魔法薬師と魔王の今日これから

緒海ちろ

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一章 ソフィアと魔王

眠りの王妃

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 ローレンから軟禁宣言を受けて、朝を迎えてしまった。案内された部屋もやっぱり広くて、ベッドもふかふか。前よりもいい待遇になっていた。
 ただ私がチエリと食客として居た時よりも、王城は朝から少し騒がしい。
 きっとマロワのことでだろう。これからもっと王城は忙しくなるに違いない。

「暇だ……」

 ただ私は忙しくならない。あの手紙の解読以降は何にもアクション無し。あったとしても困るけど。
 だから図書館の中にある本を読み漁ろうと思ったのだが、朝から図書館で宰相率いる文官が会議をしている。マロワへの対策と、謝罪を考えているのだとか。
 それが原因で図書館は入れない。
 庭園に行こうとすると、メイドに外に出るなと言われてしまう。
 どうしようかと王城の中を意味もなく歩いていると、廊下の途中で外を眺める人が一人。

「あ、ラオル国王陛下」

「おお、君か」

 穏やかに笑う国王はピンク色の瞳を和らげて、目尻に皺を作った。光に照らされて輝く銀髪をオールバックと、しゃんと伸びた背中が老いを感じさせない。
 軽く会釈をすると、国王は「今は暇か?」と聞いてくる。
 暇だから散歩しているのに、これは嫌味なのだろうか。

「暇ですよ。図書館も行けないし、庭も出ちゃいけない。何もする事はないんです」

「それは大変だな」

「人ごとですね」

「息子に任せているからな」

 つまりは自分は何も管轄していないということか。なかなかな放任主義である。それでいいのか、国王よ。

「マロワと仲悪くなったらどうするんですか? 戦争ですか?」

「はは。さすがにマロワは今の力と問題を抱えながら、起こさないだろう」

「ですけど、クレモデアとマロワが険悪になるのは国王が色んな方面から責められますよ」

 海のマロワ。陸のクレモデア。空のシェロピア。そして教会の総本部、アラビレス。
 この四つは三百年前の国取り戦争より前から存在する国だ。それ以外の国は戦争中に負けたりして無くなっている。
 ある時からマロワとクレモデアは協定を結んだ。どんな内容なのか知らないが、昔から存在する国と国が手を結ぶ、というのは当時は驚きの情報だったらしい。

 だからその協定が破られるとなると、周りは黙っていないだろう。クレモデアから賜る、マロワの恩恵は今も大きく影響しているから。

 国王は聡明な方だ。だからこそローレンの油断しまくりな計画が更に目立つんだけど。
 今回のマロワとの協定はかなり国交問題としては大きな事。
 息子に任せているからとしても、これは一体。

「――あぁ、興味がないんですね」

 ぽん、と出た答え。
 別に煽るつもりも馬鹿にするつもりもない。ただ、今まで国を守ってきた国王がどうしてこんなにも傍観しているのか。マロワとの関係はクレモデアにとっても最重要な事だというのに。
 嫌悪があれば、それなりに動く。
 でもそれをしない。
 国王は興味がないんじゃないか。

 微笑みを携えながら外を眺めていた国王は、私と方を見て目を丸くする。さすがに不敬だと叱られるかと、思っていた。
 だけど、私の予想は裏切られる。

「ははは! 興味がない! ああ、そうか。そうだな。私は興味がないんだ」

 え、それってどうなの。
 機嫌よさそうに笑っているけど、国王としてそれはいけないのでは。私が言えた事じゃないけど、はっきりと明言しちゃダメなものじゃないのか。

「自分の気持ちに蓋をする余りに、いつのまにか興味を失っていたようだ」

「好きの反対は興味がないだと私は思っていますので」

「嫌いはどこにある?」

「好きが捻じ曲がったものか、あるいは自分の敵とか? 私あまり哲学得意じゃないんです」

「はっきりした物言いをするなぁ君は」

「すみません」

「いや、いい。むしろ久方ぶりに笑った。君と話していると彼女を思い出すよ」

 彼女、とは?
 首を傾げる私に、国王はゆるりと笑って「私と散歩をしよう」と提案してくる。
 別に時間がないわけじゃない。別にいいか、と「はい」と頷く。国王はしっかりとした足取りでどこかへ向かって歩き出した。

「クレモデアの恩恵を知っているか」

「結界、でしたっけ」

「そうだ。クレモデアが魔法具を使わずに魔獣や魔族から守られているのは結界のおかげだ」

「へぇ、すごい大きな魔法ですね」

 クレモデアはアラビレスと並ぶ大国。広大な土地を結界で全て守っているのか。すごい魔法士が居たものだ。
 魔素を取り込める量は産まれた時から決まっている。魔力のコントロールや魔法の多様性はどうにでもなるけど、大きな魔法を使うには魔素を取り込める量が要。
 結界魔法はそこまで難しくはない。ただ、ずっと維持するのは魔素の枯渇が起きそうな気がするんだけど。

「代々、クレモデアの王族は結界魔法が得意だ。そして女性は更に上を行く。クレモデアの王族となると、身体に魔法の法則を刻み込む儀式があってな」

「身体に法則を。なかなかすごい考えですね」

「だからこそ結界魔法以外はそこまで強くないがな。使い方によっては強いぞ」

 たしかに。結界で閉じ込めることも出来るし。私みたいに。
 だからローレンはあの時簡単に結界魔法を使ったのか。そうなると、この腕輪は魔法を継続させる魔法具だろうか。
 うーん、壊すことは難しそうだ。腕を切るにはちょっと早計過ぎる。他の方法を考えよう。

「ではユリリア姫の結界魔法で今も守られているんですね」

 なかなか気分の浮き沈みが激しい子だが、そんな重い責務があるとは。王族も大変だ。
 国王は私の言葉にゆっくりと歩調を遅くして振り向く。穏やかな笑み――ではなく、力無く寂しそうな笑みだ。

「いいや。違う」

「では国王かローレン王子が?」

「いいや。我が妻、リリンだ」

 リリン王妃。
 まさかその名前が出てくるとは。

 ローレンとユリリアと同じ髪色で淡いピンク色の緩かなウェーブ髪。ベビーグリーンに近い瞳は彼女の性格を表しているように、優しく穏やかなもの。
 クレモデアだけでなく、他国からも親しまれていた。マロワからも。
 だけどリリン王妃は――。

「……失礼ですが国王。王妃は数年前から姿を見ていませんが」

「君は躊躇というものがないな」

「国王がはぐらかす事もなく、ここまで話すということは隠す気はないのだと。あとは何か私に聞きたいことがあったのでは?」

 リリン王妃はある日突然、国民の前から姿を消した。外交が得意で親しまれていただけあって、突然姿を見せないとなると目立つもの。
 もちろん国民も他国も王族に聞いた。死んだのではないか、という噂も流れていたくらいだ。ナタリアさんも悲しそうにしていたし、私もよく覚えている。
 だが王族はリリン王妃の死亡説は否定した。体調が良くないから、と。それだけ。

 国王は私の問いに笑みを深くする。

「君は聡い。それでも私の散歩に付き合ってくれたのか」

「大変申し訳ないのですが、私の見識はごく限られたことのみです。国王の願いに沿うかも分かりませんし、私は私の夢以外に時間を割く余裕がありません」

「薬師、だったか」

 どうやら国王は薬師の存在を知っているようだ。やっぱり国王が所蔵している本は読みたい。絶対にそこに色々書かれているはずなんだ。

「魔法薬師、です」

「魔法が使えないのにか?」

「魔法で溢れている世界で魔法を読み解き、治療をするんです」

「……そうか。ならばちょうどいい。私の手に掴まりなさい」

 大きな絵画の前で差し出された手。
 もしこれが罠だったら、と考えたけど私にはどうしようも出来ないことだ。
 言われた通りに国王の手に掴まると、国王はもう片方の手を絵画に触れた――と思ったら、とぷん、と水の中に入るように沈んでいく。
 なるほど、これも結界魔法の応用か。

 絵画へ私が一歩前進すれば、絵にぶつかる事なく足が見えなくなる。そのまま上半身も絵画に向かって僅かに前に倒せば、大きな部屋へと繋がった。

 天井はステンドグラスだろうか。色んな色のガラスが一面にはめ込まれている。
 壁には子供が描いた絵だろうか。それが飾ってあり、ソファと机。あとは本棚に沢山の本。見たことがない本だ。あれはもしかすると、王族のみ閲覧出来る本ではないだろうか。私が読みたくて仕方のないもの。
 国王は真っ直ぐ前へ歩いていく。
 大きな部屋。その真ん中にはキラキラと光が降り注ぐ。寝台が一つ。誰かが眠っている。

「リリン、おはよう」

 リリン王妃だ。写真や絵で見たままの姿。
 だがベビーグリーンの瞳は見ることが出来ない。

 国王がベッドに腰掛けて、リリン王妃の頬に触れる。それでもリリン王妃の瞳は閉じたまま。

「五年前から眠っているんだ」

「何かの病ですか」

「分からない。海の呪いだと聞いている」

「海の呪い……」

「マロワに出かけて、陸で倒れている時にはもうこうなっていた」

 なるほど。
 だからローレンはああ言ったのか。行くわけないだろう、と。
 国王はリリン王妃を幸せそうに眺める。胸は上下しているから生きているのだろう。

 マロワに興味がない。

 それは違う。だってリリン王妃が眠る原因がそこにあるかもしれないのだから。それをわざと遠ざけようとしている。きっと何か大きな感情に蓋をしたんだ。
 だから、ふり、をしている。

「さて、君と取引をしたい」

「なんでしょうか」

「リリンの呪いを解いてくれ。ここにある本は全て読んでいい。解いてくれたならば、君を私の命令で帰そう。今後、君に妨害は一切しないと約束する」

 どうする?
 穏やかなで凪いだ瞳。だが拒否を許さない光がある。
 どうする、なんて形式美だ。そもそも断って私にメリットがあるわけない。
 ここの本が読める機会なんてないだろう。違う実験が進むかもしれない。恩を売っておいて損のない人だ。

「条件追加を。ここにある本の知識を世に出していい。また、リリン王妃に危害を加えないですが、接触する権利を」

「抜け目のない子だな、君は。よかろう。ただし、クレモデアの名は出さないでほしい」

「もちろんです」

「君の活躍、期待をする」

 チエリ、ゲラルド、もう少し待ってね。
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