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20話 成り上がるために必要なこと。
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「ビカリオ夫人。フェリシアと二人だけで過ごしたいんでね。侍女と僕の乗ってきた馬車に移動してもらえないかな」
レオンは有無を言わさず二人を馬車から下ろすと、御者に出発するようにと指示した。
御者も心得たもので小さく頷き、御者台と車内を繋ぐ小窓を閉める。
ほどなくして鞭がしなる音がして、馬車が動き出した。
「さぁ何から話そうか? フィリィ」
鷹揚に足を組みレオンは顎を突き出す。
とても偉そうな姿だが、見惚れるほどにかっこいい。
私は動揺を悟られないように咳払いし、
「そうね……。とりあえず1ヶ月も放ったらかしにされてたことは謝ってもらわなきゃ。便りもないし、王都から半日で来れる距離なのに一度も会いに来なかった。婚約者としてはひどいと思わない?」
「うん、そうだね。不誠実だった。ごめんね、フィリィ。実はね」
この1ヶ月。
レオンは本来の仕事に忙殺されていたらしい。
見た目同様に中身も優れているレオンは、サグント侯爵家跡取りとしての職務とカディスの内務官を兼任している。
王城に詰めて案件を処理していたときに、婚約者が落馬事故に遭い明日をも知れぬ命だと連絡を受け、全ての業務を放り出してルーゴ伯爵家へ駆けつけたのだ。
それからは私も知っている。
落ち着くまでの間、側にいてありとあらゆる事象――主にメンタル――のサポートをしてくれた。
エレーラに滞在している最中も、私は気づかなかったのだが、帰京を命じる矢のような催促が来ていたらしい。
(あの頃は自分に手一杯で余裕はなかったけど、レオンほどの地位になると暇ではないでしょうね)
エリアナ時代も伯爵の職務は激務だったではないか。
領の仕事と国政の処理。
ここに思い至らなかったのは、たとえ環境になれていなかったとはいえ自分が悪い。
「……私も配慮がなかったわ。自分のことだけで余裕がなかった。悪く思ってごめんなさい」
レオンは何も言わず頷くと私の手を握った。
「フェリシアは死を覚悟しなきゃいけないほどの事故に遭ったんだ。仕方がないことだ」
「……優しいのね」
「フィリィにだけは、ね。特別だよ」
極上の笑顔でしれっと言う。
友情しかない関係で、よくもこんな台詞が出せるものだ。
(社交界の女性にモテるはずだわ)
熱を上げる女性が絶えないのも理解できる。
ただ当人には一滴も気持ちがないのが、罪深い。自覚しているのだろうか。
レオンは分かっているのか分かっていないのかはっきりしない表情で、
「だってきみは僕の婚約者だからね。婚約者のことは最優先するよ」
(……いけしゃあしゃあと。よく言うわ)
「新聞の記事読んだわ。いつ私以外の令嬢と婚約したの?」
「それねぇ……。僕もした覚えはないよ」
とぼけてる?
「どこぞの男爵令嬢と婚約をしたのではないの? ガセだってことはあなたの手紙でわかったけど、火のないところに煙は立たぬと言うじゃない」
「ねぇ、フェリシア」
リオンは私の手を握ったまま、そのまま自らの頬に当てる。
髭の痕跡すらない艶やかな頬からかすかにレオンの体温が伝わってくる。
「あの記事を出したのは僕なんだよ。でもね、ひとつ残念なことに記事は間違っているんだ。リェイダ男爵令嬢ではなくて、正しくは次期リェイダ女男爵だよ」
男爵令嬢だろうが、女男爵だろうが、どうでもいい。
聞きたいのはそこじゃない。
「わからないかな。僕の婚約者はリェイダ男爵位を継ぐ人だ」
「思いつかないわ。誰のこと??」
(レオンは一体何を言っているの?)
レオンは頬に当てた私の手にキスをする。
「フィリィ、僕はいつも言ってるだろう? 僕の婚約者はきみだと。きみ以外とは結婚しないって。きみがリェイダ男爵位に就くんだよ」
「は??」
フェリシアは伯爵家の私生児だ。
リェイダ男爵家(そんな家門があるかどうかも分からないが)とは縁もゆかりもない。
「なぜ私がリェイダ男爵になるの? 私は貴族として認められてすらいないのに爵位なんて……」
「だからだよ、フィリィ。周囲から認められないならば、自らで掴めばいいんだ。リェイダ男爵位はうってつけだ」
リェイダ男爵位は、元々サグント侯爵家がカディスが建つ前から持っていた幾つかある称号の一つであるらしい。
戦場で何かしらの手柄を立てた先祖が当時の王から授与されたのだが……。
王朝の滅亡とともに称号自体も使われなくなって三百年。
侯爵家の人間ですら存在を忘れていた(サグント侯爵家は古い家門であるために、爵位は数十個保持しているらしい!)のを、レオンが発見し利用することにしたのだ。
「だからね、きみが使えばいい」
「そんなの無理よ。罪になるわ」
「罪にはならない。正式にきみにあげるんだからね。偽装じゃない」
リェイダ男爵はカディス以前の王朝で使用されていた称号だ。
カディス朝で授けられたものではないので、授与に関して現王家にはどうすることもできないものらしい。
「名誉称号とでもいうのかな、何の権威もないよ。でもね、リェイダ男爵と名乗るだけでも社交界では絶大な効果がある。社交界の人間は爵位でしか人をみない。出自などどうでも良くなるものさ」
(分かってる。エリアナの時に散々体験してきたもの)
だからこそ伯爵家の戸籍が必要なのだ。
人として認めてもらうために。
「残念なことに王太后殿下も一緒だよ。平民のフェリシアよりもリェイダ女男爵フェリシア・セラノの方が好印象を受ける。きみの望みも叶えやすくなるよ」
「……レオン。ありがとう」
全部私のためだったのか。
連絡がないとか恨んでいた自分が恥ずかしい。
「じゃあ次は僕が質問する番だね」
レオンは足を組み直し射抜くような眼差しで真っ直ぐ私を見据えた。
「フェリシア。きみ、いつの間に古語が読めるようになったの?」
レオンは有無を言わさず二人を馬車から下ろすと、御者に出発するようにと指示した。
御者も心得たもので小さく頷き、御者台と車内を繋ぐ小窓を閉める。
ほどなくして鞭がしなる音がして、馬車が動き出した。
「さぁ何から話そうか? フィリィ」
鷹揚に足を組みレオンは顎を突き出す。
とても偉そうな姿だが、見惚れるほどにかっこいい。
私は動揺を悟られないように咳払いし、
「そうね……。とりあえず1ヶ月も放ったらかしにされてたことは謝ってもらわなきゃ。便りもないし、王都から半日で来れる距離なのに一度も会いに来なかった。婚約者としてはひどいと思わない?」
「うん、そうだね。不誠実だった。ごめんね、フィリィ。実はね」
この1ヶ月。
レオンは本来の仕事に忙殺されていたらしい。
見た目同様に中身も優れているレオンは、サグント侯爵家跡取りとしての職務とカディスの内務官を兼任している。
王城に詰めて案件を処理していたときに、婚約者が落馬事故に遭い明日をも知れぬ命だと連絡を受け、全ての業務を放り出してルーゴ伯爵家へ駆けつけたのだ。
それからは私も知っている。
落ち着くまでの間、側にいてありとあらゆる事象――主にメンタル――のサポートをしてくれた。
エレーラに滞在している最中も、私は気づかなかったのだが、帰京を命じる矢のような催促が来ていたらしい。
(あの頃は自分に手一杯で余裕はなかったけど、レオンほどの地位になると暇ではないでしょうね)
エリアナ時代も伯爵の職務は激務だったではないか。
領の仕事と国政の処理。
ここに思い至らなかったのは、たとえ環境になれていなかったとはいえ自分が悪い。
「……私も配慮がなかったわ。自分のことだけで余裕がなかった。悪く思ってごめんなさい」
レオンは何も言わず頷くと私の手を握った。
「フェリシアは死を覚悟しなきゃいけないほどの事故に遭ったんだ。仕方がないことだ」
「……優しいのね」
「フィリィにだけは、ね。特別だよ」
極上の笑顔でしれっと言う。
友情しかない関係で、よくもこんな台詞が出せるものだ。
(社交界の女性にモテるはずだわ)
熱を上げる女性が絶えないのも理解できる。
ただ当人には一滴も気持ちがないのが、罪深い。自覚しているのだろうか。
レオンは分かっているのか分かっていないのかはっきりしない表情で、
「だってきみは僕の婚約者だからね。婚約者のことは最優先するよ」
(……いけしゃあしゃあと。よく言うわ)
「新聞の記事読んだわ。いつ私以外の令嬢と婚約したの?」
「それねぇ……。僕もした覚えはないよ」
とぼけてる?
「どこぞの男爵令嬢と婚約をしたのではないの? ガセだってことはあなたの手紙でわかったけど、火のないところに煙は立たぬと言うじゃない」
「ねぇ、フェリシア」
リオンは私の手を握ったまま、そのまま自らの頬に当てる。
髭の痕跡すらない艶やかな頬からかすかにレオンの体温が伝わってくる。
「あの記事を出したのは僕なんだよ。でもね、ひとつ残念なことに記事は間違っているんだ。リェイダ男爵令嬢ではなくて、正しくは次期リェイダ女男爵だよ」
男爵令嬢だろうが、女男爵だろうが、どうでもいい。
聞きたいのはそこじゃない。
「わからないかな。僕の婚約者はリェイダ男爵位を継ぐ人だ」
「思いつかないわ。誰のこと??」
(レオンは一体何を言っているの?)
レオンは頬に当てた私の手にキスをする。
「フィリィ、僕はいつも言ってるだろう? 僕の婚約者はきみだと。きみ以外とは結婚しないって。きみがリェイダ男爵位に就くんだよ」
「は??」
フェリシアは伯爵家の私生児だ。
リェイダ男爵家(そんな家門があるかどうかも分からないが)とは縁もゆかりもない。
「なぜ私がリェイダ男爵になるの? 私は貴族として認められてすらいないのに爵位なんて……」
「だからだよ、フィリィ。周囲から認められないならば、自らで掴めばいいんだ。リェイダ男爵位はうってつけだ」
リェイダ男爵位は、元々サグント侯爵家がカディスが建つ前から持っていた幾つかある称号の一つであるらしい。
戦場で何かしらの手柄を立てた先祖が当時の王から授与されたのだが……。
王朝の滅亡とともに称号自体も使われなくなって三百年。
侯爵家の人間ですら存在を忘れていた(サグント侯爵家は古い家門であるために、爵位は数十個保持しているらしい!)のを、レオンが発見し利用することにしたのだ。
「だからね、きみが使えばいい」
「そんなの無理よ。罪になるわ」
「罪にはならない。正式にきみにあげるんだからね。偽装じゃない」
リェイダ男爵はカディス以前の王朝で使用されていた称号だ。
カディス朝で授けられたものではないので、授与に関して現王家にはどうすることもできないものらしい。
「名誉称号とでもいうのかな、何の権威もないよ。でもね、リェイダ男爵と名乗るだけでも社交界では絶大な効果がある。社交界の人間は爵位でしか人をみない。出自などどうでも良くなるものさ」
(分かってる。エリアナの時に散々体験してきたもの)
だからこそ伯爵家の戸籍が必要なのだ。
人として認めてもらうために。
「残念なことに王太后殿下も一緒だよ。平民のフェリシアよりもリェイダ女男爵フェリシア・セラノの方が好印象を受ける。きみの望みも叶えやすくなるよ」
「……レオン。ありがとう」
全部私のためだったのか。
連絡がないとか恨んでいた自分が恥ずかしい。
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レオンは足を組み直し射抜くような眼差しで真っ直ぐ私を見据えた。
「フェリシア。きみ、いつの間に古語が読めるようになったの?」
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