殺された女伯爵が再び全てを取り戻すまでの話。

吉井あん

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66話 お姉様のこと大っ嫌いでした。

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 とはいえ。


(証拠か……)


 毒そのものか毒を入れていた器、それくらいしか思い浮かばない。

 もうエリアナが殺されて数十日が過ぎている。残っているとは思えないが。


「諦めちゃ駄目だよ? フィリィ」


 レオンはお父様の愛人宅で回収された日記と帳面を並べる。


「オヴィリオはね、手口の割には細かい性格をしているようだから必ず何かを残しているはずだよ」


 確かに。
 日記に事細かく日々の雑事を書き留める人だ。屋敷のどこかにコレクション部屋があるかもしれない。


(エリアナの記憶にはないけれど)


 娘の目を盗んで立派な温室まで新調していた父のことだ。当主エリアナが知らないことも多くあるだろう。


「ルアーナなら知ってるかしら?」
「あぁ……ルアーナね」


 知っているかもしれないとレオンは言う。
 ルアーナはオヴィリオの愛娘。日記からも溺愛していた様子が窺えた。


「会えるかな?」
「急げば会えるかもね。いい? 一時には出発するよ」


 私は自分の背ほどはある振り子時計を確認する。

 今は十二時前……。
 ギリギリだ。


(ここで会っておかないと次に会おうとすれば大変な苦労になるわ)


「レオン、ルアーナとオヴィリオさんはどこにいるの?」


 レオンによればお父様・継母様は離れの一室、そしてルアーナとホアキンは自分の部屋にて待機(監禁?)されているという。


(ルアーナは若い娘だからって私から取り上げた自分の部屋にいるはずだわ)


 私の部屋はとても日当たりのよい庭園に面した部屋だ。
 夏は風が通り冬は窓からの日差しが暖かかった。

 最高に気に入っていたのに。

 なぜかエリアナが婚約をした途端に、この部屋は当主が過ごすには警備上の不安がある……と意味不明な理由をつけて当主専用の部屋(広く重厚感が溢れる部屋だが、いかんせん古いのだ)に追い出されたんだっけ。

 なんだかむかついてきた。
 我ながら小物感溢れて困る。


「レオン、私一人で行ってくるね」
「大丈夫なの?」
「ええ。女同士で話したいことがあるから」

 私はレオンの申し出を断り、一人でルアーナの部屋を訪ねた。

 屋敷の左翼2階にあるルアーナの部屋の前にサグント家の騎士団が武器を携えて立っている。
 只事ではないという雰囲気を漂う。

 私はレオンの婚約者である立場を利用し、渋る彼らに扉を開けさせた。


「あら、何の用ですか? フェリシア・セラノ様、いいえ。お姉様とでもいえばいいのかしら。私の落ちぶれた姿でも見にきたのですか?」


 落ちぶれたという言葉とは程遠いルアーナの可憐に着飾った姿に面食らう。
 最高級のレースをふんだんにあしらったデイドレスにダイアモンドの耳飾りをつけ、さらに結い上げた髪のムルシア産の真珠で縁取った組紐飾りソウタシエ風の髪飾りが艶やかな光を放つ。


(昼間っていうよりも夜にこそ相応しい格好ね)


 こんな格好は容姿に恵まれていない人がしても滑稽なだけだが、ルアーナは憎たらしいけれど綺麗な子なのだ。
 セオリーを守らないチグハグさすら美しさに変換してしまっている。


「ルアーナさん。その格好、派手すぎないかしら? あなた、自分の置かれている立場わかってる?」

「わかっていますよ。こんな時だからこそ、しんみりした格好はしたくないのです。余計に惨めになるので」


 美しいものを身につけ着飾って気分を上げていく。
 女性としてはなくはない思考だ。


(ちょっとやり過ぎて下品ではあるけれど)


 庶民出身のルアーナにとって宝石は手放せないのだろう。
 裕福で贅沢な暮らしは甘い蜜のようなものなのだ。


「ルアーナさん。あなたに聞きたいことがあるの」
「エリアナお姉様に使った毒の所在でしょう?」
「あら、察しがいいわね」


 ルアーナは肩をすくめる。


「そんなのもうないわ。捨ててしまったもの」


 やっぱりそうか。
 もう3ヶ月も前のことなのだ。残っているはずがない。


「どんな毒だったか覚えていない?」
「覚えてないわ。無色透明だったってことくらい」
「そう……」


(器くらいないかしら)


 私は部屋を見渡した。
 天蓋付きの寝台(エリアナの愛用品だったのだ!)に衣裳箪笥に文机、そして本棚。部屋を飾る豪華なタピストリーや刺繍たち。
 派手派手しく落ち着かないが、華やかさを好むルアーナらしい。


「セラノ様、私は死刑になるの?」

「わからない。でもたとえ死刑の判決が下ってもあなたは私が殺させない。安心なさい。あなたには這いつくばってでも生きてもらわないと困るもの」


 ちょっとばかり盛ってみる。
 、多少の演出はしてもいいだろう。

 ルアーナは深く長い息を吐いた。


「温室のどこかに瓶が残っているはずよ。エリアナお姉様に使った後にお父様が投げ捨てたの」


 私は胸を撫で下ろした。
 よかった。道標が見つかった。


「……そう。ありがとう。助かるわ」
「あ~あ。教えなきゃよかった。あからさまにホッとしないでくれません? イラッとするので」
「はぁ?」


 片方の眉を上げて私はルアーナを睨みつけた。


「誰に向かって……」

「その表情!! エリアナお姉様にそっくり。片方の眉をこう上げて怒るの。私、お姉様のこと苦手だった。お姉様は私に冷たかったんですもの。優しくなくていつもいつも威張ってて。大嫌いでした」


 私が冷たかった?
 きちんと礼儀正しく接していたではないか。
 それなのにルアーナには冷たいと感じたというのか。


「セラノ様。せっかくなので教えてあげます。私、最初はホアキンなんて好きじゃなかったんです。お姉様のモノだから奪ってやろう、傷つけてやろうって近づいたんですよ」
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