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11話 マウントとっちゃいます?
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ルーゴ伯爵家は古い歴史を持つ家門だ。
王都の守備を受け持ち『王家の盾』とも呼ばれており、内乱のどさくさに紛れて平民から成り上がったヨレンテ家とは比べ物にならない由緒正しい家柄である。
そんな立派な家の異端児……がフェリシアだ。
(名家の総領夫人がしでかした不祥事の結果ですものね)
無い者として扱われるのも仕方のないことかもしれない。
「大丈夫か? フィリィ」
察したレオンが心配そうにこちらを覗き込んだ。
「本邸ではいい思い出がないと以前言ってたし、きついんじゃないの?」
「……平気。記憶がない分、楽よ」
私は本宅のエントランスポーチの前にたち、深呼吸する。
口ではそう言ったが、本当のところは怖くてならなかった。本邸に着いてから足の震えが止まらない。
(ボリュームのあるドレスでよかった)
情けないこの姿を隠してくれている。
フェリシアの記憶はない。
けれど“体”の記憶は残っていた。
(この屋敷でどんな仕打ちがされていたのか、話を聞かなくてもわかるわ)
暴言と暴力、そして無視。
幼い子供にはどれも辛く厳しい体験だ。
少しでも気を抜くと、陰鬱な気持ちに取り込まれてしまいそうになる。
私はレオンの腕を握りしめた。
(ここで引き下がるわけにもいかないの)
ヨレンテ家を取り戻す使命がある。
「これはフェリシアお嬢様」
私の顔を認めた執事が急いで扉を開け屋敷に招き入れられた。
通された先は“最下級の客用の”鄙びた客間だった。
(居間ではなくあえてこの客間ってところがね……)
嫌味ったらしいというか、何というか。
家族や身内であるならば居間に通すのが自然なところの喜ばざる客扱い。
メンタルが少しずつ削られていく気がする。
(こんな扱いを使用人からもされてたら居心地悪いわよね。フェリシアも大変だったわね)
差別はあるだろうが、ここまでとは想像もしていなかった。まさかの使用人までがフェリシアを軽く扱うとは。
ルーゴ伯爵家の使用人教育は徹底されているようだ。
(実母を亡くした後、たった一人でこの仕打ちに耐えていたフェリシアを心から尊敬するわ)
私でもこの屈辱に耐えられたかどうか……。
ただ。
唯一救いもあった。
私以外の他人への対応はとても丁寧なのだ。
同行しているレオンに対して無礼を働いたらとんでもないことになるところだったのだが(貴族の社会では自分よりも上位者に対して許されない。使用人の罪は雇い主の罪になる)、正しいマナーで接客している。
レオンは公爵家の跡取り息子だ。その点だけは評価できるかな。
(できれば私にも同じくらいの尊敬を持って対応して欲しいけど)
と、テーブルに置かれた茶碗の客数に眉をひそめた。
テーブルの上に腕は一つ。たった一つだけ。
つまりはレオンのだけ。
(子供の嫌がらせかしら)
程度が低すぎて頭痛がする。
「フィリィ。侍従がお茶淹れてくれたよ。飲んで?」
レオンが自分の茶碗を私の前に置いた。
「……ありがとう」
私は出された茶を一口のみ、あまりの美味しさに目をみはる。
フェリシアはもちろん、エリアナ時代でも飲んだことがない最高級の茶葉だ。まろやかなのに喉越しはすっきりとしている。
「美味しい?」
「うん、とっても」
「よかった。フィリィが美味しいものを食べている時の顔、いいね。すごく可愛い」
「んん??」
なぜ?
突然何を言い出す??
私の戸惑いをよそに、レオンは惚れ惚れするほどに優しい視線を私に向ける。
レオンの笑顔が甘い。
まるで私のことを心から好いているかのようだ。
(政略な関係なのに、ありえないでしょ……)
背中がゾワゾワする。
どうしたというのだ。
「あら……」
背後から女性の声がし慌てて振りかえった。
彫刻が施された扉の前に、金髪の女性が困惑した表情で立っている。
女性を確認するとレオンはわざとらしく片眉だけを上げ、
「カロリーナ嬢。僕と婚約者のひと時を邪魔しないでもらいたいんだが?」
「……失礼いたしました。我が家でアンドーラ子爵様のそんなお姿を拝見させていただくことになろうとは思いませんでしたので」
女性――レオンの予習によれば三つ年上の姉カロリーナであるらしい――は、苦々しげに私を一瞥するとレオンの前で優雅に礼をする。
「ごきげんよう、アンドーラ子爵様」
ルーゴ伯爵の正式な娘であるカロリーナは美貌の持ち主だ。
三年前、社交界デビューしたその時から瞬く間に社交界を席巻し、今では舞踏会の華の一人に数えられているほどだ。
エリアナとしては何度か顔を合わしてことがある。
その時も同性から見てもとても美しい人だと思ったものだ。
今日も輝かんばかりの金髪を優雅に編み込み贅沢なレースで飾られた流行のスタイルのドレス姿は目が冴えるほど綺麗である。……抜かりない完璧な淑女とはこういう人を言うんだろう。
私は立ち上がり頭を下げる。
「カロリーナお姉様。お久しゅうございます。突然の訪問なのにお姉様直々にお出迎えしていただけるなんて、フェリシアは幸せです」
カロリーナは顔を背け、横目でこちらを伺う。
「ルーゴの面汚しがまだ生きていたのね」
「……おかげさまで。無事回復いたしました。今日はお父様とお話があって伺ったのですが、どちらに?」
「後でいらっしゃるでしょう」と言うと、カロリーナはドレスの袖で口と鼻をおおう。
「それよりもフェリシア。あなたからひどい臭いがするのだけど。牛や豚の……何だったかしら。そうよ。堆肥の香り! ここまで臭ってくるわ。臭くてたまらない」
おや。先制攻撃ですか。
物理的にはきちんとお風呂にも入っているし、居室の換気も十分。フレグランスにも拘っている。堆肥の香りが染み付くなんてことはない。
ひどい言いがかりだ。
(そこまでして優位に立ちたいのね)
カロリーナは美しい外見でも中身が残念だという良い見本かもしれない。
「お姉様、私もこの家の娘です。用がないと本邸を尋ねてはいけませんか?」
「当たり前でしょ。平民が気楽に訪れることのできる場所じゃないの。とっととあなたの巣に戻りなさいな」
穏やかだが言葉はひどい。
フェリシアならばそのまま受け取って泣くだけだったのだろう。だけど、私はフェリシアとは違う。
やり返してやろうじゃないの。
王都の守備を受け持ち『王家の盾』とも呼ばれており、内乱のどさくさに紛れて平民から成り上がったヨレンテ家とは比べ物にならない由緒正しい家柄である。
そんな立派な家の異端児……がフェリシアだ。
(名家の総領夫人がしでかした不祥事の結果ですものね)
無い者として扱われるのも仕方のないことかもしれない。
「大丈夫か? フィリィ」
察したレオンが心配そうにこちらを覗き込んだ。
「本邸ではいい思い出がないと以前言ってたし、きついんじゃないの?」
「……平気。記憶がない分、楽よ」
私は本宅のエントランスポーチの前にたち、深呼吸する。
口ではそう言ったが、本当のところは怖くてならなかった。本邸に着いてから足の震えが止まらない。
(ボリュームのあるドレスでよかった)
情けないこの姿を隠してくれている。
フェリシアの記憶はない。
けれど“体”の記憶は残っていた。
(この屋敷でどんな仕打ちがされていたのか、話を聞かなくてもわかるわ)
暴言と暴力、そして無視。
幼い子供にはどれも辛く厳しい体験だ。
少しでも気を抜くと、陰鬱な気持ちに取り込まれてしまいそうになる。
私はレオンの腕を握りしめた。
(ここで引き下がるわけにもいかないの)
ヨレンテ家を取り戻す使命がある。
「これはフェリシアお嬢様」
私の顔を認めた執事が急いで扉を開け屋敷に招き入れられた。
通された先は“最下級の客用の”鄙びた客間だった。
(居間ではなくあえてこの客間ってところがね……)
嫌味ったらしいというか、何というか。
家族や身内であるならば居間に通すのが自然なところの喜ばざる客扱い。
メンタルが少しずつ削られていく気がする。
(こんな扱いを使用人からもされてたら居心地悪いわよね。フェリシアも大変だったわね)
差別はあるだろうが、ここまでとは想像もしていなかった。まさかの使用人までがフェリシアを軽く扱うとは。
ルーゴ伯爵家の使用人教育は徹底されているようだ。
(実母を亡くした後、たった一人でこの仕打ちに耐えていたフェリシアを心から尊敬するわ)
私でもこの屈辱に耐えられたかどうか……。
ただ。
唯一救いもあった。
私以外の他人への対応はとても丁寧なのだ。
同行しているレオンに対して無礼を働いたらとんでもないことになるところだったのだが(貴族の社会では自分よりも上位者に対して許されない。使用人の罪は雇い主の罪になる)、正しいマナーで接客している。
レオンは公爵家の跡取り息子だ。その点だけは評価できるかな。
(できれば私にも同じくらいの尊敬を持って対応して欲しいけど)
と、テーブルに置かれた茶碗の客数に眉をひそめた。
テーブルの上に腕は一つ。たった一つだけ。
つまりはレオンのだけ。
(子供の嫌がらせかしら)
程度が低すぎて頭痛がする。
「フィリィ。侍従がお茶淹れてくれたよ。飲んで?」
レオンが自分の茶碗を私の前に置いた。
「……ありがとう」
私は出された茶を一口のみ、あまりの美味しさに目をみはる。
フェリシアはもちろん、エリアナ時代でも飲んだことがない最高級の茶葉だ。まろやかなのに喉越しはすっきりとしている。
「美味しい?」
「うん、とっても」
「よかった。フィリィが美味しいものを食べている時の顔、いいね。すごく可愛い」
「んん??」
なぜ?
突然何を言い出す??
私の戸惑いをよそに、レオンは惚れ惚れするほどに優しい視線を私に向ける。
レオンの笑顔が甘い。
まるで私のことを心から好いているかのようだ。
(政略な関係なのに、ありえないでしょ……)
背中がゾワゾワする。
どうしたというのだ。
「あら……」
背後から女性の声がし慌てて振りかえった。
彫刻が施された扉の前に、金髪の女性が困惑した表情で立っている。
女性を確認するとレオンはわざとらしく片眉だけを上げ、
「カロリーナ嬢。僕と婚約者のひと時を邪魔しないでもらいたいんだが?」
「……失礼いたしました。我が家でアンドーラ子爵様のそんなお姿を拝見させていただくことになろうとは思いませんでしたので」
女性――レオンの予習によれば三つ年上の姉カロリーナであるらしい――は、苦々しげに私を一瞥するとレオンの前で優雅に礼をする。
「ごきげんよう、アンドーラ子爵様」
ルーゴ伯爵の正式な娘であるカロリーナは美貌の持ち主だ。
三年前、社交界デビューしたその時から瞬く間に社交界を席巻し、今では舞踏会の華の一人に数えられているほどだ。
エリアナとしては何度か顔を合わしてことがある。
その時も同性から見てもとても美しい人だと思ったものだ。
今日も輝かんばかりの金髪を優雅に編み込み贅沢なレースで飾られた流行のスタイルのドレス姿は目が冴えるほど綺麗である。……抜かりない完璧な淑女とはこういう人を言うんだろう。
私は立ち上がり頭を下げる。
「カロリーナお姉様。お久しゅうございます。突然の訪問なのにお姉様直々にお出迎えしていただけるなんて、フェリシアは幸せです」
カロリーナは顔を背け、横目でこちらを伺う。
「ルーゴの面汚しがまだ生きていたのね」
「……おかげさまで。無事回復いたしました。今日はお父様とお話があって伺ったのですが、どちらに?」
「後でいらっしゃるでしょう」と言うと、カロリーナはドレスの袖で口と鼻をおおう。
「それよりもフェリシア。あなたからひどい臭いがするのだけど。牛や豚の……何だったかしら。そうよ。堆肥の香り! ここまで臭ってくるわ。臭くてたまらない」
おや。先制攻撃ですか。
物理的にはきちんとお風呂にも入っているし、居室の換気も十分。フレグランスにも拘っている。堆肥の香りが染み付くなんてことはない。
ひどい言いがかりだ。
(そこまでして優位に立ちたいのね)
カロリーナは美しい外見でも中身が残念だという良い見本かもしれない。
「お姉様、私もこの家の娘です。用がないと本邸を尋ねてはいけませんか?」
「当たり前でしょ。平民が気楽に訪れることのできる場所じゃないの。とっととあなたの巣に戻りなさいな」
穏やかだが言葉はひどい。
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