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第三章 もっと動く六月
51.お子様舌のあなたに捧げるカレー その1
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そして一週間後。
俺たちはまた一緒のバスに乗り、前回と同じスーパーへやって来た。
「先輩は辛いカレーと甘いカレー、どっちが好きですか? あ、父の日に作るんなら、お父さん好みの辛さがいいですかね」
好みをリサーチすると、先輩はやや恥ずかしそうに答える。
「わたしもパパも、辛いものが苦手だよ。ママは超辛党なんだけどね。近所のインドカレー屋さんでよくテイクアウトするんだけど、毎回甘いバターチキンカレーにしてるんだ」
「なるほど……」
反対に俺は、あまりインドカレー屋のものを食べたことがない。近々、瑛士を誘って行ってみようかな。チーズナンはめちゃくちゃウマいと噂で聞いたことがある。
「あんまりルーで作ったカレーは食べないですか?」
「子供の頃は、パパがたまーに作ってくれたよ。最近はめっきり食べてないなぁ……」
そう答える先輩の横顔は、どこか寂しそうだった。
先輩の家は、家族仲はとてもよさそうだし、裕福そうではあるんだけど、『日常的な団欒』が足りていないのかもしれない。家庭で食事を作って、それを家族みんなで食べる。そんなよくある団欒風景が。
それぞれの家庭には、それぞれの事情があってしかるべき……なんだけれど。
それでも、多くの日本人が家族で食卓を囲んでいるのが現実で、そういう『普通』に憧れを抱くのは仕方のないことだ。
ことに、国民的アニメの主人公たちのほとんどが家族で食卓を囲んでいる。
長寿番組なんだから、一昔前の価値観で制作されたものだとしても、そういう環境で育ってこなかった子にとっては、とても羨ましく感じたりするんだろうな。
「じゃあ今日は、久しぶりの『家庭で作るカレー』ですね! 楽しみにしててください!」
「うん、先週からずっと楽しみだったよ~!」
と、頬を緩める先輩は本当にかわいい。こんなひととカップルごっこができる俺は、本当に幸せ者だ。いつか『ごっこ』じゃなくて本番がしたい……。
不純な思いに身を焦がしつつ、先輩に買い物のレクチャーをする。
「先輩の家は、三人家族ですよね。それだったら、ジャガイモは二個、ニンジン、玉ねぎは一個ずつでいいかと思います。袋売りの方が割安ですけど、日常的に料理をしないうちは、バラ売りを買った方がいいですね。どの野菜も長期保存は可能なんですけど、油断すると芽が出たりしちゃいますから」
「ああ、ジャガイモの芽って毒なんだよね? あと、緑色になってる部分も」
先輩が得意顔で言うから、オーバー気味に褒めておくことにした。
「さすが先輩、よくご存知ですね!」
「テレビで見たの……」
先輩は照れたように肩をすくめたけれど、まんざらでもなさそうだった。微笑ましく思いながら、売り場に山積みになっているジャガイモたちを選ぶ。
「買ってすぐに使わない場合は、野菜室に入れておいてください。玉ねぎも、ゴキブリが寄ってきちゃうらしいですから、あんまり買いだめしないほうがいいかと思います」
「うっ……わかった……」
青い顔をする先輩。やはり例の害虫は、人類にとって等しく天敵なのだ。
それから精肉コーナーへ向かいつつ、肉の好みを訪ねる。
「肉はどれがいいですか? うちではだいたい豚ですね」
「えーっと……」
思案顔をしながら売り場を見渡していた先輩が目を見開く。
「ねぇゴウくん、牛肉と豚肉ってぜんぜん値段が違うよ! え、牛ってこんなに高いの!」
「そうなんですよね~。コスパを考えると断然豚肉か鶏肉なんですよね」
「そ、そっかぁ……。わたしってばホント、物の値段をぜんぜんわかってなかった……」
意気消沈する先輩に、俺はフォローの言葉をかける。
「仕方ないですよ。毎週スーパーに通うようになれば、自然と身に付きますよ。価格をもとに、魚や野菜の旬を知ったり、今年は不作なんだな~ってわかったり。それで、自然と献立を決められるようになります」
「ゴウくんはもうその域に達してるんだね」
「ま、まぁ、数年くらい続けてますからね……」
「ふふ、さすがだね」
俺を見つめる先輩の瞳は澄み切っていて、つい目を逸らしてしまった。
「カレーのお肉は、豚肉で大丈夫だよ。でも、豚も豚でいろいろあるけど……」
「安さ重視なら豚コマですね。正直、我が家のカレーは味噌汁と同じで、『野菜をたくさんとる手段』なので、肉は二の次なんです。でも父の日に奮発するなら、豚ロースの薄切りとかどうでしょう」
「値段もだいぶ違うね……」
値札を見比べながら、先輩は顔をしかめる。
「部位の希少性の差ですかね。個人的には豚コマのしっかりした食感が好きですけど」
「だっだら豚コマでいいよ~。ゴウ先生流に合わせる」
茶目っ気たっぷりにそう言われ、俺は再び照れた。
肉を選んだあとは、俺のオススメのルーを購入し、二回目の俺宅訪問となった。
俺たちはまた一緒のバスに乗り、前回と同じスーパーへやって来た。
「先輩は辛いカレーと甘いカレー、どっちが好きですか? あ、父の日に作るんなら、お父さん好みの辛さがいいですかね」
好みをリサーチすると、先輩はやや恥ずかしそうに答える。
「わたしもパパも、辛いものが苦手だよ。ママは超辛党なんだけどね。近所のインドカレー屋さんでよくテイクアウトするんだけど、毎回甘いバターチキンカレーにしてるんだ」
「なるほど……」
反対に俺は、あまりインドカレー屋のものを食べたことがない。近々、瑛士を誘って行ってみようかな。チーズナンはめちゃくちゃウマいと噂で聞いたことがある。
「あんまりルーで作ったカレーは食べないですか?」
「子供の頃は、パパがたまーに作ってくれたよ。最近はめっきり食べてないなぁ……」
そう答える先輩の横顔は、どこか寂しそうだった。
先輩の家は、家族仲はとてもよさそうだし、裕福そうではあるんだけど、『日常的な団欒』が足りていないのかもしれない。家庭で食事を作って、それを家族みんなで食べる。そんなよくある団欒風景が。
それぞれの家庭には、それぞれの事情があってしかるべき……なんだけれど。
それでも、多くの日本人が家族で食卓を囲んでいるのが現実で、そういう『普通』に憧れを抱くのは仕方のないことだ。
ことに、国民的アニメの主人公たちのほとんどが家族で食卓を囲んでいる。
長寿番組なんだから、一昔前の価値観で制作されたものだとしても、そういう環境で育ってこなかった子にとっては、とても羨ましく感じたりするんだろうな。
「じゃあ今日は、久しぶりの『家庭で作るカレー』ですね! 楽しみにしててください!」
「うん、先週からずっと楽しみだったよ~!」
と、頬を緩める先輩は本当にかわいい。こんなひととカップルごっこができる俺は、本当に幸せ者だ。いつか『ごっこ』じゃなくて本番がしたい……。
不純な思いに身を焦がしつつ、先輩に買い物のレクチャーをする。
「先輩の家は、三人家族ですよね。それだったら、ジャガイモは二個、ニンジン、玉ねぎは一個ずつでいいかと思います。袋売りの方が割安ですけど、日常的に料理をしないうちは、バラ売りを買った方がいいですね。どの野菜も長期保存は可能なんですけど、油断すると芽が出たりしちゃいますから」
「ああ、ジャガイモの芽って毒なんだよね? あと、緑色になってる部分も」
先輩が得意顔で言うから、オーバー気味に褒めておくことにした。
「さすが先輩、よくご存知ですね!」
「テレビで見たの……」
先輩は照れたように肩をすくめたけれど、まんざらでもなさそうだった。微笑ましく思いながら、売り場に山積みになっているジャガイモたちを選ぶ。
「買ってすぐに使わない場合は、野菜室に入れておいてください。玉ねぎも、ゴキブリが寄ってきちゃうらしいですから、あんまり買いだめしないほうがいいかと思います」
「うっ……わかった……」
青い顔をする先輩。やはり例の害虫は、人類にとって等しく天敵なのだ。
それから精肉コーナーへ向かいつつ、肉の好みを訪ねる。
「肉はどれがいいですか? うちではだいたい豚ですね」
「えーっと……」
思案顔をしながら売り場を見渡していた先輩が目を見開く。
「ねぇゴウくん、牛肉と豚肉ってぜんぜん値段が違うよ! え、牛ってこんなに高いの!」
「そうなんですよね~。コスパを考えると断然豚肉か鶏肉なんですよね」
「そ、そっかぁ……。わたしってばホント、物の値段をぜんぜんわかってなかった……」
意気消沈する先輩に、俺はフォローの言葉をかける。
「仕方ないですよ。毎週スーパーに通うようになれば、自然と身に付きますよ。価格をもとに、魚や野菜の旬を知ったり、今年は不作なんだな~ってわかったり。それで、自然と献立を決められるようになります」
「ゴウくんはもうその域に達してるんだね」
「ま、まぁ、数年くらい続けてますからね……」
「ふふ、さすがだね」
俺を見つめる先輩の瞳は澄み切っていて、つい目を逸らしてしまった。
「カレーのお肉は、豚肉で大丈夫だよ。でも、豚も豚でいろいろあるけど……」
「安さ重視なら豚コマですね。正直、我が家のカレーは味噌汁と同じで、『野菜をたくさんとる手段』なので、肉は二の次なんです。でも父の日に奮発するなら、豚ロースの薄切りとかどうでしょう」
「値段もだいぶ違うね……」
値札を見比べながら、先輩は顔をしかめる。
「部位の希少性の差ですかね。個人的には豚コマのしっかりした食感が好きですけど」
「だっだら豚コマでいいよ~。ゴウ先生流に合わせる」
茶目っ気たっぷりにそう言われ、俺は再び照れた。
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