13 / 102
13話 ルーゴ伯爵家の一員とは認めない。
しおりを挟む
「レオン、ひどいわ……」
カロリーナは床にへたり込んだ。
華奢な体が大きく揺れ、嗚咽が漏れる。
「ついこの間まではお優しかったのに。誰よりもお優しかったのに。どうして豹変されてしまったのですか??」
「あなたの優しさの基準がどうなのかはわからないけれど、淑女には優しくするのが紳士のマナーだと思うんだが?」
レオンは飄々と言い捨てる。
(あー、これは)
カロリーナからフェリシアに乗り換えたのか?
それともカロリーナがレオンの優しさを勘違いしていたということか?
顔面が素敵な男子に優しくされたら誰でも恋しちゃうのもわからないでもない。
だけど、レオンはきっと分かっていて利用している。
(レオンは人でなしなのね)
一体、何をやらかしたのだろう。
女性としては付き合いたくもないタイプの男性だが、フェリシアの婚約者である。
これからのことを考えれば、レオンとの婚約を解消するわけにもいかず痛み痒しだ。
「カロリーナ! ここで何をしているのだ」
扉が開くとともに、壮年の男性が現れた。
金色の髪にカロリーナとよく似た面差し。……ルーゴ伯爵に違いない。
伯爵は私とレオンを認めると、侍従に立ち上がることすら出来ない娘の退席を手伝うように指示し、横柄に着座した。
「アンドーラ子爵。娘が失礼をしたようですね。お目汚し、失礼いたしました」
「構いませんよ、伯爵。ヒステリーを起こしただけでしょう。女性にはよくあることです」
伯爵はちらりと私を見た。
フェリシアに何の興味もないのだろう。まるで使用人を選別するような乾いた眼差しだ。
「フェリシア。快復したのだな」
「はい、お父様。すっかり元気になりました」
私は立ち上がりドレスをつまんでお辞儀をする。
エリアナとしてもフェリシアとしても久しぶりに会う伯爵だ。礼儀だけはちゃんとしておかないといけない。
「頭を打ち瀕死であると聞いていたが、何とも無いようだな。めでたいことだ。ところで今日は何の用で母家に来たのだ?」
自分よりも目上のレオンの手前、したくもないのに相手をせねばならないといった風である。
この人もそうなのか。
血は繋がっていないが表向きは娘である私の訪問すら許せないのか……。
(妻の不義の子だもの。顔も見たくないのね)
しかも愛する妻はフェリシアを産んで亡くなったのだ。
伯爵にとってフェリシアは憎悪の対象でしかないのだろう。
相手から憎まれているってわかっていて対峙するのも勇気がいる。
でも。
一歩踏み出すしかない。
「お父様。今日はお願いがあって参りました」
「……言ってみなさい」
侍従が入れ直した茶をゆっくりと飲み、心を落ち着かせた。
なるだけ上品に、とびっきりの貴婦人のように振る舞う。
「この度、思いもよらない事故にあい死に臨みました。目覚めてから数日、人生を顧みたのです。何と実のない人生だったのかと反省いたしました。これからは本来ある人生を歩んでいきたいと思っております」
「本来ある人生?」
伯爵の手が止まる。
「はい。一人の女性として尊重される人生です。軽んじられることも蔑まれることもなく、安全な環境で自由に生活がしたいのです」
「……東の庭園が不満か。お前の立場からすれば十分だろう。それ以上を望むのは分不相応なことだ」
にべも無い。
「わかりました。では住環境は望みません。ただ一つだけ認めていただきたいのです。これだけを承諾していただければ、私は二度とお父様の前に現れません」
住環境はどうでもいい(どうせ結婚して出て行く場所であるのだ)。本題はこっちのほうだ。
私は背筋を伸ばし、
「私をルーゴ伯爵家の籍に入れていただきたいのです」
籍に入れてもらえれば、一人の人間として世間に認められることになる。
社交界にデビューすることも可能だ。
ウェステ伯爵家を取り戻すためには、まず貴族であることが必要である。いくらヨレンテの容姿であっても身分が平民のままでは意味がないのだ。
「おかしなことを言う。我が家の血を継いでいないお前を我が家門に入れろと?」
「はい。血は繋がっていませんが、法的には私はお父様とお母様の子ですから」
婚姻関係にあった夫婦の間に生まれたのだ。
何の問題があるだろう。
「天下のサグント侯爵家跡取りの婚約者が戸籍に載っていないことが公になれば、ルーゴ伯爵家としては大いにお困りになると思います。結婚の準備が始まる前に、はっきりさせておいたほうがお互いに都合が良いでのはありませんか」
「待て。フェリシア。お前は間違っている。子爵から婚約承諾をもらったのは、わずか2ヶ月前のことだ。その後にお前が事故に遭ってしまったのでな。王家への婚姻申請も止めている。現状、お前は正式には子爵の婚約者では無いのだ」
2ヶ月?
婚約したのは、そんなに直近だったのか。
しかも内定状態だったなんて……。
(聞いてないんだけど?)
私はレオンを睨む。レオンは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「しかし……そうだな。確かにお前の言い分も一理あるだろう」
伯爵は侍従に紙とペンを持って来させ、何かしらを書きつけた。
「フェリシア。例えお前が子爵にどれだけ愛されていようとも、今のままで伯爵家の娘にする気はない」
愚鈍で脆弱なフェリシアを家門に招き入れるわけにはいかない。
サグント侯爵家が王家から婚約許可を得るまでにルーゴの人間だと認めさせることだと、伯爵は私に告げた。
カロリーナは床にへたり込んだ。
華奢な体が大きく揺れ、嗚咽が漏れる。
「ついこの間まではお優しかったのに。誰よりもお優しかったのに。どうして豹変されてしまったのですか??」
「あなたの優しさの基準がどうなのかはわからないけれど、淑女には優しくするのが紳士のマナーだと思うんだが?」
レオンは飄々と言い捨てる。
(あー、これは)
カロリーナからフェリシアに乗り換えたのか?
それともカロリーナがレオンの優しさを勘違いしていたということか?
顔面が素敵な男子に優しくされたら誰でも恋しちゃうのもわからないでもない。
だけど、レオンはきっと分かっていて利用している。
(レオンは人でなしなのね)
一体、何をやらかしたのだろう。
女性としては付き合いたくもないタイプの男性だが、フェリシアの婚約者である。
これからのことを考えれば、レオンとの婚約を解消するわけにもいかず痛み痒しだ。
「カロリーナ! ここで何をしているのだ」
扉が開くとともに、壮年の男性が現れた。
金色の髪にカロリーナとよく似た面差し。……ルーゴ伯爵に違いない。
伯爵は私とレオンを認めると、侍従に立ち上がることすら出来ない娘の退席を手伝うように指示し、横柄に着座した。
「アンドーラ子爵。娘が失礼をしたようですね。お目汚し、失礼いたしました」
「構いませんよ、伯爵。ヒステリーを起こしただけでしょう。女性にはよくあることです」
伯爵はちらりと私を見た。
フェリシアに何の興味もないのだろう。まるで使用人を選別するような乾いた眼差しだ。
「フェリシア。快復したのだな」
「はい、お父様。すっかり元気になりました」
私は立ち上がりドレスをつまんでお辞儀をする。
エリアナとしてもフェリシアとしても久しぶりに会う伯爵だ。礼儀だけはちゃんとしておかないといけない。
「頭を打ち瀕死であると聞いていたが、何とも無いようだな。めでたいことだ。ところで今日は何の用で母家に来たのだ?」
自分よりも目上のレオンの手前、したくもないのに相手をせねばならないといった風である。
この人もそうなのか。
血は繋がっていないが表向きは娘である私の訪問すら許せないのか……。
(妻の不義の子だもの。顔も見たくないのね)
しかも愛する妻はフェリシアを産んで亡くなったのだ。
伯爵にとってフェリシアは憎悪の対象でしかないのだろう。
相手から憎まれているってわかっていて対峙するのも勇気がいる。
でも。
一歩踏み出すしかない。
「お父様。今日はお願いがあって参りました」
「……言ってみなさい」
侍従が入れ直した茶をゆっくりと飲み、心を落ち着かせた。
なるだけ上品に、とびっきりの貴婦人のように振る舞う。
「この度、思いもよらない事故にあい死に臨みました。目覚めてから数日、人生を顧みたのです。何と実のない人生だったのかと反省いたしました。これからは本来ある人生を歩んでいきたいと思っております」
「本来ある人生?」
伯爵の手が止まる。
「はい。一人の女性として尊重される人生です。軽んじられることも蔑まれることもなく、安全な環境で自由に生活がしたいのです」
「……東の庭園が不満か。お前の立場からすれば十分だろう。それ以上を望むのは分不相応なことだ」
にべも無い。
「わかりました。では住環境は望みません。ただ一つだけ認めていただきたいのです。これだけを承諾していただければ、私は二度とお父様の前に現れません」
住環境はどうでもいい(どうせ結婚して出て行く場所であるのだ)。本題はこっちのほうだ。
私は背筋を伸ばし、
「私をルーゴ伯爵家の籍に入れていただきたいのです」
籍に入れてもらえれば、一人の人間として世間に認められることになる。
社交界にデビューすることも可能だ。
ウェステ伯爵家を取り戻すためには、まず貴族であることが必要である。いくらヨレンテの容姿であっても身分が平民のままでは意味がないのだ。
「おかしなことを言う。我が家の血を継いでいないお前を我が家門に入れろと?」
「はい。血は繋がっていませんが、法的には私はお父様とお母様の子ですから」
婚姻関係にあった夫婦の間に生まれたのだ。
何の問題があるだろう。
「天下のサグント侯爵家跡取りの婚約者が戸籍に載っていないことが公になれば、ルーゴ伯爵家としては大いにお困りになると思います。結婚の準備が始まる前に、はっきりさせておいたほうがお互いに都合が良いでのはありませんか」
「待て。フェリシア。お前は間違っている。子爵から婚約承諾をもらったのは、わずか2ヶ月前のことだ。その後にお前が事故に遭ってしまったのでな。王家への婚姻申請も止めている。現状、お前は正式には子爵の婚約者では無いのだ」
2ヶ月?
婚約したのは、そんなに直近だったのか。
しかも内定状態だったなんて……。
(聞いてないんだけど?)
私はレオンを睨む。レオンは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「しかし……そうだな。確かにお前の言い分も一理あるだろう」
伯爵は侍従に紙とペンを持って来させ、何かしらを書きつけた。
「フェリシア。例えお前が子爵にどれだけ愛されていようとも、今のままで伯爵家の娘にする気はない」
愚鈍で脆弱なフェリシアを家門に招き入れるわけにはいかない。
サグント侯爵家が王家から婚約許可を得るまでにルーゴの人間だと認めさせることだと、伯爵は私に告げた。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
折角転生したのに、婚約者が好きすぎて困ります!
たぬきち25番
恋愛
ある日私は乙女ゲームのヒロインのライバル令嬢キャメロンとして転生していた。
なんと私は最推しのディラン王子の婚約者として転生したのだ!!
幸せすぎる~~~♡
たとえ振られる運命だとしてもディラン様の笑顔のためにライバル令嬢頑張ります!!
※主人公は婚約者が好きすぎる残念女子です。
※気分転換に笑って頂けたら嬉しく思います。
短めのお話なので毎日更新
※糖度高めなので胸やけにご注意下さい。
※少しだけ塩分も含まれる箇所がございます。
《大変イチャイチャラブラブしてます!! 激甘、溺愛です!! お気を付け下さい!!》
※他サイト様にも公開始めました!
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる