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16話 あなたも私を裏切るのね。

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 レオンがルーゴ伯爵領エレーラを離れて1ヶ月。
 季節は夏に移り変わろうとしていた。

 この間、レオンからは全く連絡が届かなかった。
 かなりな無理難題を投げつけたためにレオンといえども手間取っているんだろうなとは想像できる。


(責任は私にあるものね。だけど)


 じれじれと待っているだけの自分に少しくらい気を遣ってもらってもいいんじゃないかと思う。
 政略的であっても私は婚約者なのだ。
 ほったらかすにも程ってものがある。


「便りがないのは順調なのでしょう。お嬢様はゆったりと構えていらっしゃればよろしいのです」とビカリオ夫人は朝食用のスープをテーブルに置いた。

「事故に遭われてから子爵はずっとお嬢様のそばにいらっしゃいましたし……。もしかしてお一人だとお寂しいのですか?」

「どうかしら」


 と関心がないと装ったものの、ビカリオ夫人の言葉が胸にきた。


(言葉にしてみると、そうね。レオンの顔が見れないのは寂しいのかもしれない)


 事故に遭いフェリシアに成り代わってからレオンはしばらく私のそばにいてくれた。
 不安でたまらなかった時に慰め支えてくれていたのは、血の繋がった家族ではなくビカリオ夫人とレオンだけだったのだ。


(エリアナの時も、あんなに親切な人はいなかったもの……)


 政略結婚の相手に対しても自然と思いやりをみせることが出来るのは、ある種の才能だろう。
 さすが社交界の女性が夢中になるだけはある。


(だけど)


 私はそっと唇に触れる。


(去り際にあんなことされて、気にかけないなんて出来ないでしょ……)


 二人の関係が良好だということを周囲にアピールするためのスキンシップや頬や額へのキス程度は許容できる。
 でも二人だけの時に唇に……は反則だ。
 しかもとても優しかったときた。


(私たちの関係は商売だって言いながらサラッとやっちゃうんだから。勘違いしてしまう)


 怖い。


 フェリシアとの間には友情しかないと言っていたが、このままレオンが親密な態度、例えそれが演技であったとしてもとり続けでもしたらエリアナは突き放すことができるのだろうか。


(多分、無理ね)


 私はきっと惹かれてしまうだろう。
 レオンは優れた容姿の持ち主。しかも地位もお金も持っている。
 女性ならば誰でもときめいてしまうはずだ。

 けれど絶対にそうなってはいけない。


(私の目標を忘れてはいけないわ)


 かつての家族に復讐をする。
 そのためにはレオンは商売のパートナーであるべきなのだ。特別な感情を抱いてはならない。弱点を作ってはいけない。


(レオンに心許さない)


 強く自分を持っておこう。
 私はフェリシアではない。エリアナなのだから。



「お食事中、申し訳ございません」


 スープが終わりパンに手をかけようとした時、ビカリオ夫人が私に耳打ちした。


「カロリーナ様がまたいらっしゃいました。いかがなさいますか?」


(どうせ大した用じゃないんだろうけど。勘弁して欲しいわ)


 なにせ朝早い上に朝食の途中なのだ。
 ゆっくりしたい時間ではないか……。
 正直面倒くさい。


「フェリシア。私が来たのよ。どうして迎えがないのかしら。これだから平民は嫌だわ」


 カロリーナは元気一杯に嫌味を放つ。
 今日も絶好調だ。


「不躾なのはお貴族様のカロリーナお姉様の方ではないですか。約束もなく朝1番に人の部屋に押しかけるなんて正気とは思えませんが?」


 淑女に訪問予約は必須でしょうに。


「……なんて口の利き方するの。あなたますます酷くなってるわよ。平民云々よりも女性としてどうなのかしら。あの時、死んだ方がルーゴの為に良かったと思わない?」

「いいえ。全く思いません」


(あぁ面倒くさすぎる)


 伯爵との面会ののち、私は家族の食事に招かれるようになっていた。
 伯爵のサグント侯爵令息の婚約者への配慮ということらしい。

 まだ家族として認められたわけではないので、居心地の良いものではないけれど、弱みを握られることを避けるために嫌なそぶりを見せず参加していた。

 だがそれが裏目に出た。

 カロリーナが何かと絡んでくるようになったのだ。
 わざわざ私の元へ現れては暴言を吐き、時には使用人に折檻することもあった。
 狙っていたレオンに手ひどく振られたストレス解消のいいはけ口とでも思われているのだろう。


(かといって簡単にはやられる気もないけどね)


 フェリシアならば言い返すこともできず泣き寝入りするだろうが、私はフェリシアとは違う。
 必要以上に摩擦がおこらないように注意しつつ、三度に一度程度で返り討つようにしていた。


(できれば昼間にして欲しかったわ……)


 朝はゆっくり過ごしたいではないか。


「それでお姉様はこの堆肥臭い荒屋に何の御用事でいらっしゃったのです? まさか私をいびるためではないでしょう?」


 カロリーナは小馬鹿にしたように私を見下し、


「そういえばあなた、レオンから連絡がないんですってね」

「レオン様は立場のある方ですから、お忙しいのです。お姉様のように暇ではないのです」

「ふふふ。強がっちゃって滑稽ね」


 手にしていた新聞を広げカロリーナは私に突き付けた。


「この記事、ご覧なさいよ。かわいそうにね、フェリシア。レオンの婚約者になれたと思ったのにねぇ?」


 インクの臭いがする真新しい新聞の紙面を食い入るように見つめる。
 一面にでかでかと載せられたタイトルには、


『サグント侯爵嗣子・アンドーラ子爵レオン・マッサーナ氏ついに婚約を発表。お相手はリェイダ男爵令嬢!』


 とあった。


「やっぱり遊ばれてたのね! そうだと思ってたわ。レオンがあなたを選ぶなんてあり得ないのよ。あなたは捨てられたのよ、フェリシア。ほんといい気味!!」

 
 カロリーナの侮蔑に満ちた言葉も何一つ私には聞こえなかった。

 リェイダ男爵令嬢?
 初めて聞く名だ。
 レオンは利用価値のない私を捨てて乗り換えるのだろうか……。
 私を捨てるのね。レオン。
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