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71話 下衆の果ての盟約。
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「身に余るお言葉、大変恐縮です」
ここは素直に受け止めておく。
「正直、あなたに期待していなかったのよ」
根拠のない自信だけはある海のものとも山のものとも分からない娘だったから、とカミッラ様ははっきりとおっしゃった。
(フェリシアはルーゴ伯爵家の戸籍も持たない庶子だもの)
レオンから与えられた見掛けだけのリェイダ男爵。
なんと薄っぺらい。今回の件が失敗していたならば、詐欺師だ。
「それでも受け入れてくださったではありませんか」
「あのレオンが肩入れするんだもの。断るわけにはいかないでしょう。それにあなたは私の親友の孫娘。古の友には礼を尽くすのが私の主義なの。もちろん、私は慈善でやっているわけではないの。いざと言う時には尽力してもらうわよ」
これで私は王太后殿下の駒になったということか。
私がレオンを利用しようと考えていたように。王太后殿下は私を手札の一つにしようとしている。
(レオンには図らずも捕らえられてしまったけれど、カミッラ様は仕方ないわ)
表向きは政界と社交界から引退なさった身だ。
公然と何かをなさるわけではないだろうが、裏で動く人材は必要なのだろう。
(それでも益は大きいわ)
私生児がヨレンテの地位を奪い取れるポジションに辿り着けたのは、王太后殿下の後見があってこそなのだから。
私はサファイアの指輪にそっと触れる。
「王太后様。陛下は私をヨレンテの継承者として認めてくださるでしょうか」
ヨレンテを継ぐ権利を得ても最後に王権が認めねば意味をなさい。
現国王とは面識がある程度。フェリシアはもちろん、エリアナも個人的に会話を交わしたことはないのだ。
(国王陛下のお母上であるカミッラ様のお口添えがあるかないかで成否は決まるわ)
カミッラ様は口元を緩め、
「『ヨレンテの盟約』があなたにある以上、諾と言う他ないわ。あの子も盟約には逆らえない。安心なさい」
『ヨレンテの盟約』
有能な部下を縛っておくために始まったものだと思っていたが。
認識が違っていたのだろうか。
「陛下ですら無視できない盟約であるのですか? 初めて伺いました」
「知らないのも仕方がないわ。こうまでして押さえなければならない存在だったのよ。あなたの先祖はね」
カミッラ様は侍女に菓子を追加で出すように命じ、
「セヴァスティアン・ヨレンテは卓越した才能を持つ人物だった。現在の王朝が内戦を平定できたのはセヴァスティアンの存在が大きかったことを、フェリシアでも知っているでしょう?」
ヨレンテを名乗る者ならば誰でも知っている。
泥沼化していた内戦を終着させ王座についた王は建国の英雄セヴァスティアンを重用し寵愛した。
大勲が認められた者だけに与えられる近衛大勲章も贈るほどに。
「勲章はね、貴族にとってはもらえるだけでも名誉なのよ。けれどセヴァスティアンはその場で投げ捨てたの」
平民の商家出のセヴァスティアンにとって勲章など何の役にも立たない。
不要な物だった。
彼にとっては名誉よりもこの世の利益が優先されるのだ。
そこでセヴァスティアンは自らの働きに相応しい報酬を求めた。
それが当時最も重視される領、マンティーノスだ。
カディスで一番安定した収穫を望める豊かな土地はセヴァスティアンの思惑と合致する。
だが王家は下賜を認めなかった。
生産性の高い土地を手放すことなどできやしない。
認められないと悟ったセヴァスティアンは次第に王と距離を置いていったのだという。
「あなたのご先祖様は大したものでね。カディスの金払いの悪さに愛想を尽かして、他国の引き抜きに乗ろうとしたのよ」
(建国の英雄なのに?? なんて節操がない……)
セヴァスティアンは才能は豊かではあったが、王家への忠誠心は皆無であった。
カディスに留まっていたのは対価のためだけだったのだ。
「存じませんでした。ヨレンテ初代がそんな守銭奴であっただなんて」
「違うわよ、フェリシア。セヴァスティアンの才能はそれほどに優れているということよ。セヴァスティアンはカディス王国に必要不可欠な人材だった。結局、王はマンティーノスを下賜する代わりにヨレンテにも制約を設けたのよ」
「『ヨレンテの盟約』ですか」
セヴァスティアンの直系のみ相続を認める盟約を……。
「同じように王家もまた『ヨレンテの盟約』で縛られているの。条件を満たす後継者は認めねばならない。何があろうと、ね」
「カミッラ様、それは……」
私は王の前で名乗り出ることだけで認められるということだ。
フェリシアは庶子ではあるが、父親はウェステ伯爵だ。
つまり現状残された唯一のヨレンテなのだ。
「裁判次第になるけれど、問題なく認められるでしょう。あなたの容姿、出自には説得力があるわ。おめでとう、フェリシア。いいえ、エリアナ・ヨレンテ」
エリアナ・ヨレンテ??
ここは素直に受け止めておく。
「正直、あなたに期待していなかったのよ」
根拠のない自信だけはある海のものとも山のものとも分からない娘だったから、とカミッラ様ははっきりとおっしゃった。
(フェリシアはルーゴ伯爵家の戸籍も持たない庶子だもの)
レオンから与えられた見掛けだけのリェイダ男爵。
なんと薄っぺらい。今回の件が失敗していたならば、詐欺師だ。
「それでも受け入れてくださったではありませんか」
「あのレオンが肩入れするんだもの。断るわけにはいかないでしょう。それにあなたは私の親友の孫娘。古の友には礼を尽くすのが私の主義なの。もちろん、私は慈善でやっているわけではないの。いざと言う時には尽力してもらうわよ」
これで私は王太后殿下の駒になったということか。
私がレオンを利用しようと考えていたように。王太后殿下は私を手札の一つにしようとしている。
(レオンには図らずも捕らえられてしまったけれど、カミッラ様は仕方ないわ)
表向きは政界と社交界から引退なさった身だ。
公然と何かをなさるわけではないだろうが、裏で動く人材は必要なのだろう。
(それでも益は大きいわ)
私生児がヨレンテの地位を奪い取れるポジションに辿り着けたのは、王太后殿下の後見があってこそなのだから。
私はサファイアの指輪にそっと触れる。
「王太后様。陛下は私をヨレンテの継承者として認めてくださるでしょうか」
ヨレンテを継ぐ権利を得ても最後に王権が認めねば意味をなさい。
現国王とは面識がある程度。フェリシアはもちろん、エリアナも個人的に会話を交わしたことはないのだ。
(国王陛下のお母上であるカミッラ様のお口添えがあるかないかで成否は決まるわ)
カミッラ様は口元を緩め、
「『ヨレンテの盟約』があなたにある以上、諾と言う他ないわ。あの子も盟約には逆らえない。安心なさい」
『ヨレンテの盟約』
有能な部下を縛っておくために始まったものだと思っていたが。
認識が違っていたのだろうか。
「陛下ですら無視できない盟約であるのですか? 初めて伺いました」
「知らないのも仕方がないわ。こうまでして押さえなければならない存在だったのよ。あなたの先祖はね」
カミッラ様は侍女に菓子を追加で出すように命じ、
「セヴァスティアン・ヨレンテは卓越した才能を持つ人物だった。現在の王朝が内戦を平定できたのはセヴァスティアンの存在が大きかったことを、フェリシアでも知っているでしょう?」
ヨレンテを名乗る者ならば誰でも知っている。
泥沼化していた内戦を終着させ王座についた王は建国の英雄セヴァスティアンを重用し寵愛した。
大勲が認められた者だけに与えられる近衛大勲章も贈るほどに。
「勲章はね、貴族にとってはもらえるだけでも名誉なのよ。けれどセヴァスティアンはその場で投げ捨てたの」
平民の商家出のセヴァスティアンにとって勲章など何の役にも立たない。
不要な物だった。
彼にとっては名誉よりもこの世の利益が優先されるのだ。
そこでセヴァスティアンは自らの働きに相応しい報酬を求めた。
それが当時最も重視される領、マンティーノスだ。
カディスで一番安定した収穫を望める豊かな土地はセヴァスティアンの思惑と合致する。
だが王家は下賜を認めなかった。
生産性の高い土地を手放すことなどできやしない。
認められないと悟ったセヴァスティアンは次第に王と距離を置いていったのだという。
「あなたのご先祖様は大したものでね。カディスの金払いの悪さに愛想を尽かして、他国の引き抜きに乗ろうとしたのよ」
(建国の英雄なのに?? なんて節操がない……)
セヴァスティアンは才能は豊かではあったが、王家への忠誠心は皆無であった。
カディスに留まっていたのは対価のためだけだったのだ。
「存じませんでした。ヨレンテ初代がそんな守銭奴であっただなんて」
「違うわよ、フェリシア。セヴァスティアンの才能はそれほどに優れているということよ。セヴァスティアンはカディス王国に必要不可欠な人材だった。結局、王はマンティーノスを下賜する代わりにヨレンテにも制約を設けたのよ」
「『ヨレンテの盟約』ですか」
セヴァスティアンの直系のみ相続を認める盟約を……。
「同じように王家もまた『ヨレンテの盟約』で縛られているの。条件を満たす後継者は認めねばならない。何があろうと、ね」
「カミッラ様、それは……」
私は王の前で名乗り出ることだけで認められるということだ。
フェリシアは庶子ではあるが、父親はウェステ伯爵だ。
つまり現状残された唯一のヨレンテなのだ。
「裁判次第になるけれど、問題なく認められるでしょう。あなたの容姿、出自には説得力があるわ。おめでとう、フェリシア。いいえ、エリアナ・ヨレンテ」
エリアナ・ヨレンテ??
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