66 / 102
66話 お姉様のこと大っ嫌いでした。
しおりを挟む
とはいえ。
(証拠か……)
毒そのものか毒を入れていた器、それくらいしか思い浮かばない。
もう私が殺されて数十日が過ぎている。残っているとは思えないが。
「諦めちゃ駄目だよ? フィリィ」
レオンはお父様の愛人宅で回収された日記と帳面を並べる。
「オヴィリオはね、手口の割には細かい性格をしているようだから必ず何かを残しているはずだよ」
確かに。
日記に事細かく日々の雑事を書き留める人だ。屋敷のどこかにコレクション部屋があるかもしれない。
(エリアナの記憶にはないけれど)
娘の目を盗んで立派な温室まで新調していた父のことだ。当主が知らないことも多くあるだろう。
「ルアーナなら知ってるかしら?」
「あぁ……ルアーナね」
知っているかもしれないとレオンは言う。
ルアーナはオヴィリオの愛娘。日記からも溺愛していた様子が窺えた。
「会えるかな?」
「急げば会えるかもね。いい? 一時には出発するよ」
私は自分の背ほどはある振り子時計を確認する。
今は十二時前……。
ギリギリだ。
(ここで会っておかないと次に会おうとすれば大変な苦労になるわ)
「レオン、ルアーナとオヴィリオさんはどこにいるの?」
レオンによればお父様・継母様は離れの一室、そしてルアーナとホアキンは自分の部屋にて待機(監禁?)されているという。
(ルアーナは若い娘だからって私から取り上げた自分の部屋にいるはずだわ)
私の部屋はとても日当たりのよい庭園に面した部屋だ。
夏は風が通り冬は窓からの日差しが暖かかった。
最高に気に入っていたのに。
なぜかエリアナが婚約をした途端に、この部屋は当主が過ごすには警備上の不安がある……と意味不明な理由をつけて当主専用の部屋(広く重厚感が溢れる部屋だが、いかんせん古いのだ)に追い出されたんだっけ。
なんだかむかついてきた。
我ながら小物感溢れて困る。
「レオン、私一人で行ってくるね」
「大丈夫なの?」
「ええ。女同士で話したいことがあるから」
私はレオンの申し出を断り、一人でルアーナの部屋を訪ねた。
屋敷の左翼2階にあるルアーナの部屋の前にサグント家の騎士団が武器を携えて立っている。
只事ではないという雰囲気を漂う。
私はレオンの婚約者である立場を利用し、渋る彼らに扉を開けさせた。
「あら、何の用ですか? フェリシア・セラノ様、いいえ。お姉様とでもいえばいいのかしら。私の落ちぶれた姿でも見にきたのですか?」
落ちぶれたという言葉とは程遠いルアーナの可憐に着飾った姿に面食らう。
最高級のレースをふんだんにあしらったデイドレスにダイアモンドの耳飾りをつけ、さらに結い上げた髪のムルシア産の真珠で縁取った組紐飾り風の髪飾りが艶やかな光を放つ。
(昼間っていうよりも夜にこそ相応しい格好ね)
こんな格好は容姿に恵まれていない人がしても滑稽なだけだが、ルアーナは憎たらしいけれど綺麗な子なのだ。
セオリーを守らないチグハグさすら美しさに変換してしまっている。
「ルアーナさん。その格好、派手すぎないかしら? あなた、自分の置かれている立場わかってる?」
「わかっていますよ。こんな時だからこそ、しんみりした格好はしたくないのです。余計に惨めになるので」
美しいものを身につけ着飾って気分を上げていく。
女性としてはなくはない思考だ。
(ちょっとやり過ぎて下品ではあるけれど)
庶民出身のルアーナにとって宝石は手放せないのだろう。
裕福で贅沢な暮らしは甘い蜜のようなものなのだ。
「ルアーナさん。あなたに聞きたいことがあるの」
「エリアナお姉様に使った毒の所在でしょう?」
「あら、察しがいいわね」
ルアーナは肩をすくめる。
「そんなのもうないわ。捨ててしまったもの」
やっぱりそうか。
もう3ヶ月も前のことなのだ。残っているはずがない。
「どんな毒だったか覚えていない?」
「覚えてないわ。無色透明だったってことくらい」
「そう……」
(器くらいないかしら)
私は部屋を見渡した。
天蓋付きの寝台(エリアナの愛用品だったのだ!)に衣裳箪笥に文机、そして本棚。部屋を飾る豪華なタピストリーや刺繍たち。
派手派手しく落ち着かないが、華やかさを好むルアーナらしい。
「セラノ様、私は死刑になるの?」
「わからない。でもたとえ死刑の判決が下ってもあなたは私が殺させない。安心なさい。あなたには這いつくばってでも生きてもらわないと困るもの」
ちょっとばかり盛ってみる。
事実とは少しばかり異なるけれど、多少の演出はしてもいいだろう。
ルアーナは深く長い息を吐いた。
「温室のどこかに瓶が残っているはずよ。エリアナお姉様に使った後にお父様が投げ捨てたの」
私は胸を撫で下ろした。
よかった。道標が見つかった。
「……そう。ありがとう。助かるわ」
「あ~あ。教えなきゃよかった。あからさまにホッとしないでくれません? イラッとするので」
「はぁ?」
片方の眉を上げて私はルアーナを睨みつけた。
「誰に向かって……」
「その表情!! エリアナお姉様にそっくり。片方の眉をこう上げて怒るの。私、お姉様のこと苦手だった。お姉様は私に冷たかったんですもの。優しくなくていつもいつも威張ってて。大嫌いでした」
私が冷たかった?
きちんと礼儀正しく接していたではないか。
それなのにルアーナには冷たいと感じたというのか。
「セラノ様。せっかくなので教えてあげます。私、最初はホアキンなんて好きじゃなかったんです。お姉様のモノだから奪ってやろう、傷つけてやろうって近づいたんですよ」
(証拠か……)
毒そのものか毒を入れていた器、それくらいしか思い浮かばない。
もう私が殺されて数十日が過ぎている。残っているとは思えないが。
「諦めちゃ駄目だよ? フィリィ」
レオンはお父様の愛人宅で回収された日記と帳面を並べる。
「オヴィリオはね、手口の割には細かい性格をしているようだから必ず何かを残しているはずだよ」
確かに。
日記に事細かく日々の雑事を書き留める人だ。屋敷のどこかにコレクション部屋があるかもしれない。
(エリアナの記憶にはないけれど)
娘の目を盗んで立派な温室まで新調していた父のことだ。当主が知らないことも多くあるだろう。
「ルアーナなら知ってるかしら?」
「あぁ……ルアーナね」
知っているかもしれないとレオンは言う。
ルアーナはオヴィリオの愛娘。日記からも溺愛していた様子が窺えた。
「会えるかな?」
「急げば会えるかもね。いい? 一時には出発するよ」
私は自分の背ほどはある振り子時計を確認する。
今は十二時前……。
ギリギリだ。
(ここで会っておかないと次に会おうとすれば大変な苦労になるわ)
「レオン、ルアーナとオヴィリオさんはどこにいるの?」
レオンによればお父様・継母様は離れの一室、そしてルアーナとホアキンは自分の部屋にて待機(監禁?)されているという。
(ルアーナは若い娘だからって私から取り上げた自分の部屋にいるはずだわ)
私の部屋はとても日当たりのよい庭園に面した部屋だ。
夏は風が通り冬は窓からの日差しが暖かかった。
最高に気に入っていたのに。
なぜかエリアナが婚約をした途端に、この部屋は当主が過ごすには警備上の不安がある……と意味不明な理由をつけて当主専用の部屋(広く重厚感が溢れる部屋だが、いかんせん古いのだ)に追い出されたんだっけ。
なんだかむかついてきた。
我ながら小物感溢れて困る。
「レオン、私一人で行ってくるね」
「大丈夫なの?」
「ええ。女同士で話したいことがあるから」
私はレオンの申し出を断り、一人でルアーナの部屋を訪ねた。
屋敷の左翼2階にあるルアーナの部屋の前にサグント家の騎士団が武器を携えて立っている。
只事ではないという雰囲気を漂う。
私はレオンの婚約者である立場を利用し、渋る彼らに扉を開けさせた。
「あら、何の用ですか? フェリシア・セラノ様、いいえ。お姉様とでもいえばいいのかしら。私の落ちぶれた姿でも見にきたのですか?」
落ちぶれたという言葉とは程遠いルアーナの可憐に着飾った姿に面食らう。
最高級のレースをふんだんにあしらったデイドレスにダイアモンドの耳飾りをつけ、さらに結い上げた髪のムルシア産の真珠で縁取った組紐飾り風の髪飾りが艶やかな光を放つ。
(昼間っていうよりも夜にこそ相応しい格好ね)
こんな格好は容姿に恵まれていない人がしても滑稽なだけだが、ルアーナは憎たらしいけれど綺麗な子なのだ。
セオリーを守らないチグハグさすら美しさに変換してしまっている。
「ルアーナさん。その格好、派手すぎないかしら? あなた、自分の置かれている立場わかってる?」
「わかっていますよ。こんな時だからこそ、しんみりした格好はしたくないのです。余計に惨めになるので」
美しいものを身につけ着飾って気分を上げていく。
女性としてはなくはない思考だ。
(ちょっとやり過ぎて下品ではあるけれど)
庶民出身のルアーナにとって宝石は手放せないのだろう。
裕福で贅沢な暮らしは甘い蜜のようなものなのだ。
「ルアーナさん。あなたに聞きたいことがあるの」
「エリアナお姉様に使った毒の所在でしょう?」
「あら、察しがいいわね」
ルアーナは肩をすくめる。
「そんなのもうないわ。捨ててしまったもの」
やっぱりそうか。
もう3ヶ月も前のことなのだ。残っているはずがない。
「どんな毒だったか覚えていない?」
「覚えてないわ。無色透明だったってことくらい」
「そう……」
(器くらいないかしら)
私は部屋を見渡した。
天蓋付きの寝台(エリアナの愛用品だったのだ!)に衣裳箪笥に文机、そして本棚。部屋を飾る豪華なタピストリーや刺繍たち。
派手派手しく落ち着かないが、華やかさを好むルアーナらしい。
「セラノ様、私は死刑になるの?」
「わからない。でもたとえ死刑の判決が下ってもあなたは私が殺させない。安心なさい。あなたには這いつくばってでも生きてもらわないと困るもの」
ちょっとばかり盛ってみる。
事実とは少しばかり異なるけれど、多少の演出はしてもいいだろう。
ルアーナは深く長い息を吐いた。
「温室のどこかに瓶が残っているはずよ。エリアナお姉様に使った後にお父様が投げ捨てたの」
私は胸を撫で下ろした。
よかった。道標が見つかった。
「……そう。ありがとう。助かるわ」
「あ~あ。教えなきゃよかった。あからさまにホッとしないでくれません? イラッとするので」
「はぁ?」
片方の眉を上げて私はルアーナを睨みつけた。
「誰に向かって……」
「その表情!! エリアナお姉様にそっくり。片方の眉をこう上げて怒るの。私、お姉様のこと苦手だった。お姉様は私に冷たかったんですもの。優しくなくていつもいつも威張ってて。大嫌いでした」
私が冷たかった?
きちんと礼儀正しく接していたではないか。
それなのにルアーナには冷たいと感じたというのか。
「セラノ様。せっかくなので教えてあげます。私、最初はホアキンなんて好きじゃなかったんです。お姉様のモノだから奪ってやろう、傷つけてやろうって近づいたんですよ」
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
折角転生したのに、婚約者が好きすぎて困ります!
たぬきち25番
恋愛
ある日私は乙女ゲームのヒロインのライバル令嬢キャメロンとして転生していた。
なんと私は最推しのディラン王子の婚約者として転生したのだ!!
幸せすぎる~~~♡
たとえ振られる運命だとしてもディラン様の笑顔のためにライバル令嬢頑張ります!!
※主人公は婚約者が好きすぎる残念女子です。
※気分転換に笑って頂けたら嬉しく思います。
短めのお話なので毎日更新
※糖度高めなので胸やけにご注意下さい。
※少しだけ塩分も含まれる箇所がございます。
《大変イチャイチャラブラブしてます!! 激甘、溺愛です!! お気を付け下さい!!》
※他サイト様にも公開始めました!
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
悪役令嬢は死んで生き返ってついでに中身も入れ替えました
蒼黒せい
恋愛
侯爵令嬢ミリアはその性格の悪さと家の権威散らし、散財から学園内では大層嫌われていた。しかし、突如不治の病にかかった彼女は5年という長い年月苦しみ続け、そして治療の甲斐もなく亡くなってしまう。しかし、直後に彼女は息を吹き返す。病を克服して。
だが、その中身は全くの別人であった。かつて『日本人』として生きていた女性は、異世界という新たな世界で二度目の生を謳歌する… ※同名アカウントでなろう・カクヨムにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる