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4話 思いは叶えられる。けれど。
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「あぁ! 神よ! 感謝いたします!!」
木漏れ日の差し込む部屋に女性の金切声が響き渡った。
体格のいい中年女性が涙ぐみながら、床にへたり込む。
「お嬢様がお目覚めになられるなんて。本当に、本当にようございました……」
女性はぐずぐずと音を立てて鼻をすすった。
あまりの大きさに私は寝台に横になったまま眉を歪める。
(……騒がしいわ。頭に響く。静かにしてくれないかしら)
今、私は目覚めたばかりだ。いや、正しくは現世に戻ってきたばかりなのだ。
そのせいかひどく頭が痛む。
私は頭痛に耐えながら、横になったままあたりを見回した。室内の装飾スタイルからかつて生きていた時代に送られたようだ。
(この世に戻ってきたということは、あの御方に願いを受け入れていただけたようね)
嘘ではなかったようだ。
私はエリアナ・ヨレンテは生き返ったのだ!
復讐を遂げるために。
(だけど、この騒がしい女性は誰なのかしら)
私の侍女に彼女のような人物はいなかったはずだが……。
半死の状態から蘇ったのは珍しいことだ。けれど、ここまで泣き騒がれては煩わしいだけだ。
私はみじろぎ、女性に目をやる。
小太りで人の良さそうな五十がらみの女性だ。悪意なくただひたすら私の覚醒を喜んでいるようだった。
(一体、誰なの?)
何度見ても、やはり見覚えはない。
「……お願い。静かにして。声が頭に響くの」
しばらく声を出していないせいか掠れている。
(ん? 声が違う?)
掠れてはいるが自分の記憶の中の声よりも高く可愛らしい。
私はウェステ伯爵家の当主として生きるために(つまり男性に軽んじられないように)、落ち着いた所作を心がけていた。声さえも、できるだけ調子を下げるようにしていたのだ。
娘らしさなど感じさせないように。事情を知らぬ者からは冷たいと指摘されるほどだった。
「あああ! お嬢様!」
女性は私の言葉に反応し、さらに声量を上げ号泣する。
「本当にご無事でよろしゅうございました。神はお嬢様をお見捨てにはならなかった。神に感謝いたします」
喜んでくれているらしい。が、何故これほどまで喜ぶのだろう。
私とこの女性は知り合いではない。私のことをここまで心配される謂れはないだろう。
(それにうるさすぎるわ。使用人に不快な思いをさせられるなんて……)
気持ちのいいことではない。
私はマンティーノスを治めるウェステ女伯爵だ。私は大きく息をはき、
「あなた、下がってくれる? 静かに過ごしたいの」
「お……お嬢様???」
女性は明らかにショックを受けたようだ。顔色を失い肩を震わせた。
「聞こえたでしょう? すぐに出……」
「フェリシア。そんな風にいってはならない」
左側のベットサイドから若い男性の諌める声がする。
(フェリシア?)
いや。私はエリアナだ。
フェリシアとは誰のことだろう?
私は声の方へ顔を向ける。
「ビカリオ夫人はきみを心から思ってくれているこの家で唯一の人じゃないか。どんな時でも大事にしなければならないよ」
ヘーゼルの瞳と淡い栗色の髪をした男性が非難がましく私を見つめていた。
驚くほどに整った顔立ち。涼やかな光を宿す瞳は濃い隈《くま》で縁取られ、ぱっと見でもかなり憔悴しているのが分かる。
(なんて……きれいな人かしら)
ヨレンテ家も容姿が整ったと知られる家だが、これほどの者は家人にいない。
男性はビカリオと呼ばれた女性に「夫人。伯爵にフェリシアが目覚めたと知らせてきてくれ。くれぐれも騒ぎ立てないように」と丁寧に指示し退室を促すと、再びこちらを向く。
「フェリシア」
(フェリ……シア? さっきから誰のことをいってるの?)
「フェリ、シアって?」
「きみが騒がしいのを苦手としていることは知っている。でもビカリオ夫人のことは許してやってほしい。夫人はきみのことを心から愛しているんだ」
それにいつ死んでしまってもおかしくない状態だったんだよ、と男は私の手を握りながらいう。
「もう十日も意識がなかったんだ。このまま目覚めなかったらと生きた心地がしなかった。本当によかった」
「十日……?」
殺されてから、十日も経っていると??
「覚えていないのか……。きみは事故にあったんだ。落馬したんだよ。渓谷を遠乗り中にね、急に飛び出してきた狐に驚いて馬が暴れ出したんだ。酷い事故でそのまま死んでもおかしくなかった」
「うそよ、そんな……」
毒杯をあおらされ、死んだのだ。
私は瞼を閉じた。
ゆっくり息を吸い、静かに吐く。冷静になる必要がある。
(何故だかわからないけど、私は今、フェリシアと呼ばれている)
ということエリアナ・ヨレンテではないということだ。
(別人として生き返ったということね)
私は生きかえることを望んだはずだ。
全てを取り戻すために。
なのに、なぜ私は別人になっているのだ?
なぜエリアナ・ヨレンテではなくなっているのだ?
木漏れ日の差し込む部屋に女性の金切声が響き渡った。
体格のいい中年女性が涙ぐみながら、床にへたり込む。
「お嬢様がお目覚めになられるなんて。本当に、本当にようございました……」
女性はぐずぐずと音を立てて鼻をすすった。
あまりの大きさに私は寝台に横になったまま眉を歪める。
(……騒がしいわ。頭に響く。静かにしてくれないかしら)
今、私は目覚めたばかりだ。いや、正しくは現世に戻ってきたばかりなのだ。
そのせいかひどく頭が痛む。
私は頭痛に耐えながら、横になったままあたりを見回した。室内の装飾スタイルからかつて生きていた時代に送られたようだ。
(この世に戻ってきたということは、あの御方に願いを受け入れていただけたようね)
嘘ではなかったようだ。
私はエリアナ・ヨレンテは生き返ったのだ!
復讐を遂げるために。
(だけど、この騒がしい女性は誰なのかしら)
私の侍女に彼女のような人物はいなかったはずだが……。
半死の状態から蘇ったのは珍しいことだ。けれど、ここまで泣き騒がれては煩わしいだけだ。
私はみじろぎ、女性に目をやる。
小太りで人の良さそうな五十がらみの女性だ。悪意なくただひたすら私の覚醒を喜んでいるようだった。
(一体、誰なの?)
何度見ても、やはり見覚えはない。
「……お願い。静かにして。声が頭に響くの」
しばらく声を出していないせいか掠れている。
(ん? 声が違う?)
掠れてはいるが自分の記憶の中の声よりも高く可愛らしい。
私はウェステ伯爵家の当主として生きるために(つまり男性に軽んじられないように)、落ち着いた所作を心がけていた。声さえも、できるだけ調子を下げるようにしていたのだ。
娘らしさなど感じさせないように。事情を知らぬ者からは冷たいと指摘されるほどだった。
「あああ! お嬢様!」
女性は私の言葉に反応し、さらに声量を上げ号泣する。
「本当にご無事でよろしゅうございました。神はお嬢様をお見捨てにはならなかった。神に感謝いたします」
喜んでくれているらしい。が、何故これほどまで喜ぶのだろう。
私とこの女性は知り合いではない。私のことをここまで心配される謂れはないだろう。
(それにうるさすぎるわ。使用人に不快な思いをさせられるなんて……)
気持ちのいいことではない。
私はマンティーノスを治めるウェステ女伯爵だ。私は大きく息をはき、
「あなた、下がってくれる? 静かに過ごしたいの」
「お……お嬢様???」
女性は明らかにショックを受けたようだ。顔色を失い肩を震わせた。
「聞こえたでしょう? すぐに出……」
「フェリシア。そんな風にいってはならない」
左側のベットサイドから若い男性の諌める声がする。
(フェリシア?)
いや。私はエリアナだ。
フェリシアとは誰のことだろう?
私は声の方へ顔を向ける。
「ビカリオ夫人はきみを心から思ってくれているこの家で唯一の人じゃないか。どんな時でも大事にしなければならないよ」
ヘーゼルの瞳と淡い栗色の髪をした男性が非難がましく私を見つめていた。
驚くほどに整った顔立ち。涼やかな光を宿す瞳は濃い隈《くま》で縁取られ、ぱっと見でもかなり憔悴しているのが分かる。
(なんて……きれいな人かしら)
ヨレンテ家も容姿が整ったと知られる家だが、これほどの者は家人にいない。
男性はビカリオと呼ばれた女性に「夫人。伯爵にフェリシアが目覚めたと知らせてきてくれ。くれぐれも騒ぎ立てないように」と丁寧に指示し退室を促すと、再びこちらを向く。
「フェリシア」
(フェリ……シア? さっきから誰のことをいってるの?)
「フェリ、シアって?」
「きみが騒がしいのを苦手としていることは知っている。でもビカリオ夫人のことは許してやってほしい。夫人はきみのことを心から愛しているんだ」
それにいつ死んでしまってもおかしくない状態だったんだよ、と男は私の手を握りながらいう。
「もう十日も意識がなかったんだ。このまま目覚めなかったらと生きた心地がしなかった。本当によかった」
「十日……?」
殺されてから、十日も経っていると??
「覚えていないのか……。きみは事故にあったんだ。落馬したんだよ。渓谷を遠乗り中にね、急に飛び出してきた狐に驚いて馬が暴れ出したんだ。酷い事故でそのまま死んでもおかしくなかった」
「うそよ、そんな……」
毒杯をあおらされ、死んだのだ。
私は瞼を閉じた。
ゆっくり息を吸い、静かに吐く。冷静になる必要がある。
(何故だかわからないけど、私は今、フェリシアと呼ばれている)
ということエリアナ・ヨレンテではないということだ。
(別人として生き返ったということね)
私は生きかえることを望んだはずだ。
全てを取り戻すために。
なのに、なぜ私は別人になっているのだ?
なぜエリアナ・ヨレンテではなくなっているのだ?
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