2 / 102
2話 19歳の誕生日。
しおりを挟む
カディスという国はいくつもの国家が覇を競う大陸の片隅にある。
戦乱の世にありながら川を漂う落ち葉のように寄る辺なく日和見主義を貫く……“卑怯者“と評される国だ。
そんなカディスの南西マンティーノスが、私の一族ヨレンテ家が支配する領地だった。
マンティーノスは“至上の楽園“と例えられるほどに温暖で自然災害も稀な天の恵みを一身に受けた土地。
この世界において天候に左右されること豊かな実りが約束されということは、つまりは富をもたらすと同意である。
戦もない平穏な国でのこの価値は計り知れないほどに高い。
にもかかわらず本来ならば王家の直轄地として管理されるべき領が、なぜ新興貴族である我が一族に与えられたのか?
それは200年前に遡る。
当時、カディスは王党派と貴族派で国を二分する内乱状態にあった。
カディスを狙う近隣国家も介入し国家として存続する瀬戸際まできた時、内戦を平定し王党派を勝利に導いたのが、私の先祖セバスティアン・ヨレンテ、その人だった。
平民であったセバスティアンが最大限の感謝と誠意を込めて爵位とともに当時の王から下賜されたのが、ウェステ伯爵家とマンティーノス領の始まりだ。
以降、ヨレンテ家が粛々と治めてきた。
この伝統あるヨレンテ家の当主が私、第七代ウェステ女伯爵エリアナ・ヨレンテなのだ。
男尊女卑が根深く残るカディスでは、貴族の相続に関しては爵位や貴族としての財産等はただ一人の直系男性が引き継いでいくものだと……いう観念がある。
(でも私は当主となった)
王命により密かに掟められた盟約のため、女の私が全てを引き継ぐことになったのだ。
マンティーノスが下賜された時に王家から唯一つけられた条件。
『セバスティアン・ヨレンテの直系尊属だけが、爵位と領地を手にする事ができる』
つまりは性別関係なく初代ウェスカ伯爵セバスティアン・ヨレンテの血統のみが富と地位を手にすることができる、ということだ。
母である先代女伯爵を亡くし唯一の子である私が、第七代ウェスカ女伯爵になったのもこういう理由だった。
ただ。
ヨレンテ家当主一族としての最善の選択が、最も近い人たちの憎しみと野心、妬みをたぎらせたということになるとは思いもよらなかったが。
事が起こったのは、18歳で女伯爵としての地位を継ぎ、一年がすぎた私の19回目の誕生日。
長い冬が終わってすぐのとても麗かな春の日のことだった。
花の咲き誇る庭園の暖かな日差しの下で私の誕生日を祝う午餐会が始まった。
近しい家族と側近だけを招いたささやかな集いであったが、設えも食事も最高に贅沢で楽しいひとときだった。
「素晴らしい会でした。これを準備するのは大層ご苦労なさったでしょう。お父様、お継母様。本当にありがとうございました。これからも未熟な私をご指導くださいませ」
私は立ち上がり、父と父の再婚相手である継母に礼をいう。
父は満足気に頷き「なぁに、我が娘のためだ。苦労など何もなかった」と私を軽く抱きしめた。
「お父様……」
温かい父の言葉に私は不覚にも涙ぐんでしまう。
「お前もこの一年、慣れないながらもよく頑張った。さすが第七代ウェステ女伯爵だけあるな」
父は誇らしそうに微笑んだ。
「お父様のおかげです。お父様がいらっしゃらなかったらマンティーノスはヨレンテのものではなくなっていたでしょう」
母を亡くした時、私は幼くわずか十三歳の子供だった。
成人前の娘に当主としての荷は重い。
そのため父が私が成人し正式に爵位を継ぐまでの間、当主代理として支えてきてくれたのだ。
国内外の貴族が虎視眈々と狙うマンティーノス領がこれまで大きなトラブルもなく無事にここまで来れたのも、父が尽力してくれたおかげだった。
入婿であり、さらに外国人の父にとっては易いことではなかったはずだ。並大抵の努力では成し得なかったことだろう。
父の献身は完璧で国王からも賞賛されるほどだった。
けれど。
血の繋がった父子としてはどうだったのだろう。
時折、どこはかとなく父の態度に疑問を抱くこともあった。
後妻である継母……とはいえ母の生きていた頃からの父の愛人であったのだが……との間にできた異母妹とは、親密さに差があるように思えたのだ。
幼い頃から私は違和感を感じる度に心の中で否定した。
これほど私とヨレンテ家のために親身になってくれる父にありえないことではないか。
ヨレンテの血を継ぐ次期当主の私と、何の枷もない異母妹とでは違って当たり前だ。
時に厳しい態度をとるのも父の責任感からだ……と。
この宴の日。
いつもはそっけない父も無条件に優しかった。
重圧に耐えながら伯爵として過ごしていた私にとって、父の初めてともいえる真心こもった優しさは、ただただ嬉しく感じた。
宴も終盤に差し掛かった頃、父と婚約者がワインの入った杯を私に渡した。
「さぁ愛しの我が娘よ。そろそろ日も暮れる。春といえどまだ寒い。当主のお前が風邪などひいてはならんからな。会は終いにしようではないか」
「そうですね。お父様のおっしゃる通り、冷えてまいりましたし、閉会致しましょう」
私は瑠璃の杯を掲げワインを飲み干すと、会の終わりを告げた。
その直後。
ぐらりと世界が回った。
戦乱の世にありながら川を漂う落ち葉のように寄る辺なく日和見主義を貫く……“卑怯者“と評される国だ。
そんなカディスの南西マンティーノスが、私の一族ヨレンテ家が支配する領地だった。
マンティーノスは“至上の楽園“と例えられるほどに温暖で自然災害も稀な天の恵みを一身に受けた土地。
この世界において天候に左右されること豊かな実りが約束されということは、つまりは富をもたらすと同意である。
戦もない平穏な国でのこの価値は計り知れないほどに高い。
にもかかわらず本来ならば王家の直轄地として管理されるべき領が、なぜ新興貴族である我が一族に与えられたのか?
それは200年前に遡る。
当時、カディスは王党派と貴族派で国を二分する内乱状態にあった。
カディスを狙う近隣国家も介入し国家として存続する瀬戸際まできた時、内戦を平定し王党派を勝利に導いたのが、私の先祖セバスティアン・ヨレンテ、その人だった。
平民であったセバスティアンが最大限の感謝と誠意を込めて爵位とともに当時の王から下賜されたのが、ウェステ伯爵家とマンティーノス領の始まりだ。
以降、ヨレンテ家が粛々と治めてきた。
この伝統あるヨレンテ家の当主が私、第七代ウェステ女伯爵エリアナ・ヨレンテなのだ。
男尊女卑が根深く残るカディスでは、貴族の相続に関しては爵位や貴族としての財産等はただ一人の直系男性が引き継いでいくものだと……いう観念がある。
(でも私は当主となった)
王命により密かに掟められた盟約のため、女の私が全てを引き継ぐことになったのだ。
マンティーノスが下賜された時に王家から唯一つけられた条件。
『セバスティアン・ヨレンテの直系尊属だけが、爵位と領地を手にする事ができる』
つまりは性別関係なく初代ウェスカ伯爵セバスティアン・ヨレンテの血統のみが富と地位を手にすることができる、ということだ。
母である先代女伯爵を亡くし唯一の子である私が、第七代ウェスカ女伯爵になったのもこういう理由だった。
ただ。
ヨレンテ家当主一族としての最善の選択が、最も近い人たちの憎しみと野心、妬みをたぎらせたということになるとは思いもよらなかったが。
事が起こったのは、18歳で女伯爵としての地位を継ぎ、一年がすぎた私の19回目の誕生日。
長い冬が終わってすぐのとても麗かな春の日のことだった。
花の咲き誇る庭園の暖かな日差しの下で私の誕生日を祝う午餐会が始まった。
近しい家族と側近だけを招いたささやかな集いであったが、設えも食事も最高に贅沢で楽しいひとときだった。
「素晴らしい会でした。これを準備するのは大層ご苦労なさったでしょう。お父様、お継母様。本当にありがとうございました。これからも未熟な私をご指導くださいませ」
私は立ち上がり、父と父の再婚相手である継母に礼をいう。
父は満足気に頷き「なぁに、我が娘のためだ。苦労など何もなかった」と私を軽く抱きしめた。
「お父様……」
温かい父の言葉に私は不覚にも涙ぐんでしまう。
「お前もこの一年、慣れないながらもよく頑張った。さすが第七代ウェステ女伯爵だけあるな」
父は誇らしそうに微笑んだ。
「お父様のおかげです。お父様がいらっしゃらなかったらマンティーノスはヨレンテのものではなくなっていたでしょう」
母を亡くした時、私は幼くわずか十三歳の子供だった。
成人前の娘に当主としての荷は重い。
そのため父が私が成人し正式に爵位を継ぐまでの間、当主代理として支えてきてくれたのだ。
国内外の貴族が虎視眈々と狙うマンティーノス領がこれまで大きなトラブルもなく無事にここまで来れたのも、父が尽力してくれたおかげだった。
入婿であり、さらに外国人の父にとっては易いことではなかったはずだ。並大抵の努力では成し得なかったことだろう。
父の献身は完璧で国王からも賞賛されるほどだった。
けれど。
血の繋がった父子としてはどうだったのだろう。
時折、どこはかとなく父の態度に疑問を抱くこともあった。
後妻である継母……とはいえ母の生きていた頃からの父の愛人であったのだが……との間にできた異母妹とは、親密さに差があるように思えたのだ。
幼い頃から私は違和感を感じる度に心の中で否定した。
これほど私とヨレンテ家のために親身になってくれる父にありえないことではないか。
ヨレンテの血を継ぐ次期当主の私と、何の枷もない異母妹とでは違って当たり前だ。
時に厳しい態度をとるのも父の責任感からだ……と。
この宴の日。
いつもはそっけない父も無条件に優しかった。
重圧に耐えながら伯爵として過ごしていた私にとって、父の初めてともいえる真心こもった優しさは、ただただ嬉しく感じた。
宴も終盤に差し掛かった頃、父と婚約者がワインの入った杯を私に渡した。
「さぁ愛しの我が娘よ。そろそろ日も暮れる。春といえどまだ寒い。当主のお前が風邪などひいてはならんからな。会は終いにしようではないか」
「そうですね。お父様のおっしゃる通り、冷えてまいりましたし、閉会致しましょう」
私は瑠璃の杯を掲げワインを飲み干すと、会の終わりを告げた。
その直後。
ぐらりと世界が回った。
0
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
本当に現実を生きていないのは?
朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。
だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。
だって、ここは現実だ。
※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる