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70話 あなたに感謝している。
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お父様一行が首都に入り、わずか四日後。
カディス中の注目を集める裁判が始まった。
お父様、いいえマリオ・オヴィリオは二つの罪、『密輸』そして『当主である実娘エリアナ・ヨレンテ殺害』の疑惑に関して裁かれるのだ。
「フェリシア、あなたは法廷に行かなくてもよかったのかしら」
王太后カミッラ様が試す様に訊いた。
「左様でございますね……」
私は口籠もりながら、言葉を探す。
なんとなく歯切れが悪いのは今私がいる場所が裁判所ではなく王太后殿下の離宮にいるからだ。
現在、王宮そばにある王立裁判所で裁判が行われているはずだ。
本来ならば傍聴席に陣取り見届けるのが筋なのだが、私には裁判に参加する資格すらなかった。
「女性ってことだけでも傍聴は難しいんだけどね、フィリィは身分が明らかではないからダメだって」と申し訳なさそうに告げるレオンを何とか送り出したのが1時間前のこと。
サグント侯爵家のタウンハウスで呆然としていた所、王太后殿下に呼ばれ話し相手をすることになったのだ。
(自分のことだから、この目で見届けたかったのだけど)
女性であることと身分の低さが仇となった。個人ではどうしようもないことだ。
私は如何にも不本意だと目を伏せ、
「行くつもりではいましたが、裁判所から許可されませんでした。傍聴すら許されなかったのです。レオンは許されたのに……。理不尽ですわ」
「当たり前でしょう。女性でも力があればなんとかなったでしょうけど、公式にはあなたはルーゴの庶子だもの。そこまでの力はないわね」
全くその通り。
反論の余地はない。
フェリシアはヨレンテ家唯一の相続人だが、正式にはルーゴ伯爵の私生児だ。家中から虐げられた存在だった。
つい数ヶ月前まではルーゴの娘として正当な扱いを受けてはいなかったのだ。
(この状況はエリアナにとっては当たり前でもフェリシアにとっては天からの恩恵でしかないものね)
エリアナが殺されたタイミングで熱病で死にかけていたフェリシアの体に魂が宿る。
そして全てが好転し始めた。
(でもこんな扱いももう終わりよ)
来月にはヨレンテの当主として返り咲いてみせる。
「王太后殿下、私は一刻も早くルーゴの嫡子として認められたいのです。お知恵をお貸しいただけませんか」
「ふぅん。フェリシア、あなたなぜ嫡子になりたいの?」
「ヨレンテを継ぐためです。私にはリェイダ男爵位はありますが、戸籍は庶民です。このままでは当主として認められないでしょう」
「そうね。庶民が伯爵位を継ぐなんてことは前代未聞だものね。でも」
カミッラ様の瞳が優しく光る。
「あなたは私の後見を持つ唯一の存在、リェイダ女男爵よ。誰に何を言われようが無視すればいいの。毅然としていれば文句は言われないわ」
さすが王太后殿下。
肝の座り具合は一等級だ。
国を治め社交界のトップに君臨していただけある。
(殿下に言われると本当に平気に思えちゃうわ)
根拠はなく口から出まかせと言ってもいいのだが、素直に信じたくなる強さがある。
レオンにも通じる気質、これが王家の血筋なのだろうか。
「フェリシア、マンティーノスに行っていたのよね。ウェステ伯爵の『盟約の証』は持っているの?」
「はい」
私は胸元から印章を取り出し、カミッラ様の前に置いた。
カミッラ様は手に取りじっくりと検分する。
「セナイダが継いだ時に見たものと同じだわ。本物ね。あなたが自ら封印を解いたの?」
「はい」
物珍しいのかカミッラ様はしげしげと眺める。
「ヨレンテの血というのは不思議なものね。あなたはルーゴの家の者。それなのに『盟約の証』を手にすることができた。教育も受けていないあなたがなぜ?」
「……なぜでしょうか。自然と理解できたのです」
「自然と……。突然死と判断されたエリアナが殺されたと言い、証拠を見つけてきた。考えてみれば理に適っていなことばかりなのにねぇ。おかしなこと」
私は唾を飲み込んだ。
言うべきか。
エリアナの魂が憑依していると。フェリシアの魂はエリアナの魂と差し替わり、今はエリアナなのだと。
(だめ。気が狂っていると思われるだけだわ)
レオンは信じてくれた。
でもそれはフェリシアとしてもエリアナとしても長く共に過ごした実績があるからだ。
王太后殿下に会ったのは今日で2回目。
荒唐無稽な言動を受け入れてもらえるほどに信頼関係はない。
(試してみよう。聡明な方だから信じてくださるかも)
賭けてみよう。
「王太后殿下……私は実は」と私は身を乗り出した。
カミッラ様はほんの少しばかり口元をあげ、左手で払う素振りをする。
「いい。言わなくてもいい。あなたが抱えている事情、それが何であろうとも興味はないわ。エリアナが殺された事実は変わらない。親友の孫娘の名誉を救おうとしてくれている。これだけで十分。あなたには感謝しているわ」
感謝?
親友だったお祖母様を傷つけたフェリシアに?
お母様そっくりの私を忌々しく思っていらしてたのに?
(感謝しているってどう言うことなの)
人はこんなに容易に変わるものなのか……?
カディス中の注目を集める裁判が始まった。
お父様、いいえマリオ・オヴィリオは二つの罪、『密輸』そして『当主である実娘エリアナ・ヨレンテ殺害』の疑惑に関して裁かれるのだ。
「フェリシア、あなたは法廷に行かなくてもよかったのかしら」
王太后カミッラ様が試す様に訊いた。
「左様でございますね……」
私は口籠もりながら、言葉を探す。
なんとなく歯切れが悪いのは今私がいる場所が裁判所ではなく王太后殿下の離宮にいるからだ。
現在、王宮そばにある王立裁判所で裁判が行われているはずだ。
本来ならば傍聴席に陣取り見届けるのが筋なのだが、私には裁判に参加する資格すらなかった。
「女性ってことだけでも傍聴は難しいんだけどね、フィリィは身分が明らかではないからダメだって」と申し訳なさそうに告げるレオンを何とか送り出したのが1時間前のこと。
サグント侯爵家のタウンハウスで呆然としていた所、王太后殿下に呼ばれ話し相手をすることになったのだ。
(自分のことだから、この目で見届けたかったのだけど)
女性であることと身分の低さが仇となった。個人ではどうしようもないことだ。
私は如何にも不本意だと目を伏せ、
「行くつもりではいましたが、裁判所から許可されませんでした。傍聴すら許されなかったのです。レオンは許されたのに……。理不尽ですわ」
「当たり前でしょう。女性でも力があればなんとかなったでしょうけど、公式にはあなたはルーゴの庶子だもの。そこまでの力はないわね」
全くその通り。
反論の余地はない。
フェリシアはヨレンテ家唯一の相続人だが、正式にはルーゴ伯爵の私生児だ。家中から虐げられた存在だった。
つい数ヶ月前まではルーゴの娘として正当な扱いを受けてはいなかったのだ。
(この状況はエリアナにとっては当たり前でもフェリシアにとっては天からの恩恵でしかないものね)
エリアナが殺されたタイミングで熱病で死にかけていたフェリシアの体に魂が宿る。
そして全てが好転し始めた。
(でもこんな扱いももう終わりよ)
来月にはヨレンテの当主として返り咲いてみせる。
「王太后殿下、私は一刻も早くルーゴの嫡子として認められたいのです。お知恵をお貸しいただけませんか」
「ふぅん。フェリシア、あなたなぜ嫡子になりたいの?」
「ヨレンテを継ぐためです。私にはリェイダ男爵位はありますが、戸籍は庶民です。このままでは当主として認められないでしょう」
「そうね。庶民が伯爵位を継ぐなんてことは前代未聞だものね。でも」
カミッラ様の瞳が優しく光る。
「あなたは私の後見を持つ唯一の存在、リェイダ女男爵よ。誰に何を言われようが無視すればいいの。毅然としていれば文句は言われないわ」
さすが王太后殿下。
肝の座り具合は一等級だ。
国を治め社交界のトップに君臨していただけある。
(殿下に言われると本当に平気に思えちゃうわ)
根拠はなく口から出まかせと言ってもいいのだが、素直に信じたくなる強さがある。
レオンにも通じる気質、これが王家の血筋なのだろうか。
「フェリシア、マンティーノスに行っていたのよね。ウェステ伯爵の『盟約の証』は持っているの?」
「はい」
私は胸元から印章を取り出し、カミッラ様の前に置いた。
カミッラ様は手に取りじっくりと検分する。
「セナイダが継いだ時に見たものと同じだわ。本物ね。あなたが自ら封印を解いたの?」
「はい」
物珍しいのかカミッラ様はしげしげと眺める。
「ヨレンテの血というのは不思議なものね。あなたはルーゴの家の者。それなのに『盟約の証』を手にすることができた。教育も受けていないあなたがなぜ?」
「……なぜでしょうか。自然と理解できたのです」
「自然と……。突然死と判断されたエリアナが殺されたと言い、証拠を見つけてきた。考えてみれば理に適っていなことばかりなのにねぇ。おかしなこと」
私は唾を飲み込んだ。
言うべきか。
エリアナの魂が憑依していると。フェリシアの魂はエリアナの魂と差し替わり、今はエリアナなのだと。
(だめ。気が狂っていると思われるだけだわ)
レオンは信じてくれた。
でもそれはフェリシアとしてもエリアナとしても長く共に過ごした実績があるからだ。
王太后殿下に会ったのは今日で2回目。
荒唐無稽な言動を受け入れてもらえるほどに信頼関係はない。
(試してみよう。聡明な方だから信じてくださるかも)
賭けてみよう。
「王太后殿下……私は実は」と私は身を乗り出した。
カミッラ様はほんの少しばかり口元をあげ、左手で払う素振りをする。
「いい。言わなくてもいい。あなたが抱えている事情、それが何であろうとも興味はないわ。エリアナが殺された事実は変わらない。親友の孫娘の名誉を救おうとしてくれている。これだけで十分。あなたには感謝しているわ」
感謝?
親友だったお祖母様を傷つけたフェリシアに?
お母様そっくりの私を忌々しく思っていらしてたのに?
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人はこんなに容易に変わるものなのか……?
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