触れるだけで強くなる ~最強スキル《無限複製》で始めるクラフト生活~

六升六郎太

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第025話 無知なる一撃

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 エデンの中心部、湖付近にて、二人の男の姿があった。

 手にした斧で枯れ木を叩き折りながら進むガマに、後ろにいた仲間が不安そうにたずねる。

「でもよぉ、ガマ……。何も、あいつを囮にしなくてもよかったじゃねぇか……」

「はぁ!? 何甘っちょろいこと言ってやがんだ! あいつを囮にして《一角狼ホーン・ウルフ》の群れを引き離さねぇと、殺されてたのは俺たちの方だぞ!」

「で、でもよぉ……。あいつの腕まで斬らなくても……」

 ガマはピタリと足を止め、仲間の男の胸倉を掴み、軽々とその体を持ち上げた。

「おいおい、ジョー。なんだ? 寝ぼけてんのか? あいつが囮になりたくねぇなんてごねなけりゃ、俺だってわざわざ腕ぶった斬ったりはしねぇって。それとも何かぁ? 俺が好き好んであいつの腕ぶった斬ったと思ってんのかぁ? あぁ?」

 ガマの怒気を孕んだ表情に、ジョーは胸倉を掴まれたまま、「ひっ!」と小さく悲鳴を上げた。

「い、いや、悪い……。そんなこと思ってねぇよ……。あぁ、全然、思ってない……」

「そうか。だったらそれでいい」

 ガマはジョーを地面に下ろして再び前進し始めると、ジョーには見えないよう、薄ら笑いを浮かべた。

(くくく……。馬鹿が! あとでお前も俺様に殺されるとも知らねぇで! ……にしても、冒険者っつーのはボロい商売だよなぁ。そこら辺にいる雑魚を手下にして、あとはそいつらを壁にしてモンスターをぶち殺せばそれで終いだもんなぁ。手下は報酬を分配する前に殺しちまえばいいだけの話だし。くくく。おかげで俺様はもうCランクだ。このままいけばSランクだって夢じゃねぇぜ!)


「ギィィィチチチチチチチ!」


 突如、鳴り響いた不気味な鳴き声に、ガマとジョーは同時に足を止めた。

 ガマはすぐさま腰を屈め、前方を注視する。

(なんだ、今のは? 鳴き声? どこから聞こえてきやがったんだ?)

 一頻り前方の様子をうかがったガマだったが、そこに音の発生源は確認できなかった。

(しかたねぇ。あの手を使うか……)

 ガマは後方にいたジョーを振り返ると、

「おい、ジョー。先に行け」

「はぁ!? 冗談言うなよ! ガマだって今の聞いただろ!? 絶対近くに何かいるじゃねぇか!」

「あぁ? てめぇ、俺の言うことが聞けねぇのか? ……それとも、てめぇもあいつみたいに腕ぶった斬ってほしいっつーことか?」

「ひっ! ま、待ってくれ! わかった! 俺が先に行くから!」

「さっさとしろ」

 ジョーは恐る恐るガマの前に出ると、恐怖で震える指先に力を込めて剣を握り、懸命に鳴き声がした方向へ歩き始めた。

 大量の枯れ葉を蹴飛ばしながら、枯れ木の間を抜けると、やがて砂利道へ差し掛かる。

 すると、開けた前方には、おどろおどろしい紫色をした湖が姿を現した。

「な、なんだ……これ……。どうなってやがる……。うっ! ひでぇ臭いだ……」

 ジョーが腕で口を塞ぐと、そのすぐ横で、またあの鳴き声が聞こえてきた。

「ギィチチチチチ! ギィチチチチチ!」

 その鳴き声が近くなっていることに気づいたジョーは、怯んで引き返そうとしたが、すぐ後ろにいたガマに睨まれ、しかたなく声がした方へ再び歩みを進めた。

(あぁ……。ちくしょう……。ちくしょう……。どうしてこんなことになっちまったんだよぉ……。金を稼がせてくれるっつーからガマのパーティーに入ったのによぉ……。あいつ、クエストが始まった途端豹変しやがって……。冗談じゃねぇよ……。もう帰りてぇよぉ……。……ん? なんだ、こりゃ?)

 ジョーの目の前に、まるで木の枝が絡み合ってできたような球体が現れた。

 球体の枝は、他の木々とは違い、枯れて白く変色しておらず、茶色く猛々しい外皮を帯びているが、その節々から、湖と同じ紫色をした液体が流れ出している。

「これは……木の枝? でも、なんでまたこんな形を……?」

 好奇心から、ジョーが枝に手を伸ばすと、枝の塊はまるで鼓動を打つようにドクンッ、と振動し、その中から、

「ギィチチチチチ! ギィチチチチチ!」

 と、例の鳴き声が聞こえてきた。

「ひっ! こ、この中に、何かいやがる!」

 ジョーが慌てて枝から離れようとした瞬間、ぷしゅ、と音がして、中から紫色の液体が降り注いだ。

 液体を全身に浴びたジョーは、パニックに陥りながら、

「うわっ! くそっ! なんだよ、これ――!? あ……れ? か、体が……動かなく……。お、おい……これ……どうなって……」

 ジョーの全身から力が抜けていき、ついには意識を保ったままその場にとっぷりと倒れ込んでしまった。

 言葉を発することもできなくなり、ただギョロギョロと視線だけを動かし続けるジョーを、ガマは冷たい目をして見下した。

「麻痺性の毒か……。ま、〈防麻痺薬〉を飲んでる俺にはこんな毒なんて効かねぇけどな」

 ガマは、倒れたまま動けなくなったジョーをそのままに、今度はまるで宝箱でも前にしたように舌なめずりをしながら、枝でできた球体に向き直った。

「くくく。何故かは知らねぇが、どうやら毒を発生させてやがるモンスターは、この木の枝の中にいるみてぇだな。だったら、この枝ごと斧で叩き殺せばそれで終いっつーわけだ!」

 ガマは持っていた斧を高々と掲げると、

「《筋力上昇》!」

 スキル名の詠唱に伴い、ガマの全身の筋肉が、ボン、と瞬時に膨らんでいく。

 すると、枝の球体から、か細い女の声が聞こえてきた。

「……や……めろ。これ以上は…………」

「がははは! 今更命乞いか! このバケモンが!」

「……違……う。我は……ドライ――」

「死ねぇぇぇ!」

 ガマが握りしめた斧は、一直線に枝の球体へと振り下ろされた。


     ◇  ◇  ◇


「それにしても、幸太郎殿のその矢印は便利だな」

「《天啓》っていうスキルだ。一応不可視化もできるけど、やっぱりパーティーを組んでる時は仲間にも見えた方が便利だな」

 現在、エデンの森の中。

《天啓》のスキルを使い、安全なルートでエデンの毒の発生源までの道のりを歩いていた。

 となりを歩くチグサが、

「うむ。おかげで無用な戦闘を避け、体力を温存できて助かる」

 チグサは周囲の枯れ木に目を向けながら、

「それにしても、この辺りの枯れ木は外の枯れ木と比べて、毒が根の奥までかなり浸透しているようだな」

「そうなのか?」

「あぁ。外皮の具合を見ればわかる」

「毒は発生源に近づくほど強力になるってことか……。あれ? でも、チグサは《毒耐性》とかって持ってないよな? 大丈夫なのか?」

「ほぉ。さすが幸太郎殿。私のスキルには随分詳しいようだな」

「いや、その……」

「あはは。冗談だ。問題ないぞ。私には《鬼嬢きじょうの加護》があるからな」

鬼嬢きじょうの加護》って、たしか俺が複製できなかったスキルの名前だよな。

「そのスキルを持っていれば、毒は平気なのか?」

「うむ。《鬼嬢きじょうの加護》の効果には《全状態異常耐性》も含まれているからな」

「おぉ! あれ俺も持ってるけど、めちゃくちゃ便利だよな! ……正直、なかったらもうとっくに死んでたし」

「《全状態異常耐性》を持っていれば、どんなに腐ったものを食べても腹を壊さんしな」

「……いや、俺はそんな使い方はしたことないけど」

 そんな会話をしていると、紫色に染まった湖にぶつかり、俺たちは歩みを止めた。

「すごい禍々しい色の湖だな……。これが普通なのか?」

「まさか。おそらく毒の影響だろう」

《天啓》の矢印が、くいっと右へ回転する。

「毒の発生源はもうすぐそこらしい……。チグサ、何か見えるか?」

「いや、ここからは特に――」

 チグサの会話を遮るように、前方から男の悲痛な叫び声が轟いた。

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 チグサはすぐさま腰にさげていた小刀を抜き取り、

「幸太郎殿! 聞こえたか!」

「あぁ! すぐそこだ!」

 警戒して身構えていると、《天啓》が表示している毒の発生源との距離が徐々に縮まり始めているのに気がついた。

「チグサ……。どうやら毒の発生源は動いているみたいだぞ……」

「うむ。そのようだな。ただならぬ殺気を感じる」

 バキバキ、バキバキ、と枯れ木を押しのける音が、徐々に大きくなって俺たちに近づいてきて、それ・・はようやく姿を現した。

 優に三メートルを超える真っ黒な体躯。鋭く尖った八本の足が、ずっぷりと地面を刺し、その巨体を支えている。

 黄色く光る硬質な表皮には薄っすらと産毛が生えており、体の中で最も大きい腹の上には、まるで鬼の顔のような模様が浮かんでいる。

 燃え滾るような真っ赤な瞳は、計八つ。均等に並んだそのどれもが、無感情に俺たちを眺めている。


怪蟲飛蜘蛛かいちゅうとびぐも


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