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12話 投げたブーメランは戻ってくる。

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 私は肩を落とし、いかにも傷ついたふりをする。


「例え許されない存在だとしても、たった一人の異父妹いもうとなのに。……そんな風におっしゃらなくてもいいのではありませんか?」

「フェリシア。あなた私に口ごたえするの?」


 カロリーナは忌々しげに顔を背けた。


「あなたのその黒髪と瞳。意味がわかって言っているの? あなたが生まれたばかりに、誇り高いルーゴ伯爵家は名を落とすことになったのよ!」


 ルーゴ伯爵家は金髪と赤毛が特徴だ。
 この髪色で父親が違うということが表沙汰になった……らしいし。
 でも。


(私にはどうしようもないことだわ)


 親は選べないのだ。
 それにフェリシアのことは公にはされていない。社交界デビューすらしていないのだ。世間では存在していないというのに、どうやって家名に泥を塗るというのか。

 私は悲しみに耐えられないとばかりにゆっくりと首を振る。


「はぁ……。お姉様。私はそれほどに悪しき者なのでしょうか。どれだけ辛くあたられても耐え、ただ静かに生きているだけなのに。私にはそれすら許されないのでしょうか」


 ふいに一筋の涙が頬を伝う。
 言いながら感情が昂ってしまっていた。
 うん。演技にしては上出来だ。


!」


 空気を読んだレオンが慌てて私の涙を拭う。そしてカロリーナに冷ややかな一瞥を浴びせた。


「カロリーナ。今時、庶子など珍しいものではないだろう。フェリシアは僕の婚約者だ。これ以上責めるな」


(さすがレオン)


 冷たい口調とは対称的に、レオンの口角が微かに上がっている。
 どうやらこの状況を楽しんでいるようだ。全く肝がすわっている。


「大丈夫か? フィリィ」
「ありがとう。平気よ。レオン」


 潤んだ目で見上げると、レオンは満面の笑みで頷いた。


 (そもそもカディスでの恋愛は上級階級の既婚者の嗜みでしょ)


 名門であろうが例外ではない。第一、最高位にある王家にも王位継承権は持たない庶子がいるではないか。
 トップに座す王族からしてそうなのだ。

 貴族達、誇り高いというルーゴ伯爵家も推して知るべしだ。


(ルーゴのご先祖様にもいるでしょうに)


 カロリーナとは特に接することなく生きてきたのに、なぜこれほどにまで虐げられるのか分からない。
 演じながら本物の怒りが湧いてきた。


「お姉様。私が好き好んでこの立場で生まれたわけではありません。生まれは自分では選べないものです。私にはどうしようもないことで責められても困ります」

「いいこと。私はあなたの存在自体が気に食わないのよ。私だけじゃない。本邸の人は皆そう思ってるわ。家族だけでなく、使用人もね」


 使用人は雇い主の教育の末でしょうに……と喉元まで出かかったが、何とか飲み込む。


(これは言いたくなかったけど)


 ここまでボロクソに言われたんだから、遠慮はいらないんじゃないかな。
 もう明かしてもいい気がする。

 私はレオンから離れ、カロリーナに顔を寄せ耳元で囁いた。


「あなたの大切なお父様も侍女の子じゃないですか」


 カロリーナは一瞬にして顔色を失った。


「は?? フェリシア、あなた何を……」


 声が震えている。


(やっぱり。図星だ)


 私がまだ自由に動けなかった時、ビカリオ夫人が世間話を交えながら教えてくれた(というか臭わしてくれた)のだ。


 ――ルーゴ伯爵、カロリーナの父親の出生の秘密を。


 夫人によれば先代ルーゴ伯爵と正夫人の間には子がいなかったらしい。
 悩みに悩んだ先代の正夫人が『貴族の嗜み』として侍女を夫に差し出した。
 やがで侍女は子を産み、その子は実子として育てられたのだ。

 長じて現ルーゴ伯爵カルロ・セラノの出来上がりというわけだ。


庶子わたしへのいじめはカロリーナのコンプレックスの裏返しね)


 分かってはいるけど。
 腹立たしいのはどうにもできない。
 エリアナを経てのフェリシアとしての人生だけれども、人間としてはまだまだらしい。


「カロリーナお姉様。私を必要以上に卑しめるのは、お姉様も平民の血が流れているからなのでしょう? 私と同じではないですか。庶子に縁がある同士、仲良くしませんか?」

「フェ、フェリシア! 根も葉も無いことを言うんじゃ無いわよ。お前はなんて下品なの!!」


 カロリーナは絶叫する。


「あら。お姉様こそ。他人ではなく異父妹いもうとを出自で差別するなんて大概卑しいと思いますけど」


 言い返すこともできないカロリーナはドレスの裾を握りしめ、私ではなくレオンに詰め寄った。


「子爵! こんな品のない女と……どうして婚約なさったのですか! 以前よりフェリシアはどうしようもなく酷かったですけど、今は別人のように卑劣です! 子爵には相応しくありません!」


(え。そこ?)


 なぜ異父姉は婚約の話を出してくるのだ?
 今は私とやりあっていたはずだが……。


「お父様がマッサーナ家に結婚を申し込んだのは、フェリシアではなく私とあなたの婚約を成すためだったのですのに! それなのに、なぜ私ではなくフェリシアをお選びになられたのですか! あなたの隣は私の席ではありませんか」


 あぁそうか。


(カロリーナはレオンのことが好きなのね)


 フェリシアとレオンは幼馴染と聞いたけれど、レオンがフェリシアとだけ幼馴染であるわけではないだろう。
 サグント侯爵家とルーゴ伯爵家は家同士の付き合いがあったと考えるのが自然だ。

 歳も近い二人だ。

 カロリーナの取り乱し具合から、むしろ密かに付き合ったりしていたのかもしれない。結婚する気でいたのに、眼中になかった私に攫われたということか。


(そりゃ悔しいわね。私に厳しかったはずだわ)


 でも同情はできないけど。

 レオンは心底興味なさそうに「あぁそうだったかな」と応えると、またしても私を引き寄せこれみよがしに額にキスをする。


「悪いね、カロリーナ。僕は昔から結婚するならばフェリシアと決めていたんだよ」


(ええ??)


 これは初耳だ。
 貴族の結婚は家のためでもある。
 嫡子がいる場合、私生児の娘などなんの役にも立たないというのに、サグント侯爵家の嗣子が伯爵家の私生児と婚約するって自体がおかしな話だったのだ。


(この婚約、レオンが強行したのね)


 でもレオンの選択だといえ何故虐げられていたフェリシアが選ばれたのだろう。
 何か理由があるはずだ。


「嘘でしょ……」


 思いを寄せていた相手から想像もしていなかった一切熱のこもらない言葉を浴び、カロリーナは唇を振るわせる。


「レオン。私の何がダメだったの? 私とあなたはお互い……」

「そろそろ終いにしてくれないか」


 鬱陶しげに言葉を遮るとレオンはひどく低く感情のこもらない口調で告げた。


「あなたは僕を欲していたかもしれないが、僕は一度たりともあなたを望んだ覚えはない。僕が欲しいのはフェリシアだけだ」
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