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2章 失い、そして全てを取り戻す。
92話 お断りいたします。
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ロベルト4世は頬杖をつき、再び挑むような眼差しを私に向ける。
「フェリシアよ。お前がマンティーノスの後継者であることを認めるための条件として、オヴィリオの……セナイダの夫、お前の義兄の罪をお前が償わねばならん。オヴィリオの罪はヨレンテの罪だ」
――――義兄。
(あぁそうだったわ……)
フェリシアはお祖父様の子供である。つまりはお母様の異母妹。
お父様は義兄にあたるのだ。
身内の罪は身内が償わねばならないという理屈か。
「陛下! オヴィリオの件は昨日の審議でマンティーノスに対し罪は問わないと決まったはずです。今更、何を仰せられるのですか! 覆すなど君主としてあるまじき行為でございましょう!」
国王の提案にレオンが声を荒げ、身を乗り出した。
首筋にうっすらと筋が浮いている。
(珍しい……レオンが激怒してる)
お父様の事件は密使として王室の命を受け、長い時間をかけて調査してきた。
幾重にも手回しをし調整を重ねていた裁判の結果を反故にされるのは、例えそれが国王だとしても許し兼ねるのだろう。
知ってか知らずか、この国の支配者は両手の指を合わせ、
「レオン・マッサーナ。勘違いするな。マンティーノス領に対してではない。フェリシア個人に問うておるのだ。どうなのだ、フェリシアよ」と不敵に微笑んだ。
「陛下の……」
喉の奥が焼け付くように痛い。
重圧に胸も胃も締め付けられる。
「……陛下の仰せの通りです。オヴィリオは血は繋がりませんが、私の義兄です。これほどの大罪、親族である私にも責任はありましょう。私に何をお望みなのですか?」
ただでさえ重々しい雰囲気に包まれていた場がさらに重く静まり返った。
妃殿下だけでなく、サグント侯爵やルーゴ伯爵までも動きを止め、固唾を呑んでいる。
少し間を置いて、ロベルト4世は静かに頷いた。
「お前の子、だ」
子供……?
私とレオンの子供のこと?
「近い将来生まれるであろうお前たちの子を王家に差し出せば、オヴィリオの罪は不問とする」
「ま……まだ存在すらしていない我が……子を王家に、ですか?!」
「ああ、そうだ。その通りだ。フェリシア。サグントとヨレンテの血を継ぐ子を、娘であるなら孫王子に入内させ息子であるならば孫王女の婿とする。どうだ易いことだろう」
貴族にとって政略結婚は日常だ。
こうして生まれる前から決められることも珍しいことではない。
(王家としてはとてもリスクの少ない方法ね。私の子が王家に渡ることでマンティーノスが完全にサグントに取り込まれる事もなくなるもの)
マンティーノスを手にすることはできなかったのならば、次世代をカディスに繋ぎ止めればよい。
ヨレンテに王家が盟約で縛られるように、王家がヨレンテを血で縛ってしまえばいいのだ……。
素直に受け入れれば、マンティーノスの安全と安定の保障される。
子供一人と引き換えならば悪くはない。
だけど。
(到底受け入れられない)
ヨレンテは少子の家系だ。
理由は分からないが、主君筋はどんなに努力しても子は一人か二人しか生まれない(この世では人は多く生まれあっさり死んでしまうものなのに……。これで7代も続いたのが奇跡ではあるのだが)。
それに希少なヨレンテの子を私のように政治の道具にはしたくない……という思いもある。
(未来の私の子供達には、自分の運命は自分に選択させたいもの)
私は横目でレオンを盗み見た。
レオンのいつも凪いているヘーゼルの瞳が静かな怒りに満ち、私と繋いだ手は微かに汗ばんでいる。
レオンも私と同じ気持ちなのだろうか。
「伯父上様。私とフェリシアの子を王家の贄とせよ、ですか。真の目的は子をサグントへの楔とするためでしょう。我らへの牽制のために」
「……何を言っておるのだ、サグントのレオンよ。お前たちはカディスの忠臣。ただ絆を深めようと思うだけだ。他に何があるというのだ?」
謀反でも企んでいるのかと王は訊く。
レオンには胸に秘めた野望がある。
それが何かは判明しないまでも、薄々、何かあるとは勘づいているのだろう。
「……いえ、ございません。サグントはカディス第一の臣下。王家に対する忠誠心に揺るぎはありません」
「左様であろうとも」と王は満足げに頷き、私に目線を渡した。
「フェリシア、お前の夫には二心はないそうだが、お前はどうなのだ。当事者としての答えを聞こうではないか」
私は大きく息を吸い、下腹に力を込める。
答えは一つ。
「お断りいたします」
全員が私を凝視する。
レオンでさえも驚きを隠さず、けれど目元には喜びを滲ませていた。
「我が子はヨレンテのもの。そして子の人生は子のものでございます。例え義兄の犯した大罪に対する償いであろうとも応じる気はございません」
「フェリシアよ。お前がマンティーノスの後継者であることを認めるための条件として、オヴィリオの……セナイダの夫、お前の義兄の罪をお前が償わねばならん。オヴィリオの罪はヨレンテの罪だ」
――――義兄。
(あぁそうだったわ……)
フェリシアはお祖父様の子供である。つまりはお母様の異母妹。
お父様は義兄にあたるのだ。
身内の罪は身内が償わねばならないという理屈か。
「陛下! オヴィリオの件は昨日の審議でマンティーノスに対し罪は問わないと決まったはずです。今更、何を仰せられるのですか! 覆すなど君主としてあるまじき行為でございましょう!」
国王の提案にレオンが声を荒げ、身を乗り出した。
首筋にうっすらと筋が浮いている。
(珍しい……レオンが激怒してる)
お父様の事件は密使として王室の命を受け、長い時間をかけて調査してきた。
幾重にも手回しをし調整を重ねていた裁判の結果を反故にされるのは、例えそれが国王だとしても許し兼ねるのだろう。
知ってか知らずか、この国の支配者は両手の指を合わせ、
「レオン・マッサーナ。勘違いするな。マンティーノス領に対してではない。フェリシア個人に問うておるのだ。どうなのだ、フェリシアよ」と不敵に微笑んだ。
「陛下の……」
喉の奥が焼け付くように痛い。
重圧に胸も胃も締め付けられる。
「……陛下の仰せの通りです。オヴィリオは血は繋がりませんが、私の義兄です。これほどの大罪、親族である私にも責任はありましょう。私に何をお望みなのですか?」
ただでさえ重々しい雰囲気に包まれていた場がさらに重く静まり返った。
妃殿下だけでなく、サグント侯爵やルーゴ伯爵までも動きを止め、固唾を呑んでいる。
少し間を置いて、ロベルト4世は静かに頷いた。
「お前の子、だ」
子供……?
私とレオンの子供のこと?
「近い将来生まれるであろうお前たちの子を王家に差し出せば、オヴィリオの罪は不問とする」
「ま……まだ存在すらしていない我が……子を王家に、ですか?!」
「ああ、そうだ。その通りだ。フェリシア。サグントとヨレンテの血を継ぐ子を、娘であるなら孫王子に入内させ息子であるならば孫王女の婿とする。どうだ易いことだろう」
貴族にとって政略結婚は日常だ。
こうして生まれる前から決められることも珍しいことではない。
(王家としてはとてもリスクの少ない方法ね。私の子が王家に渡ることでマンティーノスが完全にサグントに取り込まれる事もなくなるもの)
マンティーノスを手にすることはできなかったのならば、次世代をカディスに繋ぎ止めればよい。
ヨレンテに王家が盟約で縛られるように、王家がヨレンテを血で縛ってしまえばいいのだ……。
素直に受け入れれば、マンティーノスの安全と安定の保障される。
子供一人と引き換えならば悪くはない。
だけど。
(到底受け入れられない)
ヨレンテは少子の家系だ。
理由は分からないが、主君筋はどんなに努力しても子は一人か二人しか生まれない(この世では人は多く生まれあっさり死んでしまうものなのに……。これで7代も続いたのが奇跡ではあるのだが)。
それに希少なヨレンテの子を私のように政治の道具にはしたくない……という思いもある。
(未来の私の子供達には、自分の運命は自分に選択させたいもの)
私は横目でレオンを盗み見た。
レオンのいつも凪いているヘーゼルの瞳が静かな怒りに満ち、私と繋いだ手は微かに汗ばんでいる。
レオンも私と同じ気持ちなのだろうか。
「伯父上様。私とフェリシアの子を王家の贄とせよ、ですか。真の目的は子をサグントへの楔とするためでしょう。我らへの牽制のために」
「……何を言っておるのだ、サグントのレオンよ。お前たちはカディスの忠臣。ただ絆を深めようと思うだけだ。他に何があるというのだ?」
謀反でも企んでいるのかと王は訊く。
レオンには胸に秘めた野望がある。
それが何かは判明しないまでも、薄々、何かあるとは勘づいているのだろう。
「……いえ、ございません。サグントはカディス第一の臣下。王家に対する忠誠心に揺るぎはありません」
「左様であろうとも」と王は満足げに頷き、私に目線を渡した。
「フェリシア、お前の夫には二心はないそうだが、お前はどうなのだ。当事者としての答えを聞こうではないか」
私は大きく息を吸い、下腹に力を込める。
答えは一つ。
「お断りいたします」
全員が私を凝視する。
レオンでさえも驚きを隠さず、けれど目元には喜びを滲ませていた。
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