ボクは心の中で祈った。
この指輪は、ヴィンセントがその昔、
ボクにプレゼントしてくれたものだ。
護身用だと、彼は言った。
自分がいない時、人間に襲われたら使うようにと。
そもそも、これは対ヴァンパイア用に教会が作り出したものらしい。
倒すための指輪でなく、逃げるために。
だから、こんなに大勢に対して眠らせる用途には適していない。
ヴィンセントが、動きの鈍った敵を数人、剣でなぎ払った。
時を同じくして、部屋の罠が発動し、
銀刃が床から飛び出して鎧の男を刺し貫く。
男はじたばたともがいた。
死なない。……いや、すぐには、死ねない。
人ではないから。死徒にされているからだ。
男は命令に従うべく剣から逃れようとするが、
どんどん深みにはまっていき、やがて灰になった。
ボクは他の敵へ目を移すと、指輪を使った。
一方、ヴィンセントは躊躇いなく動きの鈍った相手を罠にはめていく。
目の前には壮絶な情景が広がっていた。
鼻をつく濃厚な死臭と血の香りに、目がグルグルしてくる。
ボクは口元を覆うと、目線を落とした。
指輪の効力も弱まってきている……
気分が悪くなっている場合じゃないのに。
「……ん?」
その時、コツンと足先に当たる感触があった。
見覚えのない、黒い球体が床に転がっている。
「何これ?」
小首を傾げたのと、その黒い球体から白煙が噴き上がったのは同時だった。
「目を閉じろ、セシル!」
視界が一瞬で白に塗り潰される。
「いっ、たぁ」
目に煙が沁みて、涙が溢れ出てきた。
身体を起こしながら、袖で目元を拭う。目くらましの煙だろう。
その時、霞む白い世界を裂いて、
物凄い速さでヴィンセントに襲いかかる影があった。
「ヴィンセント!?」
ボクの声よりも早く、
ヴィンセントが白煙を断つように構えていた剣を翻す。
ブンッと鈍い音が立った。
影は飛び退って軽々と分厚い切っ先を避けると、
鞘から抜いていた剣を振るった。
刹那、にゅっと伸びた切っ先が、
鞭のようにしなやかな円を描いてヴィンセントに襲いかかった。
ヴィンセントが弾き返せば、
剣先は白い煙を巻き上げるように縮む。
そして煙が晴れると、
そこにはひとりの鎧の男が立っていた。
「……その剣、まさか」
ヴィンセントが珍しく動揺した声を漏らす。
相手はもったいぶったように兜を取り外した。
揺れるロウソクの明かりを照り返し、
白銀の長い髪がこぼれ出る。
露わになったその男の美しさに、
ボクは目を見張った。
――ヴィンセントが息を飲む気配。
男は首を振って乱れた髪を後ろへ流してから、
ニコリと微笑んだ。
「久しいですね、ヴィンセント。
この――裏切り者」
この古城は、もともと持ち主であるハルさんの父が、
しつこく討伐にやってくる人間を返り討ちにすべく、建てたものらしい。
そのため、罠の底には掃除しきれなかったオドロオドロしい片鱗が見え隠れしているし、
とにかく城の構造が特殊だった。
まず、たった一つの出入り口を開けると、
広々とした玄関ホールがある。
そこにあるいくつかの扉はダミーの罠だ。
先へ進めても、ほとんどが行き止まりで、
正解の道筋も複雑怪奇、
たったひとつのルートだけが、
ボクとヴィンセントのいる部屋に到達することができる。
その部屋は、玄関ホールより少し狭かった。
壁にかかったロウソクに照らし出された空間には、
邪魔になる調度品はなく、ただただ石畳が広がっている。
この更に奥にはもう罠はなくて、
しばらくボクらが暮らした居住区が広がっている。
そこに、バンが待機していた。
何があってもこちらには来るな、と厳命されて。
微かに玄関の方から聞こえていた喧騒が、次第に大きくなって、
今では複数の足音がハッキリと耳に届いていた。
「き、来たよヴィンセント」
やがて部屋に辿り着いた処刑官たちは、
ハルさんが予想していた数よりかなり少なかった。
現れた彼らは、まるで戦場を歩き回る亡霊のようで、
血に濡れた鎧、ケガした身体を引きずりながらも、
無心でやって来た姿は壮絶だ。
「落ち着け。予定通りだ」
前に立っていたヴィンセントが短く答える。
ボクは気持ちを奮い立たせるように、声を上げた。
「落ち着いてるってば!」
実際は全然落ち着いてなかった。
緊張し過ぎて、吐きそうだ。
ボクのせいで計画がおじゃんになったりしたらと思うと恐くてたまらない。
「セシル。準備はいいな」
「うん」
「よし。……まだだ。まだ、もう少し引き寄せろ」
背中越しにヴィンセントが言う。
ボクは呼吸を整えると、
大きな背中から顔を出して前を見た。
「――今だ」
指示に従い、手をかざす。
赤い光が弾け、押し寄せてきた男たちを明るく照らし出したかと思えば、
彼らは面白いようにバタバタと倒れていった。
「……!
な、なんだ、大したことないじゃん!」
「……セシル」
ヴィンセントの険しい声に、慌てて言葉を飲み込む。
気を抜いている場合じゃない。
ヴィンセントとユリアが戦いやすいように、
もっと彼らの戦力を削らなければ……
さすがに先頭で何かあったと悟ったらしく、
処刑官たちは、続いて部屋に飛び込んできたりはしなかった。
ボクは生唾を飲み込むと、前を凝視した。
肝心なのはタイミング。
鎧の男たちが部屋に押し入ってきたら、
可能な限りの大勢を一網打尽にする時機を狙う。
ボクは指輪に意識を注いだ。
やがて、ひとりが腰を低く落として、突っ込んできた。
それにヴィンセントが動く。
鎧の男が、ヴィンセントと打ち合った瞬間、
10人近くが一斉に押し入ってきた。
まだだ。
まだ、もう少しだけ引き寄せて。
ヴィンセントが、振り下ろされた剣を弾き上げる。
その勢いで相手は半歩退くと、またすぐに地を蹴る。
剣戟の激しい音が部屋に響き渡った。
ヴィンセントが敵に囲まれる――
「ヴィンセント!」
叫ぶのと同時に、ボクは再び指輪の力を行使した。
指に、ビリビリと赤い石が軋む音が伝わってきた。
もう少しだけ、もってよね。
ボクは心の中で祈った。
この指輪は、ヴィンセントがその昔、
ボクにプレゼントしてくれたものだ。
護身用だと、彼は言った。
自分がいない時、人間に襲われたら使うようにと。
そもそも、これは対ヴァンパイア用に教会が作り出したものらしい。
倒すための指輪でなく、逃げるために。
だから、こんなに大勢に対して眠らせる用途には適していない。
ヴィンセントが、動きの鈍った敵を数人、剣でなぎ払った。
時を同じくして、部屋の罠が発動し、
銀刃が床から飛び出して鎧の男を刺し貫く。
男はじたばたともがいた。
死なない。……いや、すぐには、死ねない。
人ではないから。死徒にされているからだ。
男は命令に従うべく剣から逃れようとするが、
どんどん深みにはまっていき、やがて灰になった。
ボクは他の敵へ目を移すと、指輪を使った。
一方、ヴィンセントは躊躇いなく動きの鈍った相手を罠にはめていく。
目の前には壮絶な情景が広がっていた。
鼻をつく濃厚な死臭と血の香りに、目がグルグルしてくる。
ボクは口元を覆うと、目線を落とした。
指輪の効力も弱まってきている……
気分が悪くなっている場合じゃないのに。
「……ん?」
その時、コツンと足先に当たる感触があった。
見覚えのない、黒い球体が床に転がっている。
「何これ?」
小首を傾げたのと、その黒い球体から白煙が噴き上がったのは同時だった。
「目を閉じろ、セシル!」
視界が一瞬で白に塗り潰される。
「いっ、たぁ」
目に煙が沁みて、涙が溢れ出てきた。
身体を起こしながら、袖で目元を拭う。目くらましの煙だろう。
その時、霞む白い世界を裂いて、
物凄い速さでヴィンセントに襲いかかる影があった。
「ヴィンセント!?」
ボクの声よりも早く、
ヴィンセントが白煙を断つように構えていた剣を翻す。
ブンッと鈍い音が立った。
影は飛び退って軽々と分厚い切っ先を避けると、
鞘から抜いていた剣を振るった。
刹那、にゅっと伸びた切っ先が、
鞭のようにしなやかな円を描いてヴィンセントに襲いかかった。
ヴィンセントが弾き返せば、
剣先は白い煙を巻き上げるように縮む。
そして煙が晴れると、
そこにはひとりの鎧の男が立っていた。
「……その剣、まさか」
ヴィンセントが珍しく動揺した声を漏らす。
相手はもったいぶったように兜を取り外した。
揺れるロウソクの明かりを照り返し、
白銀の長い髪がこぼれ出る。
露わになったその男の美しさに、
ボクは目を見張った。
――ヴィンセントが息を飲む気配。
男は首を振って乱れた髪を後ろへ流してから、
ニコリと微笑んだ。
「久しいですね、ヴィンセント。
この――裏切り者」
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