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栗と枡  その壱

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 年の瀬も押し迫った頃。ふと暦を見れば、今日は二十四日だった。
 幕末へきてからというもの、西洋文化に触れる機会がごっそりなくなったせいですっかり忘れていたけれど、明日は十二月二十五日。
 つまり……。

「クリスマス!」

 突然大声を出してしまったせいか、文机に向かって筆を持つ土方さんの肩が、ほんの少し跳ねた。
 けれどもすぐに、平静を装い訊いてくる。

「栗がどうしたって?」

 ……いや? 栗の話はしていない。

 吹き出しそうになるのを誤魔化すべく首を傾げれば、土方さんの眉間に皺が寄った。

「お前が栗だか枡だか言ったんじゃねぇか」

 ……いや? 枡の話もしていない。

 堪えきれず吹き出してしまえば、デコピンが飛んできた。
 不満を発散しきれなかったのか、土方さんの眉間の皺は消えていない。喉元まで出かかった文句をグッと堪え、痛むおでこをおさえつつ口を開く。

「クリスマスです。確か、キリストの誕生を祝う日だったと思うんですけど……」
「ですけど……って、お前も詳しくは知らねぇんじゃねぇか」
「まぁ、私はキリスト教徒じゃないので、ぶっちゃけ便乗してただ盛り上がる日というか、サンタのおじさんが子供たちに贈り物をする日というか……そんな感じ? の認識なので……」
「……はぁ?」

 お前の時代では異国の祭りをするのかとか、そもそもキリスト教は禁教だとか、何で子供に贈り物をするんだとか……矢継ぎ早に文句のような質問が飛んでくるけれど。
 きわめつけは……。

三太さんたって何者なんだ?」

 むしろ私が訊きたい。三太って誰……。

「三太じゃなくて、サンタクロースです。赤い帽子に赤い服を着てて……あ、真っ白で立派な髭も特長の一つですね。毎年北の国からやって来て、子供たちが寝ている間にこっそり贈り物を置いて行くんです」

 頭の中で想像しているのか、腕を組み首を傾けると、斜め上を見ながら何やらぶつぶつ呟いている。
 しばらくすると納得したようで、視線を私に戻して言う。

「……ったく、どんな生活してたんだよ……」

 どんなと言われても、ごくごく普通の生活なのだけれどなぁ……。





 翌朝。
 朝日に誘われ目を覚ますと、布団の上で障子の方を向いて座る土方さんが私を見下ろした。
 その顔は、寝不足なのかもの凄く酷い隈が出来ている。

「おい、来なかったぞ」
「……へ?」
「三太九郎の爺さん」

 ……え? 誰?
 何しに来るの……?

「寝てる餓鬼に贈り物を届けに来る還暦の爺さん、だろう? 金持ちの道楽なのか知らねぇが、ひと目拝んでやろうと思ったんだがな」

 ええと、突っ込みどころが満載過ぎてつい吹き出しかければ、思いきり睨まれた。
 もうこのさい、三太九郎には触れまい。
 けれど、どうしても気になることがある……。

「サンタ……三太九郎さん、どうして還暦なんですか?」
「爺さんが赤い格好してんだ。還暦なんだろ?」

 それはつまり……真っ白な髭をたくわえたおじいさんが、赤い頭巾と赤いちゃんちゃんこを身にまとった姿を想像してしまったわけか。
 サンタクロースとは程遠い三太九郎の姿に、思わず吹き出してしまえば土方さんが声を荒らげた。

「お前が言ったんだろうが! 三太九郎っつう還暦の爺さんが、餓鬼が寝てる間に贈り物を置いていくんだろう!?」
「も……もう、無理ッ!」

 朝イチから大爆笑すれば、馬鹿野郎! と案の定デコピンが飛んでくる。
 それでも止まらない笑いがようやく収まれば、よじれたお腹とおでこの痛みが引くと同時に一部訂正だけはしておくことにした。

 おそらく何十回もの還暦を迎えているおじいさんであること。
 子供たちに夢を与える存在ではあるけれど、
実際にサンタ……三太九郎が贈り物を届けに来るわけではないこと。
 そして……。

「私はガキじゃありませんからねっ!」
「お前の場合は頭の中身が餓鬼だって言ってんだ! 何も貰えなかったからって八つ当たりすんじゃねぇ!」 
「なっ! 夜通し起きてた人の方が、よっぽどガキだと思いますけど!?」
「んだとっ!」

 しばらく続いた言い合いは横道に逸れるばかりで、サンタクロースなのか三太九郎のことなのか、イマイチわからなくなるのだった。
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