55 / 102
55話 凋落の始まり。
しおりを挟む
甘いプロポーズの余韻に浸る間も無く、レオンの部下が現れた。
お父様の密輸に関する調べがついたとの報告を受け、お父様の身柄を拘束することが決められた。
『武器の密輸という国の施作に背く大罪を犯した犯罪者』を監視下におくために、だ。
「お前の容疑が定まった。覚悟を決めることだね。オヴィリオ」というレオンの宣言で、お父様に縄がかけられる。
レオンの支配下におくためにお父様は敷地内の『納屋』という名の離れに監禁されることになった。
蛇足だがお父様が収監された納屋は本物の納屋ではない。
農園をイメージした庭園の中にある農民の雰囲気を味わうために作った納屋である。
招待客や使用人たちに見送られながら、背を丸め下を向いたままお父様がサグント家の騎士に囲まれて連行されていく。
「おやまぁ。これはなんということでございましょうか。セラノ様は何があったかご存知で?」
初日の晩餐会で話しかけてきた壮年の男性客……確かファジャ卿だ。
如何にも『お気の毒だ』という表情をしている。が、目元はわずかに緩んでいる。
好奇心と侮蔑が隠しきれていない。
お父様へ同情は全くしていないようだ。
(お父様、よっぽど恨みを買っているのね)
我が父親ながら救いようがない。
私は表情を読み取られないように扇子を広げる。
「さぁ私もよく存じませんわ。レオンも政務に関わることだからと詳しいことは教えてくれないのです」
「政務? アンドーラ子爵様は内務官でしたかな。……あぁそういうことでしたら、彼の身から出た錆というものでしょうなぁ」
「オヴィリオさんは噂のある人だったのですか?」
「叩けばいくらでも埃が出る方ですよ。それよりもセラノ様。はるばるエレーラからマンティーノスまでいらっしゃったのに残念なことですね。このままだとパーティはお開きになるかもしれませんな」
すっかり忘れるところだったが、そもそも私がマンティーノスにやってきたのはヨレンテ主催のハウスパーティに参加するためだ。
ハウスパーティは数日間にわたって行われるものだ。
王都から名のあるゲストを招き、宿泊してもらいながら催しを楽しむ社交界の嗜み……。
ホストとしては金も時間もかかるが一気に知名度も上がるイベントなのだ。
オヴィリオとしては一世一代と気合を入れて準備したはずだ。
それなのにわずか二日目にしてこの事態。
貴族の間で評判は地の底にまで落ちるだろうが。
(落ちるとこまで落ちればいいわ。ううん。落としてやる)
他人の財産と家名を弄んだのだから。
継母が両手を叩き、
「皆様、大変失礼いたしました。夫はきっと大したことではございませんわ。何かちょっとした誤解があったのでしょう」と平静を取り繕った。
女主人としての意地とプライドで何とか保っているようだ。
「これからピアノの演奏とソプラノ歌手の独奏が始まりますわ。王都で人気の演奏家を呼んでいますのよ。ぜひお楽しみになって」
わざとらしいほどに明るい笑顔で義母はピアニストとソプラノ歌手の名を告げた。
出演する公演の席を押さえることすら難しい歌手とピアニストの登場に一同ざわめく。
こんな大物を田舎に数週間招待するとなると、どれだけの金を積んだことだろう。
我が家の財産を勝手に使い込んで……。
エリアナとしては苛立たしいだけだが。
(でも目眩しにはなったわ)
招待客も演者と演目の魅力には抗えないらしい。
束縛された当主代理よりも、目先の快楽。
いい意味でも悪い意味でも有閑層なのだ。
(注目を浴びないのは助かった。目立ちたくはないわ)
罰を受けろとは思うが、身内の断罪まで見せ物にする必要はない。
私は招待客たちから離れた部屋の隅の席に移動し、背もたれに身を埋めた。
「フェリシアさん」
ルアーナが息を切らせながら隣の席に座る。
私の依頼を成すためにかなり急いできたのだろう。
頬は赤く染まり、ゆるく編み上げた襟足からいく筋か髪がこぼれ落ちている。
「調べがついた?」
「……村の雑貨屋の寡婦でした」とルアーナは私にメモを渡した。
相手はエリアナとルアーナとは五つも変わらない若い未亡人だった。
三年前に夫を亡くし、村の雑貨屋を営みながら侘しい暮らしをしていたところ、お父様の目に留まったようだ。
お父様は年を重ねてはいるものの、そこそこ見た目は良くお金持ちで地位もある。
お金に困った女性がお父様に言い寄られてしまうと逃げる理由もないだろう。
(娘と変わらない年の妾か……複雑ね)
この欲の太さがあってこそのヨレンテ乗っ取りなのかもしれないが。
「ありがとう」
私はメモを小さくたたみ、ドレスにつけたポケットに収めた。
後でレオンに捜査の依頼をしておこう。
「私、お父様が情けないです」
ルアーナは怒りに体を震わせ涙を溜めている。
「よりにもよって娘と同じ年頃の人に手を出すなんて……」
「何もおかしいことではないわ」
継母がお父様の妾になったのは今のルアーナの歳だった。
お父様も若く、今のように立場もなかったけれど、貴族にとっては相手の年齢など拘らない(もちろん成人していればの話だが)。
ルアーナは意を結したように、両手を握りしめた。
「フェリシアさん、二人だけでお話がしたいのですが。良いですか?」
お父様の密輸に関する調べがついたとの報告を受け、お父様の身柄を拘束することが決められた。
『武器の密輸という国の施作に背く大罪を犯した犯罪者』を監視下におくために、だ。
「お前の容疑が定まった。覚悟を決めることだね。オヴィリオ」というレオンの宣言で、お父様に縄がかけられる。
レオンの支配下におくためにお父様は敷地内の『納屋』という名の離れに監禁されることになった。
蛇足だがお父様が収監された納屋は本物の納屋ではない。
農園をイメージした庭園の中にある農民の雰囲気を味わうために作った納屋である。
招待客や使用人たちに見送られながら、背を丸め下を向いたままお父様がサグント家の騎士に囲まれて連行されていく。
「おやまぁ。これはなんということでございましょうか。セラノ様は何があったかご存知で?」
初日の晩餐会で話しかけてきた壮年の男性客……確かファジャ卿だ。
如何にも『お気の毒だ』という表情をしている。が、目元はわずかに緩んでいる。
好奇心と侮蔑が隠しきれていない。
お父様へ同情は全くしていないようだ。
(お父様、よっぽど恨みを買っているのね)
我が父親ながら救いようがない。
私は表情を読み取られないように扇子を広げる。
「さぁ私もよく存じませんわ。レオンも政務に関わることだからと詳しいことは教えてくれないのです」
「政務? アンドーラ子爵様は内務官でしたかな。……あぁそういうことでしたら、彼の身から出た錆というものでしょうなぁ」
「オヴィリオさんは噂のある人だったのですか?」
「叩けばいくらでも埃が出る方ですよ。それよりもセラノ様。はるばるエレーラからマンティーノスまでいらっしゃったのに残念なことですね。このままだとパーティはお開きになるかもしれませんな」
すっかり忘れるところだったが、そもそも私がマンティーノスにやってきたのはヨレンテ主催のハウスパーティに参加するためだ。
ハウスパーティは数日間にわたって行われるものだ。
王都から名のあるゲストを招き、宿泊してもらいながら催しを楽しむ社交界の嗜み……。
ホストとしては金も時間もかかるが一気に知名度も上がるイベントなのだ。
オヴィリオとしては一世一代と気合を入れて準備したはずだ。
それなのにわずか二日目にしてこの事態。
貴族の間で評判は地の底にまで落ちるだろうが。
(落ちるとこまで落ちればいいわ。ううん。落としてやる)
他人の財産と家名を弄んだのだから。
継母が両手を叩き、
「皆様、大変失礼いたしました。夫はきっと大したことではございませんわ。何かちょっとした誤解があったのでしょう」と平静を取り繕った。
女主人としての意地とプライドで何とか保っているようだ。
「これからピアノの演奏とソプラノ歌手の独奏が始まりますわ。王都で人気の演奏家を呼んでいますのよ。ぜひお楽しみになって」
わざとらしいほどに明るい笑顔で義母はピアニストとソプラノ歌手の名を告げた。
出演する公演の席を押さえることすら難しい歌手とピアニストの登場に一同ざわめく。
こんな大物を田舎に数週間招待するとなると、どれだけの金を積んだことだろう。
我が家の財産を勝手に使い込んで……。
エリアナとしては苛立たしいだけだが。
(でも目眩しにはなったわ)
招待客も演者と演目の魅力には抗えないらしい。
束縛された当主代理よりも、目先の快楽。
いい意味でも悪い意味でも有閑層なのだ。
(注目を浴びないのは助かった。目立ちたくはないわ)
罰を受けろとは思うが、身内の断罪まで見せ物にする必要はない。
私は招待客たちから離れた部屋の隅の席に移動し、背もたれに身を埋めた。
「フェリシアさん」
ルアーナが息を切らせながら隣の席に座る。
私の依頼を成すためにかなり急いできたのだろう。
頬は赤く染まり、ゆるく編み上げた襟足からいく筋か髪がこぼれ落ちている。
「調べがついた?」
「……村の雑貨屋の寡婦でした」とルアーナは私にメモを渡した。
相手はエリアナとルアーナとは五つも変わらない若い未亡人だった。
三年前に夫を亡くし、村の雑貨屋を営みながら侘しい暮らしをしていたところ、お父様の目に留まったようだ。
お父様は年を重ねてはいるものの、そこそこ見た目は良くお金持ちで地位もある。
お金に困った女性がお父様に言い寄られてしまうと逃げる理由もないだろう。
(娘と変わらない年の妾か……複雑ね)
この欲の太さがあってこそのヨレンテ乗っ取りなのかもしれないが。
「ありがとう」
私はメモを小さくたたみ、ドレスにつけたポケットに収めた。
後でレオンに捜査の依頼をしておこう。
「私、お父様が情けないです」
ルアーナは怒りに体を震わせ涙を溜めている。
「よりにもよって娘と同じ年頃の人に手を出すなんて……」
「何もおかしいことではないわ」
継母がお父様の妾になったのは今のルアーナの歳だった。
お父様も若く、今のように立場もなかったけれど、貴族にとっては相手の年齢など拘らない(もちろん成人していればの話だが)。
ルアーナは意を結したように、両手を握りしめた。
「フェリシアさん、二人だけでお話がしたいのですが。良いですか?」
0
あなたにおすすめの小説
本当に現実を生きていないのは?
朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。
だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。
だって、ここは現実だ。
※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる