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72話 あなたに必要とされたいのです。
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王太后殿下は私をフェリシアではなくエリアナと呼んだ。
確かにエリアナ・ヨレンテと。
私は外見はフェリシアだが魂がエリアナであるとは伝えてはいない。
誰がが伝えたのか?
(レオンが?)
まさか。
レオンが私に不利になることはしない。
私は咳払いをする。
「王太后殿下、私はフェリシア・ルーゴでございます。エリアナ・ヨレンテ様では……。なぜエリアナ様の名をお呼びになったのですか?」
「あら、私、間違えたかしら?」
「……はい」
「あなたとエリアナとは縁があるように感じたのだけど。勘違いだったかしら。……あなた、生まれ変わりというものを信じる?」
最近外国の書物をよく読むのよ、とカミッラ様は笑う。
「唐突にごめんなさいね。外国の物語にはね、度々出てくるの。死んだ者の魂が違う人間に生まれ変わるということがね。東の国にはそういう考えもあるのだけど、カディスにはない考えだからよく理解できないと思うのだけど」
「はぁ……。生まれ、かわりでございますか?」
理解できない?
否、心当たりがありすぎる。
(私だもの、それ)
私の場合は生まれ変わりというよりも魂の抜けたフェリシアの体に無理矢理憑依したと言ったほうが正しいのだが。
ただ物語に出て来るとはいえ、それは虚構。
カミッラ様ほどの方が確信もなく口に出すなど考えられない。
(何か引っ掛かるところがあったのかしら)
カディスでは転生はメジャーな思想ではないというのに。
「申し訳ありません。生まれ変わりというものがよく……」
「あなたがそうではないかと推測したのよ。フェリシアが事故で瀕死だった頃とエリアナが殺された時期は被ると聞いたの。それにあなたはヨレンテの秘密を知りすぎている。物分かりも良すぎるわ。けれどエリアナとしての記憶があれば納得がいく」
鋭い……。
憶測だけでそこまで辿り着けるとは。
さすが王太后殿下。引退しても聡明さは変わらない。
「カミッラ様、そんな非現実的なことはあり得ません。誰にも申し上げてはいませんが、私がヨレンテのことを把握しているのは事前に調査したからです。もちろん私一人では成し得ませんでした」
暗にレオンの力を利用したと示す。
「……確かにそうよね。ごめんなさいね、おかしなこと言って」
「本当ですよ。耄碌なさったのですか? 大伯母様」
聞き覚えのある声が割って入った。
カミッラ様は声のする方を苦々しげに眺め、
「レオン。あなた法廷では?」
「退屈だったので部下に任せてきました。大伯母様にお会いしたかったのです」とレオンは優雅に一礼をした。
朝別れた時よりも凛々しい侯爵家の嗣子として相応しいレオンの姿ーー高級メゾンであつらえたのだろうか今期流行のスタイルだーーに思わず見惚れてしまう。
「相変わらず上手いこというわね。私の姪孫は」
「おや信じてくださらないのですか。悲しいことです」
「ほんとに口が達者ね。社交界の女性が放っておかないはずだわ」
「全て大伯母様の血筋のおかげです。マッサーナは武人の家ですからね。……やぁ僕の婚約者殿、会えて嬉しいよ」
最高にいい表情のレオンは図々しくも私のそばに来ると身をかがめ頬にキスをした。
カミッラ様の眉が上がる。
「あなたたちそんなに親密な仲だったのかしら」
「ええ。政略的な婚約ですが、もともと幼馴染ですからね。愛情で結ばれた関係でもあるのです。もう僕はフェリシアのいない人生なんて考えられません」
「まぁお熱いことね」
カミッラ様は扇子を広げはたはたと扇いだ。
「これでマンティーノスはあなたの手の物となったわね、レオン」
「大伯母様。間違っておられます。僕のものではありませんよ。フェリシアのものです」
「同じことよ」
結婚するんだからとカミッラ様は眉間に皺を寄せた。
「サグント侯爵家はウェステ伯爵をも取り込んでどこへいくつもりかしら」
「何もしやしません。勘繰りすぎですよ。僕がフェリシアと結婚するのはただ愛しているだけです」
(私に近づいたのは下心があったから。わかっているけれど傷つく……)
以前はそれでもいいと思っていた。
マンティーノスが私の手に戻り復讐を遂げる(しかもほぼ成し遂げられた!)。
これさえできるのならば、誰に利用されようが良いのだと。
(想定外だったの。レオンを好きになってしまった私の自業自得よ)
マンティーノスが戻って来ただけでも上等じゃないか。
でも。
笑顔を作れないのはなぜだろう。
「フィリィ?」
「あ、ごめんなさい。少し不安で……。あの、裁判の行方が……」
私は慌てて取り繕う。
が、レオンには隠しきれなかったようだ。
レオンはほんの少し表情を曇らせると私の頬を甲で撫で、カミッラ様に退席の許可を申し出た。
「大叔母様。お茶の途中で申し訳ないのですが、フェリシアを貸していただいても?」
「……いいわよ。もう話は終わったわ。好きになさい」
音を立て扇子を畳むとカミッラ様は離宮の庭園の筏葛が見ごろよと言い残し席を立たれ、私たちもそれに続いた。
確かにエリアナ・ヨレンテと。
私は外見はフェリシアだが魂がエリアナであるとは伝えてはいない。
誰がが伝えたのか?
(レオンが?)
まさか。
レオンが私に不利になることはしない。
私は咳払いをする。
「王太后殿下、私はフェリシア・ルーゴでございます。エリアナ・ヨレンテ様では……。なぜエリアナ様の名をお呼びになったのですか?」
「あら、私、間違えたかしら?」
「……はい」
「あなたとエリアナとは縁があるように感じたのだけど。勘違いだったかしら。……あなた、生まれ変わりというものを信じる?」
最近外国の書物をよく読むのよ、とカミッラ様は笑う。
「唐突にごめんなさいね。外国の物語にはね、度々出てくるの。死んだ者の魂が違う人間に生まれ変わるということがね。東の国にはそういう考えもあるのだけど、カディスにはない考えだからよく理解できないと思うのだけど」
「はぁ……。生まれ、かわりでございますか?」
理解できない?
否、心当たりがありすぎる。
(私だもの、それ)
私の場合は生まれ変わりというよりも魂の抜けたフェリシアの体に無理矢理憑依したと言ったほうが正しいのだが。
ただ物語に出て来るとはいえ、それは虚構。
カミッラ様ほどの方が確信もなく口に出すなど考えられない。
(何か引っ掛かるところがあったのかしら)
カディスでは転生はメジャーな思想ではないというのに。
「申し訳ありません。生まれ変わりというものがよく……」
「あなたがそうではないかと推測したのよ。フェリシアが事故で瀕死だった頃とエリアナが殺された時期は被ると聞いたの。それにあなたはヨレンテの秘密を知りすぎている。物分かりも良すぎるわ。けれどエリアナとしての記憶があれば納得がいく」
鋭い……。
憶測だけでそこまで辿り着けるとは。
さすが王太后殿下。引退しても聡明さは変わらない。
「カミッラ様、そんな非現実的なことはあり得ません。誰にも申し上げてはいませんが、私がヨレンテのことを把握しているのは事前に調査したからです。もちろん私一人では成し得ませんでした」
暗にレオンの力を利用したと示す。
「……確かにそうよね。ごめんなさいね、おかしなこと言って」
「本当ですよ。耄碌なさったのですか? 大伯母様」
聞き覚えのある声が割って入った。
カミッラ様は声のする方を苦々しげに眺め、
「レオン。あなた法廷では?」
「退屈だったので部下に任せてきました。大伯母様にお会いしたかったのです」とレオンは優雅に一礼をした。
朝別れた時よりも凛々しい侯爵家の嗣子として相応しいレオンの姿ーー高級メゾンであつらえたのだろうか今期流行のスタイルだーーに思わず見惚れてしまう。
「相変わらず上手いこというわね。私の姪孫は」
「おや信じてくださらないのですか。悲しいことです」
「ほんとに口が達者ね。社交界の女性が放っておかないはずだわ」
「全て大伯母様の血筋のおかげです。マッサーナは武人の家ですからね。……やぁ僕の婚約者殿、会えて嬉しいよ」
最高にいい表情のレオンは図々しくも私のそばに来ると身をかがめ頬にキスをした。
カミッラ様の眉が上がる。
「あなたたちそんなに親密な仲だったのかしら」
「ええ。政略的な婚約ですが、もともと幼馴染ですからね。愛情で結ばれた関係でもあるのです。もう僕はフェリシアのいない人生なんて考えられません」
「まぁお熱いことね」
カミッラ様は扇子を広げはたはたと扇いだ。
「これでマンティーノスはあなたの手の物となったわね、レオン」
「大伯母様。間違っておられます。僕のものではありませんよ。フェリシアのものです」
「同じことよ」
結婚するんだからとカミッラ様は眉間に皺を寄せた。
「サグント侯爵家はウェステ伯爵をも取り込んでどこへいくつもりかしら」
「何もしやしません。勘繰りすぎですよ。僕がフェリシアと結婚するのはただ愛しているだけです」
(私に近づいたのは下心があったから。わかっているけれど傷つく……)
以前はそれでもいいと思っていた。
マンティーノスが私の手に戻り復讐を遂げる(しかもほぼ成し遂げられた!)。
これさえできるのならば、誰に利用されようが良いのだと。
(想定外だったの。レオンを好きになってしまった私の自業自得よ)
マンティーノスが戻って来ただけでも上等じゃないか。
でも。
笑顔を作れないのはなぜだろう。
「フィリィ?」
「あ、ごめんなさい。少し不安で……。あの、裁判の行方が……」
私は慌てて取り繕う。
が、レオンには隠しきれなかったようだ。
レオンはほんの少し表情を曇らせると私の頬を甲で撫で、カミッラ様に退席の許可を申し出た。
「大叔母様。お茶の途中で申し訳ないのですが、フェリシアを貸していただいても?」
「……いいわよ。もう話は終わったわ。好きになさい」
音を立て扇子を畳むとカミッラ様は離宮の庭園の筏葛が見ごろよと言い残し席を立たれ、私たちもそれに続いた。
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