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67話 最後の情け。
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「エリアナを傷つけようと……?」
私がホアキンと婚約したのは15歳の時だ。
(ルアーナはまだ14歳よ……?)
まだ年端も行かぬうちに、女を武器として使ったのか。
さすがあの継母の子だというべきか。
それともほんの幼いうちから自らの強味を磨いていたというのか。
(負けるはずだわ。エリアナは努力なんてしていなかった)
エリアナにとって何事も自分では動かずとも向こうから来るものだったのだ。
望むがままに全てが労もなく。
「エリアナへの嫌がらせのためだけにホアキンを寝とったの?」
「ええ。最初はそうでした。お姉様が大切にしているものを密かに私が奪ってしまえば気持ちいいかなって軽く考えていました」
小さく首を振りルアーナはうつむいた。
右の中指にはめられた指輪を所在なさげにいじる。
「でも隠れて会っているうちに、なんて言えばいいのか……情が移るっていうか……。ホアキンは優しかったし、貴族なのに村で育った私を馬鹿にしなかったんですよ。屋敷の使用人でさえも私のこと面と向かっては何も言わないけど居ない所ではぼろくそに言ってたのに、ですよ?」
あぁそうか。
いつの間にか本気で好きになりました、ということですか。
元々のお父様の思惑では私とではなくルアーナをホアキンと結婚させるとなっていたはずだ。
相思相愛なら罪悪感を抱くことなく遂行できただろう。
(遊びで終わらすつもりが絆されちゃったってことなのね)
馬鹿にされていたのは胸糞悪い。
だがホアキンがそこまで価値がある男であるとは今となっては思えない。
「あぁ……。えっとホアキンさんとお幸せに?」
「嫉妬、しないんですか?」
このやりとりには既視感がある。
「前にも言ったけど、なぜ私が嫉妬しなくてはならないの?」
「だって……」
「私にはレオン・マッサーナという婚約者がいるのよ。ホアキン某?さんとは比べ物にならない人よ。容姿も性格も……財力も。惹かれるわけがないじゃない」
「わかってます。アンドーラ子爵に敵う人なんてカディスにはいません。カディスの王太子ですら足元には及ばないわ」
ルアーナは頭を下げた。
「フェリシア様。あなたの中にエリアナお姉様が本当にいるのならば謝ります。今までごめんなさい。馬鹿なことをしてしまいました」
(謝るの?)
なぜ??
混乱する。
「どうして?」
「羨ましかったんです。私。同じお父様から生まれたのに、お姉様との間には越えられない壁があったから。周りから見下されているのにも我慢ならなかった」
ルアーナは顔にかかる髪を鬱陶しげに耳にかける。
「でも当たり前だったんですね。私はヨレンテではないのだから。お父様がセナイダ様の婿になった縁でヨレンテに居候していただけなんです。望んではいけなかった」
「……その気持ちをエリアナが生きていた頃に伝えてやればよかったのに。死んでしまって悔やんでも後の祭りよ」
ルアーナが犯した罪は決して許されることはないのだ。エリアナはもうここにはいない。
(死んでしまったの。あなたたちに殺されたの)
私はあの森の中の真新しい墓石の下で静かに朽ち始めているのだ。
魂はフェリシアの中だとしても。
エリアナの体はただの腐肉に成り果ててしまったのだ。
ルアーナは自嘲する。
「ええ、ほんとそうですよね。ただの自己満足です」
「なぜ今さら認める気になったの?」
エリアナの生前には絶対に認めようとはしなかった感情だ。
こうもあっさりと受け入れたのは何故なのだ。
「どうしてでしょうね。わかりません。ただ疲れました」
背伸びして意地を張るよりも別の生き方があるんじゃないかとルアーナは視線を落としたまま言った。
(未来を悟ったのね)
ルアーナは咎人だ。
レオンによれば死刑にはならないが、国外追放は確定している。
国外に身を寄せるならばお父様の出身国となるだろう。
だがお父様の実家の力はさほど強くなく、隣国カディスの筆頭貴族サグント侯爵家とヨレンテ伯爵家を敵に回すような支援はしないはずだ。
つまりはルアーナとホアキンは一介の平民として後ろ盾もなく自らの力で生きなければならないのだ。
ルアーナはまだ18歳。
これからの人生の方が当然長い。
ルアーナは庶民だが妾の子としてマンティーノス領下の村で暮らしていた。お父様から十分な手当てが与えられて、日々を過ごしていたのだ。
ルアーナが真の意味での困窮など知るはずもない。
私も同じだ。貴族の暮らししか分からない(フェリシアも虐げられてはいたが衣食住に困るほどの苦労はしていない)。
本当の貧困など人から語られるものだ。
ルアーナのこれからの人生を想像するだけでゾッとする。
(半分だけど血が繋がっているのは確かよ。せめてもの情けね)
私は手首から金鎖の腕輪を外し、ルアーナに差し出した。
「餞別よ」
「……いらないわ」
ルアーナが払い除けた。
ジャラリと音を立て鎖が床に落ちる。
私は拾い上げるとルアーナを無理矢理押さえつけ握らせた。
「受け取っておきなさい。絶対に役に立つ時がくるわ。これは異母妹への最後の温情よ」
あと数十分後にはマンティーノスから王都へ移送される。
そしてエリアナ殺害幇助の裁判にかけられるのだ。これまでとは違う惨めで苦しい生活が始まるだろう。
(想像もできないくらいの苦労が始まるのでしょうね)
生きていくためには綺麗事は通用しない。
命を繋ぐためには金がいるのだ。
そのための金鎖だ。
換金すればしばらくは生活を立てることができる。
ルアーナは鎖を胸に抱き床に崩れ落ちると嗚咽を漏した。
「ありがとう。お姉様」
「違うわ。フェリシアよ」と言い捨てると私は踵を返した。
一度も振り返らずに部屋を出る。
マンティーノスから王都までは十日間。
死んだ方が楽だと思うほどに悔いればいい。そして絶望の中で生きていきなさい。
さようなら、ルアーナ。
もう二度と会うことのない異母妹。
私がホアキンと婚約したのは15歳の時だ。
(ルアーナはまだ14歳よ……?)
まだ年端も行かぬうちに、女を武器として使ったのか。
さすがあの継母の子だというべきか。
それともほんの幼いうちから自らの強味を磨いていたというのか。
(負けるはずだわ。エリアナは努力なんてしていなかった)
エリアナにとって何事も自分では動かずとも向こうから来るものだったのだ。
望むがままに全てが労もなく。
「エリアナへの嫌がらせのためだけにホアキンを寝とったの?」
「ええ。最初はそうでした。お姉様が大切にしているものを密かに私が奪ってしまえば気持ちいいかなって軽く考えていました」
小さく首を振りルアーナはうつむいた。
右の中指にはめられた指輪を所在なさげにいじる。
「でも隠れて会っているうちに、なんて言えばいいのか……情が移るっていうか……。ホアキンは優しかったし、貴族なのに村で育った私を馬鹿にしなかったんですよ。屋敷の使用人でさえも私のこと面と向かっては何も言わないけど居ない所ではぼろくそに言ってたのに、ですよ?」
あぁそうか。
いつの間にか本気で好きになりました、ということですか。
元々のお父様の思惑では私とではなくルアーナをホアキンと結婚させるとなっていたはずだ。
相思相愛なら罪悪感を抱くことなく遂行できただろう。
(遊びで終わらすつもりが絆されちゃったってことなのね)
馬鹿にされていたのは胸糞悪い。
だがホアキンがそこまで価値がある男であるとは今となっては思えない。
「あぁ……。えっとホアキンさんとお幸せに?」
「嫉妬、しないんですか?」
このやりとりには既視感がある。
「前にも言ったけど、なぜ私が嫉妬しなくてはならないの?」
「だって……」
「私にはレオン・マッサーナという婚約者がいるのよ。ホアキン某?さんとは比べ物にならない人よ。容姿も性格も……財力も。惹かれるわけがないじゃない」
「わかってます。アンドーラ子爵に敵う人なんてカディスにはいません。カディスの王太子ですら足元には及ばないわ」
ルアーナは頭を下げた。
「フェリシア様。あなたの中にエリアナお姉様が本当にいるのならば謝ります。今までごめんなさい。馬鹿なことをしてしまいました」
(謝るの?)
なぜ??
混乱する。
「どうして?」
「羨ましかったんです。私。同じお父様から生まれたのに、お姉様との間には越えられない壁があったから。周りから見下されているのにも我慢ならなかった」
ルアーナは顔にかかる髪を鬱陶しげに耳にかける。
「でも当たり前だったんですね。私はヨレンテではないのだから。お父様がセナイダ様の婿になった縁でヨレンテに居候していただけなんです。望んではいけなかった」
「……その気持ちをエリアナが生きていた頃に伝えてやればよかったのに。死んでしまって悔やんでも後の祭りよ」
ルアーナが犯した罪は決して許されることはないのだ。エリアナはもうここにはいない。
(死んでしまったの。あなたたちに殺されたの)
私はあの森の中の真新しい墓石の下で静かに朽ち始めているのだ。
魂はフェリシアの中だとしても。
エリアナの体はただの腐肉に成り果ててしまったのだ。
ルアーナは自嘲する。
「ええ、ほんとそうですよね。ただの自己満足です」
「なぜ今さら認める気になったの?」
エリアナの生前には絶対に認めようとはしなかった感情だ。
こうもあっさりと受け入れたのは何故なのだ。
「どうしてでしょうね。わかりません。ただ疲れました」
背伸びして意地を張るよりも別の生き方があるんじゃないかとルアーナは視線を落としたまま言った。
(未来を悟ったのね)
ルアーナは咎人だ。
レオンによれば死刑にはならないが、国外追放は確定している。
国外に身を寄せるならばお父様の出身国となるだろう。
だがお父様の実家の力はさほど強くなく、隣国カディスの筆頭貴族サグント侯爵家とヨレンテ伯爵家を敵に回すような支援はしないはずだ。
つまりはルアーナとホアキンは一介の平民として後ろ盾もなく自らの力で生きなければならないのだ。
ルアーナはまだ18歳。
これからの人生の方が当然長い。
ルアーナは庶民だが妾の子としてマンティーノス領下の村で暮らしていた。お父様から十分な手当てが与えられて、日々を過ごしていたのだ。
ルアーナが真の意味での困窮など知るはずもない。
私も同じだ。貴族の暮らししか分からない(フェリシアも虐げられてはいたが衣食住に困るほどの苦労はしていない)。
本当の貧困など人から語られるものだ。
ルアーナのこれからの人生を想像するだけでゾッとする。
(半分だけど血が繋がっているのは確かよ。せめてもの情けね)
私は手首から金鎖の腕輪を外し、ルアーナに差し出した。
「餞別よ」
「……いらないわ」
ルアーナが払い除けた。
ジャラリと音を立て鎖が床に落ちる。
私は拾い上げるとルアーナを無理矢理押さえつけ握らせた。
「受け取っておきなさい。絶対に役に立つ時がくるわ。これは異母妹への最後の温情よ」
あと数十分後にはマンティーノスから王都へ移送される。
そしてエリアナ殺害幇助の裁判にかけられるのだ。これまでとは違う惨めで苦しい生活が始まるだろう。
(想像もできないくらいの苦労が始まるのでしょうね)
生きていくためには綺麗事は通用しない。
命を繋ぐためには金がいるのだ。
そのための金鎖だ。
換金すればしばらくは生活を立てることができる。
ルアーナは鎖を胸に抱き床に崩れ落ちると嗚咽を漏した。
「ありがとう。お姉様」
「違うわ。フェリシアよ」と言い捨てると私は踵を返した。
一度も振り返らずに部屋を出る。
マンティーノスから王都までは十日間。
死んだ方が楽だと思うほどに悔いればいい。そして絶望の中で生きていきなさい。
さようなら、ルアーナ。
もう二度と会うことのない異母妹。
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