殺された女伯爵が再び全てを取り戻すまでの話。

吉井あん

文字の大きさ
71 / 102

71話 下衆の果ての盟約。

しおりを挟む
「身に余るお言葉、大変恐縮です」


 ここは素直に受け止めておく。


「正直、あなたに期待していなかったのよ」


 根拠のない自信だけはある海のものとも山のものとも分からない娘だったから、とカミッラ様ははっきりとおっしゃった。


(フェリシアはルーゴ伯爵家の戸籍も持たない庶子だもの)


 レオンから与えられた見掛けだけのリェイダ男爵。
 なんと薄っぺらい。今回の件が失敗していたならば、詐欺師だ。


「それでも受け入れてくださったではありませんか」

レオンが肩入れするんだもの。断るわけにはいかないでしょう。それにあなたは私の親友の孫娘。古の友には礼を尽くすのが私の主義なの。もちろん、私は慈善でやっているわけではないの。いざと言う時には尽力してもらうわよ」


 これで私は王太后殿下の駒になったということか。
 私がレオンを利用しようと考えていたように。王太后殿下は私を手札の一つにしようとしている。


(レオンには図らずも捕らえられてしまったけれど、カミッラ様は仕方ないわ)


 表向きは政界と社交界から引退なさった身だ。
 公然と何かをなさるわけではないだろうが、裏で動く人材は必要なのだろう。


(それでも益は大きいわ)


 私生児がヨレンテの地位を奪い取れるポジションに辿り着けたのは、王太后殿下の後見があってこそなのだから。

 私はサファイアの指輪にそっと触れる。


「王太后様。陛下は私をヨレンテの継承者として認めてくださるでしょうか」


 ヨレンテを継ぐ権利を得ても最後に王権が認めねば意味をなさい。
 現国王とは面識がある程度。フェリシアはもちろん、エリアナも個人的に会話を交わしたことはないのだ。


(国王陛下のお母上であるカミッラ様のお口添えがあるかないかで成否は決まるわ)


 カミッラ様は口元を緩め、


「『ヨレンテの盟約』があなたにある以上、諾と言う他ないわ。あの子も盟約には逆らえない。安心なさい」


『ヨレンテの盟約』
 有能な部下を縛っておくために始まったものだと思っていたが。
 認識が違っていたのだろうか。


「陛下ですら無視できない盟約であるのですか? 初めて伺いました」

「知らないのも仕方がないわ。こうまでして押さえなければならない存在だったのよ。あなたの先祖はね」


 カミッラ様は侍女に菓子を追加で出すように命じ、


「セヴァスティアン・ヨレンテは卓越した才能を持つ人物だった。現在の王朝が内戦を平定できたのはセヴァスティアンの存在が大きかったことを、フェリシアあなたでも知っているでしょう?」


 ヨレンテを名乗る者ならば誰でも知っている。

 泥沼化していた内戦を終着させ王座についた王は建国の英雄セヴァスティアンを重用し寵愛した。
 大勲が認められた者だけに与えられる近衛大勲章も贈るほどに。


「勲章はね、貴族にとってはもらえるだけでも名誉なのよ。けれどセヴァスティアンはその場で投げ捨てたの」


 平民の商家出のセヴァスティアンにとって勲章など何の役にも立たない。
 不要な物だった。
 彼にとっては名誉よりもこの世の利益が優先されるのだ。

 そこでセヴァスティアンは自らの働きに相応しい報酬を求めた。

 それが当時最も重視される領、マンティーノスだ。
 カディスで一番安定した収穫を望める豊かな土地はセヴァスティアンの思惑と合致する。

 だが王家は下賜を認めなかった。
 生産性の高い土地を手放すことなどできやしない。

 認められないと悟ったセヴァスティアンは次第に王と距離を置いていったのだという。


「あなたのご先祖様は大したものでね。カディスの金払いの悪さに愛想を尽かして、他国の引き抜きに乗ろうとしたのよ」


(建国の英雄なのに?? なんて節操がない……)


 セヴァスティアンは才能は豊かではあったが、王家への忠誠心は皆無であった。
 カディスに留まっていたのは対価のためだけだったのだ。


「存じませんでした。ヨレンテ初代がそんな守銭奴であっただなんて」

「違うわよ、フェリシア。セヴァスティアンの才能はそれほどに優れているということよ。セヴァスティアンはカディス王国に必要不可欠な人材だった。結局、王はマンティーノスを下賜する代わりにヨレンテにも制約を設けたのよ」

「『ヨレンテの盟約』ですか」


 セヴァスティアンの直系のみ相続を認める盟約を……。


「同じように王家もまた『ヨレンテの盟約』で縛られているの。条件を満たす後継者は認めねばならない。何があろうと、ね」

「カミッラ様、それは……」


 私は王の前で名乗り出ることだけで認められるということだ。
 フェリシアは庶子ではあるが、父親はウェステ伯爵だ。
 つまり現状残された唯一のヨレンテなのだ。


「裁判次第になるけれど、問題なく認められるでしょう。あなたの容姿、出自には説得力があるわ。おめでとう、フェリシア。いいえ、


 エリアナ・ヨレンテ??
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

本当に現実を生きていないのは?

朝樹 四季
恋愛
ある日、ヒロインと悪役令嬢が言い争っている場面を見た。ヒロインによる攻略はもう随分と進んでいるらしい。 だけど、その言い争いを見ている攻略対象者である王子の顔を見て、俺はヒロインの攻略をぶち壊す暗躍をすることを決意した。 だって、ここは現実だ。 ※番外編はリクエスト頂いたものです。もしかしたらまたひょっこり増えるかもしれません。

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

処理中です...