人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード30

別れの詩(12)

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 床を蹴り懐に入ると、
 回転をきかせて、斬り込む。

 けれど、目測を誤ったのか人狼青年を通り過ぎてしまった。

「およ?」

 俺は不思議そうに伸びた爪先と青年を見比べてから、再び飛びかかる。

「ハッ……!」

 てっきり、こちらの爪を剣で弾き返すかと思えば、
 彼は獲物を手放した。
 そして――俺の目の前から消えた。

「えぇっ……!?」

 背後に気配を感じた刹那、足払いを食らって視界が傾く。

「ぅおわっ……!?」

 ついで、彼は俺の腕を掴むとひねり上げた。

「いっ……! いたたっ、痛いっ!」

 今度は本当に見えなかった。何も。
 コイツ、どうやって俺の後ろに回った?

「離せ――」

 振り仰げば、冷たい眼差しにギクリとして、
 胸がぎゅうっと苦しくなった。

 これは……この感情は、まさか恐怖?
 俺が怯えている?
 ありえないだろ。

 今まで、数え切れない夜を遊び暮らしてきた。
 数え切れないほどの獲物を狩ってきた。
 高揚することはあっても、
 こんな風に指先が冷たくなるようなことはなかったのに。

「あなたはもう、僕の敵じゃない」

 何があったかは知らないけど、今の青年は俺が今まで会った誰よりも強かった。
 だから、彼の身体が欲しいんだけれども。
 でも一方で、本当に彼を手に入れられるのか心配になってきた。

 心配?

 さっき押されていたのは、ふたりを相手にしていたからだ。
 今は、彼にとって不利な皮も被っているし、
 万にひとつも負けるコトなんてない。
 ない、はずなのに。

「敵わないだなんて――ありえないでしょーよ!」

 掴まれた腕を犠牲にして、身体を捻り顔へ回し蹴りを繰り出す。
 拘束からは解放されたものの、
 足に期待した衝撃はなく、俺はむなしく床に着地した。

 再び、躍りかかれば、
 今度は軽々と腕を掴まれ、投げ飛ばされそうになる。

 けれど床に背を打つ瞬間――捕まったネズミみたいに宙ぶらりんに持ち上げられた。
 頭が揺れて、視界がブレる。

 手も足も出ないとは、このことだ。

「わかったでしょ? 何をしたって無駄なんですよ」

 そう言って、彼は手を離し、
 俺は床に尻餅をついた。

 追撃はなかった。
 ここまで力量の差があれば、その必要もない。

「……俺が死んだら、この身体も灰になるよ。いいの?」

 その時、咄嗟にそんな言葉が口を突いて出た。
 俺はフラつきながら立ち上がり、青年を振り返った。

「お前、本当はコイツを失う覚悟なんて出来てないだろ。
 友達だもんなァ?」

 ピクリと青年の眉が揺れる。
 俺は確信した。
 結局、彼は俺をひとつも傷つけることができないのだ。

「……」

 じりじりと間合いを計る。
 力では敵わないのは認めよう。仕方ない。
 でも、まだ諦めるには早い。

 俺は指にはまった赤い石に意識を向けた。
 この光を青年にかざすことが出来れば、一発逆転も夢じゃない。

「見逃せば、この身体は返してやるよ。
 お前にももう近づかない。約束する」

「そんな話、飲めるわけがないだろ」

 俺は鋭く伸ばした爪を自身に向けた。

「……よく考えた方がいいよー、青年。
 俺には後がないんだ。どーせ死ぬなら、お前が1番嫌がることをして死んでやる。
 例えば、お友達のカワイイ顔をぐちゃぐちゃにするとかさ」

 爪を顔に食い込ませた。
 プツリ、と薄い皮膚が破れて血が流れる。

「やめっ……」

 僅かな動揺。それで十分だった。
 俺は指輪をかざした。

「……っ!」

 赤い光が弾ける。

 息を飲んだ気配に、俺は口元を歪ませた。
 指輪の効力は、床に転がるナカマが実証済みだ。
 しかし――

 パリンッ!

 甲高い音を立てて、
 指輪にはまった赤い石が割れた。

 ウソだろ。
 なんで、このタイミングで……ッ!

 身体が凍り付くが、すぐに思い返す。
 隙は一瞬でもできた。
 それなら、首を一突きして青年の動きを止められる。
 殺さなくても、それさえ出来れば――

 俺は捨て身で懐に飛び込んだ。
 
 ハッとした青年の動きが、コマ送りで見えた。
 こちらの攻撃を予測して身構えるが、その瞳には苦しげな光が滲んでいる。

 やっぱり、コイツは俺を傷付けられない。

 甘ちゃんめ。
 どんなに強くても心がついていないなら、世話はない。
 この勝負、やっぱり俺の勝ちだ。

『させない』

 その時、身体が痺れたように動かなくなった。

 な、なんだっ……?

「ヴィンセント!」

 唇が俺の意思を無視して、声を発する。

「なに寝てるんだよ。
 まだ、生きてるんだろう!?」

 は? なに? 何が起こってる?

「さっさと起きて、ボクを殺せよ!!」

「せ、セシル……?」

 戸惑う青年のすぐ後ろで、
 蹲っていた影が、ピクリと震えた。

 それから――何度か失敗しながら――ゆらりと起き上がる。

 あの男、まだ動けたのか。

 呪いを嫌って致命傷は避けたとは言え、
 人間が動けるような出血量じゃないのに。

 そいつは、血に濡れた足を引きずってこちらに歩んできた。

「ユリア、遅くなってごめんね。
 キミに、嫌な思いをさせるとこだった」

 息を飲む青年の隣で、
 元処刑官の男は、床に放られていた銀の剣を拾い上げる。

 男が俺の目の前に立つと、
 指が勝手に動いて、胸を示した。

「ここ。ここに、ヤツがいる……外さないでよね」

 鎖骨の辺り――俺が居すわる場所だ。

「……ああ」

 男が剣を構えた。

 ちょっ、待て待て待て!
「ああ」じゃねーよ!
 斬る気か?
 お前、コイツの恋人だろう?
 なに殺そうとしてるんだよ!?

「ヴィンセントさん!? 何してっ……
 絶対にダメだっ!!」

 青年が男の腕を止める。

 そうだ、もっと言ってやれ青年!

「ユリア……言った、だろう。
 俺たちは……覚悟を、決めて……ここにきた、と」

「てすがっ……」

「コイツを、今逃せば……
 また大勢の人間が、死ぬ。お前もまた狙われる……」

「それでも、僕は……僕は……っ」

「過去と決別したいのは……俺たちも一緒だ……」

「…………」

 お、おい。何で手を離す?
 まさか納得したのか?
 お前の大事な友達を殺そうとしてるんだぞ?
 本当にそれでもいいのかよ!?

「セシル」

 男が俺に向き直る。

 や、やめろ。
 やめてくれ。

「……よく、頑張ったな」

 静かで、優しい瞳が俺を射た。
 きらめく銀の刃に、ロウソクの明かりが揺れ――
 やがて、躊躇なく切っ先が振り下ろされる。

「……!」

 耐え難い痛みに悲鳴が溢れ出た。
 だが、それでも俺は諦めなかった。

 なぜなら、男の目はほとんど見えていなかったから。
 たぶん、血を流し過ぎたせいだろう。

 そして、幸いなことに……人狼青年は、コチラから顔を背けていた。

 噴き上がる血飛沫。
 小さな身体が傾く。

 剣先に真っ二つにされる刹那、
 俺は流れ出る赤に身を潜めて、ガキの身体から転がり出た。

 やっぱり、俺はツイている……!
 時間はかかるだろうが、逃げられる。

 床に着地した俺は、
 脇目も振らずに走り出した。
 血でぬめった床は移動しづらかったが、
 前に進めない程ではない。

 今は出直そう。命あっての物種だ。
 逃げて、適当な身体を手に入れて、
 必ずお前らに会いに来る。
 この屈辱を果たすために。

 なんてことを考えていた俺は――
 いつの間に現れたのか、
 見覚えのないブーツにぶつかった。

 視線を持ち上げて、息を飲む。
 ブーツの主は、人狼青年の心臓を持つ男だった。

 なんで、コイツがここにいる?
 お前は、奥の部屋にいたんじゃなかったのか?

「お前――」

 ソイツは訝しげに俺を見やってから、目を見開き、
 即座に、手にしていた抜き身の剣を、俺に――
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