長瀬萬請負 其の二 祈れる乙女達

距離 ニ

　「元許嫁者の気持ちを俺は知らない。

　君を愛していたのか、親に言われて仕方なく婚約したのか、嫌いだったのか、全く分からないが、好きになった少年がいるからと、婚約を解消を言い出されたなら、どんな感情を持っていたとしても、腹が立つのは理解できる。

　自分に恥を掻かせた少年の持ち物を奪う。その後、どう利用するかは考えていなかっただろうね。少なくとも、君を困らせる事はできるだろうから、それで満足だったかもしれないし。

　その後、家は没落し、一方的に婚約は解消される。怒りと失望の中、根付けの存在を思い出す。

　さて、今回の殺人事件の犯人とどう関わり合ったのかは分からないが……ねぇ、その子は今、どうしているの?」

「え?」

「まさかと思うけど、被害者ってことは」

「名前は違いました」

「それじゃ、被害者と同じ店で……」

「今どうしているかは、俺は……」

　また、圭の溜息が聞こえた。

　圭の気持ちは分からないでもない。愛情があろうとなかろうと、一度は婚約をした相手である。相手の娘の素行が悪いのであればともかく、宗一郎の心変わりと、村越家の勝手さが婚約解消の原因であったのだから、もう少し気にしても良いのではないだろうか。

　せめて許嫁者に頭を下げに行くくらいはしても良いと、隼人には思えた。

　第一、愛していると伝えたくせに、圭が一番大変な時になんの行動も起こさなかったのだから、宗一郎は不誠実な人間だと、圭は心の中で考えていても仕方はないだろう。

「その子のことを調べても良いかな?」

　宗一郎は視線を逸らしたまま、はい。と、力の無い返事をした。

「名前を教えてもらえる?」

「垣崎静子かきざきしずこ」

　隼人は帳面に漢字で記すと、宗一郎に見せた。

「そうです」

「老舗旅館の垣崎だね。上流階級を呼べるようなホテルを作るための資金調達で、詐欺に遭って廃業した」

「長瀬さん、ご存知なのですか?」

「父親が知っていてね。廃業を知った時には家族は失踪していて。

　探したらしいのだけど、見つからなかったそうだ。せめて娘さんだけでも引き取れればと、あちこちに聞き回ったらしいのだけど」